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第二十一話 神と人間の差

 

 ティナに躊躇はなかった。


「みんな! なんかいい感じにフォローしてください!!」


「ばっ、おめえまさか、待ちやがれ!!」


 ギルドマスターが止める暇もなかった。ティナは風属性魔法を発動、その身体を一瞬で上空五十メートル以上まで飛ばす。


 下方に君臨する触手の塊、その頂点に生える男を見据えて、叫ぶ。


「邪神ッ!!」


「人間が、予を! 下に見るでない!!」


 ッッッゴォ!!!! と触手が唸る。そのどれもが民家だろうか容易く叩き潰せる極太の肉の塊である。


 無数の触手が空気を破裂させる音さえも置き去りにする挙動で襲いかかる。すなわち高レベルの身体強化魔法による音速超過に匹敵、あるいは凌駕する速度でもって放たれた触手の数々がティナへと迫っているのだ。


「……ッ!!」


 ティナにできることなんてほとんどなかった。風属性魔法で風を操り、空中でも自在に動き回れるとはいえ、音速超過で迫る無数の触手を回避するなんて芸当は不可能だ。


 それでも、彼女は信じていた。

 こんなどうしようもなく無謀な自分の選択をみんななら埋め合わせてくれると。


 ギルドマスターの破砕魔法が邪神の足元を砕き、体勢を崩す。


 クリナの精霊魔法による四属性の光を触手にぶつけ、僅かながらも軌道を逸らす。


 リーゼの幻惑魔法(ファンタジーワールド)が幻覚によって邪神の目測をズラす。


 エルザ=グリードの魔力譲渡魔法が自身とティナを繋ぎ、魔力を供給していた。とはいえアンジェ=トゥーリアを蝕む呪縛や憑依を祓ったことで多くの魔力を失っていたので、そう長くは保ちそうにはなかったが。


 そうした妨害や援護によって生まれた、触手と触手の僅かな隙間へとティナは身体を滑り込ませる。無数の触手による鞭打にも似た連撃を掻い潜る。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 肉薄。

 瞬間、風属性魔法を解除。身体強化魔法に上限突破魔法(ブレイクスルー)を掛け合わせたレベル100の拳を放つ。


 ゴッッッドン!!!! と。

 触手の塊、その頂点より生えた男の顔面へとティナの拳が突き刺さった。


 カンストのその先。

 レベル100に至った拳である。



「で? だから???」



 ぶっしゅう!! と拳が裂ける。

 打撃が直撃した男の顔面には傷一つなく、代わりに打撃を放った拳のほうが傷つくほどの力の差。


 それでいて邪神は何かしらの魔法を使った()()()()()()()


 それは、つまり、


「神の肉体だぞ。レベル100の身体強化魔法を超える能力を兼ね備えているのがそんなに不思議なことか?」


「ち、ィ……ッ!!」


 二つ以上の魔法を同時使用できないからと、咄嗟に風属性魔法で距離を取るために上限突破魔法(ブレイクスルー)を解除したのは間違いだっただろう。


 邪神の肉体はレベル100の身体強化魔法を超える能力を秘めているのだ。そんな相手と拳が届く距離まで接近している状況で自身の耐久力を低下させてはいけなかった。



 邪神の拳がティナの身体を打ち抜く。

 カンストにすら至っていない風属性魔法で回避できるほど生優しいものではなかった。



「ぶぶっ、がばあ……ッ!?」


 クリナやギルドマスターやリーゼやエルザ=グリードも黙って見ていたわけではないが、いかに彼女たちが妨害しようとも拳が届くほどの近距離であれば無理矢理に押し通せる。


 骨が砕け、肉が潰れる音が五十メートル以上も下の地上に立つクリナたちにすら届くほどだった。


 赤黒い液体を撒き散らし、ティナの華奢な身体が宙を舞う。


「愚かにも神に逆らいし人間よ、まさか予に勝てると本気で考えていたのか?」


 触手が放たれる。

 クリナたちも妨害しようとしてはいるが、無数の触手が音速超過で放たれているのだ。一発であればどうにかなるかもしれない。十発であればかろうじて直撃を回避できるだろう。だが百発なら? 千発だったらどうだ。


 硬度、速度、手数、そして威力。

 全てにおいて邪神はこの世界の上限の先に君臨する。レベル99、その先。そもそも魔法を使わずとも肉体そのものがカンストを上回る超常存在。いいや、そこまで突き抜けているからこそその存在は神と呼ばれるのだ。


 その冠に邪悪をいただいていようとも。

 その力が神を名乗るにふさわしいものであることに変わりはない。


 上空を戦場に選んだのはアンジェを巻き込まないためだが、そもそも勝ち目なんてなかったのかもしれない。


 だけど、だ。


「ま、だ……です」


 ティナはかろうじて残っている左の拳を握りしめる。例えその身が今にも崩れそうなくらい破損していても拳さえあれば邪神を殴れる。いいや拳が擦り潰れたって足がある。足が吹き飛んだならば噛みついてやってもいい。


 この肉体が尽きるまでは勝機はなくならない。ならば、挑める。まだまだやれる。


 だって、目の前のクソ野郎は聖女の人生を散々狂わせてきた。


 だって、目の前のクソ野郎さえいなければ聖女はもっとずっと笑えていたはずだ。


 だって、目の前のクソ野郎を生かしておく理由がこれっぽっちも存在しない。


 こんな化け物が生きていてはまた聖女に手を出すかもしれない。そんなの許せるか。せっかく邪神の悪意から解放された彼女をもう一度悪意の坩堝に突き落とすなんて絶対に認めない。


「テメェ、だけは……」


 必要なら、こんな命くれてやる。

 だから、だから!!


「絶対に!! ぶち殺してやるですよ!!!!」


 血反吐を撒き散らし、それでもティナは拳を握りしめる。クリナたちの妨害を突破し、音速超過で迫る触手を見据える。


 回避は不可能。

 ならば突破するのみ。


 それで左の拳が砕け散ろうとも、少しでも邪神にダメージが与えられるのならば、それでいい。


 だから。

 だから。

 だから。



 ーーー☆ーーー



 音速超過の一撃が炸裂した。

 それはティナの華奢な肉体など粉々に吹き飛ばすことが可能なだけの威力があった。



 ーーー☆ーーー



 その時、エルザ=グリードは魔法を教えてくださいと押しかけてきた少女のことを思い出していた。


『私は聖女様と同じくらい強くなりたいんです!!』


『聖女様とは、これまた大きく出ましたね。どうしてそんなに強くなりたいのですか?』


『そんなの、もちろん──』


 その時、ギルドマスターは高難易度の依頼を片っ端から受けていく少女のことを思い出していた。


『またアホみてえなことやってんな。自殺志願者でももうちっと慎み深いぞ』


『死ぬつもりなんてこれっぽっちもねーですけど?』


『それくらい無茶苦茶やっているって話だ! なんだ? 命すり減らしてでも金がほしいってのか???』


『金がほしくないとは言わねーですけど、そんなことより単純に強くなりたいだけなんですよね』


『それこそ意味わかんねえな。強さってのは死なねえために身につけるもんだ。その過程で無茶やって死に近づくってのは本末転倒だろうが』


『そうだとしても、私は聖女様に並ぶだけの強さがほしいんですよ。だって──』


 その時、クリナは身体的にも精神的にも過酷な、エルフの中でも相応の実力者が数十年もかけてようやく突破できる精霊の試練に挑む少女のことを思い出していた。


『人間ってのは欲深き生き物だって聞いたことはあるけどお、そこまで身も心もすり減らしてでも力が欲しいものなのかなあ?』


『もちろんですよ。私は全然、全く、これっぽっちだって聖女様に届いてねーんです。精霊の試練でも何でも突破して、一日でも早く聖女様の隣に立つにふさわしい力を持つ人間になりたいんですよ』


『聖女様あ、ねえ。そいつがどれほどの強さを誇るのかは知らないけどお、どうしてそこまで聖女様って奴に固執しているのよお?』


『どうしてって、そんなの決まっています』


 時も場所も違ったけど。

 思い出の中の少女はこう言っていた。


『私は聖女様が大好きなんです! だからこそ聖女様の近くにいても負担にならねーよう、聖女様と同じくらいには強くなりたいんですよ!!』


 その言葉が果たされることはなかった。

 少女は聖女には届かなかった。


 触手が振るわれる。

 音速超過、その一撃。度重なるカンストクラスの魔法を受けたことで今にも崩れそうなくらいズタボロの少女がその一撃を耐え切れるわけがなかった。


 だから。

 だから。

 だから。



 トン、と。

 エルザ=グリードたちのそばに降り立つ影があった。



 それは、黄金のように輝く金髪に宝石のごとく煌めく碧眼の少女だった。


 それは、先程まで悪意から解放された衝撃で意識を失っていたはずだった。


 それは、薄い赤のツインテールの少女の背中と膝裏に腕を回し、抱きかかえていた。


 それは、風属性魔法や空を飛ぶためにも使用できるいくつかの魔法、多くの魔法を後方に放つことで自分の身体を前に押し出すように推進力を得て、音速超過の一撃に粉砕されそうになっていた少女を助け出してみせた。


 つまり。

 だから。


「聖女、様……?」


 腕の中の薄い赤のツインテールの少女、すなわちティナが震える唇で彼女を呼ぶ。その声に金髪に碧眼の彼女はくしゃりと顔を歪めた。


「どうして、ですか?」


 邪神なんて、彼女たちは見てすらいなかった。

 お互いだけを見つめていた。


()()()()()()()()()()身体はわたくしの自由に動かせず、ただただ邪神とやらの好きにされるがままで……わたくしは! 多くの人を魔物に変えて、傷つけて!! ティナさんだってこんなにも傷だらけになっているではありませんかっ。それなのに、どうして、ですか? どうしてそんなに傷ついて、それでもわたくしを助けてくれたのですか!?」


 その悲鳴のように叩きつけられた問いに。

 ティナは迷うことなくこう答えた。


「そんなの聖女様が大好きだからに決まっているじゃねーですか。私、聖女様と違って自己中心的にしか行動できねー人間ですからね。ぜーんぶ私のためにしたことですよ」


 だから、と。

 崩れることなく残っている左の指を伸ばして、金髪に碧眼の彼女の頬を流れ、濡らす涙を拭う。


「そんなに泣かねーでくださいよ。聖女様に笑ってほしいからこそ、私は頑張ることができたんですから」


 結局、少女は聖女には届かなかった。


 なぜなら聖女を救うと息巻いておきながら、こうしてアンジェ=トゥーリアに助けられているのだから。


 それでも、そのことが嬉しくも感じられるくらい、ティナはアンジェに溺れているのだが。



 ーーー☆ーーー



【名前】

 エルゴサーガ


【性別】

 ???


【種族】

 ???


【年齢】

 ???


【称号】

 憎悪や悪、すなわち負の感情を司りし神


【所有魔法】

 瘴気魔法(ワースニング)(レベル100以上)

 触れたものへと呪縛を刻む魔法。体や心、魔法といった項目を自在に染め上げ、支配する。


 憑依魔法(ドミネイション)(レベル分類不可)

 対象の『中』へと肉体も魂も収納する。対象を支配することはできないが、憑依状態であっても自身の魔法を扱うことはできる。


 砲撃魔法(フォトンバースト)(レベル100以上)

 魔力を破壊力を秘めた閃光と変えて放射する。放射時に球体や螺旋などある程度形を変えたり、直線だけでなく曲射などの操作も可能。


【状態】

 信仰形成・魔(レベル分類不可)

 神族における存在証明、すなわち信仰とは神を形作る最も大きな要素となる。生きている人間が現在宿す感情、その中でも負の感情の総量によって魔力量や膂力、魔法レベルといったあらゆる能力が増減する。

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― 新着の感想 ―
[一言] アンジェが起きた!! 女神に愛される聖女様の力を見られるのか?
[一言] 起きた! くー、ティナ格好いいな! そしてアンジェ、ここまで慕われてるんだ、さっさと邪神倒してティナに応えてあげて! とりあえず希望で満たせば勝てるから!
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