第三話 礼儀作法
それはティナと知り合って一週間が経ったある日、校舎裏でのことだった。異形の姿をできるだけ隠すように裾の長い漆黒のドレス姿のアンジェのもとへと涙で顔をぐちゃぐちゃにしたティナが転がり込んできたのだ。
「うわあん聖女様ーっ!!」
「ティナさん!? どうかしましたか!?」
最高峰の魔法学園においてさえも平民でありながら天才との呼び声高いあのティナが涙を浮かべるほどの『何か』があったのだ。
噂では入学初日に三学年の伯爵家の長男(ランクBの冒険者に匹敵する成績上位者)が一学年の男爵令嬢に身分を振りかざして肉体的接触を強要しようとしているところに割って入り、決闘騒ぎに発展。相手の魔法を全て受け切った上で難なく勝利したくらいには力のある彼女であれば大体のことには動じないだろうに、涙を浮かべて悲痛に表情を歪めるほどの『何か』が……。
そこまで考えて、アンジェの胸の奥からぐつぐつと異様な熱が迸る。気がついた時には公爵令嬢や聖女としての力を強く意識していた。
ティナを傷つけた『何か』を撃滅するためならアンジェ=トゥーリア公爵令嬢が持つ力の限りを尽くしてでも──
「なんで魔法学園の必須科目に礼儀作法だのダンスだのってのがあるんですかあ!? 平民がそんな教養身につけているわけねーですよお!!」
「……、ええと」
肩透かしを食らったようになんとも言えない表情を浮かべるアンジェ。涙を浮かべて助けを求めるほどにティナを傷つけた『何か』への憎悪にも近い怒りが萎んでいく。
そうして冷静さを取り戻していくにつれて、立場にそぐわないことを考えていたと軽く自己嫌悪していた。
(わたくしとしたことが何を考えて……。最近、調子が崩れていますね。いつものように、ええ、立場を忘れないようにしませんと)
アンジェがそんなことを考えているとはつゆとも思っていないだろうティナは令嬢視点では少々はしたないと思えるような地団駄を踏みながら、
「大体学園に魔法って冠つけているなら必須科目は魔法関係だけでいいじゃねーですかっ。何が『強大な力を持つに相応しい人格者を育てるため』だってんですよ!! 礼儀が良くても、ダンスができても、一部の貴族は人格者のカケラもなく権力だの魔法だのを振りかざして好き勝手やっているじゃねーですか!! なのに、なんでっ、礼儀作法だのダンスだのの試験を突破できねーと進級できねーって話になっているんですかもお!!」
「あの、ティナさん。落ち着いてくださいな」
「ハッ!? ご、ごめんなさい聖女様っ。見苦しいところを見せたですねっ」
バッと勢いよく頭を下げるティナ。相当な勢いで、余波だけでアンジェの髪が揺れるほどだったが、今回は地面に頭がめり込むようなことはなかった。
「それで、その、聖女様。お願いがあるんですけど……私に礼儀作法だのダンスだの教えてくれませんか?」
下から覗き込むようにしてか細い声をあげるティナを前にしてアンジェは小さく口元を緩めて、
「ええ、よろしいですよ」
「本当ですか!? ありがとうございます聖女っさまあ!! 最高にお美しい上に才女としても有名な聖女様が味方してくれれば赤点からの留年も回避できるってものですよお!!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるティナ。そんな彼女を行儀が悪いではなく微笑ましいと受け取るくらいにはアンジェの中でティナの存在は有象無象のそれではなくなっているのだろう。
ーーー☆ーーー
右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を曲げて身体を落とし、背筋を伸ばした状態で漆黒のドレスの裾を触手で器用に持ち上げ、頭を下げる。すなわち──
「あ、それカーテシーですね!!」
「ええ。知っていましたか?」
「はいですっ。貴族の令嬢といえばカーテシーって印象がありますから!!」
「はあ、そうなんですね。確かに定番の挨拶ではありますので印象的なのかもしれませんけど」
礼儀作法、それも一年生の範囲であればカーテシーは必須となる。逆に言えばこれを押さえておけば確実に点を稼ぐことができる。
ゆえにお手本としてやってはみたが、
「今更ですけど、わたくしは『こんな姿』をしています。見て覚えるのが一番かとも思いましたけど、お手本にするには少々相応しくないかもしれませんね」
普段であれば教えを請われた時点で気づいていただろうが、どうにもティナと一緒だと調子が崩れてしまう。
肩口より噴き出すように生える無数の触手、闇のように昏くどす黒い髪や瞳、漆黒の鱗に覆われた肌。まさしく異形そのもののアンジェを前にしてもティナは全くと言っていいほど動じないから。
「何を言っているんですかっ。さっきのカーテシー凄かったですよっ。こう、礼儀作法とかさっぱりな私でも凄いと思えるくらいにメチャクチャ綺麗で、もうお手本として百点満点でしたよ!!」
「そう、ですか? 本当に?」
「ですですっ!!」
ぶんぶんと勢いよく首を縦に振るティナ。
その声音も、瞳も、疑いようがないくらい真っ直ぐだから勘違いしそうになる。
異形とは忌避されるもの。
そういうものだということを忘れそうになる。
「っていうか、私にとってはメチャクチャお美しく、大好きな聖女様に教えを請える時点で幸せも幸せ、さいっこうなんですから!! 相応しくないだなんてあるわけねーですよ!!」
「そう……ですか」
どうにも少しズレた回答の気がしないでもないが、そんなことが気にならないくらいにむず痒かった。
「そんなティナさんですからわたくしは……」
「聖女様???」
そこまで呟き、アンジェは切り替えるように息を吐く。むず痒い心地を誤魔化すように言葉を搾り出す。
「いえ。……ティナさんがそこまで言ってくれるのであればわたくしも全力で頑張らないといけませんね」
ぽんっ、と両手(の触手)を合わせてアンジェは言う。
「それでは、早速ですけど先程のわたくしのカーテシーを真似てみましょうか。見て覚えて、後は繰り返し身体を動かして刻み込む。礼儀作法に限らず、何かを身につけるにはそうするしかありませんからね」
「わっかりましたですよ!!」
やる気は十分だった。
結果は散々であったが。
何をどうやれば足が絡まって地面に転がることになるのだろうか?
「こ、これは、中々、その……はい」
「うわあん! 反応に困るってのはこういうことだって言わんばかりですよお!!」
「いえ、大丈夫です。誰でも初めは未熟ですもの。これから、ええ、これから努力を重ねればいいのですから!! さあ、ティナさん。いつまでも転がっていないで練習しましょう! いくらなんでもそんな悲惨な有様では人の何倍も練習しないとどうにもなりませんよ!!」
「意外とズバズバ言われているです? いやまあここまで無様な姿を晒している以上何を言われても仕方ねーですけど!!」
ちなみに本日は日が暮れるまでカーテシーに費やしてようやく足が絡まないようになった。……バランスを崩して地面に転がるのは変わりなかったが。
「ティナさん。頑張りましょう。わたくしでよろしければいくらでも付き合いますから。ね?」
「ぐうう! 優しくされているはずなのになぜか心にクるですよ……」
ーーー☆ーーー
【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
・
・
・
※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル43)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル43)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。