第十八話 天才少女でも成し遂げられないとすれば
百人近いエルフはフィリの転移魔法で投入された。それぞれが魔物へとぶつかり、食い止める。そう、中心に立つ青い肌の女への道を切り開くように。
その時点で四色に束ねられし閃光を両腕で弾いた青い肌の女は魔物へと命令を飛ばしていた。エルフの殲滅を、ではない。
「ここはもういい。お前たちは王都の人間へと恐怖を撒き散らすがいい」
命令を受けた百を超える魔物がエルフからの攻撃を無視して四方に散らばる。主の命令に従って王都を踏み荒らし、そこに生きる人間たちを襲うためにだろう。
そういう悲劇が見逃せないからこそエルフたちはこの場に踏み込んできた。
だけど。
だけど、だ。
「ちい! 面倒なことを──」
王都という人間の領域へと魔物が散らばったことにクリナが舌打ちをこぼしたその瞬間だった。
瞬きの暇もなく。
目の前に青い肌の女が迫っていたのだ。
「ッ!?」
腕を横薙ぎとする。たったそれだけで空気が破裂するような異音が炸裂する。未だに音速超過には至っていない一撃であった。
だから、後ろに控えていた二人のエルフが間に合ったのだろう。
「姫様!!」
「はぁっ!!」
リーゼ、そしてフィリ。
風属性魔法を纏った薄刃の剣が唸り、砲撃魔法による魔力の閃光が掌から放射される。
不可視の『飛ぶ斬撃』と魔力の閃光が青い肌の女へと襲いかかり、横薙ぎにされた腕の軌道を僅かに逸らす。直撃を阻止する。
エルフでも精鋭たるリーゼやフィリでも逸らすのが精一杯だった。それでいて、ステータスを読み取れる彼女たちは青い肌の女の本気はこんなものではないことも分かっていた。
「あは」
笑みが。
その笑い声が耳に届くか否かでのことだった。
衝撃があった。
それがどんな魔法か認識する暇すらなく、ただただ圧倒的な力にクリナもリーゼもフィリもいとも簡単に薙ぎ払われたのだ。
「あははははは!!」
笑みが続く。未だ吹き飛び、宙を舞っている最中の三人に向けて青い肌の女が掌を向ける。そこから魔力の奔流、砲撃魔法(レベル99)が放たれる直前であった。
四方八方から魔法の雨が降り注ぐ。百人近いエルフ、その総攻撃である。
王都に散らばった魔物の群れへの追撃に移ろうとしていたのだろうが、エルフの姫君がピンチとなれば彼女を助けることを優先するに決まっていた。その選択が、魔物という脅威を好きにさせることが、巡り巡ってどこの誰の糧となるかなどわかるわけもなかったから。
「あはははははははははははははは!!!! そうだ、それでいい! 無駄な足掻きをすればするだけ、踏み躙られた時の負の感情もまた強くなるのだから!! さあ、収穫の時だ。女神さえも超越する力を得るためにも強く、醜悪な感情を迸らせてくれよ!!」
青い肌の女が両手を広げる。
それだけで全方位から降り注ぐ魔法が散らされる。代わりというように禍々しい黒き暴風が溢れ出そうとしていた。
青い肌の女の周囲。姫君たるクリナを含む百人近いエルフもエルザ=グリードもギルドマスターも纏めて呑み込み、苦痛を与えるための暴虐が解放される──その、寸前の出来事だった。
ゴッッッ!!!! と。
ようやく地面に叩きつけられたクリナたちを追い越し、青い肌の女の懐へと飛び込んだ少女の拳が唸る。
身体強化魔法(レベル94)。
すなわち、その拳の主は、
「ティナあ!?」
クリナの叫びに応えるように拳が真っ直ぐに青い肌の女へと放たれていた。
だが、そう、アンジェ=トゥーリアだった何かはレベル99の魔法を揃えている。もちろん漆黒の暴風だってレベル99の魔法によるものだ。
胸部を貫かれ、それでも戦線復帰できるまで待ち直したとしても、根本的に力不足であることに変わりはない。
禍々しい漆黒の暴風に指向性が生まれる、竜巻の槍と化してティナへと放たれる。
最高峰ランクの冒険者などという肩書きがあろうとも、その拳にはアンジェ=トゥーリアに並び、凌駕するような力など備わってはいない。レベル99には至っていないのだ。
だから。
しかし。
「人が寝ている間に! クリナたちに何をやっているですかあ!!」
ようやく邪神は思い出すが、遅かった。
凄まじい轟音が炸裂した。
漆黒の暴風の槍と拳が激突。そのまま槍を殴り散らし、アンジェ=トゥーリアだった何かの胸部へと拳が叩き込まれた轟音である。
「が、あ!?」
「聖女様。もう少しだけ我慢してください」
上限突破魔法(レベル6)。レベル分だけ対象の魔法、すなわち身体強化魔法(レベル94)を増幅し、もってレベル100の領域に至った拳であればレベル99だって突破できる。
ティナは言う。
ギュオン!! と、ようやくの『一秒』、純白に光る魔法を纏ったもう片方の拳を頭上に掲げて。
直後、純白の光が弾ける。
青い肌の女は転がるように後方に飛び退いたので巻き込むことはできなかったが、ティナはもちろん百人近いエルフやエルザ=グリードやギルドマスターさえも巻き込まれる形で光が包み込む。
『模倣』されし浄化魔法。
そう、呪縛・心(レベル1)を祓う力である。
「もう『奴』に惑わされることなく! 最短最速で!! 聖女様をお救いしますから!!!!」
あくまでレベル1にできることは限度がある。
これまでは明らかに危険性のある己に刻まれた呪縛・心を浄化するという行動さえも後回しにするような心の動きが誘発されていたのだろうが、呪縛・心の危険性を外部より注力された後まで浄化への流れを食い止めることはできない。
呪縛・心(レベル1)。邪神に都合よく世界が回るご都合主義は粉砕された。ここから先は正真正銘、互いの全力を尽くした戦争となるだろう。
だから。
だから。
だから。
叫び、たった一人で真っ向からアンジェ=トゥーリアだった何かに向かって飛び込もうとしたティナの頭に極大の鉄塊が降り注いだ。
大剣。
二メートルはある大男が扱うそれの剥き出しの刃がティナの頭に叩きつけられたのだ。
ゴォン!! とそれはもう腹に響く轟音と衝撃にさしものティナも素っ頓狂な悲鳴と共に頭を抱えて蹲る。
「ひっ、ひゅふわあ!? なっなんっ、何するんですかおっさん!? 私じゃなかったら頭の先から股下まで綺麗に両断からのえげつない二枚おろしの出来上がりだったですよ!?」
「おめえ相手だから何の遠慮もなく振り下ろしたんだろうが。武具強化の魔法すらかけてねえ大剣でどうこうなるわけねえからな」
「うう、空気読めてねーですね。いつの間に来たのか知らねーですけど、こんな状況でふざけるにもほどがねーですか!?」
「そりゃあ俺の台詞だ。おめえ、一人で特攻仕掛けようとしていたが、聖女を救う道は見えているのか?」
「もちろんです! 聖女様の努力を『模倣』する卑怯な手段ではありますが、『奴』から聖女様をお救いする手段は確保して──」
「そういう話じゃねえよ。その手段とやらはアレと真っ向からぶつかって成功するような代物なのか? アレは聖女の力を完全な精度で使えるみてえだ。そんな相手に、手段とやらがあったとして、おめえ一人特攻しただけで本当に聖女を救えるのか? っつーか無理だったから無様に胸に穴あけてたんだろうが」
「うっぐ」
「王国最南部の山脈地帯に発生した瘴気に対処した際にもおめえ一人で突っ走った結果、聖女の立場が悪くなったばかりだろうが。ちょっとは学習しやがれってんだ」
「うぐぐっ!!」
何も言えず、唸るしかないティナの頭を掴み、強引に後ろへ動かす。そこに並ぶ者たちへと視線を移動させる。
クリナが肩をすくめて、『やっとこっち見てくれたねえ。詳しい事情は知らないけどお、困っているならそう言って欲しいかなあ』とほんの少し寂しそうに口にする。
フィリが『にゃははっ。まあこうしてズタボロな有様じゃあれだけど、遠慮する必要はないっぽい』と戯けるような笑みと共に言う。
眉根を寄せたリーゼが『いくら貴様が強くとも個人でできることには限りがあるだろうに、どうしてそんな簡単なこともわからないんだかっ』と機嫌が悪いことを隠そうともせずに吐き捨てた。
その他にも多くのエルフが声をかけてくる。あのティナが死にかけるくらいの敵が立ち塞がっているとわかっていて、それでも、だ。
「ティナちゃん」
膝から先が消失してもなお意識を保ち、地面に倒れながらも真っ直ぐにティナを見つめる人間が一人。
エルザ=グリード。
ティナの師匠は両足を失ったことによる激痛など感じさせない、穏やかな笑みを浮かべていた。
「師匠……って、よく見たらその怪我どうし──」
「今はそんなことを気にする必要はありませんわ。ティナちゃん。貴女には命をかけてでも成し遂げたいことがあるのでしょう? だったら、それは行き当たりばったりで取り組んでいいものではありません。なぜならそれは努力したから、命をかけたから、だから失敗してもいいと諦めがつくものではないはずですから」
ならば、と。
柔らかく目元を細めて、母親が娘に優しく言い含めるようにエルザは言う。
「持てる力は全て使いなさい。自分一人の力だけで足りないのならば、周囲の助けを借りなさい。ティナちゃんが命を賭けてでも成し遂げたいことがあるというなら仕方ないから付き合ってあげると、そう断言できるからこそ私も、他の者たちも逃げ出すことはないのですから」
「……っ」
静かに。
ティナは周囲を見渡す。
多くのエルフが、クリナが、リーゼが、フィリが、ギルドマスターが、そしてもちろんエルザ=グリードがティナを見つめていた。
アンジェ=トゥーリアだった何かとはもうぶつかったはずだ。その力は十分に思い知っただろう。
エルザはもちろん、よく見ればギルドマスターも他の多くのエルフだって無傷とは言い難いのだから。
逃げたってよかったはずだ。
立ち向かうにしても一度撤退し、然るべき戦力や作戦を揃えてからのほうがよかったはずだ。
聖女は魔に堕ちた。魔物を使役し、聖女自身も他者に危害を加える脅威へと変じた。そう、『魔物のように』。
ならばとりあえず殺すのが常識だ。元に戻せるかどうか検討する必要もない。とりあえず殺しておけば未だ汚染されていない者たちは助けられるのだから。
今までだって魔物相手にそうしてきた。
『魔物のような』、それでいてより強大な脅威相手にそうしない理由はないはずだ。
だけど、だ。
ティナは言った、聖女様をお救いしますから、と。その流れに乗っかってやると皆が示しているのだ。
その選択がどれだけ危険だとしても。
とりあえず聖女を殺す道を選んでおけば命を失うリスクを少しでも減らせると分かっていても。
ティナが聖女を救う『道』を選んだのならば、困っている者に手を差し伸べる当たり前を貫くというのならば、それに付き合うために命を賭けてやると。
逃避することなく、殺意を迸らせることもなく、じっとティナの次の言葉を待つその姿勢でもって示されたのならば。
「どうしようもねー馬鹿ばっかですね」
聖女を救いたいというのはティナの我儘だ。
瘴気の『被害者』である多くの魔物はとりあえず安全を確保できるのならばと殺されてきた。ティナだって数え切れないほどその手にかけてきたが、『命』に優先順位をつけるような、疑いようもない外道に堕ちていたのは魔物を救う手段を知っていて、それでも後回しにしてきたティナ『だけ』だ。
今まさに命を脅かされていようとも聖女を救う『道』があるなら力を貸してもいいと、知ったならば今更殺す『道』は選べないと、無言のままに示してみせた皆はまさしく英傑や勇者とでも呼ぶべき傑物だろう。
ティナには無理だ。
瘴気と同じく魔物化もまた浄化できると知って、なお、聖女のためだけに魔物を経験値のために殺す道を選べるような外道にはそんな胸を張れるような選択はできない。
真っ直ぐに、純粋に、ブレることなく。
ティナにできるのはたった一人を救うために拳を握ることだけである。
「みんな」
ティナは、弱い。
天才だの何だの呼ばれていようとも、実情はこんなもの。一人ではここまで事態を悪化させてしまったことからもそれは明らかだ。
アンジェ=トゥーリアがあんな風になってしまうまで何もできなかった。そんな無力で、卑怯で、外道でしかないティナは、しかし、だからこそ、諦めることはできなかった。
逃げて、と。
みんなの命を優先するならばそう言うべきなのに、みんなの優しさに、ティナとは比較にすらならない強さに甘えてしまう。
だから。
「私はどうしても聖女様を諦められねーです。だから! お願いだから!! 聖女様をお救いするためにみんなの力を貸してください!!!!」
どこまでも無力で、どこまでも卑怯で、どこまでも甘ったれたその叫びに、しかしみんなはこう即答してくれた。
『おう!!』、と。
最高峰ランクの冒険者がどうした。
レベル94の身体強化魔法がなんだ。
天才の冠なんてくだらない。
そんなガワだけ立派な暴力なんかよりも、もっとずっと強い『力』はすぐそばにあった。
この『力』があれば。
たった一人、単なる天才少女ではできないことだって成し遂げることができる。
ーーー☆ーーー
もうご都合主義に縛られることはない。
何が何でも救い出す。その決意は今こそ真なる形へと至った。
後は『全て』を賭して闘い、大切な人を取り戻すだけである。
ーーー☆ーーー
【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
邪神より呪われし悪女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
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※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル100)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル100)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。




