第十七話 純白なりし領域
床も壁も天井もなかった。全周が純白の光に満ちていた。『ここ』に立っていながら、どうして『ここ』に立つことができているのかすらティナには理解できなかった。
明らかに異常な空間。
しかしティナはそんな些事に構うような精神状態ではなかった。
ただ一つだけ。
彼女はその一つのことしか考えていなかったのだから。
「ふんっ。気に食わないのじゃ。可能性があるとすればお主だけとはいえ、わらわの最愛の魂にちょっかいを出すだけでなく、よりにもよってわらわの最愛を穢した血脈ごときに頼らねばならぬとはっ」
だから、いきなり現れたティナよりも小柄で、全身真っ白な──そう、異様に何重にも重ねられた見たこともない服だけでなく髪から瞳から肌からとにかく彼女を構成する因子の全てが『白』なのだ──女の子が何事か言っていたが、完全に無視していた。
『ここ』がどこだか知らないが、こんなところに篭っている暇はない。魔法を発動、純白の光に満ちた『ここ』をぶち破って外(……なんてものがあるのか不明だが)に出て、たった一つの果たすべきことを果たさんとするが──
「魔法が発動しねーです?」
「こらーっ! わらわを無視するでないぞぉーっ!!」
ぴょんぴょんしていた。
目の前で跳ねる小さな影を見下ろし、ティナは眉をひそめる。
「『ここ』から脱出して元の場所に戻る手段に心当たりはあるですか? あるならさっさと話すですよ」
「不遜な態度であるの。醜悪な血筋は礼儀の一つも知らぬらしい」
「何でもいいですから、早くするですよ」
「精霊の力を借りて天なりし上位の領域の一端を覗き込んだからと勘違いしているのではないか? お主は単なる人間でしかない。決して天なりし上位の領域に君臨するわらわと対等に口が聞けるわけがないと知るがいい!!」
「チッ。時間がねーってのにごちゃごちゃとつまんねーことばっか騒ぐ奴ですよ」
「しっ舌打ちじゃぞ!? こっこの、やはり貴様の血脈は最悪じゃな!! 最愛の血が薄まっているだけはあるぞ!!」
プンスカ頬を膨らませて地団駄を踏む謎の女の子。普段のティナであればもう少し冷静に話ができていたのかもしれないが、『あんなもの』を見た直後ともあって感情が制御できずに八つ当たりじみた言葉が放たれていたのだ。
アンジェ=トゥーリアは『奴』の手に渡った。
最後の最後、胸部を貫かれる前に見たステータス、その【状態】に刻まれし呪縛は体だけでなく心さえもレベル100に至っていたのだから。
「はぁ。私にはこんなところで時間を無駄にしている暇はねーんですけど」
「馬鹿者が。『ここ』は臨死体験や生き霊の滞在領域、すなわち現世とあの世の中間となる空間じゃ。その分だけ天なりし上位の領域とも近いから邪神のような現世にも降臨できるくらい浅い階層の神格とは比較にならないほど高次の神格であるわらわでも『ここ』の魂相手なら言葉を交わすこともできるというわけじゃな。それくらい特殊な空間であるがために『ここ』と現世との時間の流れは違うのじゃ。ゆえに多少会話をする猶予くらいはあると知るがいい。そうでなければわらわももっと焦っておるわ!」
「わけわかんねーですけど……とにかく、それだけ『ここ』に詳しいなら『ここ』から抜け出す方法も知っているんですよね? だったらさっさと教えるですよ!! 私はこんなところで遊んでいる暇はねーんです!!」
「話を聞いておったか? 心配せずとも多少話をする猶予はある! だから大人しくわらわの話に耳を傾けるがいい!! 最後まで付き合えば『ここ』から抜け出す方法についても教えてやるからの!!」
「……っ……。なら、早く話とやらをするですよ。早く!!」
「くそう、生意気な小娘じゃな! 最愛の魂のためでなければこんな穢れに穢れた血筋など握り潰してやるのじゃからなあ!! わかっておるのかこらぁーっ!!」
不機嫌そうに吐き捨てながらも、純白の女の子にも事情があるのだろう。その口から『話』が紡がれていく。
ーーー☆ーーー
曰く、アンジェ=トゥーリアを好きに支配しているのは邪神エルゴサーガ。憎悪や悪、すなわち負の感情を糧とする超常存在である。
曰く、神の力は世界に存在する生命が宿す特定の感情の総量に左右される。負の感情を糧とする邪神にとって世界は過酷で、残酷で、悲惨であればあるだけ己の力となる負の感情を誘発できるということだ。だから、世界は『ああ』なった。
曰く、瘴気とは邪神による世界への介入。世界が『ああ』なることで負の感情を誘発するための舞台装置の一つである。魔物という恐怖の象徴、そこから世界に薄く、広く、目に見えない形で散布された瘴気によって全生命に刻まれた呪縛・心(レベル1)を利用して異形という特定の種族への悪感情を誘発し、果てには聖女さえも忌避する流れを作った。ティナに自覚なくとも邪神にとって都合よく機能しているのが呪縛・心なのだから、現世に戻ったら一番に浄化しておく必要があるだろう。……世界に薄く、広く散布されている瘴気を完全に祓うことはできずとも、炎に炙られた鉄を火元から離してもしばらくは熱が残るように浄化魔法の残滓は身体に滞留する。呪縛・心(レベル1)を浄化したとして、そこから五分から十分は目に見えない瘴気の影響を無効化することは可能だろう。もちろん目に見えるくらい高濃度の瘴気の影響までは無効化できないが。
曰く、ティナの存在がアンジェ=トゥーリアを追い詰めた。一度希望を見せてから裏切る『形』へと持っていかれたからこそより強い負の感情が誘発された。逆に言えばそれだけティナの存在がアンジェの中で大きくなっていたということでもあるのだが。だからこそアンジェは憑依していた邪神からの干渉を防ぎきれず、体も心も塗り潰された。これまでは浄化魔法の源たる女神の祝福で何とか守れていたが、アンジェの心が折れて、自ら魂を差し出す形になっては守れるものも守れない。
曰く、全ては瘴気からなる状態異常、呪縛によるもの。アンジェ=トゥーリアを救うための手段はすでにステータスにだって提示されている。というか、純白の女の子の介入によって初めから示していたはずなのだ。それを無駄にしてこんな最悪の状況に至るなど無能の極み。いかに呪縛・心によって本人さえも気づかないうちに出力されるべき行動が歪められていたとはいえ、レベル1であれば小さな誤差。もっと賢くあれば、もっと芯があれば、もっと強くあればこんな事態を招くこともなかったというのに。
だけど。
だからこそ。
「わかっているですよ、全ては私の力のなさが原因です。だけど、だからこそ! 『奴』から聖女様をお救いするのは私の役目ですよ!!」
その言葉に。
無能だのなんだのつらつらとティナを責めるような言葉を並べていた小さな純白の女の子はふんっとそっぽを向く。
「負け犬が生意気じゃの。ここから先、敗北すれば取り返しはつかないとわかっておるのか?」
「もちろん、わかっているですよ」
「……神格としての『制限』さえなければ邪神のようなウジ虫、わらわが叩き潰してやるのじゃが、今回はお主たち現世の魂に譲ってやる。いい加減あのクソ野郎の横暴にはうんざりしておるからの。徹底的に叩き潰してやるのじゃ!! というか相打ちで邪神もお主も死んでしまうがいい!!」
「相打ち云々はともかく、貴女に言われずとも聖女様を好き勝手してくれたクソ野郎は確実に叩き潰すですよ」
返して、ティナはゴギリと拳を握りしめる。
そして、そして、だ。
「で、もう話は終わりです? だったらどうすれば『ここ』から脱出できるかさっさと教えるですよ」
「馬鹿者が。わらわは言ったぞ、『ここ』は臨死体験や生き霊の滞在領域、すなわち現世とあの世の中間となる空間じゃと。お主の肉体が持ち直せば自ずと現世に戻れようぞ。精々条件反射的に発動している身体強化魔法によって増幅された自然治癒力が致命傷を癒すことができるのを期待することじゃな」
ーーー☆ーーー
【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
邪神より呪われし悪女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
・
・
・
※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル100)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル100)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。




