第十五話 例え勝ち目がないとしても
「あは」
パーティー会場に悲鳴が炸裂する。これまで無責任に石を投げてきたアンジェ=トゥーリアの豹変。いくら悪感情をぶつけても反撃されることはないなどと根拠のない自信でもあったのか。『こうなる』だなんて誰も考えてすらいなかった。
「あはははははは!!」
笑い声が響く。仮にもこの場で行われていたのは魔法の才能に満ち溢れた貴族の令息令嬢、それも最高峰の魔法学園たる王立魔法学園に属する者たちが参加するパーティーである。
誰かが大声で喚きながら魔法を放った。高貴なる貴族の血が秘めし魔法の才に満ちた一撃はそれこそ騎士をダース単位で殺せるだけの威力はあるものだっただろう。
だが、本当は魔法を放った誰かも本能で理解していたのかもしれない。ティナ。最高峰ランクの冒険者にして現在世界に二人しかいない浄化魔法の使い手。これまで冒険者として数々の偉業を乱立してきた彼女でさえも瞬殺されたのだ。
力の差は歴然だった。
直撃。しかしかすり傷一つ刻むことはできなかった。
そもそも青い肌の彼女は迫る魔法を見てすらいなかった。そよ風を感じたほどの反応もなかった。あるいは、そう、直撃したことに気づいてすらいないのかもしれない。
身体強化魔法。
レベル99。
人間という存在が到達可能な上限。多くの動植物は瘴気を受けたことで飛躍的に力を増すがゆえに魔物は脅威として人々を苦しめてきたが、そもそも上限に至っているアンジェは出力制限を受けている浄化魔法を除き、全ての魔法が異形と化す前と後とで変化がなかったくらいだ。
この世界の生命が至ることができる限界、上限へと到達している怪物。そんなものに魔法の一つすらもレベル99に至っていない有象無象が敵うわけがない。
「あはははははははははははははは!!!! これがアンジェ=トゥーリア、これが女神に愛されし生命か!! こんなにも踏み躙り甲斐のある生命も他にないよなあ!!」
アンジェ=トゥーリアの口で。
アンジェ=トゥーリアの声で。
だけど、違う。致命的に異なる。
光は闇に覆われた。塗り潰されたのならば、そこに浮かぶは禍々しい黒に他ならない。
アンジェ=トゥーリアであり、そうではない。
禍々しい邪悪の象徴が君臨する。
「ああ、そんなに恐怖して愛いことだ。その恐怖心はお前たちが生きていることで予の糧となるのだから」
だけど、と。
何かが、そこで切り替わった。
「どうせなら派手に演出するのもアリかもな。お前たちを消費してより多くの生命より負の感情を誘発する。そのために必要な手段はこれまでの経験則で理解しているとも」
瞬間、アンジェ=トゥーリアと呼称するしかない何かを中心として勢いよく『それ』は噴き出した。
漆黒の粒子、その塊。
津波のように押し寄せる『それ』は──
「ま、さか、瘴気か!?」
「なんでえ!? どうしてこのタイミングで瘴気が発生するんだよお!?」
「聖女っ、おい聖女!! 瘴気を浄化するために聖女は存在するんだろうがっ。早く役目を果たし、う、うわあああ!? こっちにくるなあ!!」
「あんっ、アンジェ=トゥーリア公爵令嬢様あ!! これまでの無礼は謝ります、だからっ、ひっひいいっ! たじゅけっ、わたしだけは助けてくださいぃいいい!!」
「や、やだ……魔物になんてなりたくないよおおおおおお!!」
瘴気がパーティー会場に溢れる。
瞬く間にパーティー参加者であった令息令嬢を呑み込み、その肉を血を骨を作り替えていく。
魔物。
これまで忌避していた異形の女の果てとなる恐怖の源泉へと。
轟音が炸裂する。令息令嬢が溢れた瘴気の全てを吸収し、大小様々な魔物へと変貌。その変化はパーティー会場に収まりきれず、巨大な体躯でもって会場となった建物を内側から砕いた音だ。
爪や牙を伸ばした獣や巨人といったものから粘液やガスを撒き散らしながら触手や形容し難いグロテスクな何かで肉体が構成された魔物の軍勢であった。異形。散々陰で忌み嫌ってきたものに変じた彼らの心中はいかほどか。そもそも何かを考える頭が残っているかも不明ではあったが。
その変貌の原因たる瘴気はティナにまでは及んでいなかった。
もちろん見逃したわけではない。アンジェ=トゥーリアであればまだしも、そうとしか呼びようのない、しかし致命的に異なる何かが特定の誰かに慈悲を与えるわけがないのだから。
「せっかくその存在の価値を高めてやったんだ。これまでの聖女と同じくレベル100の瘴気があたかも浄化されたように振る舞ってでもな」
簡単な話だった。
瘴気は魔法である。瘴気に蝕まれて魔物と変じた者には呪縛・心や呪縛・体が刻まれる。その状態異常のレベルは100。であれば、その原因たる瘴気だってレベル100に至っていないと論理が成立しない。
茶番。
あくまで聖女という希望を生み出して、踏み躙ることで感情の落差からくる強烈な負の感情を誘発するためだけにわざと瘴気が浄化魔法によって祓われたように演出してきたのだ。
「ティナ。その価値は今こそ最大限活かされる」
全ては邪神を満たすためだけの茶番。
レベル99までしか至ることのできないこの世界の脆弱な生命には初めから勝ち目などなかったのだ。
百を超える令息令嬢だった魔物を従えて。
アンジェ=トゥーリアというこの世界で最強と呼んでいい規格外の生命を支配して。
悪感情の総量、生きている者たちの恐怖や絶望を糧としてどこまでも膨らんでいく超常存在は胸部のほとんどを失うほどの風穴を空けて、なお、息をしているティナへと言い放つ。
「アンジェ=トゥーリアは魔に染まり、人々の希望として持ち上げられたお前が敗北したその姿を見せびらかす。そうしながら、瘴気をそこらじゅうに撒き散らす。浄化魔法という希望を失った連中がどれだけの悪感情を溢れさせるのか、今から楽しみで仕方ないなあ!!」
そして。
そして。
そして。
「ティナちゃんっっっ!!!!」
「よお、ウチのギルドのもんに何やってんだ?」
ザザッ!! と。
二人の男女がティナを守るように割って入る。
エルザ=グリード。
グレイ=リュカシー。
ティナの師匠、そしてギルドマスター。ティナの人生の中でも有象無象とは呼べない者たちは真っ向から魔物の群れを従えるアンジェ=トゥーリアだった何かを見据える。
力の差は歴然だ。それくらい冒険者として生きてきた二人は理解していた。それでも、見捨てるなんて利口な選択はあり得ない。
娘に似ていて、しかしもうそんなこと関係なく大切なティナを守るために。
小国の滅亡や同僚の冒険者の死を見てきた彼にはもうこれ以上の死を許容するつもりはなかったから。
戦う理由は十分。
ならば後は未だ息をしているティナを何が何でも救い出すだけだ。そう、奇跡だろうが何だろうが手繰り寄せて望む結末を掴んでみせろ。
対して。
アンジェ=トゥーリアだった何かは立ち塞がってきた二人を眺めて、淡々とこう命じた。
「やれ」
直後、百を超える魔物が殺到した。
世界に恐怖を刻んできた負の象徴がその力を存分に振るう。
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【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
邪神より呪われし悪女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
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※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル100)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル100)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。




