第十一話 真なる聖女
ティナが浄化魔法によって瘴気を祓った事実は瞬く間に王国を駆け巡った。
何せあそこには冒険者や騎士、名誉を得ようと躍起になっていた貴族など多くの目があったのだ。ギルドマスターは『下手に情報を拡散させては聖女の立場が悪くなる』と危惧していたが、いかに冒険者には強く出ることができる彼でも騎士や貴族の口を封じることはできない。
数日もすればティナは異形の女よりも遥かに強力な浄化魔法を扱える真なる聖女なんて言葉が飛び交うほどの有名人となっていたのだ。
そんなこと、もちろんティナは望んでなどいなかったが。
「ふざっっっけるんじゃねーですよ!!!!」
ドゴォンッッッ!!!! とティナが浄化魔法を使った件が広まればある程度どうなるかを読んでいたギルドマスターの管理する『隠れ屋』の扉を蹴り破るティナ。そのまま駆け出そうとする彼女の腕を掴むは筋肉の塊みたいな大男、すなわちギルドマスター・グレイ=リュカシーだった。
「待て、どこにいくつもりだ!?」
「ふざけたことほざくクソどもぶっ飛ばしに決まっているですよ!! 私が真なる聖女? ばっかじゃねーですか!? 私は聖女様のようには生きられねーですっ。だって聖女様は誰よりも強く、なのに異形だなんだと聖女様の美しさに対して嫉妬じみた嫌味を言われようとも関係なく人々を守るために命を張って戦っていて、それを、こんなっ、舐め腐っているんですかあ!?」
「わかった、わかったから落ち着け! 先の瘴気浄化作戦でおめえだって決して軽くない傷を負ったはずだ! それが塞がりきっていないうちからはしゃいだって無駄に傷が開くだけだろうが!! 大体何のためにおめえを『隠れ屋』に隠しておいたと思っている? ギャーギャー騒ぐ馬鹿どもがおめえを見つけて暴走しねえようになんだよ!!」
ギルドマスターの命令で『隠れ屋』までティナの評判を調べ、伝えにきた女冒険者が腰を抜かしてへたり込んでいた。ギルドマスターを遥かに凌駕する実力者が殺意を迸らせて暴れているのだ。ただの冒険者には刺激が強すぎることだろう。
ギルドマスターは魔力の関係で全力が出せないというのに最前線で暴れた結果、先程まで意識不明の重傷だったティナの腕を掴みながら、
「俺だってこの掌返しには思うところがないわけじゃねえ。だがよ、考えなしに行動したってどうしようもねえだろ」
「それは……」
「だから、落ち着け。異形ってのはそれだけで忌避されるものってのが深く根付いた『当然』ってヤツだ。俺としてはそんなものくだらねえとしか思えねえが、魔物の恐怖から逃げるしかねえ連中にとっては『魔物のような』異形ってのはストレス発散にちょうどいいのかもしれねえな。その『当然』のせいでエルフは絶滅し、獣人は今もなお奴隷として酷使されているってのは本当気に食わねえが、この辺は慎重に扱わねえと面倒なことになること間違いなしなんだよ」
「異形……。そうです、結局のところやることは変わらねーですよ!!」
「あん?」
ティナはギルドマスターの手を振り払う。
身体強化魔法。膂力や反射神経など肉体に備わる力を増幅する基本的な魔法だが、ティナレベルの使い手が扱うと出力される現象も基本の範疇から軽々と突き抜ける。
全身に刻まれた、それこそ数日もの間昏睡状態に陥るほどの傷がみるみるうちに塞がっていった。自然治癒力の増幅。普通なら目に見えて変化がわかるほど増幅されることはない『力』さえもティナは治癒魔法も霞むほどの『力』へと増幅するのだ。
「聖女様をお救いする。つまり呪縛をぶっ壊せば、異形なんてものも吹き飛ぶし、浄化魔法だって本来の力を発揮します!! そうなれば聖女様がくだらない嫌味を言われることもなくなるです!! だから、だったら、やっぱりこうしてはいられねーです!! すぐに、今すぐに! 聖女様のもとまで駆けつけねーとですよお!!」
ッッッドォ!!!! と。
言下に地面を蹴り、駆け出すティナ。
全力全開。その領域はすでに音さえも置き去りにするレベルにまで至っていた。
「づっ、ぐ……っ!?」
「あれ、おっさん!?」
その領域にギルドマスターは追いつけない。
だけど、せめてその腕を掴み、引っ張られるようについていくことくらいならできる。
身体強化魔法に加えて全身に魔道具による魔力の防壁を展開、それを防具強化魔法で増幅してなおも強烈な負荷に全身が軋んでいたが。
「俺たち冒険者は聖女には助けられてきたんだ。俺の国が滅んだ時には生まれてすらいなかったことを身勝手にも恨んだことさえあったが、聖女が多くの命を救うために頑張ってきたことを知っている。だからこそ魔物の数は減って、俺たち冒険者が危険な魔物を相手して死ぬことも少なくなっているんだ! そうだ、まだ少女って年齢のガキが国さえも滅ぼす脅威を相手にあれだけ頑張っているのを見ていたらくだらねえ逆恨みを続けるのも馬鹿らしくなるよな!! だから、だからだ! おめえだけに任せておくってのは俺の矜持に反するんだよ!!」
「おっさん……」
「それに、おめえに任せておくと考えなしに突っ走るのは思い知らされたからな! ったく、あの時は完全に判断ミスったってもんだ!! 単に聖女を守りたいってだけかと思えば浄化魔法を持ち出すだなんて、ここまで後先考えねえとは想像できねえわな!!」
「うっ!? 何も言えねーですよ……」
「で、結局おめえは何をやるつもりだ? 呪縛だなんだ怪しい単語も出ていたしな。せめておめえが知っていること全部教えることだ!!」
「まあ別に隠すことでもねーですし、私が知っていることでよければ全部教えるですよ。ええと、まずはですね──」
ーーー☆ーーー
ティナが浄化魔法を使って瘴気を祓ったこと。付け加えるならばその瘴気はアンジェが祓うのに手こずっていたという報告が第一王子にもたらされていた。
「くっくっ、ははははは!! ティナが面白い女だとは知っていたけど、ここまでとは流石の俺も予想できていなかったなぁ!!」
額に手をやり、腹の底から笑い声をあげる第一王子。その頭の中ではすでに冷酷なまでの計算が終わっていた。
「当初の予定では最高峰ランクの冒険者でも愛人として囲っておけば色々と便利だし、何より顔が好みだったから手に入れてやるつもりだったけど……本当、面白い女だよ。ここまでされては新たな聖女たるティナを妃として迎え入れてやらないとね!!」
アンジェ=トゥーリアの価値はトゥーリア公爵令嬢であること以上に聖女として瘴気を浄化できる唯一の人間ということが大きい。
その『価値』がアンジェよりもティナのほうが高いというのならば、やりようによってはアンジェを婚約者の座から蹴落とすことだってできるだろう。
なぜなら彼女は異形の女と化している。
その一点だけでも公爵令嬢という『価値』では補えないくらいの汚点なのだから。
……それほどに異形、すなわち『魔物のような』姿形に対して忌避感情が促されるということでもある。
「やっと、あんな醜い女を我のそばから追い払うことができる。はっはっ! そうさ、第一王子にして次期国王である俺の婚約者にあんな化け物女が収まるなんてあってはならないんだから!!」
気に食わない者は潰してきた。
楯突いてきた文官は『不幸にも』強盗に襲われて死んだし、光栄にも自分の相手をさせてやろうとベッドに誘ったメイドが断った際には衰弱死するまで身の程を教えてやったし、第一王子の服を汚したグリード家の娘は『事故死』として処分した上でグリード家が没落するよう周囲の人間を動かした。
それが、聖女という『価値』あるアンジェにだけは通用しなかった。真っ向から潰すには異形という汚点に塗れていようともアンジェの『価値』は未だに高かったがために。
だが、それもティナという上位互換が出てくれば話は変わってくる。世界で唯一の浄化魔法の使い手であるために処分するには惜しいというのならば、より強大な浄化魔法の使い手が現れた時点でアンジェの『価値』は大暴落したも同然だ。
「そうと決まればさっさと醜い女を処分して美しき女を手に入れるとしよう! んっんーっ、これぞ正しき形っ、世界に祝福されし高貴なる俺が我慢してきたことそれ自体が致命的な間違いであったのだからね!!」
ーーー☆ーーー
【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
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※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル69)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル69)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。




