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第九話 ティナらしくあるために

 

 昼ごろのことだ。

 王国南部のある牧場では木の板を簡素に組み合わせただけの柵の中で牛が暴れ回っていた。


 おそらくは競合相手が送り込んできただろうゴロツキが魔力が込められた(不安的な)魔石を放り込み、わざと暴発させたために、だ。


「あのクソ野郎っ。舐めた真似しやがって!!」


「ばかっ。あんなゴロツキはどうでもいい! それより早く牛たちを落ち着かせないと!!」


 牧場の経営を担っている男たちが慌てて牛の群れを落ち着かせようとするが、あまり効果はなかった。


 その時だ。

 ゴッ! と一匹の牛が柵に激突し、砕き、外に飛び出してしまったのだ。


「まずいっ」


 最初の一匹に追従するように牛の群れがパニックのまま外へと飛び出す。


 このままでは牛の群れに巻き込まれる人間が出てくるだろし、そうでなくともパニックのままに民家などにぶつかって怪我をするかもしれない。


 次の瞬間の出来事だった。

 ブワッ!! と強風が吹いたかと思えば、一人の少女が暴れ回る牛の目の前に立っていたのだ。


「あいつどこからっ、いいやそんなことより! 逃げろ嬢ちゃん!!」


 言いながらも、彼の頭の中には最悪の事態が浮かんでいた。薄い赤のポニーテールの少女が血反吐をばら撒きながら牛に跳ね飛ばされる未来を。


「ほいっと」


 だから。

 まさか片手で暴れ牛の突進を受け止めるとは予想すらしていなかった。


「な、ん……っ!?」


 信じられないと目を見開いている間にも少女は縦横無尽に駆け回り、暴れ牛をまるで子猫でも抱えるように受け止め、柵の中へと戻していった。


 最後に近くの木を引っこ抜いたかと思えば、暴風が渦巻き、綺麗に輪切りとする。そうしてできた材木を牛に砕かれた柵代わりに突き刺していったのだ。


「ふう。こんなものですかね。それでは私はもう行くですよ!! 聖女様のもとまで駆けつけねーとですから!!」


 牧場の人間たちが何事か言う暇もなかった。現れた時と同じように少女は一瞬のうちに消え去ったのだ。


「なん、だったんだ……?」



 ーーー☆ーーー



 王都南部のある街に火の手が回っていた。


 魔力付加された道具、すなわち(低出力とはいえ)魔法にも似た効果を発揮する魔道具の安全性を無視した大量生産を目指した結果、多くの不良品が生まれたのだろう。それらが千以上にも及ぶ魔道具と共に倉庫に保管されていたがために不良品の爆発に正常な魔道具も巻き込まれて誘爆。その爆発が周囲の建物にも及び、街の一角を紅蓮に染め上げていた。


 それこそ数百メートルもの炎の柱が空に向かっているように、だ。


「まだ火は消せないのか!?」


「火の手が強く、食い止めるのも困難な有様ですっ。このままでは街そのものが炎に呑み込まれる可能性も!!」


「チッ! 貴族様には連絡がつかないのか!? 魔法で鎮火することができれば……っ!!」


「とっくに逃げてますよ!! 大体、連中の魔法であの規模の火事を鎮火できるわけないですって!!」


「くそっ!! せめて避難誘導だけでも済ませろ!! ……炎に巻き込まれた人々はもう諦めるしかないからな」


 街の治安維持を司る隊長の言葉に部下の男は歯を食いしばりながらも返事を返そうとした、その時だった。



 ゴッッッ!!!! と。

 暴風が炸裂した。



 ゾッと隊長の背筋に嫌な震えが走る。

 炎は風に煽られて勢いを増す。この風で火の手が増せば増すだけ多くの命が炎に呑まれて失われる……はずだった。


 それこそロウソクの炎を吹き消すように、数百メートルもの火の柱のようだった火勢が一瞬で崩れ、吹き飛ばされた。


 そう、数百メートルに及ぶ炎の柱が暴風の勢いに耐えられず消し飛んだというのだ。


「な、にが!?」


 だけではない。

 ドンドゴバゴボンッ!! と火災現場から舞い上げられた多くの『何か』が隊長の近くに降ってきたのだ。


 それは人間だった。

 そう、火事に巻き込まれて焼け死ぬ寸前だった人々だったのだ。


「とりあえず引っ張り出してみたけど、どこに運べばこの人たち治療してもらえるんですか?」


「ッ!?」


 声に、隊長は振り返る。

 そこには薄い赤のツインテールのラフな格好をした少女が立っていた。


 顔立ちこそ愛らしいものではあるが、それ以外はどこからどう見ても普通の少女であった。金髪や碧眼でもないので魔法を扱える貴族ではないはずだ。


 だが、先の言い回しは、


「今のは、キミがやったのか? 本当に!?」


「そんなことより、診療所でも何でもいいですからこの人たちが治療を受けられる場所を教えてください! 手遅れになったら目覚めが悪いじゃねーですか!!」


「あ、ああっそうだなっ!」


 促されるままに診療所の場所を教えると、先程降ってきた人々が再度舞い上がり、指定された場所まで飛ばされていった。


 ということは、本当に彼女が数百メートルもの火の柱を遥かに凌駕する勢いの暴風で吹き飛ばし、なおかつ火災に巻き込まれた人々を救い出したのだろう。


 と、そこで隊長は気づく。

 すでに件の少女がいなくなっていることに。


 ……何やらすでに姿が見えないほど遠くから『聖女っ様あ!! 待っていてくださいねえ!!』という叫び声が聞こえていた。



 ーーー☆ーーー



 夕陽が地を照らす中、王国最南端の山脈地帯にほど近い町へと大小様々な魔物が迫っていた。


 瘴気観測より十時間。聖女による瘴気浄化が終わらないにしても、通常ならばとっくに自然消滅している時間である。


「一年前の観測史上最大といい、面倒な予想外が連続してんじゃねえか!!」


 王国最南端の国境付近を管轄とする冒険者ギルドのギルドマスターにして最高峰ランク持ちでもあるグレイ=リュカシーが苛立ちげに吐き捨てていた。


 五十を過ぎたとは思えないほどに屈強な肉体の持ち主ではあるが、十時間に及ぶ魔物との戦闘で疲労が溜まっているのか、全身から嫌な汗を流していた。


 魔物の爪で引き裂かれた脇腹を押さえながら、迫る魔物の群れを見据える。


 数に意味はない。瘴気が浄化あるいは自然消滅しないことには無尽蔵に湧き出てくるのだから。


「しっかし、らしくねえな、聖女。いつもならササッと終わらせてくれるってのによ」


 グレイ=リュカシーをはじめとして町を守るように数百人の冒険者が展開されていた。彼らの役目は瘴気が消滅するまでに生み出された魔物の討伐。そう、各地に散らばる前に殲滅することで被害を防ぐのが目的であった。


 もちろん冒険者だけでなく国家直属の騎士や『力なき民を守った』という手柄を立てて名誉とするのが狙いの貴族なども瘴気周辺に集まっていた。


 …… グレイ=リュカシーが言った通り、いつもなら聖女の一撃で事が済むので殲滅戦もすぐに終わるのだが、今回に限っては『なぜか』瘴気と浄化の光が拮抗しており、いつまで経っても浄化が進んでいなかった。


(異形化の影響で『多少』浄化能力が落ちたとは聞いていたが、ここまでとはな。だったら今まで助けられてきた分、埋め合わせしてやるだけだ!!)


「おめえら、何シケたツラしてやがる!? 若っけえ女の子が異形だなんだつまんねえ悪意をぶつけられながらも情けねえ俺らのために踏ん張ってくれてんだ!! 俺らにできることくらいしっかり果たしやがれ!!」


 グレイ=リュカシーと同じくどこかしら怪我をしている上に十時間近くぶっ通しで戦い続けてきたことで体力も限界に近い周囲の冒険者たちは、しかし俯きそうな顔を前に向けた。


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 魔物の脅威を知っている彼らだからこそ、聖女がなしてきたことの重要性を理解しているのだ。


 無数の魔物が迫ってくるからどうした。まだ十五歳と若い聖女はその中心でこれまでずっと戦ってきたのだ。


 何やら調子が悪いと言うのならば、その穴埋めくらいしてみせろ。それが、暴力を救いと変える冒険者だろう。


「いくぞおめえら!!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!! と冒険者たちが咆哮と共に魔物目掛けて突撃する──寸前の出来事だった。



 ドッッッゴォッッッ!!!! と。

 彼らを追い越した何かが魔物の群れに突っ込んでいったのだ。



 大小様々な魔物が木っ端のように宙を舞う。最高峰ランクの冒険者たるギルドマスターでさえも負傷するような猛威が落ち葉でも払うような気軽さで吹き飛んでいく。


 その正体は、


「ティナ、か!?」


「おっさん」


 薄い赤のツインテールの少女はランクAの魔物が数十数百と蠢く群れを一息で切り崩した後とは思えないほどあっけらかんとこう言った。


「手助け、必要ですか? どうしようもねーというなら手伝うですけど」


 らしくない言葉だった。

 いつもなら率先して魔物討伐に加わるのがティナという少女だ。危険であればあるだけ強くなるチャンスだと簡単に言うのが彼女らしいというものだ。


 そう、手助けが必要かどうかなど聞くまでもなく、いつもなら彼が止めても勝手に暴れ回るはずなのだが。


「おめえらしさが消えてなくなるくらい優先するもんでもできたか?」


「私らしくねーですかね? 私は今も、これまでだって、聖女様に追いつくためだけに行動しているですけど」


「聖女、だと? ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ギルドマスターとしての視点で見れば、わざわざ最大戦力を好きにさせておくなどありえない。


 だけど──


「こっちはどうとでもなる。というか、どうとでもしてやる。だからおめえのしたいようにして構わねえよ」


「おっさん……ありがとうですよっ!!」


 言下にティナは地面を蹴り、爆発でも起こったかのような勢いと共に駆け出していった。進行方向に立ち塞がる魔物を片っ端から殴り飛ばし、『聖女様あ! 今行きますからあ!!』と叫びながら、だ。


「ギルドマスター、良かったんで?」


「あの手の馬鹿は下手に頭を押さえつけるよりも自由にさせておいたほうが力を発揮するもんだ。というか、無理に引き止めたって注意力散漫の役立たずにしかならねえよ。……何やら聖女は調子が悪そうだし、足手まといにならねえくらいの実力者が護衛としてつくってのも悪くねえしな」


 もちろんだからといってティナに丸投げするほどギルドマスターも矜持を失ってはいない。


 ティナが爆走した後、運良く巻き込まれずに生き残った魔物たちが立ち直る前に鋭く檄を飛ばす。


「そんなことよりだ!! せっかくあの馬鹿がつくった好機だ!! 一気に攻めるぞ!!」



 ーーー☆ーーー



 そして。

 そして。

 そして。



 ティナは夕焼けに染まる山脈地帯でひとり漆黒の粒子が津波のごとく押し寄せる瘴気と相対するアンジェの背中をその目に捉える。



「聖女様!! 助けにきたですよお!!!!」



 ティナ『らしさ』に陰りなし。

 いつも、どこでだって、ティナはアンジェのために拳を握ってきたのだから。



 ーーー☆ーーー



【名前】

 アンジェ=トゥーリア


【性別】

 女


【種族】

 人間


【年齢】

 十五歳


【称号】

 女神より祝福されし聖女


【所有魔法】

 浄化魔法(レベル99)

 炎属性魔法(レベル99)

 水属性魔法(レベル99)

 土属性魔法(レベル99)

 風属性魔法(レベル99)

 雷属性魔法(レベル99)

 身体強化魔法(レベル99)

 転移魔法(レベル99)

 収納魔法(レベル99)

 重力魔法(レベル99)

 ・

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 ・

 ※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル11)以上を使用してください。

 ※詳細を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル20)以上を使用してください。

 ※レベルは99が上限です。


【状態】

 呪縛・心(レベル49)

 呪縛・体(レベル100)

 呪縛・浄(レベル49)

 憑依・魔(レベル分類不可)

 ※詳細を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル20)以上を使用してください。


 エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法(ステータスオープン)を使用することを推奨します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ティナ『らしさ』に陰りなし。いつも、どこでだって、ティナはアンジェのために拳を握ってきたのだから。」 この文好き! 王国南部で問題起きすぎでしょ……。これ、王族の統治悪くない? こんなにも…
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