第八話 瘴気
朝日がのぼる中、ティナの腕が真横に振るわれる。瞬間、数十にも及ぶゴブリンの群れへと暴風渦巻く一撃が襲いかかり、一匹残らず暴風の渦に呑み込まれ、肉片になるまで切り刻まれた。
学園に向かう前の日課として王都から馬で数時間はかかる場所まで出向き、依頼を達成したところだった。
朝、移動から討伐をこなした後で学園に通い、校舎裏でアンジェと話をする。それがティナの日課なのだ。そう、そんなことができるくらいの『速さ』が彼女にはあるとも言える。
ゆえに今日もまた冒険者として依頼をこなしていたのだが、今日はいつもと違った。
「……やった、です」
ぶるりっ、と歓喜に全身が震える。
跳ねるように両手をあげる。
「ついに! 模倣魔法獲得に必要な経験値がたまったですよおーっ!!」
これで聖女様をお救いできるですよと呟いた彼女は即座に王都へと駆け出した。すぐに、今すぐに、『奴』の悪意を祓うために。
──他力本願の『力』だろうが、それでアンジェが救えるのならば構わない。
ーーー☆ーーー
朝早く、アンジェ=トゥーリアはいつもの校舎裏ではなく王国の最南端にある山脈地帯にいた。王都からは馬で一週間以上かかる距離があったが、特定の血筋に依存する治癒魔法みたいな一部を除いたほとんどの魔法を扱えるアンジェにとって距離など転移魔法で無視できるものであった。
「あれが今回観測された瘴気ですか」
巨大な獣の顎にも似た山脈地帯が漆黒の粒子に呑み込まれつつあった。
瘴気。
大地に動植物などこの世の全てを侵食、変異させることで魔物へと変える『何か』である。
発生理由も成分も原理も何もかもが不明。触れれば魔物へと変えられる、という性質のみが席巻している百年以上前からの脅威であった。
発生頻度に規則性はない。数年観測されないこともあれば数日置きに観測されることもある。
事前の察知は不可能。ゆえにこうして発生が確認された時点で聖女が出向き、浄化する必要があるのだ。
一定時間過ぎれば消えることもあるが、それだって規則性があるわけではない。聖女がいない期間もあって、なお、今日まで人類が存続できていることからいつかは消えると考えていいのかもしれないが、もちろん対処が遅れれば遅れた分だけ被害は増大する。
今回だって、山脈地帯を拠点とするいくつかの村がすでに瘴気に呑み込まれている。当然のことながらそこに住んでいた人間たちを魔物と変えた上で、だ。
「──浄化を開始します」
ここからだ。
瘴気より人々を守り、功績を積み上げる。その繰り返しでもっていつかどこかで忌避されない存在となる。
そうなれば、何に怯えるでもなくティナの手を取ってもいいはずだ。
……そもそもティナはすでに異形だろうが何だろうが関係ないと言い切っているのだが、怯えに囚われ、背中を押されているアンジェが己の過ちに気づくことはなかった。
あるいはそういうものであるために。
ーーー☆ーーー
王都近くの街道で若き女商人の荷馬車が横転していた。そこから飛び出した女たちの前に数十人もの荒くれ者が立ち塞がる。
見るからに厳つい顔をした荒くれ者たちはその口に下卑た笑みを浮かべながら女商人、そして護衛である四人の冒険者をジロジロと見やる。
「荷物を置いていけば命だけは助けてやる、ってえのが常套句なんだが、中々に上物揃いだからなぁ。荷物を差し出すのはもちろん、大人しくその身体で俺らを満足させりゃあ命だけは助けてやるってえ言わせてもらおうか」
「ほざくな、ゲス野郎」
四人の冒険者の中でも槍を持ったリーダー格の女が若き女商人やそれぞれの武器を構える仲間たちより一歩前に出て、堂々と言葉を放つ。
「貴様らのような下半身でしか物事を考えられないゲス野郎の好きにはさせない! 私にも、仲間にも、そして何より依頼主にも手出しはさせないと知れ!!」
「ぎゃはっ、はははははは!! いいねえ、いいねえ!! そうやってプライドの高ぁい女ほど屈服させ甲斐があるってものだよなぁ!!」
荒くれ者の一人は下卑た笑みを浮かべる。
笑って片手を振り上げたと共に、であった。
ブォッワァ!! と紅蓮に輝く炎が出現したのだ。
「魔、法……!?」
それはごく一部の選ばれた血筋にのみ宿る奇跡だった。物理現象を増減、あるいは歪め、生み出し、使役する超常。魔石によって硬度や切れ味を増幅しただけの得物では到底敵わない『力』そのものである。
「どうしてアンタみたいな奴が魔法を使えるのよ!?」
「なぁに、大した理由でもねえよ。確かに魔法ってのは貴族の特権だが、没落だの禁じられた恋だの欲望発散だので血が『流れる』こともある。俺もそうして『流れた』血を引く一人ってだけだ」
それよりも、と。
荒くれ者は下卑た笑みを深めていく。
「たかが魔力付加された武器で魔法に太刀打ちできると思うか?」
「……ッッッ!!!!」
貴族が貴族たるのは国家の仕組みや歴史の積み重ね以前にその『力』に由来する。
魔法。
その『力』こそ貴族という特権階級が今日まで維持されてきた最たる柱なのだ。
迷いは一瞬。
冒険者として生きると決めたあの日にとっくに覚悟はできていた。
「イル、ミツリ、アイカっ。依頼主を連れて逃げなさい! あの魔法使いは私が食い止めるから!!」
「ばかっ。サクを見捨てられるわけないじゃん!! そんなことするくらいなら一緒に死んだほうがマシよ!!」
せめて仲間と依頼主だけは守る。
そのためなら命だってかけてやる、と背後からの声を振り払うようにリーダー格の女が槍を握り直し、駆け出そうとした時だった。
ボッッッ!!!! と、背後で轟音が炸裂した。遅れて肉が焼ける嫌な臭いが漂ってくる。
喉が干上がる。
心臓が不気味に震える。
まさか、と否定したかった。
だけど、振り返ったその先には──
「ぎゃは」
どこまでも下卑た笑い声が。
突き刺さる。
「ぎゃはははははっ! まさかとは思うが、逃がすとでも思ったかぁ? 俺がお前たちに目をつけたんだ。その時点で逃れられるわけないだろうがよぉ!!」
周囲の荒くれ者たちが同調するように笑い声を上げたり、卑猥な言葉を投げかけたりしてくる。
そんなもの、耳に入っていなかった。
リーダー格の女の視線の先。そこには炎に焼かれ、地面に倒れる仲間たちや依頼主の若き商人の姿があった。
「き、さま……」
ギヂリ、と槍を握る手に力が込もる。
怒りに、憎悪に、魂が沸騰する。
「貴様ァッッッ!!!!」
瞬間、リーダー格の女は魔法使いの荒くれ者目掛けて駆け出していた。力の差は歴然だと分かっていても、相打ちになってでも殺してやると。
「ぎゃはははっ!! 哀れだなぁっ。そうやって特攻仕掛けたって圧倒的な力は全てを粉砕する。お前たちは! 大人しく慰みものにでもなってりゃあいいんだよぉ!!」
そして。
そして。
そして。
ゴッパァァァンッッッ!!!! と凄まじい轟音が炸裂した。炎の魔法がリーダー格の女を薙ぎ払った音ではない。
まるで爆発であった。
魔法使いの荒くれ者も、彼がリーダー格の女に向けて放った炎も、彼の周囲にいた荒くれ者たちも全てがその爆発のような『突進』に巻き込まれたのだ。
炎が、散る。
魔法という絶対的な『力』が呆気なく吹き散らされたのだと気づいた時には巻き込まれた荒くれ者たちが地面に叩きつけられた後だった。
誰一人として例外なく、立ち上がることはなかった。
「……とりあえず王都まで『飛ばす』から、怪我人の治療はそこで済ませるですよ」
爆発で舞い上がった粉塵に隠れていたが、そこには『誰か』がいた。魔法使いさえも含まれる数十人の荒くれ者を一撃で薙ぎ払った『誰か』が、だ。
意外にも耳に届いたのは少女のような声だった。
「あっあのっ!!」
話をする暇もなかった。次の瞬間にはリーダー格の女や炎の魔法で火傷を負った三人の仲間や女商人は突如発生した風に舞い上げられ、文字通り王都へと『飛ばされて』いたのだから。
「ぐう。王都に戻ったはいいですけど、まさか聖女様が瘴気を祓いに出ていたとはっ。早く、今すぐに! 聖女様のもとに駆けつけねーとです!!」
言下に粉塵を引き裂き『誰か』は飛び出した。
薄い赤のツインテールを靡かせた少女が『だいっ好きですよ聖女様あ!!』と高らかに叫ぶ声は『飛ばされて』空を舞ってきたリーダー格の女の耳にまで届いていた。
ーーー☆ーーー
【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
・
・
・
※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル49)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル49)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。




