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第一話 再会

 


 アンジェ=トゥーリア公爵令嬢は良くも悪くも有名人である。



 幼き頃からこの世の全てを触れただけで()()()()()()瘴気を祓い、もって王国の平穏を守ってきた浄化魔法の使い手たる聖女。


 彼女がいなかった頃の王国では魔物の襲撃によって村が滅ぶことが当たり前であったことを考えれば、魔物の発生源たる瘴気を祓うことで魔物の生息数を減らす聖女の重要性もわかるというものだろう。


 そんなアンジェ=トゥーリア公爵令嬢が観測史上最大の瘴気の浄化と引き換えに肉体を蝕まれ、呪いを受けることになったのは一年前のことだ。


 清らかな両腕は肩口より噴き出すように生える無数の触手と変貌し、黄金のように煌びやかな金髪は闇のように昏く染まり、宝石のように綺麗だった碧眼もまた闇を凝縮したようにどす黒く染まり、きめ細かな肌は漆黒の鱗に覆われた。


 異形化。

 外見がまさしく魔物のように変じたのだ。


 幸いなことに瘴気に穢されたからか弱体化してはいても聖女としての能力は失われていなかった。そのため聖女としての役目を果たすことはできたが、異形そのものの外見を周囲の人間は快く思うことはなかった。


 彼女の婚約者である第一王子が吐き捨てた『王国の守護者たる清らかなる聖女を娶るはずがなにゆえ化け物女を娶らなければならないのだ』などという言葉が当のアンジェの耳に入るほどには異形とは忌避されるものなのだ。


 それでも大抵の人間は瘴気を浄化し、魔物の猛威より王国を守護してくれている聖女にあからさまな嫌悪を向けることはなかったのは救いとなるのか。打算でしかなくとも、歴代の亜種族のような扱いを受けることはなかったのだから。


 アンジェ=トゥーリア公爵令嬢は異形の化け物女である。かつては社交界の場で感嘆とした目を向けられるくらいには美しかったのかもしれないが、今の彼女はまさしく魔物のような醜い女であり、忌避するべき存在である。少なくとも多くの人間は()()()()()()としてアンジェを扱い、アンジェもまたそのことを受け入れていた。


 全てわかった上で、それでもアンジェは自身を忌避する者たちのために瘴気に立ち向かうことをやめることはなかったのだ。公爵令嬢としての義務、そして聖女として力を授かったからには見知らぬ誰かを救うのは当然だという使命感でもって。


 ……少なくともアンジェ=トゥーリア公爵令嬢はそんな自分の考えに疑問すらもっていなかった。



 ーーー☆ーーー



 貴族の血筋に魔法の才能は宿りやすいため、必然的に最高峰の魔法学園たる王立魔法学園は社交界の縮図と化していた。


 学園の長い歴史の中でも平民が足を踏み入れるようなことは(血筋に左右される魔法の才能の差から)設立から一度もなかった。


 そんな王立魔法学園にはじめて平民が合格したのだという。


 聖女としての浄化能力とは別に基本的な魔法の腕も極めて高く、現役の騎士さえも凌駕する実力者であるアンジェ=トゥーリア公爵令嬢の耳にもその噂は入ってきたものだ。


「……平民が、ですか」


 現在二年生のアンジェは極端な選民思考など持ち合わせていないが、さりとて現実を無視して人類皆平等などとのたまうつもりもない。本当に人類が平等であれば聖女などというものは生まれない。努力では覆せない才能というものは確かに存在しており、魔法においては血筋が深く関係しているのだ。


 だが、件の平民はその常識の埒外に存在するという。血筋に関係なく、王国でも最高峰の魔法学園に足を踏み入れたことに興味が湧いた。


 とはいえ、だ。

 社交界の縮図としての意味もあることから学園に通わざるをえないとはいえ、今のアンジェは異形そのもの。トゥーリア公爵令嬢という看板にすり寄ってくる者たちでさえも顔を引き攣らせるような有様なのだ。


 件の平民に恐怖を与えたいわけではない。

 ゆえに興味はあっても会いに行こうとまでは考えなかった。



 と、結論づけた次の瞬間であった。


「あんの()()()()め身分的にこっちが逆らえねーことをいいことにベタベタベタ鬱陶しいにもほどがあるですよ!! 大体あんなにもお美しい()()()がいるってのに何を私なんかに色目使ってやがるんですかもお!!」


 人目に隠れるように校舎裏で膝を抱えて座り込んでいたアンジェのもとへと件の平民は顔を出したのだ。



 薄い赤髪をツインテールに纏めた、活発そうに光る赤き瞳の少女だった。動きやすそうな裾の短いズボンにシャツという格好もそうだが、貴族に多い金髪碧眼ではないその赤髪や赤き瞳からして件の平民であることは間違いないだろう。


「……ッッッ!?」


 少女の眉が跳ねる。

 そのような反応にももう慣れていた。何せ人間とは思えない異形へと成り果てたのだ。瘴気を祓い、もって国内の安全を維持することは『当然』であり、こうして瘴気に犯され、異形と成り果てたのはアンジェの過失である。


「ひっ」


 ゆえに忌避されるのは『当然』だ。

 貴族、そして聖女としての義務をきちんと果たしていれば起こり得なかったことなのだから、全ては己の能力不足に他ならない。


 ()()()()()()だからアンジェ=トゥーリア公爵令嬢は悪態一つつくこともない。少なくとも周囲に何か漏らすことはなかった。


 だから。

 だから。

 だから。



「ひゃあああああーっ!? せっせせっ聖女様じゃねーですかあああああ!! あの、あのあのっ、大好きです!!!!」



 …………。

 …………。

 …………。


「はい!?」



 ーーー☆ーーー



 アンジェ=トゥーリア公爵令嬢は貴族としての義務として社交界の縮図たる学園に通ってはいるが、結果は芳しくない。


 魔物が村を襲い、自然災害以上の被害を撒き散らす世の中において魔物を連想させる異形とはそれ自体が忌避されるものだからだ。


 遥か過去にはエルフや獣人といった異種族たちも人間からの迫害を受けて絶滅の危機に瀕したほどに『人間とは異なる外見』は悪感情を誘発する……つまり、迫害していいという風潮が出来上がっていた。


 アンジェ=トゥーリア公爵令嬢が目立った迫害を受けていないのはひとえに聖女としての価値あってのことだ。王国で唯一大地や動植物、この世の全てを触れただけで()()()()()()瘴気を浄化可能なその能力が失われれば魔物の脅威が国内を席巻するとわかっているからであり、その価値さえなければかつての異種族のように悪感情からくる迫害を受けるのは明白だ。


 だから。

 しかし。


「聖女様っ、おはようです!!」


「……ええ。ご機嫌よう、ティナさん」


 今にも活気と共に跳ねそうなツインテールの少女が屈託のない笑顔でアンジェに声をかけてきた。


 ティナ。

 平民ながら類い稀なる魔法の才能を発現させ、王立魔法学園への入学を勝ち取った天才である。


「うんうん、今日も聖女様はお美しいですね!! 大好きです!!!!」


「お美しい? 触手と化した腕も、不吉な黒い髪や瞳も、化け物のように肌を覆う鱗も……魔物を連想させるこの姿をティナさんは本当に美しいとおっしゃるのですか?」


「もちろんです!!!!」


 即答だった。

 迷いなどどこにもなかった。


 権謀術数蠢く社交界を生きてきたアンジェの目から見ても、ティナの笑顔には一切の曇りがなかった。


 アンジェが聖女だからと傍目には親しく接しながらも、その仮面の奥で忌避感を滲ませる有象無象とは違う。ティナの笑顔には、裏表がない。腹の探り合いが基本となる貴族同士の付き合いではあり得ないことだった。


 平民だから? いいや、異形と化した後も聖女として瘴気を祓う際に平民の前に姿を晒すことはあったが、その時にだってこんなにも裏表のない笑顔は向けられなかった。


 異形と化した後だって聖女として頼りにはされているだろう。だけど、異形と化す前にはなかった嫌悪だって溢れていた。


 だから、平民だ貴族だそんなものは関係はないのだろう。少なくともこの国の常識として異形は忌避されるものである。()()()()()()であるのが普通であり、そこから逸れているティナが普通ではないのだ。


 お美しいというその言葉は、大好きだという想いは、ティナの本心からくるものなのだ。


「……そう、ですか」


 その真っ直ぐな想いがむず痒かった。

 そんなものをぶつけられるのは初めてで、どうしたらいいのかアンジェにはわからなかった。


「むっ。もしやお疑いじゃねーですか? ですよね!? 心外ですよ、聖女様っ。私は聖女様のことを本当に、本気で! 心の底から!! お美しく、大好きだと思っているんですからね!?」


 その言葉に何事か返せなかったのはひとえに真っ直ぐすぎる想いに怯んでいたからだ。だが、ティナには伝わらない。魔法の才能はあろうともこれまで平民として権謀術数など関係ない世界で生きてきた少女には表情や声音から思考を読むような能力はない。


 ゆえに、返事がないことをティナの言葉を信用していないからだと捉えた。


「むむう!!」


 ゆえに、心外だと言いたげに頬を膨らませるティナ。


「ふんだっ。信用してくれないならそれでもいいですっ。私の想いは本物だとわかってもらえるまでぶつけにぶつけまくるだけですから!!」


「いえ、ティナさんの言葉を疑っているわけではないのでございますけど」


「……、本当ですか?」


 じっと、真っ直ぐにアンジェの目を見つめるティナ。


 混じり気のないその瞳を見ていると胸の奥からむず痒くなってしまい、視線を逸らしてしまった。


「あーっ! 目を逸らしたですっ。やっぱりお疑いですよね、そうなんですよね!?」


 そんなアンジェの反応を間違えて捉えたティナはびしっと指を突きつけて、こう宣言した。


「こうなれば、うん。やっぱり私の想いは本物だとわかってもらえるまでぶつけにぶつけまくるしかないですねっ」


 その真っ直ぐすぎる言葉に。

 これまでの人生で一度だってぶつけられたことのない感情を受けてアンジェが混乱していることなどティナは気づいてすらいないのだろう。


「というわけで──聖女様、今日も最高にお美しいですよ!! 大好きです!!!!」


 だからこそ、こんなにも容赦なく、真っ直ぐに想いをぶつけてくるのだ。



 ーーー☆ーーー



【名前】

 アンジェ=トゥーリア


【性別】

 女


【種族】

 人間


【年齢】

 十五歳


【称号】

 女神より祝福されし聖女


【所有魔法】

 浄化魔法(レベル99)

 炎属性魔法(レベル99)

 水属性魔法(レベル99)

 土属性魔法(レベル99)

 風属性魔法(レベル99)

 雷属性魔法(レベル99)

 身体強化魔法(レベル99)

 転移魔法(レベル99)

 収納魔法(レベル99)

 重力魔法(レベル99)

 ・

 ・

 ・

 ※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル11)以上を使用してください。

 ※詳細を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル20)以上を使用してください。

 ※レベルは99が上限です。


【状態】

 呪縛・心(レベル40)

 呪縛・体(レベル100)

 呪縛・浄(レベル40)

 憑依・魔(レベル分類不可)

 ※詳細を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル20)以上を使用してください。


 エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法(ステータスオープン)を使用することを推奨します。

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― 新着の感想 ―
[一言] ティナが聖魔法を使えて、土壇場でアンジェを浄化する展開だったら面白い! でも、そのままの姿をティナが愛し続けるのも好き! ただ……人間を滅ぼして終わるエンドはやめてほしいな……。 楽しみ!
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