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侯爵令嬢は瞳を隠す  作者: 鈴木琉世
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2.アズールという男

フィオニア侯爵家当主、ジョアン・フィオニアは政務資料に目を通していた。


コンコンコン


「旦那様。アズールが参りました。」


執事が取り次ぐ。


「通してくれ。」


「失礼いたします、閣下。」


陽によく焼けた肌にがっちりとした体格。上背が2メートル近くある大きな男が室内へと入ってきた。

シンプルだが仕立ての良い紺色の服に身を包み、赤茶の髪はハーフアップにまとめている。

彼のすぐ後ろには側近の男が控えている。


「ただいま戻りました。」


深々と頭を下げ、礼をすると、ニカっと人懐こそうな笑みを見せる。


「アズール、よく帰ったな。商談はうまくまとまったか?」


「はい、閣下。リズモンド共和国との交易がまとまりそうです。リズモンドは鉱石の加工技術が素晴らしいので王国の方々にも喜んでいただける品になるかと。面白い品を何品か持ち帰りましたのでぜひご検討ください。」


アズール・ラムダ。

リコリタ王国の対外貿易を担い、大商団であるラムダ商会の会頭である。

多数の外国語を自在に操り、商談をまとめ上げる交渉技術は王国随一と言われている。

アズールの類稀なる能力は、官僚として生かすべきであり、爵位を与えるべきだ、という話が度々議会で持ち上がるが、本人の「船に乗っていたい。生涯商人でいたい。フィオニア領から離れたくない。」という意思が非常に固く、王国から対外貿易を任される商会頭、という肩書に本人は満足している。

あまりにも大きな金額を動かし、ともすれば国益にも関わる巨大なラムダ商会を王の管理下に置かず、フィオニア領地へ留め置いているということは、言い換えれば王家とフィオニア公爵家との間に揺らぎない絶対的な信頼関係がある、ということを表しているといえる。


「この後は少しゆっくりできるのか?」


「いえ、実はリズモンド共和国の大臣からの紹介でレイシア公国との交易交渉ができることになりそうで…1週間後にはまた立とうと思います。まぁうちの紹介の役割は主に輸送ですけどね。」


「全く君の交渉手腕には驚かされるよ。」


「ははは、交渉手腕だなんて恐れ多い。欲しいものと欲しいものを交換し合い、持っていなければ欲しいものを持つ国を引き合わせたりと人助けをしているだけですよ。」


アズールはヘラりと笑う。


(それを難なくこなしてしまうことこそが相当の才能だと思うのだが…)


ジョアンは人当たりの良い目の前の大男を見てしみじみと思う。


「それからフォルトゥーナ王国へも立ち寄って参ります。」


「そうか…。」


ジョアンは小さく呟く。



「ひとまず船員たちの無事の帰還に彼らの家族も一安心していることだろう。皆にワインを送ろう。レニー、手配を。」


「はい、旦那様。」


「家族たちのことをいつも気にかけてくださりありがとうございます、閣下。」


執事のレニーはワインの手配をするため、執務室から出ようとドアを開けて一瞬固まった。



「あの…旦那様…」


「どうした、レニー?」


ドアの隙間からアイスブルーの大きな瞳が2つ、こちらを見ている。


「…アズール、どうやら君に会いたくてたまらない人がいるみたいだ。 入りなさい。」


ジョアンは苦笑し、入室を促した。



「アズゥゥゥゥルゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」



入室の許可が出るや否やイリスは全力でアズールに飛びついた。


「お嬢様!!」


アズールは満面の笑みでイリスを抱き止め、軽々と抱き上げる。


「お帰りなさい、アズール!!」


「ただいま戻りました、お嬢様。」


抱き上げられ一気に顔が近くなったアズールの首元にギュウッと抱き着く。


「ねぇ、アズール、しばらく街にいるんでしょう? また異国のお話を聞かせて!!」


イリスは旅先での出来事や出会った人、異国の伝説などたくさんのことを教えてくれるアズールが大好きだった。

アズールから聞いた国の特徴や挨拶の仕方、文化などを地図に書き込み、オリジナルの地図に仕上げて楽しんでいる。


「イリス、いい加減にしなさい。」


仏頂面のジョアンがぎゅうぎゅう抱き着きいているイリスをべりッと引き剥がす。


「だってアズールが帰ってきてくれたんですもの!!」


頬をプゥッと膨らませて不満げに父を睨む。


「あぁ、そうだお嬢様にお土産がございます。レーメ、こちらに。」


不機嫌になったフィオニア親子に慌て、空気を変えるようにアズールが言う。

後ろに控えていた男がアズールに小さな小箱を手渡した。

レーメと呼ばれた男は異国人で、浅黒い肌に紺の上下のゆったりとした服、腰元にはペイズリー柄のブルーの布を巻き、何重にも重なった細い金の腕輪を付けていた。


「さぁ、お嬢様、こちらを。」


手渡された銀色の小箱は細かい細工が施され、色とりどりの小さな宝石がちりばめられている。

光に当てると宝石同士の輝きが混ざり合い、虹色の光が壁に映る。


「まぁ…!!なんて美しいの…!!」


イリスは煌めく小箱を夢中で見つめる。


「ぜひ中も開けてみてください。」


アズールが膝立ちになり、イリスと目線を合わせて笑顔で促す。

持ち手になった少し大ぶりのアクアマリンの宝石を摘まんでそっと蓋を開けると、中には様々な種類、色とりどりのリボンが箱いっぱいに収められていた。


「アズール…!!!」


イリスの頬は嬉しさのあまり桃色に染まり、感極まってアズールに再び抱き着く。


「アズール、大好きよ!!」


「お嬢様、光栄でございます。」


ニカっと微笑むアズール。


そして再びイリスの首根っこをつかみ、を引き剥がす仏頂面のジョアン。


「さぁイリス。お父様たちはお仕事の話があるからアズールにお礼を言って部屋へ戻りなさい。」


「はぁい。 お父様、今日のお夕食はアズールも一緒よね?」


「もちろんだ。旅の話も聞かせてもらおう。」


「はい!! アズール、素敵な贈り物をどうもありがとう。 お夕食、楽しみにしているわ」


「はい、お嬢様。 私も楽しみにしております。」


イリスは嬉しそうに笑い小箱を手に踊るように執務室を出て行った。


――


「閣下…仕事の話なんてまだありましたっけ?」


「うるさい。…近頃は私に抱き着いてもくれない娘が…」


恨めしそうにジョアンはアズールを睨む。


「そんな…ヤキモチ焼かないでくださいよ。」


アズールは苦笑する。


「私からの贈り物もあんなに喜んでくれたことなんてないのに…」


「いや…お嬢様のお好きそうなものを贈ってあげないと…また加工前の鉱石とがあげたんじゃないですか?」


「…………」



王国の切れ者として知られるフィオニア侯爵が、我が主であるアズールにヤキモチを焼き、娘への贈り物に頭を悩ませている…

そのあまりに人間らしく可愛らしい姿にアズールの後ろに控えたレーメは笑いを堪えるのに必死だった。





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