番外編 側仕えとヒヒイロカネの冒険 ①
俺の名前はオルグ。
冒険者最高の称号であるオリハルコンを目指して幼馴染のルーナと共に田舎を出てきた農民出身の戦士だ。
冒険者ランクは上級になり、着実と実力を上げており、当面の目標はパーティでの最高峰であるヒヒイロカネになることだ。
今日も仕事を終えて、仲間達(といっても三人しかいないが)と一杯のエールを楽しんでいた。
「よーし、飲むぞ!!」
「「おお!」」
全員で木のジョッキをぶつけてから一気に喉へエールを流し込む。
ただの魔物狩りだったが、毎日命の危険に晒されるので、休むときは景気良く休まねばならない。
「やっぱりギーガンがいると違うぜ。俺とルーナだけだともっと時間が掛かるのによ」
ギーガンは最近知り合った大男だ。
強面のため近寄り難い印象を受けるが、中身は結構人との交流に飢えていた。
偶然仕事を一緒にする機会があって、その実力に惚れ込んで無理矢理チームへ入れたのだ。
その後に聞くと、最上級のオリハルコンの下のアダマンタイトの冒険者と知って、その実力にも納得したのだ。
ギーガンは照れながらエールを一気に飲み干した。
「いいや、二人の腕がいいからだよ」
ギーガンはそう言ってくれるが、近くで戦えば戦うほどお互いの力量差を思い知らされる。しかしそれでも俺たちのことを下に見ないこいつを尊敬していた。
「謙遜するなって」
「そうよ。正直に言ったらいいよ。この猪みたいに突っ込む馬鹿がいなければもっと楽が出来たってね」
「何だと!」
「何よ!」
ルーナとお互いに顔を突き合わせて罵倒し合う。
そしてギーガンが止めに入るのが一連の流れだった。
「二人は仲が良いのか悪いのか分からねえな」
俺とルーナは幼馴染ということもあって、お互いの性格を知り尽くしている。
そのためこれくらいの喧嘩はしょっちゅう起きても、本気で喧嘩になることは滅多になかった。
「ギーガン、これは俺たち流のコミュニケーションだ」
「そうよ、あんまり真面目に考えないほうがいいわ。馬鹿が移るから」
「何だと!」
「何よ!」
またもや同じ展開になったが、ギーガンは止めてくれる。
おそらく本人も冗談だと薄々気付いているのにわざわざリアクションしてくれる。
お互いに椅子に座り直して、少し真剣な話を始めた。
「さて、噂は本当かね。近くに突然現れた洞窟に大秘宝が眠るってのは」
その話題を出したことで一気に二人の顔が引き締まる。
カウンターデカデカと文字を彫った板が掲げられていた。
どこかの富豪の依頼のようで、洞窟の最深部まで行った者には賞金を出すと書いてあるのだ。
「正直なところは俺は反対だ」
ギーガンが俺に今ならまだ間に合うぞと目で訴える。
「まだ言うか。話し合いで決まっただろ!」
ギーガンは長い冒険者稼業をしているため、多くの経験と知見があった。
油断した冒険者から死んでいくのは、この界隈では常識だ。
ギーガンももう二十年も冒険者を続けられたのは、この油断しない気持ちのおかげだろう。
だがどうしてこれは受けなくてはいけない。
「これを突破したらヒヒイロカネの称号を与えるってギルド側も言ってくれている。それなら受けない理由がない。周りを見てみろ」
俺たちだけがこの洞窟の調査に参加するのではない。
他にも地方でくすぶっていた上級のパーティが集まっている。
それはヒヒイロカネという称号を欲しているからに過ぎなかった。
「ヒヒイロカネになれば、上級と違ってもっと金も稼げる。そうすればもっと良い武具も買えて、オリハルコンへの道が近いってもんだ!」
「ちょっとやめてよ!」
お酒のせいで気分が高揚して大声になってしまい、ルーナが俺の口を塞ごうとする。
周りから俺たちへ向けて笑い声が聞こえてきた。
「ははは、上級からオリハルコンって無理だろ!」
「きゃはは、腹がよじれそうだ!」
周りの笑い声のせいで一気に酔いが醒めてきた。
これまでオリハルコンになれたのは、剣帝と呼ばれる天才剣士のみ。
数々の伝承を聞いて、俺もいつかはそんな伝説の男になりたいと思い、田舎を出てきたのだ。
まだ実力の無い俺ではいくら言い返しても意味がないのはこれまで嫌というほど思い知った。
「くそっ、いつか見てろよ」
酔いを戻すためにまたエールを飲む。
ギーガンはルーナへ尋ねる。
「ルーナもオリハルコンを目指しているのか?」
「まっさか。私はお守りよ、お守り! こんな向こう見ずな馬鹿だけだと野垂れ死ぬじゃない」
辛辣な一言だ。俺の腹の虫が治らない。
「けどね──」
ルーナの声が一気に萎んだ。
「私だってオルグならいつかオリハルコンになってくれるって信じているわよ」
「ルーナ……」
いつだって現実的な女だが、誰よりも味方してくれるのはいつもこいつだけだ。
胸の辺りがジーンとしてくるが、それを消すようにお酒を胃の中に入れる。
入り口のドアが開けられた音が聞こえ、ふと目が向いた。
「こ、ども?」
栗色の髪をした十歳を過ぎたあたりの女の子が入ってきた。
お店のお手伝いかと思ったが、剣を腰にぶら下げ、見た目もまるで農民が着るようなボロい服だった。
顔に生気がなく、疲れ果てているといった感じだ。
「ちょっとまさかあんな小さな子に欲情しているの?」
「ちげえよ! ただ、あんな子供がこんな夜更けにいたらおかしいだろ?」
「まあね」
ルーナも本気では言っていなかったようですぐに同意してくれた。
他の冒険者達も目線が小さな女の子に向けられている。
だがそれに気付いていない女の子はスタスタとまっすぐにカウンターにいる店員に話しかけた。
「依頼ください」
「ああ、いいぜ。案内人も用意してる。案内料は報酬から差し引くがいいな?」
「うん」
「それと前の報酬だ」
店員は中銅貨を三枚ほど机に置いた。
あれほどしょぼい報酬なら、おそらくは下級の冒険者なのだろう。
採取や人助け等技量が無くとも出来る仕事があれくらいの報酬だ。
俺たちも最初は薬草取りから始めたから分かる。
あんな小さな子が働かないといけないのならおそらく何かしら理由があるのだろう。
だが体が大人の女性に近付いているため、こんな夜更けに一人で依頼を受けるのは危ないだろう。
「馬鹿、余計なことに首を突っ込むと火傷するわよ」
ルーナが俺の心を読んだかのように注意する。
ギーガンもまたそれに頷く。
「うむ。そうだな。あれは大丈夫だろう」
ギーガンの言葉に思わずカチーンと来た。
小さな子があんな顔で働いているのに大丈夫は無いだろう。
だがここで仲間に怒るようなことでもない。
一番は何もできない自分自身だ。
チラッと聞こえたが、彼女の名前は“エステル”というらしい。
それから何日かこの村に滞在しながら、宿賃を稼ぎ、洞窟の情報を集める。
何人かの冒険者が先行していくが、どんどん人が減らしていく。
未だに誰も噂の洞窟を攻略出来ていないのだ。
日課となったギルド兼酒場でまたも今日の一杯を楽しむと見覚えのある男が話しかけてきた。
「よっ、まさかぶん回しのオルグ君じゃないか」
俺の嫌いな二つ名を呼ぶのは、俺たちより上のアダマンタイトの冒険者エルゲンだ。
小馬鹿にしたような顔でニヤニヤとしているのは実に腹立たしい。
「クソ野郎も来やがったか」
俺はこいつが嫌いだ。
こいつは奴隷を買っては自分のパーティに入れて、飽きたらまた奴隷に売ることを繰り返す最低野郎だった。
ルーナを見て舌なめずりをしたときには斬り捨ててやろうかと思ったくらいだ。
「ひどいな。一緒に冒険もした仲じゃないか」
俺の代わりにルーナが答えた。
「うっさいわね。お酒が不味くなるからどこかに行ってくれない? あれは私たちの汚点の一つよ」
過去のことは今も忘れられない。
それほどまで下劣なことを繰り返しているのだ。
「おや、そこにおられるのは斧風のギーガン殿ではないですか」
「お前も相変わらずだな。また奴隷で遊んでいるのか?」
エルゲンの後ろにはボロボロの服を着ている女の子が三人もいる。
武器すら持たされず戦える様にも見えなかった。
おそらくは自分の慰めように買ったのだろう。
「いいではないですか。僕は買い手がいないこの子達を養っているに過ぎません。なあ、お前も嬉しいよな?」
「は、い……」
後ろに立つ女の子の髪を無理矢理引っ張る。
苦痛で歪むが一切声をあげない。
おそらくは暴力で従わせたのだろう。
こいつをぶっ飛ばして解放してあげたいが、俺の力ではどう足掻いても勝てない。
それに勝ったとしても、この奴隷の子達を養うほどの収入すらなかった。
悔しくも黙って見ているしかなかった。
「ちょっと、そこのお姉さんが可哀想でしょ」
急に声が聞こえたと思ったら、前に見た疲れ果てた少女のエステルが近くにいた。
話に夢中になって気づかなかったようだ。
しかし子供に注意されたことは、プライドの高いエルゲンを怒らせるには十分だった。
「ガキがうるさいな。子供は家で寝てろ!」
「にげろ!」
エルゲンの拳が振り上げられたので、俺は彼女を守るためテーブルを蹴って向かおうとした。
しかし座っていた俺では間に合わない。
だがそこで不可思議なことが起きた。
「あひゃ──」
殴ろうとしていたエルゲンは膝から倒れ、ゆっくりと全身を地面にぶつける。
一体何が起きたのか分からない。
エステルはその突然の状況でも動じずに、またもやカウンターに行く。
「てめえ!」
すると急に店員の怒鳴り声が響き渡る。
ビクッとエステルが肩を震わせた。
「騒ぎを起こすなって言っただろ! 次にやったらもう仕事を斡旋しねえぞ!」
「でも……」
「あぁ?」
「はい……ごめんなさい」
この騒ぎは俺たちのせいであって彼女のせいではない。
無性に腹立たしくなった俺はすぐに駆けだした。
「おい、勇気出したこの子に言う言葉じゃねえだろ!」
「そうよ! あんたは黙って見ていただけでしょうが!」
まさかのルーナも俺と一緒に文句を言った。
だが上級の言う言葉程度だと店員も強気な態度を崩さない。
だがアダマンタイトのギーガンが来ると一変した。
「す、すいません!」
店員はすぐさま逃げ出してしまい、エステルが「報酬がまだもらえてない……」と消え入りそうな声で呟いていた。
何だか無性に助けてあげたい。
「いくらもらうはずだったんだ?」
俺が尋ねると、エステルは躊躇いがちに言う。
「分からないけど、たぶん中銅貨3枚だと思います。いつもそうだから」
大事な報酬額が分からないということは、あまり勉強をしていないのだろう。
そんなことではいつかカモにされてしまうだろう。
俺は自分の財布から中銅貨を六枚差し出した。
「ほれ、後で俺が代わりに貰っておくからこれ持って帰りな」
「えっ!? ありがとう! ……でも数が多いですよ?」
「いいって。自分より強い男に注意したご褒美だ。だけど危ないからあんなことをしちゃだめだよ」
「強い……? うん、分かった!」
言葉の語彙も少ないようで、強いという言葉が理解できないのだろう。
だけど危ないということは理解してくれてよかった。
「これで貯まった」
エステルは嬉しそうに銅貨を握りしめる。
何だかその顔に思わず和んでしまった。
「何だ、何か欲しいものがあったのか?」
「うん! 弟の治療費が貯まったからお薬もらえるの」
「うっ……」
顔を背けて流れた涙を見せないようにした。
家族のために働いているこの子が異様に眩しかった。
「ねえ、名前はエステルちゃんでいいの?」
「うん」
「そう、私たちってよくここでご飯食べているだけど、時間が少しでもあったら一緒におしゃべりしない?」
「うーん、依頼を受けるまでの間なら……すぐに帰らないと畑の手伝いが終わらないから」
夜にギルドで依頼を受けて、さらに農作業なんてこんな女の子に耐えられるのだろうか。
前に生気がなかったのは肉体的に疲弊しているからではないだろうか。
「じゃあその間でいいよ」
「分かった! じゃあ今日は報酬をもらいに来ただけだから、もう帰らないと!」
エステルは手を振って元気よく出ていく。
一人で危ないと言おうとしたが、付き人っぽい男がエステルを送り届けるようだ。
「なんかアンバランスだな」
違和感をぼやくとルーナも同意する。
「そうね……店員の態度と一変して、帰りを付き添うって変よね」
どうせこれから長い付き合いになるのだから、ゆっくり聞けばいい。
また酔いを戻すため、またみんなでお酒を飲むのだった。
番外編は4話くらいで終わります