側仕えと宣教師の因縁
ラウルの参戦してくれたおかげで勝利の光明が見えた。
目にも止まらない槍捌きで道化師の体を切り裂く。
「あ……あぁ……体が、体が……」
細切れになった後に道化師ピエトロが地面で呟く。
だがおかしいのは全く血が出ていない。
「どうして……」
怪物と思わせる不気味さが彼が不死身なのかと錯覚させる。
だがラウルは別の方へ目を配った。
「幻覚です。私の槍をすぐさま避けましたね」
慌てて目線を移動させると、そちらに本当に道化師がいた。
子供の近くにいた方の道化師は綺麗に消え去っている。
腰に手を当てて今も踊っている。
「神官、神官、怖いなぁ。守ってくれないのに殺そうとするなんて、怖いなぁ!」
杖を取り出したと同時にピエトロの体が消える。
気配すら追えず、どこにいるのかと目線を動かす。
「私に幻覚は効かん!」
ラウルが走り出して空を斬ると、金属にぶつかる音が響く。
「嫌な、加護……また邪魔をする」
「聖者の盾は最高神の御力。邪竜の使徒に負けるわけにはいかん!」
ピエトロは幻影に意味がないと知ると、姿を現して私も敵の姿を視認できた。
二人の戦いは激化し、援護したいのに速すぎて目が追い付かない。
ラウルと同じくらいの実力を持つピエトロは、数えるほどしかいないオリハルコン級の実力を持っているということだ。
ラウルが槍で掬い上げるとピエトロの胴が空く。
「はあああぁぁ!」
槍を一度引いて、力を溜めた突きが放たれた。
「ギャアアアア!」
ピエトロはギリギリで避けたが、脇腹を掠めた痛みで地面に倒れて騒ぎ出す。
「痛いッ、痛い! 強すぎるよ!」
緊張感の無い声が響き出す。
だがこの男は今すぐ倒さねば危険な気がしてならない。
トドメを刺そうとラウルが倒れるピエトロに近付く。
「なんてね!」
曲芸師のような動きで起き上がり、持っていた杖でラウルへと攻撃を放つ。
それを見越していたラウルも応戦するが、先ほどよりもピエトロの動きは苛烈になっていた。
「あははは! 幻覚がなくたって君には負けないもんね!」
「よく喋る舌だ。捕まえたらまずはその舌をどうにかしよう!」
ラウルが道化師を引きつけている間に、捕まっている子供たちを助けにいく。
子供たちは泣き叫びながら助けを求めている。
まだ敵が残っているが、あの道化師以外なら大したことはない。
「くそっ、こうなれば!」
馬車に残って指示を出していた男が赤く染まった剣を取り出す。
男は馬車から降りて私へ向かってきた。
見た目の変化はないが、おそらくあの剣も変わった力があるはずだ。
「うおりゃああ!」
剣を振り落とすので私は剣で受けずに避ける。
すると地面に振り落とされた時に衝撃波が私を襲った。
「くっ!?」
吹き飛ばされた私はすぐに受け身を取って隙を見せないようにした。
「へへ、この剣は俺の力を増幅させてくれる。ピエトロ様が神官を片付けるまでの間くらいなら俺でも時間を稼げるぞ!」
男はニヤけた顔で剣をまた握りしめて振りかぶった。
厄介ではあるが、使い手が大したことがないのならいくらでも戦い方がある。
「怪我をしたくないなら退くことね。子供を捕まえている貴方たちにどんどんイライラしているの」
距離を取ったまま剣を投擲する。
相手の肩口に刺さり、男は苦悶の表情を浮かべ、すぐに私へ意識を戻そうとしたが、もうすでに相手の懐へと潜り込んでいる。
剣を振り落とすよりも早く、鳩尾に拳を放って一撃に気絶させた。
無害化した男は捨て置き、柵に入れられた子供たちを解放する。
五人の子供たちが震えながら互いに肩を抱き合わせている。
「ブリュンヒルデとシグルーンはこの子達を保護しておいて!」
二人に任せて私は落ちている敵の赤い剣を拾うのだった。
──この剣の使い方が分かる?
理由が分からないがこの剣を使う自分の姿をイメージできる。
邪竜から与えられた剣らしいが、私でも扱えるという気がしたのだ。
ラウルとピエトロは未だ息一つ切らさずに激戦をくりひろげている。
手の内を探っているようでお互いにまだ決め手がないようだ。
「ラウル様、援護します!」
私はラウルのそばに寄って剣を相手に向ける。
すると相手は私が奪った赤い剣を見て顔を歪ませた。
「どうして君がその剣を持つのかな、かな? 邪竜様の邪悪で神聖な遺物は君みたいな人間では持てないはずなんだけど!」
先ほどまでのふざけた調子は鳴りを潜めて、本性を剥き出したように噛み付く。
「エステルさん、あの者の汚い言葉を聞く必要はありません。それとこの程度の相手くらいは私だけで十分です。危ないので少しお下がりください」
ラウルは懐から手の平サイズの棒を取り出した。
「我が至宝、グングニルで決着をつけよう」
ラウルが手に力を込める仕草をすると、棒が伸縮して前に見た赤い槍を作り出す。
赤い槍の輝きが増すにつれてラウルの体を黒い紋様が走る。
「魔道具の副作用だ! 自滅、自滅!」
ピエトロは嘲笑うように飛び跳ねる。
だがラウルは前にそれを消し去ったはず。
ラウルの顔には余裕があり、ニヤリと道化師の思惑を笑った。
「私にはどんな災いも跳ね返す最高神の加護、聖者の盾がある」
どんどんラウルの黒い紋様が消え去っていく。
槍もどんどん巨大化していき、空へと舞い上がって道化師へ狙いを定めるように槍先が向く。
「ふーん、加護のおかげか……あはははは!」
道化師はさらに奇怪な笑いを出す。
紅く光る道化師の目が彼は諦めたわけではないことを表す。
「ぐっ!?」
隣から苦しむ声が聞こえてくる。
ラウルは胸を押さえ、先ほど消えた黒い紋様が現れ始めた。
「大丈夫ですか!」
いつも爽やかな顔で余裕を感じさせるラウルの顔から大量の汗が噴き出る。
苦しそうに呼吸をして必死に抗っているようだった。
「何をしたの!」
道化師が何かをしたのは間違いない。
「さあね? 自爆したんじゃない? その槍に魔力を無尽蔵に奪われているのかもね。どんどん槍も大きくなるし」
上を見上げると槍はどんどん膨張する。
私に前に放とうとした時の二倍以上に膨れ上がっている。
ラウルは膝をついてずっと胸を押さえている。
このままではラウルは本当に危ないかもしれない。
「何をしたのか分からないけど、貴方を倒せば止まるんでしょう?」
「ははは、力を失った君なんかに負けるはずがないじゃない!」
ピエトロが笑いながら私へと急接近する。
それならばと私は相手がやってくる前に振り切った。
「そんな遠くからで──!」
ピエトロは顔色を変えて杖を前方に突き出す。
すると体ごと後ろへと弾かれた。
私の剣から斬撃が飛んだのだ。
「この剣いいわね。敵の武器というのは惜しいけど、元の力の代用ができるかも」
この剣はどうしてか剣の重さを自由に変えられ、それに合わせて持ち主の力を増大させてくれるのだ。
昔ならある程度の非力さを技でカバーできた。
天の支柱と呼ばれる血液の流れを早くして、腕に力を集中させる技の代用が出来るのだ。
したり顔で相手を挑発してみる。
「どう簡単に倒せると思っていた相手にやられる気分は?」
相手をおちょくると簡単にピエトロは怒り出す。
「憎たらしい、憎たらしい! 加護に頼っているだけの癖に!」
相手が怒れば怒るほど動きは単調になる。
一刻も早くラウルを救うためにもこの道化師にはもっと怒ってもらわねばならない。
「死ねえ!」
ピエトロが単調な動きで杖を振りかざしながら突進する。
動きは速いが、これなら今の私でも簡単に予測ができた。
「第二の型“薺”!」
斬撃を複数放った。
ピエトロは慌てて杖で弾こうとするが、斬撃の威力に負けて吹き飛ぶ。
顔を地面にうずめて、情けない姿で倒れた。
「そうだよ、おかしいよ。その剣を君が使えるはずないんだよ。加護だ! 加護しかあり得ない!」
ピエトロは泥で汚れた顔をあげて、自分の考えに得心がいったようだ。
「ごちゃごちゃと──」
トドメを刺そうと距離を詰めようとしたが、急に剣が重くなり出した。
慌てて剣を離すと、剣は地面に落ちて地面を陥没させていく。
「やっぱりそうだ! 加護に頼るから、そうなるんだ! もう僕の勝──」
道化師は私を見る目が驚愕で見開いていく。
私自身も自分の違和感に気付く。
変な剣は持てなくなったが、その代わりに急に頭が冴え出し、体が軽くなった気がする。
「どうして……加護を消したのに……」
「消した?」
それを聞いてやっとラウルの苦しむようになった理由を知った。
この道化師が私たちの加護を使えなくしたのだ。
「ねえ、数字を三つ数えるわ。それまでにラウル様の加護を戻せば手加減してあげる」
「あり得ない! 君は加護に頼る大馬鹿者でしょ? そうだよね!」
「三、二……」
ピエトロは覚悟を決めた顔で、杖を変形させて大鎌に変形させた。
そして忠告を聞かずに私目掛けて大鎌をぶん投げる。
高速で迫ってくる大鎌は前の私では止めれなかっただろう。
鞘にしまっていた普通の細剣を取り出した。
「覚悟は出来ているんでしょうね?」
血液が加速して、どんどん体中が熱くなっていく。
目の前に迫る大鎌へ一閃する。
「天の支柱!」
強化された力で剣を振るい、大鎌を爆散させたかのように切り刻んだ。
「剣聖……剣聖、剣聖! なんでさ、加護が“足枷”になっていたの?」
「さあ、でもすごく体が軽いわよ。力を失う前よりも調子が良いくらい」
今の調子を伝えると、道化師はギリッと歯を食いしばる。
「ならまた加護を戻せ──ぎゃああ!」
向こうから来てくれないので私から接近した。
剣を捨てて、道化師のお腹周りの急所へ掌底を放つ。
「あがが──」
道化師は倒れそうになったが、足を前に出す。
気絶させたつもりだったが、口元から血が出ていた。
舌を噛んで気絶を妨げたのだ。
同時に私の体がまた重くなり、先ほどまでの力がまた失われた。
「加護を戻したぞ! もう、僕を馬鹿にするなぁぁ!」
ピエトロが腰から短剣を取り出して私へと刺そうとする。
このままでは避けきれない。
「女性に刃物を向けるのなら私が黙っていないぞ!」
私とピエトロの間に割り込む影が見えた。
目にも留まらぬ速さでピエトロの短剣を弾き飛ばす。
「ぞろぞろとうざいんだよ!」
ピエトロは素手でラウルに殴ろうとするが、それよりも速くラウルの槍の一閃がピエトロを切り裂く。
「あ、あ……ママ……邪竜さ……」
「宣教師ピエトロ、討ち取ったり」
ピエトロは最後の言葉を吐いて、その場で息絶えた。