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側仕えと邪竜教の宣教師

 領主がコランダムを討つために準備を整えているらしく、私はそれを防ぐためにコランダム領へ赴く。

 領主ですら手綱を握るのが難しいほどの相手に私に出来ることはないのかもしれない。

 ただこのまま何もしなければ、普通に暮らしている人々も、コランダム粛清の余波をくらうことになってしまう。

 それだけは絶対にあってはならない。


「エステル、見てみろ! あっちに飛竜が飛んでるぞ!」


 考えるのを中断して、窓際ではしゃいでいる領主の弟であるシルヴェストルを見た。

 領地から出ることは滅多に無いらしく、久々に外へ出たから興奮しているようだ。


「本当ですね。あっ、あの竜なら狩ったことありますよ」

「なに!?」


 見覚えのある竜を見て懐かしくなった。

 昔はよく弟の治療費を稼ぐために冒険者稼業もしていたものだ。

 あまり遠くまではいけなかったが、定期的に繁殖するので、村に被害が出る前に巣穴を潰すのだ。



「いいな。俺もいつかあんな竜を倒せるくらい強くなるかな?」



 シルヴェストルは騎士へ憧れを持っている。

 正義感が強く、教えてくれないが誰かのために騎士を目指している節があった。

 最近は私と特訓して、自己流を少しずつ矯正している。



「もちろんですよ。毎日一生懸命やればすぐに倒せます」


 シルヴェストルはそれで勇気づいたらしく、また窓の外の飛竜を眺める。

 トントンと肩を叩かれると、隣から耳打ちされた。


「エステル、あまりシル様に希望を持たせないでくれ。また前みたいに一人で危険な橋に乗ろうとする」



 前にシルヴェストルは友人を助けるために護衛を付けずに外出したことがあった。

 ヴィーシャ暗殺集団も関わっており、あと少しのところで売られていた可能性があった。

 しかしそれでも強くなりたいと頑張る少年を応援したいものだ。


「私が責任を持って教えるからもうしばらくは許してあげて」



 まだ年齢的にも幼いため自分でうまく判断できることは少ないかもしれないが、それでも最初から禁止にしていては伸びるものも伸びなくなる。



「ん? ざわざわする」



 ふと嫌な予感がする。

 それと同時に目の前に座るシグルーンとブリュンヒルデが剣を取り出していた。



「後ろから馬車が追っていると思っていましたが、どんどん増えてますね」


 シグルーンは険しい顔で敵の戦力を把握しようとしている。

 私も後ろを振り返ると、馬車が三台、そして馬に乗った荒くれ者たちが大勢で追ってきていた。

 おそらくは馬車を襲って金目の物を奪うつもりだろう。


「貴族の馬車と知って追うとは許せません。エステル殿、私とシグルーンで──!?」


 ブリュンヒルデの話途中で私はキャビンとドアを開けて、上に昇って見晴らしの良い場所に出る。

 敵は百人くらいだろう。

 そこまで大したことがないように見えるが、鋭い殺気が私へ向いている気がした。

 どこから放たれるているか分からないが今はやるべきことに集中する。

 大きく息を吸ってお腹に力を入れた。



「退きなさい!」



 大声で彼らに退却を促した。

 だがそれでもこちらを追うのを止めない。



「もし止まらないなら容赦しない!」



 再度大声で伝えたが、返事は放たれた弓矢だった。

 仕方なしと剣で矢を叩っ斬る。

 剣を使わずともレーシュの魔道具が弾いてくれるが、こんなことで無駄に使いたくない。

 体に力を込めて、敵を見据えた。


「説得は無駄か……カサンドラ、シル様を守って! ブリュンヒルデとシグルーンは援護をお願い!」

「エステル殿は護衛される方なのですが……」



 ブリュンヒルデから苦言を言われる。

 だがいいかげん一緒にいる時間も増えたので私の性格を理解してくれた。

 指にはめた指輪はレーシュからもらった魔道具で、常に私の力を増幅させてくれるのだ。

 馬車から飛び降りた私は一直線に追いかけてくる荒くれ者たちへと向かった。

 すると相手も武器を持ってこちらへ襲いかかる。


「全員皆殺しでいい! 特に先頭を走っている女は絶対に逃すな」



 リーダー格の男が命令を下さすと殺気を込めてくる。


 ──生け捕りが目的じゃない?


 貴族を高値で売るために襲ったのかと考えたが、どうやら狙う理由は私にあるようだった。

 それなら逆に都合が良い。



「やってみなさい!」



 剣舞で鍛えたステップは練度を増し、軽やかなステップで流れるように敵を倒すことができる。

 雑魚には用はなく、後ろで指示を出す男を狙う。



 ──このねっとりとした殺気はなに?



 てっきりリーダーのように指示を出す男が殺気を放っていると思っていたが、この男からは何も感じない。

 ブリュンヒルデとシグルーンも加勢してくれているので、いくら数で負けていようとも個々の力では絶対に負けない。



「くそ、強い! あれを使え!」



 まだまだ後ろにいる五人の男たちが、禍々しい黒い剣を持つ。

 すると筋肉が膨張し出して、まるで化け物のように大きくなる。



「何あれ……魔道具なの?」



 変な武器を持った男たちが地面を蹴り上げてこちらへ急接近する。

 剣を合わせては危ないと直感が囁いた。

 剣の軌跡を避けて空いた胴へ峰打ちをする。



「弾かれた!?」



 硬い皮膚は私の力を上回る。

 まるで防御の技、甲羅強羅を使われているようであった。

 敵は好機と攻めてくるため、私はどうにか攻撃を避けきり、一度距離を空ける。



「みんな、気を付けて! 強化されているかも!」



 ブリュンヒルデたちも気付いているようで、なるべく一対一を意識して戦う。

 だがまだ半分も倒していない状況で、禍々しい剣を持った男たちを相手取るのは難しい。



「けけ! そいつらは邪竜様の加護を持っている! 力が失った小娘の力なんぞ効かんぞ!」



 ──邪竜教!?


 私を狙っているかもしれないとは聞いていたが、とうとう私の前に現れたのだ。

 普通の荒くれ者とは違い訓練された動きだった理由にも納得した。



「邪竜教……なかなか減りませんわね」



 シグルーンはブリュンヒルデを呼び出して、私の近くへ寄る。

 相手の正体が分かり、より一層警戒しているのだ。



「エステル、無茶はいけません。彼らは邪竜の加護をもらっている可能性があります。あんな剣ではなく、もっと恐ろしい力を隠し持っていてもおかしくはありません」

「厄介ね」


 シグルーンの忠告に首を振る。

 しかし剣で薙ぎ倒せないのは手間取るが、私だって力を失ったからと何もしなかったわけではない。


「でもちょうど試せるわね」

「エステル!? 一人で突っ込んではいけません!」



 シグルーンの止める声が聞こえたが、おそらくこの者たちを抑えられるのは私だけだ。

 剣を鞘に戻して、相手へ集中する。

 剣を振り抜こうとする相手の懐に潜り込み、剣が振られるよりも早く相手の体に拳が触れた。


「第五の型“仏の座”!」


 拳を通して相手の内部へ力を通す。

 ビクンと男は体を震わせ、力無く剣を落として倒れた。

 たとえ筋肉を膨張させて体を硬くしようとも内部まで強化は難しい。



「流石はエステル殿……」

「はぁ……エステルなら問題ないようですね。仕方ありません。ブリュンヒルデ、なるべくあの者たちはエステルに任せて、他の雑兵は私たちで片付けます」




 こちらも勢いづいてどんどん敵を減らす。

 やっと禍々しい剣で強化した五人の男全てを倒し終えて、残るは敵も少なくなった。

 緊張がずっと張り詰めるタイミングで、場違いな拍手が聞こえてきた。

 近くで聞こえるのに姿が見えない


「どこから鳴ってるの?」

「エステル殿、前です、前ッ!」

「え──ッ!?」



 目の前に半身を赤と白で染めた赤っ鼻の道化師がいた。

 視線が合い、硬直した体が反射的に後ろへ下がらせた。

 ブリュンヒルデから言われるまで目の前にいることすら認識していなかったのだ。


 ──こいつが殺気の正体!


 敵であることは間違いないのに、どうして私を攻撃しなかったのだ。

 敵の動きを注視していると、軽やかな踊りをその場で踊った。


「おお、すばらしい! これが剣聖……最高神の加護を持った少女の力ですか、ですか!」



 異質な不気味さを持った人間だ。

 手で拍手をしながら踊り、輪っかを投げると空から水が降ってくる。



「あはははは、良い日だ、良い日だ!」




 道化師の男はやっと動きを止めて、奇怪な動きをしながら私へ目を向けた。


「僕の名前は、ピエトロ! 邪竜教の宣教師だよ!」



 ピエトロの姿が消えた同時に、私の目の前は大空の中だった。


「え?」



 太陽が眩しく輝き、落下するふわっとした感覚がやってきた。

 下を向くと海や地面が一望できる。


「どうして……なんでこんなところに!」



 何かの力なのか。

 しかしこのままでは危ない。

 私は空から落下しているのだ。

 この高さから落下したら体がぺちゃんこになる。

 しかし空では動きようがなかった。

 どんどん地面に近付き、私はピシャッと潰れた。



「はぁッ──!」



 また目を開けると私は地面を見ていた。


 ──潰れてない? どうして……生きてる?


 身体中が震え、自分の状況を把握できない。

 大量の汗が噴き出し、自分が分からない。


「エステル、気をしっかり持ってください!」


 遠くからシグルーンの声が聞こえてきた。

 すぐに顔を上げると、空に上がる前の状況が目の前にあった。



「あはは、どうかな、どうかな? 怖いでしょ? 死ぬのって怖いでしょ? もう一度やろうか!」



 道化師が指をパチンと鳴らすと、断頭台に鎖で繋がれ、私の首の上にはギロチンがあった。



「エステル、死んでくれ……」



 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 横を見るとレーシュが立っており、その手にはギロチンを下ろす鎖を握る。

 その顔はこれまで見たことがないほど、狂気に満ちた顔だ。

 ギロチンを下ろして私の首を斬った。


 ──許さない。


 またもや現実世界に戻ってきた。

 高笑いする道化師の声が聞こえてくる。



「今度はどうかな? どうか──」



 最後まで喋る声を聞かずに私は道化師の顔を真っ二つに斬った。


「許さない……人にこんなものを見せるあんたなんて」



 怒りで頭がおかしくなりそうだ。

 初めて本気で殺したかった。


「あはは、怒った、怒った!」



 真っ二つにしたはずの道化師の顔がくっ付いた。

 まるで人間離れてしている。

 だがそれならこの怒りを出し尽くすまでだ。


「何度だって斬ってやる!」


 何度も切り裂き、その度に復活する。

 持てる力を全て出す。

 すると急に道化師が逃げようとする。

 それは恐怖した顔だ。


「逃がさない!」



 私は思いっきり剣を振るう。


「エステル殿ぉ!」


 寸前のところで剣を止められた。

 声がなければ剣を振り切っていた。


「どうして、ブリュンヒルデが……」



 ずっと道化師だと思っていたのに、斬ろうとしていたのはブリュンヒルデだったのだ。

 涙目で剣を構えている彼女はその場でへたり込む。

 後ろには倒れたシグルーンの姿があった。


「良かった……戻ったんですね。かすり傷なのでお気になさらないでください」



 シグルーンは立ち上がり、自分の無事を証明する。

 またもや人を小馬鹿にした声が聞こえてくる。


「惜しいな、惜しいな。もう少しだったのに。あはっ!」



 ピエトロは円を作るように回っている。

 これはこれまで会ったどんな人間よりも危険だった。



「すごいでしょ、僕の加護。幻覚か現実分からないでしょ? 今は現実かな、夢かな? 僕は敵かな、味方かな?」



 私はブリュンヒルデとシグルーンを見た。

 本物のように見えるが、さっきまで幻覚だったのなら、これだって幻覚の可能性がある。



「剣聖でも心が弱いな……レヴィエタン様を倒したんだから、もっといたぶろうと思ったのに。こんな風にね?」



 道化師は仲間の馬車のキャビンを壊す。

 すると鉄格子が現れ、その中には小さな子供たちが怯えて震えていた。


「その子たちは、なに?」

「邪竜様に貢ぐ生贄たちだよ? 平民でも心臓には魔力があるんだって! だからさぁ、今ここで貢ごうか!」



 鉄格子の中を開けようとするので、私は止めるために全速力で走った。

 子供を狙う最低な野郎を許すわけにはいかない。

 剣でピエトロを狙って剣を振り落とす。

 だが先端が月の形をした杖を取り出して、私の剣を簡単に防いだ。


「これからだから大人しくしてて!」


 杖を一振りしただけで私は吹き飛ばされた。

 地面に体をぶつけながらやっと止まった。

 痛みに呻くが、今は止まっている場合ではない。

 だがもうすでにピエトロは子供の首を掴んで私へ向けた。


「これは幻覚かな? 現実かな?」

「やめろ!」


 全力で走る。

 だが相手の方が早い。

 子供の首に触れる手に力が入ろうとしている。


「女、子供を泣かせるとは男の風上にも置けないな」



 子供を掴んでいたピエトロの腕が切断された。

 目にも止まらない速さで、ピエトロの体すら細切れになった。

 白い神官服を身につけた男は私のよく知る人物だった。



「お久しぶりです、エステルさん」

「ラウル様!?」


 槍兵の勇者と呼ばれる神国の英雄ラウルが窮地に現れてくれたのだ。


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