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側仕えと出発前

 領主を無事にカジノから城へ送り届け、彼女の部屋にテラスから侵入した。

 一度変装が解けると魔道具がないと再び変化できないため、仮面で正体を隠した。

 どうにか誰にもバレずに騒ぎは起きずホッとする。



 ──信じている、か。


 最後に彼女が言った言葉が頭の中に残っており、ご機嫌な彼女は普段のような深みのある怖さがない。

 あれが領主としての顔なら、今の姿はレイラ個人としての姿かもしれない。



「楽しかったわ。またエステルちゃんに護衛してもらおうかな」

「次は変な会談はなしにしてくださいね」



 ため息を吐いて苦言する。

 しかし歌でも歌いそうなほど上機嫌になっており、気分転換になって良かったと思う。

 領主はカジノで一回も勝てずに見ていて可哀想になったが、本人は満足しているのならよかった。

 私は護衛騎士がやってくるまでに部屋をテラスから出て、こそこそと自室へと向かう。


 ──誰にも会いませんように。



 私はただでさえ厄介者として嫌悪の目で見られることが少なくないので、ひと目に付かないことが一番だ。

 中庭に人の気配がないことを確認して走り抜ける。



「こんな遅い時間に何をしているんだ?」



 急に声を掛けられてびっくりする。

 声の方へ目を向けると、柱の陰からカサンドラが出てきた。


「カサンドラ……ちょっとトレーニングでね、はは」



 嘘が苦手な私ではうまくはぐらかすことも難しい。

 カサンドラもそこまで追求する気はないようで助かる。

 ただいつもよりも怒っている気がするのは気のせいだろうか。


「エステル、忠告したい。君はここにいるべきではない」

「えっ……?」



 いつになく真剣な顔で彼女は言ってくる。

 ただそれは初めて城に来た時から感じていたことだ。

 平民の私を受け入れてくれる者なんてごく僅かだ。

 しかしそれでも私はここで成長しなければならないし、領主のことを見捨てることもできない。


「君の幸せも今はモルドレッドのところにあるのだろう? わざわざこんなところで苦しむ必要もない。なんなら私がアビに掛け合ってもいい。全て私に任せて──」

「うん、そうだと思う。でも私がやるべきことをするまでは帰るわけにはいかない」



 心配をしてくれるのは嬉しいが、これからコランダムの領地を助けるためにも私はまだレーシュの元へ帰るわけにはいかない。


「駄目か……」


 カサンドラの目が怪しく光った気がした。

 それと同時に体が勝手に反応し、腰を落として警戒の態勢になった。

 だが元の朗らかな顔に戻ったため、今の殺気は気のせいだったのか本当だったのか判別できない。


「エステルらしいよ。君の覚悟を試しただけだ」

「そう……」



 カサンドラから前とは違う怖さを感じた。

 本能があまり関わるなと言ってくるが、少しの時間とはいえ一緒に暮らしので、自分の感覚が間違っていると心の中で否定した。



「さて、私は朝の鍛錬へ行こう。変な時間に起きたから体を起こしたかったんだ。邪魔をしたな」

「ううん。またね、カサンドラ」



 私はカサンドラと別れて部屋へと戻る。

 どうしてもみんなに伝えておかないといけないが、領主から今日教えてもらったことは他言無用と言われている。

 もし他の人が聞いたらパニックになる可能性もあるし、私がコランダムを説得すれば全て丸く収まるのだから、下手に騒ぎにならないようにしないといけない。


 ──さて、どうやってフマルたちを説得しよう。



 部屋へと戻るともうすでにフマルも起きていた。

 私が領主へ呼ばれたことは伝えていたので、特に何も言わなかった。

 汗を流してから朝食を食べている時に、シグルーンとブリュンヒルデが慌てた様子で部屋へとやってきた。

 ブリュンヒルデが真っ先に尋ねてきた。


「エステル殿、コランダム領に行くとはどういうことですか!」

「んぐっ!」



 喉にパンが詰まった。

 慌てて水を飲んで飲み込む。



「どうして知っているの!?」



 まださっきそれが決まったばかりなのに、どうしてブリュンヒルデはすでに情報を得ているのだ。

 おそらくシグルーンも同じであろう。

 フマルは顔を真っ青にして、彼女もまた私を問い詰めようとする。



「エステル! また変なことをしようとしてないよね!」

「してない、してない!」

「嘘ばっかり! 絶対にレーシュ様に報告するからね!」


 フマルに嘘は通じず、私はまるで悪いことをした後のように、みんなから注目を浴びる。



「でもどうしてブリュンヒルデがそのこと知っているの?」

「領主が派遣を決定したと、通告があったからですよ! コランダム領で脱税があるため、一部文官と領主代理としてエステルに調査を命じるって。奉納祭が始まるまでに調べ終えないといけないって、派遣予定の文官たちが嘆いておられました」



 おそらく粛清自体はまだ広まっていない。

 これは領主から私へ伝えているのだ。

 もう逃しはしないと。



「エステルは側仕えでしょ? そんなの文官の仕事なのに行くことないよ。私からレーシュ様に報告しておけば絶対にレーシュ様なら止めてくれる!」

「待って、フマル」



 フマルが伝書鳩の準備をしようとしたので止める。

 確かにレーシュの考えを聞きたいが、元々レーシュも粛清へ協力していたのだ。

 私が行こうとするのを止めるかもしれないため、今は彼に情報が伝わってほしくない。



「コランダムのところへ行きたいと言ったのは私なの」



 全員の顔が驚愕に彩られる。

 反領主派として知られるコランダムのところへ行くことに誰も賛成しないだろう。

 しかしここで行かねばもっと悲惨な未来が待っている。


「シグルーンには伝えたけど、私は三大災厄を全て倒すつもり。でも今の私だけだと絶対に倒せないから、コランダムに手伝いをお願いしたいの。もちろん、税に関して不正をしているのなら叱らないといけないし、もしかしたら無事では済まないかもしれない」



 私は自分の握った拳を見つめる。

 剣の才能や貴族の側仕えになったことは決して偶然ではない気がする。

 必然な何かに引き寄せられ、私はやるべきことを為さなければならない。



「私は誰にも悲しんでほしくない。もしこの歪な対立が魔力によるものなら私がその元から絶つ。レーシュから貰ったこの指輪があればどんな相手でも遅れは取らない」



 だがやはりみんなは困った顔をしたまま、私の考えについて心から賛成してくれるものはいない。

 その時、部屋をノックする音が聞こえた。



「エステル、私だ、カサンドラだ。至急シル様がお話があるそうだ」

「シルヴェストル様が?」


 カサンドラがドアを開けるとシルヴェストルも中へ入ってきた。

 わざわざ何用で来たのだろうか。



「エステル! 其方、俺にどうして何も言わない!」



 可愛く頬を膨らませて、彼なりに怒っているようだった。

 おそらくはコランダム領に行くことについて言っているのだろう。


「シル様、ごめんね。突然決まったことだから……」



 ほんのさっき決まったことなので本当に伝える時間がなかった。

 しかしシルヴェストルは本当に悲しそうに目を伏せる。


「其方が居なくなったら……」

「シル様……」


 もしかすると私が居なくなるのが寂しいのかもしれない。

 時間を見つけては剣の稽古やマナーの特訓を手伝っている。

 時には厳しく、時には優しく、まるで姉弟のように接してきた。

 コランダム領に行けばしばらく会えなくなるので、まだ小さいシルヴェストルにはかなり長い時間に感じるだろう。

 頭を撫でてあげて、少しでも落ち着けるようにする。

 するとシルヴェストルは真剣な顔を向けて言い放つ。


「其方が居なくなったら……俺が勉強で勝てる相手が居なくなるではないか!」

「そっち!?」



 どうやら彼にとって唯一勉強で勝てるのは私だけだったため、優越感に浸れなくなるのが嫌のようだ。

 周りにいる皆は一斉に吹き出して、笑いを堪えている。

 恥ずかしさが込み上がってくる。


「シル様……一緒に居てほしいとか、寂しいとか言ってくださると嬉しかったです……」

「もちろん寂しいぞ。奉納祭が終わるまでひと月は掛かるのだからな」


 それを最初に言ってくれたら嬉しかったな。

 まだまだ相手の気持ちを分かってはくれないようだ。

 カサンドラは話に入ってくる。


「そういえばエステルはコランダム領に知り合いはいるのか?」

「いないと思うけど……どうかした?」


 残念ながら私の交友関係は限定的だ。

 答えを聞いたカサンドラは難しい顔をする。



「宿泊はどうするつもりだ?」

「あっ……」



 ここみたいにどこが仮住まいを考えていたが、あちらは反領主派に加えて、コランダムの土地だ。

 もしかすると知らずのうちに泊まっていたら、ひどい罠が仕掛けられるかもしれない。

 ここは同じ反領主派のシグルーンを見たが申し訳なさそうにする。


「申し訳ございません。わたくしだけでしたら大丈夫でしょうが、コランダムに睨まれてしまうことは父が許してくれません」


 次にブリュンヒルデを見る。

 だが同じ反応をする。


「わたくしの家も同じですね。父が前に色々と禍根を残したようです」



 ブリュンヒルデの父は前に私ではなく、実の娘であるブリュンヒルデをレーシュの正妻へと薦めたり等、自分勝手なところがある。

 おそらくその自分勝手な性格が災いしたのだろう。

 そうなると私もどこに泊まればいいかが悩むところだ。

 最後の手はレーシュに事情を話して、しばらく部屋を借りてもらうしかない。

 困った、と頭を悩ませると、シルヴェストルが私の前で腕を組む。


「なら俺がどうにかしよう!」


 自信満々な顔をするシルヴェストルに一抹の不安がある。


「何をされるつもりですか?」

「それは当日を楽しみにしておけ! カサンドラ、用は済んだ!」



 シルヴェストルは嵐のように部屋を去っていった。

 嫌な予感がしながら出発の日になり、私は重大な発表を聞く。



「エステル、姉上に許可をもらったから、俺もコランダム領へ行くぞ! 領主一族専用の屋敷に泊まれば何も心配いらない!」



 まるで遊びに行きそうなほどの陽気な顔をする。

 私はカサンドラへどうしようと不安な目を向けると、首を振って諦めろと言っていた。

 領主が決めたことのため、もう私がとやかく言えない。


「分かりました……でも絶対に私やカサンドラから離れないでくださいね」

「うん!」


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