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側仕えの裏事情 レーシュ視点

 俺の名前はレーシュ・モルドレッド。

 港町アトランティカ改め海聖都市モルドレッドへと名前が変わり、ナビという称号をもらって正式に上級貴族への仲間入りを果たした。

 領主会議で無事に魔力を多くもらうことに成功したがまだ油断はできない。

 最初は近くの領地と連携を取りながら急激な発展に備えなければならないからだ。


「レーシュ様、こちらが各商人たちの事業計画です。それと免税についての問い合わせが続いているため、文官たちから人員を──」



 神国との貿易が再開してからはやることが多すぎて手が回らなくなってきた。

 だが元はといえば、ここの文官たちの能力が低すぎることだ。

 ずっと海賊に怯えて手を付けなかったせいで、杜撰な管理になっていたのだ。

 前ナビ・アトランティカに小言でも言ってやりたいが、今は過去を蒸し返しても仕方がない。


「ネフライト様からの応援の人員をうまく回してくれ。平民でも大店の優秀な子息たちにも協力を仰ぐことも忘れずに。そこらへんの貴族よりも役に立つからな」



 貴族は魔力を持つ上級民という意識が強いため、平民を登用する考えがない。

 ただ人材が不足している今の状況では、そんな頭の固いことは言っていられない。


「かしこまりました。それと冒険者ギルドから正式な書面が来ております」



 俺は羊皮紙を受け取ると、長ったらしい挨拶文をすっ飛ばして今回の趣旨を見る。


「っち、やっぱりこうなるか」



 将来的に陸の魔王を倒すために人員を貸し出せと伝えたが、勝算がないので断る、という旨が丁寧に書かれていた。

 ただ最後に、剣帝と同じくオリハルコン級の冒険者が現れ、討伐可能だった場合にはその限りではない、とも書かれていた。

 それならばウィリアムをオリハルコンを決める催しに参加させようとしたが、そこでもまた釘を刺されている。


「海賊ウィリアム、槍兵の勇者ラウル、王国騎士団長グレイプニルは噂ではオリハルコン級と言われているが、こちらの調査で基準を下回っていたため、それ以上の実力者が条件だと?」



 剣帝はあの二人よりも強かったということのようだ。

 ヴィーシャの名前が入っていないのは、誰もその姿を見つけることができないので判定が出来ないのだろう。

 しかし一個だけ希望があった。


「剣聖エステルの力が取り戻し、その実力を証明したならばこちらも協力は惜しまない」



 海の魔王を討伐をした実績があるエステルはオリハルコン級と認められているようだった。

 ただ彼女の力は弱体化しており、俺としてもあまり前線に立って欲しくはない。

 俺は目の前に立つサリチルへと尋ねる。


「風の噂程度でいい。エステル並みの強者はいないのか?」

「残念ながら存じ上げません」



 サリチルは有能な男だ。

 俺のことを一番に理解して動いてくれる。

 様々な情報網を持っていてもエステルみたいな最強の戦士は見つからないようだ。

 ただ俺はこいつに一つだけ疑念があった。


「サリチル、俺はお前を信用していいのか?」



 急な言葉にサリチルは息を詰まらせた。


「いいや、これはお前に失礼だな……お前は誰にエステルを教えてもらった?」

「それは……」



 サリチルはとうとう気付かれたかと顔を沈ませる。

 最初は疑惑程度だった。

 しかし、エステルから何気ない一言を聞いてそれは確信に変わったのだ。


「エステルはカサンドラ様とも親しいらしいな。一緒に過ごしていたのなら、エステルの強さを少しは見る機会があったはず。そしてエステルの村だが、恐ろしいほどに情報が手に入らん。税くらいなら追えるがエステルの噂がどこにも流れていないのはおかしすぎる。だからこそヴィーシャ暗殺集団に高い金を払ったんだ」



 俺は別の調査書をサリチルへと渡した。

 その中身を見たサリチルは驚愕の顔を浮かべ、そこまで知らなかったことを如実に示す。


「近くの交流している村が途中から巧妙に人がすり替えられている。アビの息の掛かった者たちにな。まるで情報を外に出さないために」


 サリチルは観念して頭を下げる。


「申し訳ございません。アビ・ローゼンブルクから内密に紹介いただきました」


 少しばかりショックを受けている自分に驚いた。

 俺とエステルは偶然の出会いだと思っていたがそれを全て覆されたのだ。

 それは全てあの領主が裏にいたことが判明したからだ。

 一体どうしてエステルを俺の元へ呼んだのだ。

 謎が謎を呼ぶ。



「アビから理由を聞いているか?」

「いいえ、レーシュ様を守りたいならそこへ向かえと言われただけです」



 あれほど手を借りたくないと思っていた領主から俺は施しを受けていたのだ。

 もしくは俺の恋心すら領主の意図するところなのか。

 全てが怪しく思えてきた。

 だが一つだけ分かるのは、エステルは俺を騙すつもりが一切ないことだ。

 あれほどわかりやすく表情が変われば、嘘を付けない性格なんてすぐに分かる。

 俺はまた頭を整理するため深く息を吐いた。



「まあいい。領主の考えを読もうとすれば泥沼にハマる。それならば今ある問題を解決したほうがましだ」



 今直面している問題こそが、俺がどうにかしないといけない。

 エステルに黙っていたことだ。

 知っているのは腹心のサリチルのみ。


「コランダムの粛清……」



 これは俺が立てた筋書きでもあった。

 奴がいずれ俺を消そうと動くのは明白。

 その前に俺から領主に協力を持ち掛けていた。


「エステルさんには伝えていないのですよね?」

「言えるわけないだろ。それどころかみんなを助けようと言ってくる始末だ」



 別に怒ってはいない。

 彼女ならそれを言うかもしれないと思い、ずっと秘密で動いていたのだ。

 領主から港町の借りもあるため、それを返すためにもコランダムは良い土産だった。

 知らぬ間にコランダムを消せれば一番だったが、エステルはもう関わることを決めたのなら、俺だって別の道を探してみせる。


「奉納祭まで時間なし……」



 今から出来ることは限られている。

 もう作戦は動き出しているため、きまぐれでやめましたは通用しない。

 どのような方法を取れば、コランダムを従わせ、さらには領主の反感を買わずに済むのか。



「従わせる……この考えが間違いなのかもしれない」



 貴族に生まれてからは優劣で常に比較される。

 それ自体は悪い考えではないが、全ての評価基準が上下になってしまうのは悪い兆候だ。



「それなら俺がするべきは──」



 頭の中を整理する。

 そしてやっと一つ思い付いた。

 椅子から立ち上がって俺は別室へと向かう。


「どちらへ行かれるのですか?」

「通信の魔道具を使う」



 サリチルは俺の後ろを付いていき、部屋の前で待たせる。

 俺だけが使うことを許可された魔道具であり、各ナビたちと通信ができる。

 防音の部屋で、中には水晶があるのみ。

 俺は水晶に手を当ててしばらく応答を待つ。

 すると反応が返ってきた。



「ご機嫌よう、モルドレッド。エステルは元気だったかしら?」



 現れたのは、コランダムと並ぶ二大領地の片翼。

 スマラカタの姫と称される聡明なネフライトだった。

 スマラカタも広大な土地を持つため、二人の統治者がいる変わった土地だ。

 それはネフライトの父親が半分を、ネフライトがもう半分を治めている。

 その勢いは父の都市を発展を超えてしまい、すでに都市が移ってしまったほどだ。

 ネフライトの父は名目上はナビの称号を持っているが、実権はネフライトが握っていると言ってもいいだろう。

 そんな彼女は俺ですら話すのに緊張する。


「はい。側仕えとしての力量もかなり鍛えられていました」

「そうでしょ? 私も前に行った時は剣舞に魅了されましたの」



 嬉しそうに彼女は声を弾ませる。

 普通に話す分にはただの少女なのに、それでも油断してはない。

 彼女も領主と共にエステルの件に関わっているのかは分からないからだ。



「それは私も見たかったですね」


 今度じっくり見せてもらおうと考えていると、翡翠の目が俺を鋭く突き刺す。


「そろそろ来る頃だと思っていました。コランダム粛清はエステルの喜ぶところではないですからね」

「そこまでお見通しとは……」

「でもアビの御考えは全てに優先されます」



 ピシャリと釘を刺された。

 やはり領主の本当の右腕と称されるだけはある。

 昔からこのお方が苦手なのは、領主の敵に対して容赦がないからだ。


「コランダムは魔力を隠して私腹を肥やしています。おそらくはあまりよろしくない方法でね。それにアビの兄君は妹を守るどころか、何やらよからぬことを企んでいる様子」

「あんな無能者がいくら策を考えようとも、アビに利用されて終わりです」



 領主の兄はどうしてあれほどの大馬鹿者なのか。

 義兄妹とはいえ、あまりにも能力に違いがありすぎる。


「それでモルドレッドはどうしたいの?」

「ネフライト様の領地をお借りしたい。しばらく神国の方々を一つの季節分は受け入れてほしい」



 ネフライトは俺の真意を読み解こうと探る目をする。

 俺は慎重に言葉を続けた。


「アビが行うことを止めるには、それより立場が上の方が必要です。国王のドルヴィが協力するとも思えない。それならば奉納祭の間は神国をお招きして、有事の際に働いてもらおうかと思います」

「神国を……正直あまりお力は借りたくはないですけどね。あまり内政も上手くいっていないご様子」

「だからこそ神使様も実績を求めてくださるはずです」


 神国は神使をトップとする国だが、実務は元老院の長である教王が執り仕切る。

 それ自体は問題なかったが、最高神の加護が邪竜に押されていることから、神使の絶対性を疑問視されているのだ。

 神使がエステルを囲い込みたかったのは、おそらくは元老院よりも結果を残して、また最高神への信仰を取り戻すため。

 それならば全体が一丸となって三大災厄を全て倒すことは、神使の目論見と相違ないはずだ。



「コランダムの立場を考えると逆に恨まれる気がしますが、それはどうお考えで?」

「それは……」



 コランダムとスマラカタの領地は元々は小さな国だった。

 それが今の国王が神国からやってきて侵略し、王国として統一したのだ。

 そして三領地を国王の系譜が領主として治め、争いを早く終わらせるためにコランダムとスマラカタを嫁がせて、家族の契りを結ばせため、あまりそれをよく思っていない老人たちが多い。

 しかし野心家のコランダムは簡単には手綱を握らせはせず、その広大な土地の生産力で常に発言権を握り続けた。

 しかしとうとう領主は、猛犬を切り離すことを決めたのだ。

 俺の領地の発展を見越して、生産性が半分になろうとも、俺の領地があればそれはカバーできる。

 そしてある程度粛清が落ち着いてから、自分にとって都合の良い誰かを後釜に入れる気だろう。



「選んでもらうしかありません。己のプライドかそれとも領地か」



 もう今からどう足掻いても時間がない。

 ただ一つだけその渦中で足掻いてくれそうな人物に心当たりがあった。


「あとはエステルに任せます」

「エステルにですか? 何か伝えてありますの?」


 俺は首を横に振った。

 おそらく難しい話を彼女にしてもまだそれを理解して実行なんてできない。

 だが彼女が指をくわえて、コランダムの粛清を見ているわけがなかった。



「いいえ、ただあいつが大人しくするわけがありません。なので、私はただ準備だけ進めます。彼女が何をしてもいいように」


 おそらくかなり大事になるだろうが、貴族のルールで守れるのは俺だけだ。

 あとは神国とスマラカタを味方に付けて、奉納祭に備えるだけだ。

 ネフライトと共にどうやって神国を招待するか、お金の負担の割合などの相談もするのだった。

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