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側仕えと奉納祭の準備

 レーシュも港町に帰っていったので、私はまた領主の城で側仕えとして働く。

 次は各地へ魔力を奉納する夏神祭の準備に追われる。

 資料室で実際で過去の行事の記録を調べて、何があっても対応できるように備えなければならない。

 朝から頭が爆発しそうになりながらも、必死に詰め込んでいく。


「おはようございます、エステル殿」


 朝の訓練が終わったばかりのブリュンヒルデも手伝いに来てくれた。

 しかし先日のことがあったためか、少しよそよそしさがあった。


「おはよう、この前のことは気にしていないからそんなメソメソしない!」


 この子は結構強めに言わないとずっと気にしてしまう。

 すると彼女も少しばかり安心してくれたようだった。


「そ、そうですか……本当に父が失礼しました」



 ブリュンヒルデは頭を下げる。

 前にブリュンヒルデの父親がレーシュに対してブリュンヒルデを正妻にどうかと提案したのだ。

 確かに彼の言う通り、ナビの妻に相応しいのはブリュンヒルデかもしれない。

 それでもレーシュは私を選んでくれたのは実のところホッとしていた。

 あまりこの子を責める気はないので私は話題を変える。


「それよりもちょっと教えて欲しいんだけど」


 いくら資料を読んでも現地に行ったことがない私ではところどころ分からない記述が多い。

 ブリュンヒルデが覗き込み、すぐに理解していた。


「ああ、奉納の舞ですね」


 資料に載っている絵を見て、すぐにブリュンヒルデは教えてくれる。

 あまり神事に詳しくないため、今の機会に教えてもらおう。


「魔力を奉納するときにみんなで踊るの?」

「はい、神々は歌と踊り、そして魔力を気に入っておいでですから、祭壇で奉納します。おそらく領主の側仕えなら踊りの一員に数えられるかもしれませんね」



 危うく何の準備もせずに当日を迎えそうだった。

 他の貴族たちは当たり前でも、私は常に気を張り続けないとこういった些細な情報を逃してしまう。

 後でシグルーンたちから教わろうと思い、もう一つ疑念点を尋ねる。


「奉納式の回る土地っていつもと順番が違うけど何かあったの?」

「おそらく魔物の発生の兼ね合いだと思います。空と陸の魔王のせいで魔物が不規則に発生場所を変えますゆえ、騎士たちが常にアビへ情報を伝えてます」



 魔力がある土地ほど魔物が多く、理由としても魔物が土地の魔力を食べるかららしい。

 ただ都市部に近いほど、冒険者たちが盛んに稼ごうとしてくれるのでそこまで大きな問題にはならないとのことだ。

 しかし地図を見れば見るほど辟易してくる。


「本当にこんなに領地って多いんだね。覚えることが多そう……」

「はは、ただ領地毎の違いを実際に目で見られるのは良い勉強になるかと思います。視察も兼ねていますので、側仕えですと税の記録が一致しているかの確認もすると思います」

「それも側仕えがやるの?」



 やることが多すぎて付いていけるか心配だ。


「あくまでも文官の補助ですので、そこまでの能力は求められないとはしないと思います。ただ文官は文官でやることが多いですので、側仕えに雑用をよく押し付けますね」


 貴族の仕事は頭を使ってばかりだ。

 ただの農民だった頃も大変だったが、別の意味でこっちも大変だ。

 しかし読み書き、計算が苦手だったあの頃と比べるとできるようになった。

 やはり環境が人を育てるのかもしれない。



「あとエステル殿、また奉納祭までには戻るのですが、おそらく私とシグルーンは少しだけお側を離れると思います」


 ブリュンヒルデだけなら休暇か何かかと思ったが、シグルーンもだとすると騎士のお仕事かもしれない。



「どこかへ行くの?」

「はい。アビからもっと魔物の情報を集めてほしいとのことでしたので、奉納祭までに魔物を減らすついでに収集してきます」



 騎士たちも大変だな。

 ただ私の側にいても退屈だろうし、さらに少しずつだが力を取り戻しつつあったので、今なら多少の危険なら返り討ちにできるはずだ。

 仕事を終えて夜になり、訓練場に誰もいなくなった頃に訪れる。

 また鍛錬を始める。


「もっと体をうまく使って……」



 自分のイメージと体の動きを合わせる。

 剣舞のステップを参考に全身をバネにして一連の動作を行った。

 まるで体に羽が生えたかのように軽い。

 おそらくはレーシュからもらった身体強化の指輪のおかげだ。



「力を失ったとは思えない良い動きだな」


 突如声が聞こえて、私はハッとなる。

 集中しすぎたとはいえ、それでも近付いてくるのに全く気付かないのは危険だ。

 すぐに意識を声のする方へ向けると、そこには褐色の肌をした義腕騎士、カサンドラがいた。


「カサンドラ!」


 私は知っている人で安心して、彼女に近づきこの前のお礼を伝えるため指輪を見せた。


「これありがとう! おかげですごく体が軽くなった!」

「それは良かった。どんな効力を付けたんだ?」

「身体強化って言ってたよ」

「ぬ!? そんなすごいものを作れるのか……」



 シグルーンも驚いていたが、カサンドラから見てもこの魔道具はすごいらしい。

 何だか自分のことのように誇らしい気持ちがあった。

 そういえばカサンドラがどうしてここにいるのだろう。


「今から訓練するの?」

「いいや。せっかくだから一度手合わせをしたくてな。昔はコテンパンにやられたから、今ならまだその借りも返せるかもしれん」



 昔のカサンドラは性格が若干荒れており、片腕を失って危ない状態なのに村を出て行こうとしたことがあった。

 そのため無理矢理寝かせるため、何度も脱走を阻止して気絶させるを繰り返したのだ。



「あれはカサンドラが悪いでしょ! 何度止めても言うこと聞かないし!」


 カサンドラはまるで子供のように笑って誤魔化す。


「耳が痛い。ただ一度くらいは勝ちがほしくてな。弟君にも教えた遊戯盤でコテンパンにやられたからね。エステルに勝ったらまた勝負を挑みたいくらいだ」



 カサンドラは思ったよりも負けず嫌いなようだ。

 しかし私も実際に自分の実力がどれほど戻ったのか確かめたかった。

 前に取り押さえられた時には反応すら許してもらえず、簡単に組み伏せられた。

 だが今なら油断も隙も作らない。

 お互いに刃が潰れた訓練用の剣を持ち、距離を取って構えた。

 まずは私から攻める。


「ぬっ!」



 相手が油断している隙に距離を詰めると、カサンドラも少しばかり驚いてくれた。

 剣がぶつかり合い、お互いに相手の攻撃の隙を窺う。



「思ったより速いな。それが魔道具の力か? あの坊やの才能をまた見くびったようだ!」


 カサンドラの一撃がさらに重くなり、後ろに下がって痛烈な一撃を受け流した。


「次は私から攻めよう!」



 カサンドラの体が霞むともうすでに目の前まで迫ってきていた。

 綺麗な足運びで私の息の切れ間を縫って自然と間合いに入り込んでいた。

 私の意識の死角を察知して、反応を許さないのだ。

 横なぎの一撃が迫り、出来ることは剣で防ぐのみ。

 だが私の体はすでに意識とは関係なく動いていた。

 地面を蹴って飛び上がり、剣と平行に体を回転させて、相手の一撃を変則な動きで避ける。



「くっ!?」



 カサンドラはすぐに剣を戻そうとするが、私はそれよりも早く剣を捨てて懐へ入った。

 無効化するのに剣はいらない。

 カサンドラの手が何をしようと動こうとしたが、躊躇うような素振りをして一瞬の硬直が起こる。

 しかし私は構わずカサンドラの腕を持って背負い投げをした。



「かはっ!」



 地面にぶつかって悶絶するカサンドラの顔目掛けて拳を振り落としたところで、彼女は手を挙げて降参した。


「参った!」


 顔の目の前で拳を止める。

 もちろん当てるつもりはなかったが、分かりやすく決着を付けたかったのだ。

 彼女の手を持って立つのを手伝った。

 腰を押さえて、何度もさすっている。


「トリスタンとの決闘までなら私が勝てたのだろうが、戦う時期が遅かったようだ」

「レーシュのおかげだよ。まだこんな動きを魔道具無しでできないし」

「いやいや、あんな剣の避け方をされたのは初めてだ。紛れもなく剣聖の片鱗と言って差し支えない。しかし悔しいな、力の差とはいうのは……」



 何か昔を思い出すような寂しい目をする。

 だがすぐにそれを瞳の奥に隠して握手を求められ、お互いに今回の戦いの健闘を称え合った。


「次はぜひ身体強化と躊躇った奥の手を使って欲しいな」

「見抜いていたか……そうだな、次の機会では全力で勝たせてもらう」



 訓練場の片付けを手伝ってもらい、私とカサンドラは部屋から出た。


「エステル……」



 お互いに分かれようとしたときに呼び止められる。

 さっきまでとは少し雰囲気の違ったカサンドラが恐ろしく見えるのは気のせいだろうか。


「どうかアビ・ローゼンブルクのことを理解してあげてくれ。これから先で何があっても……」



 哀しい声で彼女は呟く。

 その顔には色々な意味を含んでいるようであり、私は一応頷いた。

 もしかすると今日彼女が来たのはそれを言うためだったのかもしれない。

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