側仕えと魔道具の指輪
側仕えの仕事も休みだったので、私は久々にレーシュと共に過ごす。
ただやはり何もやらないのは暇なため、私は久々にレーシュの側仕えとして家の掃除をするのだった。
イザベルからは特にしなくていいと言われたが、半ば無理矢理に手伝させてもらった。
作業中に来客も来るため対応も行なった。
「ナビ・モルドレッドにお会いしたい」
前に領主会議に参加していた大貴族が人目を忍んでやってきた。
やはり港町の発展に関心があるようで、レーシュに対して取引の話をしたいようだ。
話し合いは穏便に終わり、お客も満足そうに帰っていくので安心する。
レーシュはちょくちょく私の様子見にも来る。
「今日はフマルもいるんだ。あまり張り切らなくていいんだぞ?」
「そうだけど……やっぱり働いていた方がスッキリするし」
「お前がしたいなら構わないが──」
レーシュは眠そうに欠伸をする。
「俺は仮眠を取る。おそらくお前の護衛騎士も来るだろうからその前に起こしてくれ」
「うん!」
私はせっせと仕事をして汗を流して、少しばかりの書類仕事も手伝う。
イザベルが感心してくれた。
「驚きましたね。あれほど嫌がっていたのにだいぶ様になってきましたね」
「そうですか?」
「ええ、まだ計算間違いは多いですがね」
「うっ……」
褒められたのにすぐに指摘された。
だがそれでも進歩はしていると褒められたのは嬉しいものだ。
フマルも一緒に作業をしており、にやにやとしている。
「エステル、何だか肌ツヤも良くなって幸せそうだね」
「そ、そんなこと──!」
分かってて示唆してくるのだ。
イザベルもはしたないとフマルを嗜める。
それでもフマルは楽しそうに声を弾ませる。
「レーシュ様があんなに疲れているのに、エステルは体力がやっぱりすごいんだね」
「もういいでしょ! あっ、そういえばフマルも意中の人がいるんでしょ? その人とはどうなの?」
前に中級貴族の騎士と親しげに話していたことを逆に指摘する。
するとフマルは、うっ、と目を逸らした。
逆にイザベルが反応する。
「おやま、フマルもですか。後でお話がありますので、時間を作りなさい」
「いー……大丈夫だよ、イザベル! あはは……」
苦い顔を作ったフマルは途端に逃げようとする。
しかしイザベルは追求をやめない。
「貴女も私の孫みたいなものです。しばらく花嫁修行はさせてなかったので、矯正致します。お相手も教えなさい。中級貴族ならある程度は口利きできますから。坊っちゃまも結納金はたくさん積んでくださいますよ」
「大丈夫だって! エステルー、ひどいよ」
ぶーたれるが最初に面白がっていたのはフマルの方で自業自得だ。
「頑張ってね、フマル」
「他人事のようですが、エステルさんもみっちりナビの妻になるために鍛えますからね」
私にまで飛び火が来た。
笑って誤魔化そうとしたが、港町に帰った後にも課題をするようにと言いつけられた。
定期的に送るので返信するように言われ、私とフマルは観念して頷くしかなかった。
それからシグルーンが屋敷にやってくる。
「ご機嫌よう、エステル」
「シグルーンも……お越しくださってありがとう存じます」
後ろからイザベルの怖い視線を感じたので、言葉遣いを正す。
綺麗な宝石箱を持ってきており、頼まれていた魔道具製作の素材を手に入れたのだ。
すぐに客間へと案内する。
レーシュもすでに起きて準備万端で、持ってきた宝石を眺める。
「ほう、よくこんなのがあったな」
大きな赤と青の宝石が二つあり、レーシュが手に持って鑑定するように細かく確かめる。
他に持ってきた小さな宝石たちには見向きもしない。
「友人に聞いたら余っているモノがあると売ってくださいました。もう一つはカサンドラ様からの贈り物だそうです」
「カサンドラ様だと? どうしてあの人が?」
そう言えばカサンドラのことは私は伝え忘れていたことを思い出す。
簡単に私の家で傷付いたカサンドラを招いたことを伝える。
「しばらく行方不明になっていたと思ったら、隻腕になって帰ってきたらしいが、まさかお前の家に居たとはな。本人がそのことを口外しないし、誰もそこまで私的なことを聞けないがどこに縁があるか分からんな。騎士としての腕前も立つし、惜しい人材だとは思う」
レーシュはカサンドラから頂いた宝石を持ちながら、急に動きを止めた。
「そういえば、カサンドラ様はシュトラレイク領出身じゃなかったか?」
どこかで聞いたことのある地名だ。
シグルーンは知っていたようで頷く。
レーシュが私に教えてくれた。
「隣の領地だ。王国の領地の一つで騎士の練度が高いと評判で、魔力よりも力を優先する領地だ」
やっと私も思い出した。
シグルーンたちから教えてもらった地名にもあった。
確か──。
「貴族より平民の方が力を持っている領地だっけ?」
レーシュは頷く。
シュトラレイク領とは、アビ・ローゼンブルクと同じく領主が管理する土地だ。
冒険者ギルド発祥の地のためか、そこでは冒険者業が盛んで、騎士たちも魔物狩りを勤しんだり、平民と試合をしたりするらしく、お互いに身分の差を超えた付き合い方をしているらしい。
「でも本当に貴族と平民の垣根が少ないって本当なの?」
私はこの領地しか知らないため、貴族と平民が仲良く暮らしているというのが信じられなかった。
もちろん例外はあるのかもしれないが、それでも私が味わった平民軽視は根強いのではないだろうか。
「理由は単純だ。シュトラレイク領は王都から離れている。すなわち魔力の分配が一番少ない領地でもあるから、魔力以外で協力しないとまず立ち行かない」
「そうなの!?」
てっきり全ての領地が魔力ありきで生きているのかと思っていた。
「ただやはり他の領地と比べたら厳しい土地と言わざるを得ない。少ない魔力で上手く分配しているらしいが、それでもベヒーモスに片っぱしから奪われているらしいからな」
どこにでもいる三大災厄。
やはり結局こいつらのせいでどこの領地も被害を被っているのだ。
「いいことを思いついた」
レーシュの顔がものすごく悪くなっている。
一体何を考えているのだ。
「今は大々的に宣伝していると商人連中が噂していてな。新たなオリハルコン級冒険者を決める催しを行うとな」
冒険者ランクは強さの証らしく、今まで最上位のオリハルコンの称号を手に入れたのは、剣帝と呼ばれる行方不明の戦士だけらしい。
ウィリアムやラウルもまたそれに近い実力らしいが、実際の本人と会ったことがないため、指標が分かりにくくなっていた。
「シュトラレイク領は冒険者ギルド発祥の地。そこの冒険者のトップを頂いて全ての冒険者を従わせ、陸の魔王ベヒーモスを倒す」
「それすごくいい!」
私は思わず立ち上がってレーシュの考えに賛同する。
腕をぐっと力を入れて、私もするべき道もわかった気がする。
「おい、お前は何もしなくていいからな。ウィリアムに任せるんだから」
レーシュが私の考えを読んで牽制してくる。
だが私にだって言い分はある。
「ベヒーモスと実際に戦った私が適任よ。剣聖という大きな希望がないとあれとは戦えないと思う。海の魔王もそうだっただけど、誰かが道標にならないとまともに相対できないもん」
誰だって死ぬのは怖い。
特に三大災厄は一撃必殺の一撃を何度も繰り出してくる。
ウィリアムたちならまだしも、他の人たちでは一撃だって耐えられない。
「お二人は三大災厄を全て倒すおつもりなんですか?」
ただ素材を持ってきただけだったため、シグルーンは私たちの話を興味深く聞いていた。
「うん。味方はたくさん欲しいからシグルーンにも協力して欲しいの。もちろんブリュンヒルデにも頼むつもり」
「私は二つ返事で答えたいですが、全ての意向は父と夫が決めてしまいます。そこで一番の問題になるのは、コランダム派閥だということでしょう」
またもや派閥が問題になってくるのか。
しかし三大災厄が全ていなくなればみんな幸せになるものではないのだろうか。
「今はどこも魔力が少ないのに、わざわざローゼンブルクだけが戦力を投下して、さらに人材を減らしては立ち行かなくなります。特にコランダム派閥は前の政変では大した戦果も上げられなかったため、ネフライト派閥と比べたら魔力の施しは少ないのです。ただスマラカタ派閥も政変で人が大勢亡くなったので、それは同じことと言えますが……」
レーシュをチラリと見ながら言葉を選んでくれている。
だがレーシュはつまらなそうに鼻をフンっと鳴らした。
「なら表舞台に出させるだけだ。いつまでも先祖の遺産にだけ頼って何もしてこなかった証拠だ。魔力不足とは魔力に依存していたせいでもある。万能の力なんてないことを早く知るべきだ」
レーシュのいつもの辛口に私だけでなく、シグルーンも苦笑いをする。
「モルドレッドは変わらずですね。またレイラ様と力を合わせる姿を見てみたいものです」
「まっぴらごめんだ。俺はあの時のことを忘れたわけじゃない」
シグルーンはしまったと口を塞いだ。
「何かあったの?」
私が尋ねるとレーシュは言いづらそうに口を開いた。
「父を止めたいなら協力しろというあの女の甘言に乗せられ、俺は必死に父を止めた。だがレイラ・ローゼンブルクは父の舌を切り裂き、共犯者として俺と父を今の王の前に突き出した」
「えっ……」
初めて知る過去の事実。
私の知らない二人の関係は、想像以上に壮絶だった。
「全ての地位は奪われ、俺には契約魔術の縛り、さらに魔力もカツカツに奪われている。趣味の魔道具作りなんかできないほどにな」
レーシュがほとんど魔道具製作をしなかった理由を今やっと知る。
おそらく魔力消費が少ないものなら作れるくらいなんだろう。
「ただ最近はやっとゆとりもできたがな。どっかの馬鹿が勝手に王国騎士を招き入れるなんて独断してくれなければ今も魔力が足りん」
「それってジギタリス夫妻のこと?」
前に海賊たちを倒そうと王国騎士たちが攻め入ってきたことがあった。
その仲介をしていたのが領主の側近であるジギタリスだったが、今は港町の離宮に幽閉されていた。
「ああ、あいつらは領主に無断で権限を行使したんだ。極刑として魔力を搾り取られる人生が待っている」
敵ながら可哀想な末路だ。
しかし私もレーシュも痛い目は何度も遭っているので自業自得といえばそうだろう。
「さて、長話は済んだな。そろそろ魔道具を作ろう。シグルーン、少し手伝ってくれ。礼は出す」
「ええ、レシピは盗みますがよろしいですよね?」
「ふんっ、好きにしろ」
レーシュは仕方なしと、魔道具を作るために部屋へと向かった。
一緒に道具を出したり、植えられていた薬草を引っこ抜いたした。
色々な物を大きな大釜に注ぎ込んでいった。
「坊っちゃま、聖杯をお持ちしました」
イザベルが大事そうに聖杯を持ってきて、その上でピチャピチャと水のような音が聞こえる。
するとシグルーンも感嘆の声を出す。
「よくもそれだけ貯め込みましたね」
どうやらシグルーンから見ても多いようだ。
レーシュは自慢げだった。
「俺の一月分の魔力だからな」
「そんな大事な物を本当に私にいいの?」
「これくらいならいくらでもくれてやる。お前はすぐに無茶するからな」
レーシュは聖杯を受け取って、それを大釜に注ぐ。
そして長い木べらでかき混ぜていった。
重そうにかき混ぜ、レーシュの額から汗が出る。
ある程度混ぜたら、薬品を入れて混ぜるのを繰り返した。
「ふぅ、そろそろ頃合いだな。シグルーンが持ってきた宝石を貸してくれ」
言われた通りに私はレーシュに差し出し、それを大釜にポトンと落とした。
大きな光を放ち目がチカチカする。
やっと光が収まるとレーシュは中から二つの指輪を取り出した。
指輪を熱心に眺め、満足そうに頷いた。
「これなら大丈夫だろう。念のため左右偏らずにはめてくれ」
私は赤い指輪を左手に、青い指を右手のそれぞれ人差し指にはめた。
「赤は身体強化の魔力が入ったもので、青は強い衝撃を緩和してくれるものだ。残りの宝石で弓避けを複数作ればいいだろ。指輪は半永久的に使えるが、弓避けは決まった回数当たれば終わりの使い捨てだ」
大金貨十枚もする理由がわかる。
力を強化して、さらにずっと使えるなら高くて当たり前だ。
せっかく私のために用意してくれたものなので、大事に傷が付かないようにしたいが、それでは彼が喜ばない。
私はありがたく頂戴した。
「まさか身体強化の付与にそんなカラクリがあったとは……」
シグルーンは書字板に熱心に書き込んでいる。
レーシュのレシピはそれほど画期的だったのだろうか。
私はチラッとレーシュの顔を見ると満足した顔を覗かせていた。
とうとう最終日になり、馬車に乗ったレーシュが窓から顔を出す。
指輪からも彼の温もりを間接的に感じるが、それでもやはり本人がいないのは寂しい。
「大事にするね」
「ああ、無事でいろ」
レーシュが私の額に口付けをする。
御者が馬車を出し、イザベルを連れて帰っていく。
またあちらに戻りたいが、私はまだここでやらなければならない。
決意を新たにまた城へ戻るのだった。