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側仕えと嫌われ貴族の次の道

 夜のパーティへと私も参加する。

 今日は側仕えではなく、レーシュの側で一緒に美味しい食事を食べる。

 だがもちろんそれだけではない。

 レーシュへ挨拶する貴族を相手をしなければならない。

 昔はほとんど人がレーシュと話したがらなかったのに、やはり立場は人を惹きつけるようで、数えきれない人たちがやってくる。



「お久しぶりです、ナビ・モルドレッド、お初にお目にかかります、剣聖エステル殿。貴方様たちのおかげで、海の魔王から奪われた魔力が戻ってきて、土地も復活の兆しを見せております。あと少し遅ければ町を捨て、難民が出るところでした。本当に感謝しております」

「いいえ、其方の農作物たちは今後の要。いくらでも手出しはするから、何かあればすぐに報告してくれ」


 老齢な中級貴族の男性が涙を流しながらレーシュと私へお礼を伝える。

 他にも似たようなお礼をしてくる者も後を絶たない。


「海の魔王って陸の魔力を奪っていたの?」

「ああ、海沿いに近い町や村は例外なく奪われたはずだ。もちろん王国と神国も含めてな。毎日たらふく魔力を食っていたからこそ、あれほどの巨体になったんだろう」


 まるで海を覆い尽くさんばかりの大きな竜だった。

 あれは最初からではなく、徐々に大きくなっていったようだ。


「どうした? そんな笑顔で?」

「ん? だってレーシュにお礼を何人も言ってくれるんだよ」



 そんな嬉しいことはないと思っていたら、レーシュが急に照れる。


「お前が居たからだ。でなければ、今頃も暗殺に怯える日々だった」

「もー、もっと自信出したらいいのに」


 自信家なのか謙虚なのかよく分からない。

 心から喜べばいいのに。


 中には小声でレーシュへよろしくない声を掛ける者もいた。


「ナビ・モルドレッド、たくさんの土産品がありますので、後ほどいかがですかな」



 チラッと私を見る目は見下したもので、浮気を唆しているのだ。

 しかしレーシュは一気に不機嫌になって、底冷えする声を出す。


「ご冗談がうまい。ただ言葉は気を付けてくれたえ。私は血の涙もない父を持つ異端児ですので、どのようなことをするか分かりません」



 ヒュッと息を呑むのがわかった。

 すぐに失言だと気付いて、男は誤魔化して去っていく。

 私はレーシュへ小声で確認する。


「どうして上に擦り寄る人ってすぐに女性を斡旋したがるんですか?」

「上に立つ者ほど英雄好色と言うからな。間違いではないが──」


 ぐいっと私の肩に手を置いて引き寄せられた。


「残念ながら俺の目に映るのは、今は一人だけだ」

「ちょっと、レーシュ近い! こんなの見られたら──!」


 私は恥ずかしさから顔を背けたら、もうすでに遅いことを知る。

 周りから注目の的になっていたのだ。

 嬉しいけど恥ずかしいこの気持ちをどう隠せばいいのだ。


「おやおや、ラブラブですな、お二方」



 次にやってきたのは、ブリュンヒルデと兄のトリスタン、そして二人の父親であるナビ・ベルクムントがやってきた。

 ナビ・ベルクムントは快活な笑顔で私たちへ挨拶をする。



「まさかあの時の少年がここまで大きくなるとは、わしも歳を取るわけだ、ガハハ」

「何をおっしゃいますか。今でも魔物を狩る時は率先して前に出ると聞いております。勇猛なトップがいることは、下の者たちも勇気付けられるでしょう」


 レーシュは社交辞令で返し、わずかだが表情が硬くなっていた。


「時にナビ・モルドレッドよ、そこの剣聖殿と婚約をされたらしいな」

「ええ、それがどうか──」


 レーシュが聞き返すタイミングでナビ・ベルクムントの腕がレーシュを無理矢理引っ張る。

 あまりにも突然のことで私は転げそうになったがどうにか踏ん張った。

 だがナビ・ベルクムントはまるで友人と肩を組むかのようにレーシュと仲が良さそうな雰囲気を作った。


「お主の大変さは分かっておる。ずっとあの政変のせいで苦しい日々だっただろう。だが安心しろ。このわし、ナビ・ベルクムントが支援しよう!」


 暑苦しくもレーシュへ味方しようとしてくれる。

 ただどうしてだろう。

 すごく嫌な予感がする。


「それはありがたい。是非ともベルクムントからの支援は受けたいものです」

「そうだろう、そうだろう! だから、私の娘を正妻としてどうだ?」


 ──えっ?


 いきなり何を言い出すのだ。

 私はブリュンヒルデを見ると、彼女は首を振って話を知らないと顔を青くしていた。


「男なら女を複数幸せにする甲斐性は見せんとな。うちの娘は顔良し、頭良し、さらに魔力も本来なら其方とは釣り合わんが、今後の将来性を考えたらそれも気にならん! それに昔のようにはまた戻りたくはないだろ? まだ婚約なら口約束にしか過ぎんからいくらでも撤回できるぞ!」



 嫌な言い方だ。

 レーシュの昔を知っているからこそ、彼が歩んできた苦難の道をちらつかせる。

 本気で私からレーシュを奪うつもりのようだ。

 だが私を言われっぱなしでいるためにここにいたのではない。

 ナビ・ベルクムントの腕を軽く叩き、レーシュの腕を奪い返した。


「ナビ・ベルクムント、申し訳ございませんが、レーシュは私を選んでくれたのです!」


 ここで言い負かされる程度ではナビの妻に相応しくない。

 たとえブリュンヒルデの父親でも私は退いたりしてたまるものか。



「言えるようになったじゃないか」



 レーシュも嬉しそうに私の肩を抱いてくれる。


「ナビ・ベルクムント、誤解はしないでいただきたい。私の辛い時期はとっくの昔に過ぎている。この者が私を照らす太陽なのでな。他に妻を取る気はない」


 レーシュが自分から私以外を選ばないと言ったので、ナビ・ベルクムントは慌て出した。


「何を言っている! ベルクムントと家族の契りを結べるのだぞ? そんなチャンスをふいにするつもりか!」

「勘違いなさらないでください、ナビ・ベルクムント」



 レーシュの声が冷たくなっていく。

 本気で怒っているのだ。


「私をどん底でも救ってくれたのはエステル一人だけだ。決して貴方はこちらに手を差し伸べるようなことはしなかった。たとえ大領地とはいえ、彼女を捨ててまで欲しくはない」



 ぐぬぬとナビ・ベルクムントは顔を歪ませる。

 思ったよりも策士ではあったが、それを行うほどの器用さは持ち合わせていないようだった。

 顔を真っ赤にして、踵を返した。



「行くぞ、トリスタン、ブリュンヒルデ!」


 大股でどしどしと帰っていく父親の後ろを二人は付いていく。

 ブリュンヒルデが申し訳なさそうに私に頭を下げる。


「レーシュ、ブリュンヒルデのことは悪く思わないで。彼女は多分知らなかったと思うから」

「ふんっ、どうでもいい。それよりも──」



 レーシュが私を抱きしめる。


「ちょっと、レーシュ! みんな見てる!」


 こんな周りの目があるなかで急にどうしたのだ。

 すると少しばかり哀しい目をしていた。


「俺はお前だけ居ればいい。絶対に離れないでくれ」


 あれだけいつも強気な男が一体どうしたのだ。

 何を不安になったのか分からないが私は抱きしめ返そうとした時に、こちらにゆっくりと不安定な足取りで近づく令嬢が見えた。

 手元をナフキンで隠す姿は違和感がありすぎる。

 そして次の瞬間にはダッシュしてきて、その拍子に隠れていた手元のナイフが見えた。


「死ねええぇ!」


 すごい形相でレーシュへナイフを突き刺そうとする。

 私はレーシュを横に突き放して守る。

 令嬢の体術はそんなでもないため、私がナイフの腕を掴み、そのまま地面に倒した。

 周りから悲鳴が起き、私たちから距離を置く。


「離せぇ! 死ね、死ね!」


 ひどい形相でレーシュを睨みつけ、呪怨を何度も繰り返す。

 やっと周りの騎士たちが騒ぎを聞きつけてやってくる。


「お前のせいで、夫も息子も死んだのよ! 返せッ!」


 拘束していても口はまだ自由が利く。

 レーシュの無表情に見つめる姿は何を表すのだろうか。

 騎士に襲ってきた令嬢を引き渡す。

 パーティどころではなくなってしまい、今日のパーティ自体がこのまま終了となる。

 レーシュは先に部屋へと帰っていくので、私はすぐさま追いかけて彼の部屋に向かった。


 部屋の中でレーシュは黙ったままソファーに座っている。

 私は紅茶を淹れて、彼の前に差し出し、横に座る。

 無言の時間が続くが、私は彼が少しでも落ち着くのを待った。


「俺は犯罪者の父を持っている」


 ポツリと彼は呟く。


「今の不況は俺の親父が引き起こした大罪が一番の原因だ。何人も人が死に、父が死ぬことによってやっと収まった。その禍根は今でも根強く残っている。俺の命は国王にも契約魔術で縛られ、あんな風に命を常に狙われる。ベルクムントは俺を欲しがったのは港町だけで、用が済めば俺を排除して領地を奪うはずだ。震えるんだ……いつ俺は認められるのか、ナビになっても俺は誰からも信用してもらえない」



 肩を震わせ、初めて私にレーシュが泣き言を言う。

 ずっと強気に交渉をする姿は、この不安を隠すためのものかもしれない。

 レーシュの悲痛な目が私を捉える。


「お前だけはずっとそばに居て──ッ!」


 私は思いっきり頭突きをかました。

 一体何事と涙目をしたレーシュは額を抑えている。


「メソメソしない!」


 私はまるで叱るように言う。

 今のレーシュは精神的に落ち込んでいる。

 普通なら同情するだろうが、こういう時はきつい一撃の方が立ち直りが早いものだ。

 彼を無理矢理、私の膝の上で寝かせる。


「エステル──?」

「よくね、フェーも落ち込む時があったの」

「お前の弟が?」

「うん……」


 前に海賊の副船長であるザスの加護で弟が自殺する夢を見せされたが、あれほどではなくとも弟が毎日私に気を遣って辛そうにする日々があった。

 その時も思いっきり頭突きをして、思ったことをすぐに言うように叱ったのだ。

 そしてこんな風に頭を撫でるのだった。


「辛いのはしょうがないよ。レーシュはずっと一人で頑張ったんだもん。でも私がずっと側にいる。レーシュに出来ないことが私にできるかもしれない。私だってここの側仕えで色々なことを学んだよ」


 ずっと考えていた。

 私はここの側仕えで何を得られるかを。


「今度ね。領主様が各地を回るんだって」

「魔力の奉納か……」

「うん、その時にコランダムの領地も私は付いていくだろうから、レーシュのいい噂を広めてくる」


 ガバッと彼が急に起きあがろうとしたため、それを力で止める。

 目がそれはやめろ、危険だ、と言っていた。


「エステル、馬鹿なことはやめろ。お前が危険な目に遭う必要はない! コランダムは敵には全く容赦しない! 俺が無事なのは、ただウィリアムという大きな力があるからに──」

「なら私を守って」

「えっ……?」


 レーシュの思考が突然止まったようだ。



「今のレーシュの置かれている状況って、内乱で魔力が減ってることが一番の原因なんだよね?」

「ああ、三大災厄たちが土地の魔力を奪っているせいもあるがな」

「なら三大災厄を全部倒せばまたレーシュの株が上がるんだよね?」

「お前、危ない橋を考えていないだろうな?」


 もちろん危ないと思う。

 今の私の力は不安定で、満足に力を振るえない。

 三大災厄を相手取ることなんて到底できないだろう。


「だからみんなで倒そうよ。海の魔王は人数が少なかったけど、陸の魔王はみんなで戦えばいけるよ。ウィリアムにヴァイオレットちゃん、ラウル様、あと王国騎士団長様だっけ? 全員でやればいけるんじゃない! 他にも騎士様たちは大勢いるんでしょ?」



 レーシュは頭が痛そうに額を抑えていた。


「お前が言うと簡単に見えてくるな」

「そうでしょ?」


 楽観的な私に対して、レーシュは諦めて息を吐く。


「分かった。俺も三大災厄をどうにかできないか考える。それとコランダムだけは気をつけろ。絶対にあの護衛騎士たちがいない状況を作るなよ」

「分かった!」


 レーシュは仕方なしとゆっくりと起き上がる。

 二人で懐かしい前の屋敷に戻った。

 イザベルもやってきていたようで、私たちの寝室を整えてくれたようだ。


「エステルさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「はい、イザベル様もお元気でよかったです」

「ええ、坊っちゃまが前よりも精力的に頑張るようになったので、枯れてはいられませんからね。貴女もだいぶ動きに洗練さが増しましたね。やはり場所が人を育てるのでしょう」



 あまり褒めてもらえなイザベルからそう言われると、もしかしたら少しは成長したのかもしれない。

 パーティでは食事を取れなかったので、私たちはまず食事をしてから入浴する。

 そして自分の前の部屋へ向かっていると、レーシュがちょうど廊下を歩いていた。


「何をしている?」


 少し不機嫌な顔で聞いてくるが、ただ寝ようとしているだけで何もしていない。

 私が首を傾げていると、レーシュが近寄ってきた。


「何って眠ろうかと……」

「パーティの後は覚悟しておけって言っただろ?」

「えっ……あ!」


 そういえばそんなことを言っていたと思い出す。

 途端に何だか恥ずかしさが込み上がってきた。

 羞恥から顔を背けると、彼はそれを許さないと私を横向きに抱き抱えた。

 有無を言わさずに彼の寝室へ連れ込まれる。

 ベッドの上に降ろされ、私の頬を優しく触る。


「領主に七日間の休暇を申請してあるから俺がいる間は同じ寝室に居てもらうからな」

「いつの間に!?」


 そんな話は聞いていない。

 いつの間に手を回していたのかと思っていたが、私ももう観念した。


「レーシュ……ただいま」


 彼の目が見開かれると、また優しく細まり──。


「おかえり、エステル……」


 まずはゆっくりと唇を長く合わせるのだった。

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