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側仕えと嫌われ貴族、推参

 領地会議当日となり、私も側仕えとしてたくさんの仕事を任される。

 会議の部屋の掃除や今日お出しするお菓子と飲み物、さらにその後のパーティの準備等やることがたくさんだ。

 しかしお昼前にあらかた終わらせることもでき、私は領地会議で領主の側仕えとして参加するため、一度着替えることになった。

 フマルが私の準備を手伝ってくれていると、すごくニタニタとしてくるのが気になる。



「エステル、ソワソワしすぎ」



 指摘されると急に恥ずかしさが込み上がってくる。

 先ほどから何度も、髪型のここはおかしくないか、としつこく尋ねてしまっているからだ。


「今日も綺麗だよ。レーシュ様も多分大喜びだと思うよ」

「ち、違うわよ! ただ領主様の側仕えとしておかしくないかって聞いただけで──」


 ムキになって反論したときに、扉のノックする音が聞こえてきた。



「あっ、レーシュ様かな?」


 ビクッと体が震えた。

 そんなわけがないが、もしかするとそうかもしれないという期待が出てしまったのだ。

 ただ入ってきたのは、ブリュンヒルデとシグルーンだった。


「エステル殿、本日の件で……どうかしました?」


 ブリュンヒルデが首を傾げて尋ねられるが、私は平静を装って誤魔化した。


「ううん、何でもないよ。それよりもどうかした?」

「はい。私とシグルーンも今日のパーティには出席するのですが、その時におそらく私たちの親族が挨拶に来ると思いますので、前もって伝えてさせて頂きます」



 そういえば二人の身内はブリュンヒルデの兄しか会ったことがない。

 あれほど敵意を持たれているのなら、他の家族達からも私は疎まれているのではなかろうか。


「おそらくわたくしの家はただの様子見ですね。反領主派のコランダム様へいくつかの情報を献上せねばなりませんから」



 シグルーンの家は領主に対して好意的でない派閥だ。

 前々から思っていたがシグルーンはあまり家のことに協力的はない。

 私の疑問に気付いてか、シグルーンは優しい顔で説明してくれる。


「わたくしは今は派閥関係なく手を取り合うべきだと思っております。粛清でかなりの貴族を減らし、魔力も足りない現状で派閥なんぞ意味はありません。レイラ・ローゼンブルクは聡明なお方です。残念ながらあの方の兄君は優秀ではないため、コランダムの手のひらで常に踊らされている今の状態では、とても主君として仰ぐことはできません」


 辛辣な言葉のせいか言葉が冷たくなっているような気がした。

 ただ側で見る限りでは領主は確かに頼りになる。

 全てを見透かしているような目が怖く感じることもあるが。


 ブリュンヒルデも次に答える。


「私の家族はただのお礼くらいだと思います。それよりも未来の夫を探せと口うるさく言われることが憂鬱です」



 本当に面倒臭そうな顔をする彼女に同情した。

 ブリュンヒルデは見た目はかなり可愛いので、引くてあまたな気がする。

 あとは本人のやる気次第だろうか。


「ブリュンヒルデはあまり結婚したくないの?」



 私が尋ねると、無理矢理に笑顔を作っていた。



「ええ、前の婚約者ではかなり痛い目を見ました。しばらくはそういうのはいいです」


 昔のことを思い出して気が重そうな顔をしている。

 かなり大変な目に遭ったのだろう。

 もしかするとご両親からもしばらくは見逃されていたが、とうとう口出されるようになったのかもしれない。

 貴族も大変だなと思うが、相手が悪いなんてことは平民でもよく起こるのでどこでも同じなんだと思った。


 フマルが手をパンパンと叩いて話を終わらせる。


「はいはい、エステル。そろそろ時間だと。領地会議頑張ってね! レーシュ様にもよろしく言っておいてね」

「うん!」


 私は少しの不安と期待を持って領地会議が行われる会議室へ向かった。

 入室してくる貴族たちを出迎えていき、椅子を引いたり、紅茶を出したり、手早く相手していく。

 全員がナビと呼ばれる上級貴族の当主たちのため、ある程度貫禄のある年代ばかりだ。

 もしレーシュが来れば明らかに若造のためなめられてしまいそうだった。


 静観な顔つきをした男性が私をジーッと見てくる。

 すると立ち上がって私の元までやってきた。


「君が剣聖殿かね?」

「は、はい……」



 目力があるせいで見られるだけで緊張する。

 一体何を観察しているのだ。

 すると急に笑って私の腕を持ち上げてブンブンと振ってくる。


「ガハハハ! そうか、そうか! うちのブリュンヒルデが世話になっているな! ベルクムントの当主だ!」



 豪快に笑う姿に思わず私も笑ってしまった。

 平民の私にもそこまで嫌悪感をないのは助かる。


「こちらこそいつもお世話になって──」


 そこで私がトリスタンと戦った時のことが思い出される。

 ブリュンヒルデとは最近は仲良くしているが、未だトリスタンとは確執が残ったままだ。

 しかしそれを察してからあちらから切り出してくれた。


「トリスタンのことなんぞ気にせんでいいぞ! あやつは最近自惚れていたからな。少しでも自分を見つめ直せたのなら上々」

「そ、そうですか。ははっ……」


 ただ少し暑苦しいなと思っていると、ゴホンっと咳払いが聞こえてくる。


「ナビ・ベルクムント、貴方はいつも通りですね」

「んん? おお、ナビ・エーデルか! 其方はいつも仏頂面だな!」



 メガネを掛けた細身の男性の名前にも聞き覚えがあった。


「どうも、剣聖殿。うちのシグルーンはお役に立っていますかね?」



 やはりシグルーンのお父さんのようだ。

 真面目そうな顔で知性ある顔をしている。

 ただ少しばかり苦手だ。


「はい。いつも色々なことを教えてくださいますので助かっております」

「それはそうだろう。あれは領主の側近として育てられた。どこぞの馬の骨ともしれん若造では教養の限界があるだろうしな」



 明らかにレーシュのことを悪く言っている。

 ここで言い返したいが、もうすぐ領地会議が始まるため騒ぎは厳禁だ。

 しかし言われっぱなしも面白くない。


「そうですね。レーシュは側近では収まらない器ですから」


 売り言葉に買い言葉で相手取る。

 今のレーシュは彼らと同格なのだから、わざわざ私がへりくだる必要はない。

 すると、目の前のナビ・エーデルはフッと頬を緩めた。


「聞いていた噂とは随分違うな。だがナビの妻になるのならそれくらい言えんといかん」


 それだけ言って彼は自分の席へと座っていった。

 今のは私を試したのかもしれない。

 ナビ・ベルクムントは頬をぽりぽりと掻いている。


「いつも思うが、気難しい奴め。まあよい、またよろしく頼む」

「はい、こちらこそ今後ともよろしくお願いします」



 無事に二人の護衛騎士の父親と話を終えて、私は自分の仕事に戻る。

 ほとんどのナビが席に着いているのに、未だレーシュの姿が見えない。


 ──どうしたの?


 早く姿を見たかったのにどうして顔を出してくれないのだ。


「モルドレッドが心配?」



 領主が私へ尋ねた。

 もちろん心配だが、私は側仕えとしてここにいるのだから、レーシュが来るかどうかは関係ない。

 私が答えかねているとまた扉が開けられた。


 ──レーシュ!


 期待を込めて扉の方を見たが、現れたのは別の貴族だ。

 だが私も会ったことのある貫禄ある二人だった。


 コランダムとスマラカタの二人の当主がやってきた。

 この二人が来ただけで一気に部屋の空気が引き締まった気がした。

 そこで私は一つ気付いた。

 ちょうど長机が二分するようにコランダムとスマラカタ派で分けられている。

 二人はちょうど長机の中央に席を取った。

 残る席はあと一つ。


「あらあら、初めての領地会議なのにモルドレッドは欠席かしら」


 領主が分かりやすく名前を出したせいだろう。

 一気に不満が出てきた。


「新参者のくせに一番で来ないなんぞどうかしているぞ」

「我々と会うのに怯えたのかもしれんな」

「もしや荒くれ者に襲われたのかもしれんな。最近は物騒だと聞く」


 グッと手を握る。

 レーシュがこんなに遅れるのは絶対に何かがある。



「なら余っている席は僕がもらおう」


 もう一人、部屋に入ってくる人がいた。

 薄い赤色の髪をした男性が入ってくる。


「あらお兄様」


 領主が口にしたことで、入ってきた男性が領主の兄だと分かった。

 しかし聡明さを感じさせない雰囲気がある。

 ずっと髪を手でいじり、人を小馬鹿にしたような顔をしていた。

 奥の一番後ろの席を移動させ、わざわざ領主と向かい合う位置へと持っていった。


「どうせモルドレッドは来ないのだろ? もうすぐ僕もコランダムと婚姻を結ぶのだから、見学させてもらってもいいよね、レイラ」



 断っても残りそうだ。

 領主も諦めたのか、息を吐いて許可する。


「ええ、構いませんよ。ただ私のことはアビと呼んでくださいな」

「僕と君の仲なんだからいいじゃないか、レイラ」



 ものすごくイラっとする男だ。

 頑なにアビと呼ばないのは、彼の欲望に満ちた汚れた目ですぐにわかる。

 自分が領主になりたいと目が物語る。


「おやおや、君があのモルドレッドの女か」


 領主の兄は私を見てニタニタと笑っていた。


「ブサイクな女だ。剣舞が得意なのだろう? そこで裸で踊って見せろ。そうすれば未だ来ていないモルドレッドにも少しくらいは魔力の分配を許してやらんでもない、ははは!」



 大きな声で品のない笑いを出す。

 数人は顔を顰めており、確かにこれは領主の器ではない。

 だが私の耳はそんな些細な声ではなく待ち望んだものを聞き取る。


「ほう、人の妻を馬鹿にするのだ。大層な地位の方かそれとも大きな功績を残した偉人なのだろうな」



 ずっと聞きたかった声が響いてくる。

 ゆっくりと扉が開かれ、現れたのはレーシュだった。


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