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側仕えは掛け持ちする

 程よくいい感じに終わりそうだったお茶会が、シルヴェストルの言葉で一変した。

 シルヴェストルの護衛騎士であるカサンドラも頭を押さえて、どうしたものかとその場で立ち尽くている。

 騒つく場を少しでも落ち着かせるため私が代わりに尋ねた。


「えっと、シルヴェストル様。私が側仕えになるのは構わないのですが」


 ざわざわとまた場が大きくなった。

 これはまた失言をしてしまったかと思ったが、もう出てしまった言葉は覆せない。


「領主様には許可を取られたのですか?」

「うっ……」


 どうやら思いつきで発した言葉だったようだ。

 これは子供の突発的な言葉だったのですぐに取り消してもらったほうがよさそうだ。


「シルヴェストル」


 領主の口が冷たく開く。

 その声にシルヴェストルはビクッと体を震わせた。


「アビの側仕えを欲すのは肉親と言えども過ぎた願いよ。誰もいないのなら独り言で済みましたが、多くの耳がある状況で伝えてしまったら、それは反逆の意思と捉えられても仕方がありません」


 思った以上に大事だった。

 私が言ったことも少しばかりそれに当てはまりそうで怖い。

 このままではシルヴェストルが危ない。


「アビ! お願いがあります!」


 思わず声が出てしまった。

 何か考えがあるわけではないが、それをしないとあの子が罰せられてしまう。


「何かしら?」



 少しばかり怒りの声を滲ませ、私へ氷のように冷たい視線が突き刺す。


「もしよろしければ空いている時間を使って、シルヴェストル様のマナー教育を手伝わせていただいてもよろしいでしょうか」



 領主は目をパチクリさせて、先ほどまでの怒りが少し霧散した。



「マナー教育?」



 領主が珍しく思考が追いついていない様子で私の真意を探るような目をする。

 特に思惑がある訳ではないが、元々シルヴェストルの教育の放置具合に何か手を貸したいと思っていたくらいだ。


「はい。私はアビの側仕えですので、お手伝いなら個人的にやることですので、アビには迷惑を掛けません! それに前一緒にお食事をされているところを見ましたが、流石に領主一族としては放置されすぎかと思います」

「それは……貴女が考える必要のないことを。それにあの子には必要のないことよ」

「いいえ、絶対に必要です! 弟なのにあまりにも無関心すぎです」



 今のままでは確実に人として成長しないままになってしまう。

 私でも領主から使用人を奪ってしまうのはいけないことだと分かるのに、彼はその良し悪しの判別すらできていないのだから。

 私の剣幕に初めて領主が押される。


「む、無関心……わたくしがですか?」

「はい! ずっとお茶会で緊張したり、食べ方を教わらなかったり、カサンドラ以外の護衛がいなかったり。あまりにも杜撰すぎます!」


 領主がまるでショックを受けたかのように一歩後ずさる。

 それを私は一歩踏み込んで逃しはしない。



「おい、アビに失礼だぞ!」


 遠くから領主の護衛騎士のジェラルドが怖い形相で近寄ってきた。

 焦る気持ちが大きくなりながらも、領主が手でジェラルドを制した。


「いいでしょう。ただわたくしの側仕えとしての仕事が最優先。休みにまでとやかくいうつもりはありません。ただシルヴェストルの先ほどの発言は簡単に取り消せるものではありません」

「それならシルヴェストル様を救った功績でチャラにしてください!」


 本当にこれでシルヴェストルを救えるのか分からないが、少しでも減刑できるのなら儲けものだ。

 領主は心底信じられない目で私を見た。



「自己犠牲はいつか自分を殺しますよ?」

「そんなつもりはありません。ただ私がそうしたいからしているだけですから」


 領主は私の目を見つめた後に息を大きく吐いてお茶会の席へと戻っていく。


「シルヴェストル、其方の罪はエステルが支払った。今回は不問にするが、次同じことがあれば実弟とはいえ許すことはない」

「か、かしこまりました姉う──アビ・ローゼンブルク」


 シルヴェストルは怯えながらもしっかりと謝罪をした。

 少しばかり慌ただしかったお茶会も終わり、私もホッとしながら部屋へ戻ると、フマルとシグルーンが腕を組んで私を待っていた。

 その顔はまるでこの世のものとは思えないほど怒りに燃えていた。


「エステル……シルヴェストル様のことはどういうこと? 何か問題起こさないと部屋に戻れないのかな?」

「アビに意見するなど何をお考えですか? 力を失った状態の貴女では簡単に命を散らされるのですよ?」



 本気で怒っている二人に、あわわ、と血の気が引いていく。


「エステルにはまだまだ貴族の常識が足りないようだから、寝るまでみっちり詰め込んであげるよ」

「それがいいですね。私も護衛騎士としてこれ以上失点を重ねるわけには行きませんから」



 それから思いっきり二人から雷を落とされるのだった。

 泣きながら勉強を無理矢理させられ、次の日は側仕えの仕事は休んでいいということだったので、シルヴェストルの部屋に向かった。

 扉の前にはいつもの通り、カサンドラが立っている。


「おはようカサンドラ」

「おはようエステル。昨日はシル様が迷惑をかけてすまない。あれは私のせいなんだ」


 話を聞いてみると、前にヴィーシャ暗殺集団に誘拐された褒美を進言したらしく、それで私を自分の側仕えに任命して、さらに功績を増やそうとしたらしい。

 だが問題は私は領主の側仕えになっており、二重で仕事を持たされても私の負担が多くなることだ。

 主人が増えたところで何も褒美にはならない。

 ただ一生懸命私のために考えてくれたのは少し嬉しい。


「気にしないで。それよりもシルヴェストル様はどうしているの?」

「まだ眠っておられる。あの方は気まぐれだからね」



 もう朝日が上りきっており、朝食の時間も過ぎているはずだ。

 いくら気まぐれだからと、甘やかすのと自主性に任せるのでは違う。

 私が少しムッとしているとカサンドラが首を傾げる。


「どうした、そんな怖い顔をして」

「こんな時間に起きないのなら叩き起こすしかありませんね」

「待て! 寝起きのシル様は機嫌がすこぶる悪い! しばらく機嫌を直してくれんから大変なんだ!」



 いつも夜に外へ遊びに行くから朝起きられないだけだ。

 それなら無理矢理やったほうがいい。

 私はカサンドラの静止を聞かずに部屋をバーンと開けた。

 すると部屋はまだ真っ暗でカーテンも閉じたままだ。

 ベッドの上で眠っているシルヴェストルを起こすため、カーテンを勢いよく開けた。


「うっ……」


 太陽の光が部屋に入ってきたおかげですぐに部屋が明るくなった。

 それでシルヴェストルも目を擦っている。


「カサンドラか? まだ眠いから閉めて──」

「ほら、起きなさい!」


 私は毛布を奪って無理矢理起こさせる。

 体を外へ引きずってすぐさまお召し物に着替えさせた。

 寝起きで機嫌の悪いシルヴェストルは口を尖らせている。



「ひどいぞ、エステル。カサンドラ、どうして止めない!」

「申し訳ございません」


 シルヴェストルの叱咤にカサンドラが謝罪した。

 だがそれを私が口を挟む。


「シルヴェストル様、やったのは私なのですから、叱るなら私にしてください。それとこの時間まで起きないシルヴェストル様が悪いのです」

「な、な……っ!?」



 シルヴェストルは口をわなわなと震わせる。


「もうよい! カサンドラ、俺は食事が食べたい! 何か持ってきてくれ!」

「かしこまりました」


 カサンドラが食事を取りに行こうと部屋を出て行こうとしたが、私が腕を引っ張って止めた。


「シルヴェストル様、体調が悪いわけでもないのでしたら食堂まで行きましょう」

「えー、嫌だ! 面倒ではないか!」



 駄々っ子のように不満を言うが、こんなのは農村ではしょっちゅう起きる。

 私はシルヴェストルを抱き抱えて廊下に出る。

 廊下を歩く人たちに奇妙な目で見られた。


「おい、離せ!」

「聞き分けのないならこうするしかないじゃないですか。恥ずかしいのなら自分の足で歩いてくださいませ」

「分かった! 自分の足で向かうからおろしてくれ!」



 私が下ろすと自分の足で食堂まで向かってくれた。

 食事を取りながらものすごく不貞腐れている。



「俺にこんな扱いをしたのはお前が初めてだ」

「そうですか。それとカトラリーの置き方が雑過ぎます。平民の私でも覚えたんですから、シルヴェストル様もやってくださいね」


 私は使っていないカトラリーを正規の位置に戻る。


「そんなのはいいではないか」

「よくはありません。領主様の弟なのですから、皆さんに見られているんですよ」


 ピクッと何かに反応して、大人しく言われた通りカトラリーを正しく置いた。

 それからこぼさないで食べるようにしっかり教え、どうにか食事を終えることができた。


「どうして食事でこんなに疲れんといかんのだ」

「私へ褒美として側仕えに任命したのですから責任をお持ちくださいませ。それとも私への褒美ではなく罰だったのですか?」

「うっ……エステルは結構辛辣だな」


 シルヴェストルは背中を丸めて心底疲れた様子だ。

 そろそろ何かしらこちらからご褒美をあげないとすぐに投げ出してしまうだろう。



「そうだ、シルヴェストル様、もしよかったら一緒に剣で稽古しませんか?」


 それが効果的だったんだろう。

 すぐに顔を上げて、元気に返事をした。

 私とシルヴェストルで剣を合わる。


「行くぞ! エステル!」

「ええ、本気でいいですよ!」



 全力で剣を振るシルヴェストルに合わせる。

 シルヴェストルの体力が尽きるまで行うのだった。


「はぁはぁ……エステルの体力は底無しだぞ」

「ふふん、よく頑張っていましたがまだ踏み込みが甘かったですよ。でもしっかり訓練すれば騎士にいつかなれます」

「そうか!」


 シルヴェストルの機嫌がどんどんよくなっていく。

 農村の子供以上に扱いやすくて助かる。



「エステル、今日は家庭教師がいるからそれくらいにしてやってくれ」



 カサンドラが女性の先生を連れてやってきた。

 ふくよかな女性が眼鏡を上げて、やる気に満ち溢れている顔をしていた。


「うっ……エステルなんとか言ってやってくれ。俺はもう疲れ果てていると」

「何を言ってますか。せっかく勉強できるならしてください」

「ならエステルが教えてくれ!」

「えっ!?」


 私にお願いされても私が教えて欲しいくらいだ。

 ただここの大人の意地としてできないとは言いたくない。


「いや、私はちょっと用事が……」


 私は適当な理由を付けて去ろうとしたが、カサンドラが私の肩を掴む。


「エステルも一緒に受けてやってくれ。そうすればシル様も若干だがやる気が上がるみたいなんだ」

「いや、でも……」

「シル様、エステルも一緒に勉強したいとのことです!」

「カサンドラ!?」


 私は彼女の言葉を止めようとしたがもう手遅れだった。

 シルヴェストルも満更じゃない様子で、先に部屋へと向かう。

 そして一緒に計算問題のテストを行った。


「おやま、シルヴェストル様素晴らしいー! 剣聖様より上ざます!」


 七歳にすら私の頭は勝てないらしい。

 シルヴェストルからの憐れむ目が辛かった。

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