側仕えは音楽の意味を知る
とうとうお茶会の日がやってきた。
主役が私ではないにせよ、名のある令嬢ばかりが呼ばれているため、私も準備をしっかりしないといけない。
フマルも朝から気合を入れて私に化粧を施していく。
服装はどうしても令嬢達を引き立てるために地味なものになるため、化粧で少しでも品を落とさないようにしないといけないらしい。
「よし……あとは昨日覚えたことを話すんだよ」
フマルからいつでも見られるようにメモをした小さな書字板を懐に忍ばされる。
息を何度も吸って気分を落ち着かせ、私はいざ戦場へと向かう。
今日のお茶会は中庭で行う。
天気も良く、気温も暖いので絶好のお茶会日和だろう。
だが現場はまるで真逆のような忙しさだった。
「そちらの花はやっぱり植え替えなさい!」
「家紋のタペストリーの順番が違う! 首を飛ばしたいの!」
「カーペットに鳥のフンが!? すぐに替えのに取り替えて!」
たくさんの側仕え達が一斉に準備を進めるが、不測の事態が多すぎて手が回らない。
さらには大きな声で、令嬢の来城を知らせが届くと作業を中断して、入り口まで迎えに行き、各々が担当を決められた令嬢を客間まで案内する。
私にも担当はいる。
また来城したという声が響いたため、私はまた入り口まで向かう。
入り口が開けられ入ってきたのは、領地一番の大派閥として君臨するネフライト・スマラカタだ。
ドレスの裾をあげて優雅なお辞儀をする。
今日は綺麗に編み込まれ髪に銀のかんざしを付けているためか、より一層に翡翠の髪が輝いて見える。
さらに彼女のドレスも自分を表すように翡翠の色をしており、胸元から肩にかけては赤と緑の花がまるで宝玉のように輝いていた。
……ネフライト様ってお姫様みたい。
ちっちゃな顔に上品な仕草はまるで彼女自体が宝玉のようだ。
見惚れていると階段から誰かが降りてくる足音が聞こえる。
ジャスミーヌを連れて、紫のドレスを見に纏うアビ・ローゼンブルクがやってきたのだ。
どうやらネフライトを迎えるためだけにわざわざやってきたようだった。
それだけネフライトという人物は大きな意味を持つのだと分かる。
領主が私たちが囲む間を通った途中で立ち止まる。
するとネフライトがさらに一歩進んで、またドレスの裾をあげる。
「本日はお招きありがとう存じます。変わらずの元気な御姿を見て安心しました。今日の出会いもまた最高神の祝福なくしてあり得なかったでしょう。どうか今日の祝福をわたくしとアビ・ローゼンブルクに賜らんことを」
次は領主が一歩前に出てドレスの裾を上げた。
「我が領地を支えるスマラカタの姫君にお越しくださったことこそが祝福。まだまだ未熟な私を導いてくださるおかげで無事に朝を迎えることができました。今日は貴女様の日頃の疲れを癒せるように様々な催しを考えております」
チラッと私へ目が一瞬だけ向けられる。
まるで気のせいだったのかと思うほどの一瞬だが、それだけで失敗をしたら分かっているだろうな、と言っているように見えた。
二人の関係性ならもっと軽いものだったと思ったが、どうやら今日はお友達感覚の茶会ではないというのは痛いほどよく分かる。
「日頃お忙しいのにそのような気遣いを頂けて感謝の言葉もありません。ではまた後ほどゆっくりとお話しをさせていただきます。私の案内役の側仕えはどちらに?」
「好きな者をお選びくださいませ。もちろんジャスミーヌでも構いません」
ネフライトは少し悩んだ素振りを見せるが、すぐに私を見つけてにっこりと笑顔を向ける。
「それでしたら、海の魔王を倒した剣聖様にお願い致しますわ」
私は呼ばれたため緊張しながらもネフライトを案内する。
何だか周りからも少しばかり怖い視線を感じるが、おそらくはネフライトから指名されたことへの嫉妬だろう。
「エステルはこちらには慣れましたか?」
緊張しながら無言で歩く私に気を遣ってか話を掛けてくれる。
「はい。覚えることも多いですが、あちらでは経験できないことがたくさんあります。側仕えは本当にやることが多岐に渡るのですね」
「ふふ、そうね。でもまだまだ知らないことがどんどん出てくると思うわ。レイラと一緒に各地を回ればもっと驚くと思う」
私の世界はまだ狭い。
城の生活もそうだが、他の貴族が治める領地にはまだ行った事もないのだ。
ずっと側にレーシュがいてくれたが、今は自分で問題を解決しないといけない。
「それはそうと噂は聞いたわよ。自分の護衛騎士を助けるために側仕えが血だらけになったと」
「はは……」
まさかネフライトまで噂が広がっているとは思ってもみなかった。
しかし彼女はすごく嬉しそうな顔をしており、手を頬にやって顔を赤らめている。
「前も私を助けてくださったものね。今日は楽しみだわ。エステルが“剣舞“を披露してくれるってレイラから伺ってましたもの」
「えっ!?」
私は思わずネフライトをギョッと見た。
一度練習しただけで、あの後は全く練習出来ていない。
側仕えのことを覚えるだけで精一杯で、領主から芸を披露しろと言われないままに今日になった。
取り越し苦労だと思っていたがまさかの事前の連絡もないとは。
私の驚きの顔を見たせいで、ネフライトの顔が少し沈んだ。
「そんな……見れませんの」
しょぼんと落ち込んでしまい、私はどうやって元気付けようか慌ててしまった。
先ほど領主がチラッと言った言葉に、催しがあると言った後に私を見たのはこのことだったのではないか。
ゾワっと背中に寒気が来た。
これは失敗したらタダでは済まないかもしれない。
「い、いいえ! ただ内緒にしてましたのでサプライズではなくなったことが残念で、ははっ……」
取り繕って嘘を吐く。
するとネフライトはすぐに笑顔の花が咲いた。
「まあ! そうでしたの! レイラに聞かなきゃよかったわ。ふふ、なら楽しみしてますわね」
いつもなら見破られる嘘がこの時はバレず、私も少しずつここの色が染まってきたのかもしれない。
部屋まで彼女を案内してから、彼女の側仕えの邪魔にならない程度に、彼女がくつろげるように温かい紅茶を置く。
教わった作法を思い出しながら音を立てずゆっくりと置き、側仕えに指示出しをするネフライトの邪魔をしないように気を配る。
そして時間を知らせる鐘の音が聞こえたため、私はネフライトを連れて中庭へと移動する。
中庭へ続く廊下も綺麗なレッドカーペットが敷かれ、中庭の入り口で護衛騎士がお辞儀をして待っていた。
一度中庭に出る前に止まると、護衛騎士が大きな声で先に到着している人たちに知らせる。
「ネフライト・スマラカタ様、入場!」
すると一際大きな竪琴の音が聞こえ、彼女の登場を大きく演出させる。
私は一度横に退き、ネフライトに道を譲る。
ネフライトは堂々とした立ち振る舞いで、領主が待つテーブルまで歩いていく。
私もすぐに後ろを歩いて付いていった。
もうすでに他の令嬢達は席についており、どの人たちも綺麗な顔立ちに、高価な宝玉が服に散りばめられている。
私とは違う世界の住民達だと実感していると、一人だけ背の小さな少年が見えた。
……シルヴェストル様!?
てっきり女性だけのお茶会だと思っていたが、領主の弟であるシルヴェストルもまたこの会に出席していたのだ。
どうにも緊張した様子だったが、私を見たことで笑顔になっていた。
ずっと会えなくて心配していたのだが、彼を見る限り元気そうだ。
ただ今は私語が出来ないので、軽いほほ笑みで返した。
しかし私が想像していたお茶会と比べて物々しい雰囲気があった。
私を注意深く見る目も多く、私の振るまいを評価されているようにもみえた。
ドキドキしたまま彼女と共に歩き、私は彼女が座る椅子を引く。
座る姿も上品で、そのまま領主とおしゃべりを始めたので、私は一度その場から退いて他の側仕え達が立っている場所に移った。
お茶会が始まると、紅茶やお菓子をどんどん出していく。
言われた通りに会話を遮らないように気を付けながら、お菓子の補充や温かな紅茶に淹れ直したりと忙しい。
その時に話している会話が聞こえてきた。
「アビ、港町の件はお見事でした」
「海賊達もアビの威光にやっと膝をついたと噂になっております」
まるで領主へ擦り寄るような声で気分を盛り上げようとしていた。
だが領主は軽く笑うだけで、話は産業、流行、各領地の話へと移っていく。
ただシルヴェストルだけはずっとあたふたしており、上手く会話に乗れないようだ。
そんな時に一人の令嬢がシルヴェストルへ話しかける。
「そういえば平民に連れ去られたと聞きましたがお体は大丈夫ですか?」
それが拍子となったのか、次々にその話でもちきりになった。
「全く平民は困ったものですよね」
「最高神の加護が一般の者にまで広がったせいで助長してしまって嘆かわしい」
どんどん平民の悪口が広がっていき、突如シルヴェストルが口を挟む。
「あまり……! 平民を悪く言うでない……」
シルヴェストルは勇気を振り絞ったが、それは平民のような下の者にも慈悲を与える優しい子供としか思われていなかった。
「シルヴェストル様は本当にお優しいですね」
「ええ、ただ時には貴族ははっきりと力で示さないといけないのですよ。そうでないとすぐに調子に乗りますので」
よくも平民の私がいる前で隠すことなく言うものだ。
ただこれには慣れているので、私は特に気にすることなく温かい紅茶を注いでいく。
「貴女様が剣聖様ですわよね?」
突然にも私へ話を振られる。
一気に視線が集まり、少しばかりドキドキした。
「先ほどから雑な動きがチラついて仕方ありませんの」
ストレートな物言いをしてくる。
すると他の令嬢達も同じく私の動きをどんどん指摘する。
「ネフ……だめよ」
ネフライトが口を挟もうしたが、領主が名前を呼んで止めた。
領主は私へ目線をチラッと移してすぐに紅茶を飲み出す。
自分でどうにかしろと言っているのだ。
このままでは主の評価をされるだけだ。
「申し訳ございません。皆さまの仰る通り、まだまだ未熟の身です。お詫びとして私ができる最大の剣舞を持って皆さまをおもてなしをさせていただきます」
平民が剣舞をできるのかと令嬢達は嘲笑してくる。
私は演奏役のシグルーンを連れて来ようとしたが、領主が立ち上がって竪琴を持って来させた。
「それならこの子の主の私が伴奏をしましょう」
領主が自ら演奏するということで周りが騒つく。
それは平民の私のサポートをすることに対する驚きだった。
これは絶対に失敗できない。
宝剣を持って私は構えると、私の少し後ろで椅子に座る領主から圧が掛かる。
体が震えるのを我慢して、私は自分の中にある音楽を信じた。
はっきりとした声で私は挨拶をする。
「では、アビ・ローゼンブルクから賜った宝剣で剣舞を披露いたします。演者はエステル、奏者はアビ・ローゼンブルク。どうかひとときの安らぎをご堪能ください」
領主の竪琴が音楽を奏で始める。
ゆったりとしながらも重音が一気に別世界に誘う。
レーシュも上手かったが、領主の腕前はそれ以上であった。
──ラウル様より女性らしく。
シグルーンから教わった技を思い出し、私は自分の一つの剣として見立てる。
担い手は彼女なのだ。
私は彼女の音楽で振るわれる一本の剣に過ぎない。
ゆっくりと足を動かし、大きな動きで剣の存在感をアピールする。
戦いの中で私の剣舞は磨きを増した。
領主の音が私をどんどん置いていこうとするのを食らいつき、しなやかな動きも意識してラウル様とは違った趣きを演出する。
「綺麗…」
誰かの声が聞こえてきた。
チラッと見えた先では、令嬢たちが食い入るように観てくれている。
ネフライトも楽しそうに両手を合わせ魅入っているようだった。
──そうかこれが音楽なんだ。
教養とか関係なく、音さえあれば身分も何も関係ない。
私は劇を観たときに楽しめたのも芸は人と人とを繋ぐ。
だからこそ貴族は音楽を大事にするのだ。
たとえお互いに気が合わない同士でも心で繋がれる。
激烈な後奏に移り、私は最後まで領主の音楽に合わせて振り抜いた。
永遠にも感じた演奏も終わり、私は曲の終わりと共に剣を鞘に戻して一礼をする。
息が荒れそうになるがそれを悟られてはいけない。
最後まで優雅さを崩さず、肩で息することもせずジッと待った。
拍手がひとつ鳴る。
するとそれに続くようにどんどん拍手が響き渡った。
後ろから立ち上がる領主の存在を感じながら、私はお辞儀をしたまま待つ。
竪琴を持って領主は私の横に立つ。
「皆様、本日の側仕えのミスはこの演奏でお許しくださいませ」
結局は領主に助けられたが無事に演奏を終え安心する。
すると誰よりも大きく拍手をしていたシルヴェストルが興奮した様子で立ち上がった。
「エステル、俺は言いたいことがある!」
突然何を言い出すのかと周りの人たちが慌て出す。
遠くで見守っているカサンドラもギョッと身を乗り出そうとしていた。
「エステル、俺の側仕えにならないか!」
突然の宣言にみんなが口を開けた。
パキッと隣で竪琴の割れる音と領主の笑顔が深まった顔が私の背中にとてつもない寒気をもたらした。
第三章 側仕えは音楽の意味を知り、嫌われ貴族は人々の心に奏でよう 終わり