側仕えと小さな変化
激闘を繰り広げてからもう二日が経った。
疲れと怪我のせいでずっと眠ってしまったようだ。
起きると死ぬほどの倦怠感に襲われ、体がだるくてしょうがない。
だが体の傷を癒してくれる回復薬とは本当に便利だ。
「うー、頭がクラクラする」
どうにも目線がうまく定まらない。
すると私の看病してくれたフマルが当然と嘆息する。
「当たり前だよ。もう、無事だったから良かったけど、どうしてそう無茶するかな? 次何かあったらすぐにレーシュ様に報告するよ、いい!」
「うっ……ごめんなさい」
フマルからすごい剣幕に怒られた。
素直に謝ると、ワゴンで持ってきた皿を渡してくれる。
まだ今日までは安静にするように医者からも言われたため、大人しくベッドの上で食事を摂った。
「でもこの回復薬って高いんだよね? もしかしてフマルが出してくれたの?」
「ううん、ブリュンヒルデが実費で出したんだよ」
「あれ?」
前までは私と一緒にいる時でも必ず敬称を付けていたのに珍しく呼び捨てをしていた。
そこでフマルも私が気になっていることに気が付く。
「エステルが眠っているときに言われたんだよ。それとなんか謝られた」
「ブリュンヒルデが!?」
あれほどプライドの高かった彼女にどんな変化があったのか。
会ったときにお礼を言わないといけない。
そう思っているとちょうどブリュンヒルデがノックをして入ってきた。
「エステル殿、目覚めたと聞いてすぐに飛んできました!」
この前の件のことなんて全く気にしていない様子で安心する。
もう少し遅ければ彼女の末路は悲惨だったかもしれないのでトラウマを抱えないか心配があった。
「ブリュンヒルデ、薬ありがとう。でも高いんでしょ?」
「いいえ、お気になさらず! お金は余っていますので」
……流石は上級貴族。
レーシュならいつも帳簿と睨めっこしそうなのに、上級貴族の騎士となるとたんまりお金を持っているのかもしれない。
でもおかげで体も休むだけで良くなるのだから感謝することには変わりない。
「エステル殿の調子が良くなるまでは私がなんでもしますのでいくらでもお申し付けください!」
……これって、懐かれた?
捕まる前は不満な顔を隠すこともしなかった彼女が一転してずっと笑顔だ。
良くも悪くも正直な子のようだと少し可愛く見える。
怪我の功名とはこのことだ。
「ありがとう、それとシルヴェストル様は大丈夫だったんだよね?」
「ええ、カサンドラ様が救出したとシグルーンから聞いております」
「カサンドラが来てたんだ!」
カサンドラの実力は未知数であり、義腕になっているので心配もあった。
しかし私を抑えつけた時の体術はかなりのものであったため、彼女ならヴィーシャ暗殺集団の下っ端くらいなら問題ないのかもしれない。
「それと今度アビとネフライト様とのお茶会ということでしたので、少しでも役に立てるように情報を集めてきました!」
ブリュンヒルデが出した書字板には、今度運ばれる料理やデザート、そして令嬢たちの詳細だった。
さらには令嬢たちの実家の家の状況だったりと多岐に渡り、正直その文字の多さに私は呻く。
──こんなに覚えるの?
ちょっと気分が悪くなったと寝ようかと思ったが、目の前のブリュンヒルデがまるで褒めて欲しいと言わんばかりに顔を輝かせているので、これは下手にサボれない。
「そ、そう。流石はブリュンヒルデね! 頑張って覚えようかなー」
はは、と乾いた笑いが出たがブリュンヒルデは特に気付かずに、他にも有益な情報がないか探してくると部屋を出て行った。
私はこれ以上もらっても覚えられないと、言うことができず溜まっていく資料に、泣きながらフマルに補足をしてもらいながら、必死に頭に詰め込んだ。
頭が溶けてしまいそうなほどに疲れてしまう。
まだ三日しかここに来てから経ってないのに、ものすごく密度の濃ゆい毎日を過ごしている気がする。
貴族たちはただ税が来るのを待っているだけではないと知る。
次の日にはやっと体調もほぼ万全となり、私は仕事に復帰する。
ジャスミーヌと共に領主の支度を整えていく。
今日も綺麗なドレスを観に纏い、いつ見ても惚れ惚れする美しさだ。
化粧の手伝いをしながら、領主は私に微笑みかける。
「エステルちゃん、もう体は大丈夫なの?」
「はい。今日から問題なく働けます」
「そう……もう明日にはネフとのお茶会があるからそれまでに準備は整えなさいね」
シルヴェストルを助けるのに頑張ったからといって、お茶会が延期になることはない。
もちろんそれを言い訳にするつもりはないが、私の持っている時間も残り少なくなっている。
私はジャスミーヌの後を付いていき、またレッスンの続きを行う。
やってくる令嬢達を意識した動き方を教えてもらい、どうにか少しずつ様になってきている。
だが一番の変化は──。
──今日はジャスミーヌが優しい。
前ほど敵意を出すような教え方ではなく、私を気遣ってくれるように細かく教えてくれる。
「そう、そこはそうすればいいの。あとはゆっくりと下が──どうかしました?」
「い、いいえ! 何だか今日はすごく優しいなぁって思って……」
私が考え事をしていることが見抜かれ、言わなくていいことを口走ってしまった。
これはまた怒られるかと身構えたが、彼女は優しく微笑んでいた。
「実はこの前のトリスタン様との戦いをこっそり見ましたの。同じ女性なのにあんなに格好良く勇んでて、もし良かったらまた戦うところを見たいです」
顔を赤らめながら恥ずかしそうに手で顔を隠していた。
まさかそんな乙女のような顔をされるなんて思ってもおらず、私はただ面食らうだけだ。
さらに何かを思い出しながら言葉を続ける。
「それにブリュンヒルデもたくさんお話を聞かせてもらいました。なんでもヴィーシャ暗殺集団に捕まった時に言った、この子が泣いているのに貴族も平民も──」
「わわっ!」
私は恥ずかしさでそれ以上の言葉を止めさせた。
無我夢中のことだったとはいえ、人から復唱されると恥ずかしくなる。
「血だけで帰ってきたのを見て何事かと思いましたが、まさかブリュンヒルデを助けるためにそこまで体を張ってくださるなんて、朝からその話で女性達の間で噂になっていましたよ」
目立ちたいわけではないのですぐさま忘れて欲しい。
ただ少しでも敵意ある目が減るのはありがたい。
それからどうにかレッスンも終わり、私は部屋へ戻ろうとすると時に知らない女性達から呼び止められる。
「あの、エステル様ですよね?」
代表して一人の令嬢が私へ話しかける。
おそらく城で働く文官だと思うが、私に何の用があるのだろう。
彼女は包装された小さな箱を私へと差し出してきた。
「あの、よろしければ受け取ってくださいませ!」
「ありがとう……中身は今見ても大丈夫?」
「ぜひ!」
すごい剣幕で言われたので、少しばかり腰が引く。
可愛くデザインされた包装であり、私は緊張しながら中身を開ける。
「ハンカチ?」
綺麗な布で作られた白のハンカチだ。
まるで輝くような艶に安物ではないとすぐに分かる。
しかし一番目に付くのは凝った刺繍がされていることだ。
名も知らぬ令嬢は頬を赤らめながら説明をしてくれる。
「名前を入れてみましたの。そのぉ、エステル様の戦う姿を思い出しながら縫いました……もちろん、いらないのなら捨てても構いません!」
「そんなことはしないわよ。ありがとう。大切に使わせてもらいます」
せっかくもらったプレゼントなので私も嬉しくなり微笑みかける。
すると目の前の令嬢が目眩があるかのように、頭を押さえて倒れそうになった。
「大丈夫ッ……ですか?」
急いで私は体を支え、どうにか地面に倒れるのを防ぐ。
何だか嬉しそうな顔に気絶している。
他の女性達が彼女を介抱して連れて帰ってくれた。
一体何だったんだろう。
私は部屋に戻ってまた勉強の続きを頑張ろうと思っていると、何やらフマルとシグルーンが廊下で話していた。
私が近寄るとシグルーンが気付いて微笑んでくれた。
「ご機嫌ようエステル。お身体はもう大丈夫ですか?」
「うん、ごめんね心配かけて……ところでどうしたの?」
部屋で話せばいいのにどうして外にいるのだろうか。
フマルはちょうど良かったと部屋のドアを開けると、そこには山積みなっている箱がたくさんあった。
「何これ!?」
思わず大きな声が出た。
フマルはため息を吐いて答えた。
「エステルに渡して欲しいってたくさん渡されたの。ドレスや香水、香油、どれも一級品ばっかり。何だか裏がありそうで、シグルーンに毒の検査を頼もうかと思ったの」
「毒って……まあ、そうよね」
これまで歓迎されてなかった私にこんな贈り物が届けば何かしら悪巧みだと思ってしまうだろう。
だが先ほどの件もあったの、私はそれを共有すると二人とも初耳と驚いていた。
だがフマルはすぐに得心がいったようだ。
「エステルって女子らしさよりも男前さの方が強いもんね」
「そんな意味のわからない評価はいらないわよ」
送り主は全て女性とのことなので、私は女性にはモテるのかもしれない。