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側仕えの旧友は淡い夢を持つ カサンドラ視点

 私の名前はカサンドラ。

 シルヴェストル様をお守りする護衛騎士だ。

 褐色の肌は私の母がローゼンブルク領出身ではなく、お隣の領土であるシュトラレイク領の上級貴族だったからだ。


 騎士を多く輩出する強者たちが多くいる領地のため、当然のように母も騎士だった。

 この国では少しばかり褐色の肌は目立つが、貴族院では特に不自由なく過ごせた。


 というのは表の顔だ。


 これからは裏の顔も出さなければならない。

 遠目からエステルとグロリオサの戦いを見守る。

 もし勝てないのなら援護しようかと思ったが、やっと眠れる獅子が解放されたようでギリギリだが撃退していた。

 私は逃げたグロリオサを追う。



「くそっ! どいつも、こいつも……死ね、しねえ!」


 みっともなく喚く姿は本当にクズだ。

 だがこれでも少しは組織の役に立っていたのだ。

 しかしこいつはやり過ぎた。

 わざと足音を大きくして相手に気付かせる。


「誰だ!」



 グロリオサがビビりながら私の姿を探す。

 そして松明によって照らされる私を見てまた戦う構えを取る。


「っち、また騎士かよ」


 エステルの一撃で足が竦んでいるようだ。

 これではもし組織に戻っても使い物にならん。


 ──戻す気もないがね。


「これでも知らない仲じゃないだろ?」


 私が話しかけると訝しむように目を細める。

 まだ私が誰か見当もつかないようだ。


「てめえ、なんで俺を知っている?」


 ヒュッと針のようなものがこちらに迫る。

 毒が仕込まれているだろうから、持っている剣で切り裂いた。


「これでもお前たちを指揮していた立場なんだがな。まあ今では猫耳娘にヴィーシャを奪われた“ただの三分衆“さ」


 私を代名詞とする白いお面を被る。

 そして声を野太くして、ずっと前に接したように再現した。

 グロリオサがわなわなと震えた。


「お前が前のヴィーシャだと……ッ!?」



 嬉しそうに顔を近づこうとする。


「あんたが俺を救ってくれた……あんたがいればあんな奴らも──えッ?」



 グロリオサの足元に短剣を投げてやった。

 私が救い、育てた恩を今返してもらおう。



「婆さんからあんたを追い出したって聞いている。怒り心頭だったよ」


 まるでその言葉を信じられないように口がワナワナと震える。

 まだ組織に戻れると本気で信じていたのだ。


「なぁ、嘘だよな? なんたって三分衆の稼ぎ頭なんだぜ? あのババアでも本気で俺を──なんだッ!?」



 グロリオサは言葉とは裏腹に堕ちている短剣を拾い自分の首に添える。


「なんで勝手に動く! おいやめてくれ!」


 グロリオサは懇願するがもうどうしようもできない。

 お金はあるのだから何もせず余生を過ごせばよかったのに、また欲をかいたからこうなる。


「ヴィーシャ暗殺集団はレイラ・ローゼンブルクとの戦争を望んでいないんだよ。特にエステルには海賊王も槍兵の勇者も付いている。これを相手にして勝てるほどうちの組織は無敵じゃない」


 ゆっくりとグロリオサの短剣が首筋に触れていく。


「それに私の忠誠はレイラ・ローゼンブルクに捧げている。お前の首でも持って帰らないと怒りが収まらんだろうからね」

「何を言ってやがる! 領主が弟に無関心だって──」


 最後の言葉を聞く前に自分の手で首を刎ねた。

 最後まで全ての真実が分からぬまま散った哀れな男だった。

 首を袋に詰めてその先にいる主の大事な人を迎えにいく。


「そなたが無事だったのだから泣くな!」

「でも私のせいでシルヴェストル様が……」


 子供二人の声が聞こえてきた。

 牢屋の中にシルヴェストル様を誘拐するために、先に捕まった子供もいた。


「ご無事で何よりですシル様」

「カサンドラ!」


 私は牢屋の鍵を開けて二人を解放する。

 これで私も領主からはお咎めなしだろう。

 シルヴェストル様の体に外傷はなく、おそらくこの子を差し出して組織に復帰を狙っていたのだろう。

 本当に哀れだ。


 走ってくる足音が聞こえると、後ろから水色の髪をした麗しき女騎士がやってくる。


「カサンドラ様!? よかった、逸れたと聞いていましたので!」

「ああ、シグルーンもよくぞ戦ってくれた。エステルはどうだ?」

「一番怪我がひどいのでブリュンヒルデが先に連れ帰って治療をするそうです」


 ブリュンヒルデの名前を聞いた瞬間、ちらっと黒い影が心に差し込む。

 領主の役に立たないばかりか怒らせる大馬鹿者だ。

 ここに付いてこさせることに成功して喜んだ。

 わざと逸れて痛い目に遭ってもらおうしたが、すんでのところで助け出されたらしい。

 私は考えとは裏腹の安心した顔を見せる。



「そうか、それはよかった。私も心配していたのだ」



 わざわざ本心を前に出すことはしない。

 また機会もあるだろう。



「エステルは大丈夫なのか! 俺のせいで……」


 シルヴェストル様は自分のせいでと顔を青くする。

 少しばかり貴族にしては心が優しすぎるが、これも一種の教育の賜物だろう。


「シル様、それでしたら今度褒美を与えましょう。それが上に立つ者のやることです」

「そうか、褒美がいいんだな!」


 私は笑いかける。

 この子の安全に健康に育つことこそが一番大事だ。


 私たちは一度城に戻ると、シルヴェストル様のことで大騒ぎになっていた。

 二人で次の日に領主の間に向かう。

 膝を付いて椅子に座る領主へ恭順を示した。


「そう、シルヴェストル無事でよかったわね」

「はい、姉上。ご心配をお掛けして申し訳ございません」



 シルヴェストル様は震えるように何を言われるのかと怯えている。



「次からは気を付けなさい。それとその貴方を売った子達は──」

「アビ・ローゼンブルク発言をお許しください」


 沙汰が下される前に私は手をあげる。

 すると護衛騎士のジェラルドが顔を真っ赤にして剣を抜こうとする。


「貴様、アビの言葉を遮るなど──」

「いいのよ」



 領主が手で制することでジェラルドもそれ以上言葉を続けられない。

 私を睨むが、今は小物を相手にしてはいられない。


「恐れながら、彼らはシル様の今後の人を統べる上で多くの発見をもたらすでしょう。どうか今回の首謀者の首でお赦しをいただきたい」

「そうね。まあ、貴女が言うのならそれでいいわ。シルヴェストル、疲れたでしょうから、部屋に戻っていいわ。ジェラルド、貴方も席を外しなさい」


 まさか私と二人っきりになるために自分が追い出されると思っていなかったのだろう。

 私を睨みながら、シルヴェストル様と共に部屋を出ていく。

 私は袋に詰めた首を前に差し出す。



「これが今回の首謀者のグロリオサの首です」


 その言葉を出した瞬間に、領主の目が怒りで燃えていた。

 突き刺さんばかりの殺気が私に向いてなくとも感じる。


「私の可愛いシルヴェストルに何かしようとしたのなら、貴女の組織は覚悟は出来ているのでしょうね?」


 これは戦争を起こしかねない。

 すぐにでも誤解を解かねばならない。


「大変失礼ながら、その者はもうすでに組織から離れております。そのためヴィーシャ暗殺集団とは関係ありません。ただそれでも不服でしたら、百花繚乱のベルマの首を持ってきましょうか?」


 流石に二人の幹部が死ねばヴィーシャ暗殺集団もしばらくは混乱するだろう。

 だがそれは私が手綱を引けば済む話だ。


「そう、ならその首で許してあげる」


 ボッとグロリオサの頭が入った袋が燃え出して塵となって消えた。



「ところでシルヴェストル様の教育方針は変わらずでよろしいですか?」

「ええ、今まで通り好きにやらせなさい。ただ騎士になりたい夢だけは困りものね。怪我でもしたら危ないのに、姉の気持ちをなかなかわかってもらえないわ」


 手を頬に当てて心底困ったという顔をする。

 それが愛おしく、自分に向けてくれないかと思ってしまう。

 すると急に立ち上がって私の頬を優しくなぞり、顎に優しく添えた。


「あら可愛い顔ね。そんなに恋しそうにして……」

「お戯れを……」


 私は自然と自分の義手へ手をやってしまう。

 こんな汚らしい腕で彼女に触れられない。


 この腕は今のヴィーシャとの戦いで落とした。

 全くの不意打ちで反応すらさせてもらえなかった。

 殺されなかったのは、ただそれで実力の差が分かったのでそれ以上攻撃されなかったまでだ。

 傷心した私は逃げた先でエステルに助けられ、城に戻れば領主からヴィーシャ暗殺集団でヴィーシャをしていたことを看破された。

 何度も領主を暗殺をしようとしたが、結局は私は懐柔され領主に忠実な臣下になった。


「貴女だからあの子を任しているの。だって貴女だけだもの。私が唯一信頼できる臣下は」


 それが本心なのか分からない。

 だがそれでも彼女がそう言うのなら信じるのみだ。


「ご褒美をあげるから、夜に部屋に来なさい」


 ゴクリと喉が鳴った。

 私の淡い気持ちに気付かれそれに応えてくれるのだ。


「夜は長すぎるのよ」


 彼女は私の加護を知っている。

 そして私もこの方の加護を教えてもらっていた。


「まだ“お眠り”になれないのですね」


 領主はそれ以上答えず自室へ戻っていく。

 彼女の憂いを少しでも無くすため、私はこれからも動き続けよう。

 たとえそれがいつかエステルの敵になろうとも。

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