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側仕えと忠義 ブリュンヒルデ編

 私の名前はブリュンヒルデ。

 ベルクムントの家名を持つ由緒正しき騎士の家だ。

 多くの騎士を輩出してきた名家として、私も兄に負けない武勲を残したい。


 貴族院では好成績を残したが、それはあくまでも学業に限りだ。

 騎士としては並ということもあったが、名誉ある領主候補生だったレイラ・ローゼンブルクの側近候補の名前に上がった。

 だが私は選ばれることはなく、敵対する派閥のシグルーンが選ばれたことが妬ましかった。


 それでも卒業後は無事に騎士になれたことは嬉しくもあり、これから成果を上げたらまた領主の側近として登用される可能性もある。

 私は海の魔王が攻めてきた時にチャンスだと思った。

 だがそれは迫り来る厄災そのもので、ただの魔物とは違っていた。

 全長が分からないほどの水竜が恐怖を撒き散らせながら港町を襲おうとしているのだ。


「あんなのに、人が勝てるわけがない……」


 だが他の騎士が戦っているのに私だけ逃げるわけにはいかない。

 チューリップ様が指揮を執っていたので、撤退の言葉が無ければ命令違反で罰則になってしまう。

 震えながらも再度自分を鼓舞して剣を握りしめた時に、突然雄叫びのような声が轟いた。


「うおおおおおお!」



 耳を思わず塞いでしまうほどの大音量に何事かと周りを見ると信じられない光景が広がる。


「海が、割れてる……!?」



 声の主が海の中に陸地を作る。

 騎士が誰一人として討伐できなかった最強の海賊王。

 噂だけは聞いていて半信半疑だったが、今の常人離れの技を見せられたら信じる他ない。

 だがそんな男でもボロボロになっている。

 誰が海の魔王を討伐できるというのだ。


「騎士たちよ!」



 耳触りの良い声が響く。

 神国の英雄が後ろに誰かを乗せて飛翔する。

 槍兵の勇者と海賊王の二人が協力すればもしや勝てるのではないかと一筋の希望を願った。


 しかし実際に戦ったのは誰でもない。

 見たことも聞いたこともない少女が前に出て戦ったのだ。


 剣聖という言葉が耳にこびりつく。


 あまりにも圧倒的な力で、災厄と呼ばれる怪物を剣のみで倒した。

 同じ女性と思えないほどの気迫と剣捌きに心が騒ついたのだ。


 そして戦いの終焉後にモルドレッドが剣聖に求婚したことを知って、もしかすると貴族になるのなら護衛騎士が必要になるのではないかと思い、私はすぐさま領主の元へ駆け込んだ。


「あら、いいわね。是非ともそうしましょう」

「よ、よろしいのですか!」



 もしかすると平民の護衛騎士なんて馬鹿げていると一蹴されるかと思いきや、領主は面白そうに手を合わせて協力してくれることになった。


「ええ、モルドレッドの面白い反応が見られるかもしれないし。それに貴女もいい勉強になるでしょ? 期待してるわよ」

「もちろんです!」



 側近にはなれなかったが気にかけてくれていることが分かって嬉しくなる。

 領主の側近は誰もが憧れ、生まれが大きく左右しながらも実力主義でもあった。

 これで剣聖から技術を盗めたら、もっとお役に立てるかもしれない。


 ただ問題はいつ家にこの事情を話すかだ。

 独断で勝手にやってしまったが、家族も結果を残せば許してくれるだろう。



 だが兄との決闘で力を失っていることを知る。

 これでは無駄な時間を過ごすだけのため、すぐに領主へ解任を申し出たが領主からは心胆を寒むからしめられた。

 結局護衛騎士として残り側を侍ることになると、それと同時に領主の弟が城を抜け出しているではないか。


 そこでヴィーシャ暗殺集団の三分衆と戦いになり敗北した。

 急いで応援を呼ぶために魔法で空に光を飛ばす。

 するとすぐにシグルーンが駆けつけた。



「大丈夫ですか!」



 私と二手に分かれて探していたため彼女は遅くなった。

 エステルが血だけで倒れている姿を見て、すぐさま駆け寄って高価な薬を振り撒く。

 突き刺さっているナイフも外して、少しでも回復を早めさせる。


「うっ……」


 苦しむような素振りをするが、命に別状はないようだ。

 だが流石に一日に二回も回復薬を使うのは効果が薄くなる。

 それに体にも負担が掛かるため、もしかするとしばらく寝たっきりになるかもしれない。



「ブリュンヒルデ、シルヴェストル様はどうなったのですか?」

「それがヴィーシャ暗殺集団に──」


 先ほどまでのことを話すと、シグルーンは険しい顔をする。


「ブリュンヒルデ、すぐさま追いかけなさい。私もエステルを憲兵に保護してもらった後に追いかけます。決して一人で突っ走らないように」

「追いかけるのですか!?」

「当たり前でしょ! 領主の弟君であらせられるシルヴェストル様を助けずに何が騎士ですか。無事が当たり前なんです」



 言いたいことはわかるが、シグルーンは戦っていないからそんなことが言えるのだ。

 三分衆の話は聞いたことがあったが、私も初めて本物を見た。

 まるで歯が立たず、それどころか本当に同じ人間なのかと疑うほどの体捌きを見せるのだ。

 それに魔道具の壁すら突破するなんて、平民の戦士にしてはあまりにも力を付け過ぎている。



「もしや貴女、主君の命よりも自分の命が惜しいのですか?」


 シグルーンから出た言葉は私の心臓を跳ね上げさせる。


「そうですか、なら貴女は家にいなさい。騎士として働けないのなら文官になることをお勧めいたします。今から働けるのかは知りませんが」

「……貴女に何が分かるのですか!」


 思わず声を荒げると、シグルーンから蔑んだ目が向けられる。

 だが私だって言い分はある。


「アビに可愛がられて、側近にまで登用してもらったのに簡単に辞められるのが羨ましいですね! 私も貴女に負けないくらいには剣を振れるはずです! 勉強だって貴族院では──」

「学生時代を誇る貴女に何の魅力があるのですか」


 言葉の端を折られ、私は言葉が詰むんだ。


「エステルはこれほどの傷を負っているのに、貴女はほとんど外傷もない。よっぽど我が身が可愛かったのでしょ? はぁ、あまり時間もありませんので失礼します」



 シグルーンはこれ以上話をしても意味がないと言いたげに外へ消えていく。

 取り残された私は何かに当たりたくて仕方がない。

 するとそこにはシルヴェストルを嵌めた子供たちが残っている。


「平民のせいでこんなことに……」


 私の呟きが聞こえたのか、子供たちは一斉に身を縮ませる。

 この怒りを発散したくてたまらない。

 その時、ドアを叩く音が聞こえる。


「まあまあ、それくらいで許してあげてくれ」


 聞き覚えのある声に振り向く。

 そこには褐色の肌が印象的な女性騎士がいた。


「カサンドラ様!?」


 私の合図に気付いてやってきたのか。

 だがもうここにはシルヴェストルはいない。

 私よりも位の高い彼女に頭を下げる。


「申し訳ございません! 私がいながらシルヴェストル様を誘拐されてしまいまして!」

「なるほどな。この鳥が別の方を指すのはそのせいか」


 木彫りの鳥が南の方を指している。

 魔道具の一つで、持ち物を材料にすることで持ち主に帰ろうとする物だ。



「あとはその子達だな。君たちはシルヴェストル様のお友達だろ? なら今日は帰りな。今日のことはシルヴェストル様が許してくれるさ」


 まさかのお咎めなしに子供たちも驚く。

 あまりにも軽い刑では反発があるのではないか。


「私が無事に助け出せばそれで終わりさ」

「そんな簡単な話では……」



 相手は天下のヴィーシャ暗殺集団の幹部の一人だ

 この身でその力を受けたので、どの騎士よりも熟練した技を持っている。

 悔しいが、魔法があっても勝てる想像ができない。



「別に勝つ必要はない。ただシルヴェストル様を救い出せばそれで終わりだ。ただここで逃せば、私も君も領主からきつい仕置きが待っているだろうがね」


 先ほどの領主の威圧が蘇り私の背筋が寒くなった。

 ただ領主は弟に対して興味がないはずだ。

 二人で過ごすどころか、一緒に食事を取るのさえ稀なのに。

 だが領主の血筋を引いている者を平民に誘拐されたとなれば、その場にいた私の評価はどん底まで失墜するだろう。

 その時に私の首はまだある保証もない。

 目の前にいるカサンドラはこの領地でも三本の指に入る剣の腕前を持つ。

 シグルーンも追いかけてくるのなら少しは勝機があるかもしれない。


「わ、私も同行してもいいでしょうか」

「もちろん。戦力が多いことに越したことはない」


 このまま罰を受けるくらいなら、一か八か攻めてやる。

 私とカサンドラは騎獣に乗って木彫りの鳥の魔道具が指し示す道へ行く。

 するともうすでに門を超えており、どこか遠くへ運ぼうとしているようだった。


「なかなか動きが早いな。だいぶ前から計画をされていたようだ」



 カサンドラはこんな状況でも落ち着いている。

 彼女は周りの騎士たちから、厄介者を押し付けられた傷物と揶揄されている。

 貴族の女性は体と顔が一番の資本だからだ。

 それを馬鹿にされると死にたくなるものだ。

 だが彼女はそんな噂なんぞどこ吹く風のように聞き流し、さらには訓練で彼女に痛い目に遭わされる騎士も多いため、余計に罵詈雑言を受けるようだ。



「どうかしたかい?」


 カサンドラを後ろから見つめていると、突如振り向かれたため慌ててしまった。


「い、いえ。カサンドラ様はその、アビの弟君を預けられて嫌ではなかったのですか?」


 誰しも有能な人の下で働きたいと思うものだ。

 もちろん領主が決まる前なら、一抹の可能性をかけて仕えるという選択肢もあったかもしれないが、もうすでに新たなアビは選出された。

 次のアビもレイラ・ローゼンブルクの子供がなることはほぼ決まっている。

 そのため、領主候補ではなくなったシルヴェストルの行く末は、上級貴族としてどこかの土地を任せられることだろう。

 だが彼女はそれを分かっていながら、特に暗い気持ちにはならないようだ。




「そうだな。最初は反発もしたが、そちらは折り合いが付いている」



 彼女はすでに自分の中で納得させたのだろう。

 将来有望視された彼女でも主君の命令には逆らえないのだ。

 領主から護衛騎士の解任を拒否されたので、不思議と仲間意識を感じた。


「うん? どうやら近くのようだな」



 カサンドラの木彫りの鳥が強く前に引っ張っていた。

 見える先は絶壁にポッカリとした穴だった。

 どうやら洞窟を根城にしているようだ。

 私とカサンドラは洞窟の前で一度騎獣から降りる。


「どうして見張りが誰もいないの?」


 普通ならもっと用心するべきはずなのに見張りが居ないことは不自然だ。

 洞窟内も松明が明るく照らしており、このまま中へ入ることは容易だ。



「なんにせよ好都合だ。私が先導するからブリュンヒルデは後ろを警戒してくれ」

「分かりました!」


 ゴクリと息を呑む。

 シグルーンもやってくるかもしれないため、魔力を固めた玉を空へと打ち上げた。

 空で破裂するように光を散らした。

 抜刀していつでも敵に備えるようにした。


 ──カサンドラ様がいらっしゃれば三分衆以外に遅れを取るまい。



 カサンドラは加護を持っていると聞く。

 どんな加護かは領主しか知らないらしいが、魔力と加護を同時に持つ騎士はほとんどおらず、彼女の非凡な才能を表す。

 片腕が健在だった頃は、どの騎士よりも強かったという噂もあるほどだ。



 敵がどこから出てくるか分からないため常に緊張しっぱなしだ。

 横穴も多いためどこに伏兵がいるか分からない。

 だがカサンドラはまるで行く道が分かるようにスタスタと少し早足で進んでいく。


 ──歩くのが早い!?


 このままでは逸れてしまうかもしれない。

 私は周りを警戒することを忘れずに、カサンドラが曲がった横穴へ続く。


「えっ……」



 先ほどまで前を歩いていたカサンドラが突然消えた。

 確かに後ろを歩いていたはずなのに、見える範囲には誰もいない。

 もしかすると罠があったのかもしれない。

 だが精神的な要となっていたカサンドラが消えたことで一気に不安が溢れてくる。

 冷や汗が背中を伝り、恐怖が伝染して剣を持つ腕が震えだす。


 このまま一人で進んでは袋の鼠だ。

 元来た道へ帰ろうとすると複数の人影が現れた。


「へへっ、ここまで来たのならもう少し進もうぜ」


 黒いフードを被った男たちが一斉に現れた。

 やはり待ち伏せており、私たちが奥まで来るのを待っていたのだ。


「卑怯な!」


 多勢に無勢で、このままここで戦えば地の利を生かせずにいずれ体力が尽きるだろう。

 だがこうなればヤケだ。

 私は襲いかかってくる暗殺者たちを剣で薙ぎ払う。

 夢中で戦っていると、私の近くでカーンと音を立ててナイフが落ちる。


「っち、これがお貴族様の魔道具か」


 どうやら私へナイフを投擲したようだ。

 この混戦では遠距離からの攻撃を気にする余裕はない。

 三下の攻撃なら十分に弓除けの魔道具が守ってくれる。


「はぁはぁ」


 いくらか倒したがワラワラとどんどん増えていく。

 このままでは敗色濃厚だ。


 ──シルヴェストル様を助け出すことが先決!


 私の目的は人質の奪還だ。

 このまま勝てない戦いを繰り広げるより、魔力が余っているうちに助け出して壁に穴を空けて逃げるに限る。

 私はさらに奥の洞窟の先へ走る。

 魔力で肉体を強化も出来るので、たとえ素早い暗殺者でも追いつけないはずだ。

 背中越しにカンカンと音を立ててナイフが転がっていく。


 背中を狙わられるのは怖いが今は全力で突き進むのみだ。

 しかし次の瞬間にパリーンという音が聞こえた。

 振り返る時間もなく、背中にナイフの刺さったのがわかった。


「な……ッ!?」



 魔道具の守りですら防げないなんて一人しかその人物に思い当たらない。


「そう逃げるなよ、貴族の姉ちゃん。俺の一発必中の加護に当たらねえものはねえんだよ」


 三分衆の一人であるグロリオサまでもが待ち構えていたのだ。

 痛みを我慢して逃げようとしたが、足がカクンと力が抜ける。

 加速したままで突然の脱力に盛大に転んだ。


「ど、毒……」


 体が全く動かず私は逃げることもできない。

 私の意識が砕けた。



 次に目を覚ませば私は磔にされていた。

 周りは大きな広場のようで、その周りを暗殺者たちが酒の盃を持ちながら下卑た目を向ける。

 鎧は脱がされた状態で身動きが取れなくされていた。



「離せ!」


 口の自由は効くので出せるだけ喚いた。

 すると目の前に赤い髪を揺らしながら、指の手を舐めるグロリオサがやってくる。


「やっぱり貴族の女は顔が良いよな」


 グロリオサの手が私の頬を撫でる。

 気色悪いが私は一歩も動けないのだ。


「私に手を出せばベルクムントが黙ってない! ヴィーシャといえども領主を敵に回せばどうなるか分かるでしょ!」



 たとえ強者が多い組織でも国を相手取りたくないはずだ。

 早く私を解放した方が身の為だと虚勢を張る。

 だがまるで私の考えなんぞお見通しだと言わんばかりにニヤついた顔が止まっていない。


「ベルクムントなんて雑魚騎士の噂は知っているぜ。プライドばかり強いだけで昔の栄光にずっと縋っているとな」

「ふざけるな! 私の家は──」


 シュッと音が聞こえると私の胸元がはだけるように服が切られた。


「領主の護衛騎士になりたくともなれなかった凡才だ。なぁなぁ、一度墜ちようぜ」



 私の首筋へ顔を近づけて匂いを嗅いでくる。

 生理的に寄せ付けない男が欲望をむき出しにして近寄られるのが屈辱だ。


「平民嫌いのお前らが嫌がることなんて、平民の子供を孕むことだよな?」



 ゾクっと背中に悪寒がやってくる。

 必死に腕を動かすが全く鎖が取れない。


「やめろ! 来るな!」


 必死に魔力を込めようとするのに、全く体に力が入らない。

 微調整された毒が私の自由を適度に奪うのだ。

 涙が出ながらも必死に体をよじらせる。


「けけ、良い顔だぜ。もっと近くに──」


 ヒュッと風を切る音が聞こえた。

 それをグロリオサは無造作に手を振るうとナイフが掴まれていた。

 飛んできた方へグロリオサの顔が向き、どんどん笑顔が深まっていく。


「あの傷で来やがったのか」


 私も首を後ろの方へ向けると二人の女性がいた。

 一人はシグルーン。

 そしてもう一人は──。


「人の護衛騎士に手を出そうとしたんだから覚悟は出来ているんでしょうね」



 ボロボロな彼女は剣を握りしめて、怒りの表情を向けていた。

 まるでこの場にいる者たちを全て薙ぎ倒してしまいそうなほどの気迫を感じた。

 このような危険な場所でも恐れを知らず、私のような者でも手を差し伸べてくれるのなら。


 まさしく、剣聖こそが彼女に相応しい。

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