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側仕えと貴族の決闘

 ブリュンヒルデの兄トリスタンが唐突に私へ戦いを挑んできた。

 フマルがハラハラとした様子で見守っており、私も上級貴族の騎士と戦うのはまずい。

 沈黙をどう勘違いしたのか、トリスタンは少しばかり不機嫌になっていく。


「もしや不服ですかな? これでもローゼンブルクで随一の騎士と自負しておりますが、オリハルコン級と持て囃されるウィリアムやヴィーシャに引けを取るとは思っておりませんがね」



 トリスタンの実力がどれほどのものか分からないが、おそらくは彼らほどの実力はない。

 だが私はそんな彼よりも明らかに弱いのだ。

 どうにか穏便に終わらせないとまずい。


「トリスタン!」


 急に声を出したのは、私と剣の稽古をした領主の弟、シルヴェストルだった。

 剣をトリスタンに向ける。


「エステルは俺と戦ったばかりで疲れているんだ! 勝負なら明日にしろ!」


 ──明日もだめ!


 擁護してくれるのはありがたいが、ただ延期になるのでは意味がない。

 トリスタンはシルヴェストルに対して冷たい視線を向けるだけで聞いていない。


「やめないか、トリスタン」



 カサンドラの静止の言葉にトリスタンは鼻で笑う。


「これは、“昔“はお強かったカサンドラ殿か。隻腕になってからは嫁の貰い手もいなくなって、領主からは厄介者を預けられるような其方が私に何を意見するのだ」

「今は身分の話ではない。客人のエステルにアビがそのような横暴を許すわけがないだろ。それにシルヴェストル様の護衛はアビの意思。貴殿の言葉はアビへの侮辱だ」



 カサンドラが私を守ってくれるのはありがたいが、トリスタンはそんな彼女の言葉も素直には聞いてくれない。



「エステル、上級貴族のカサンドラ様が守ってくれるけど、今は逃げた方がいいかも」


 コソッとフマルが提案してくれるので、私もそれは同意だった。

 これ以上厄介事に絡まれるのはごめんだ。

 しかしそれを聞かれてしまっていた。


「おい、お前。何をコソコソと逃がそうと……ん? お前が妹が言っていたモルドレッドの側仕えか」



 次はフマルを見て、見下したような嫌な笑いを向けてくる。



「ククク、これは傑作だ。貴族院で笑い話になってるらしいな」



 先ほどまでは逃げることしか頭になかったが、フマルのことで何かを馬鹿にしていると気付いて、その場に踏みとどまった。

 トリスタンは興味を引けたと話を続ける。


「中級貴族の男から誘われて楽しい時間を過ごしだんだろ? ただの暇つぶしと気が付かずにな。下級貴族で教養すら学ぶ金のない没落貴族が夢を見過ぎだ。今のモルドレッドは悪知恵だけは働くようだが、どうせすぐにお前みたいに──」


 私は手に付けていた手袋をトリスタンの顔に投げつけた。

 痛みはないようだが、平民の私からされたのは屈辱のようで睨んでくる。

 だが私も黙っているつもりはない。


「いい度胸ね。私の大事な人たちのことを貶すなら覚悟は出来ているのでしょう?」



 腰に差している剣を抜き、トリスタンを敵として見定めた。

 だがそれをフマルが止めようと腕を引っ張った。


「ちょっとエステル! 今は戦う力がないんでしょ!」

「うん、でも絶対に一発入れてあげるから」


 私の根拠のない自信を聞いたフマルは呆れて言葉を失っていた。


「あらあら、面白いことをやってるじゃない」



 どこからともなく領主がやってくる。

 愉快げに顔を綻ばせ、まるで今の状況を待っていたかのように思えた。



「これはアビ・ローゼンブルク。本日もお美しい。そんな貴女様がおられる夜なのにお騒がせしたことをどうかお許しください」


 トリスタンはすぐに礼をして、領主に敬意を表する。

 シルヴェストルに対しては敬意を感じさせなかったのに、領主に対してはしっかり敬うらしい。



「いいのよ。貴方はこの領地一番の騎士ですもの。是非とも剣聖様と剣を交えてくださいませ」


 領主から言葉にトリスタンは誇らしげになる。


「逃げるでないぞ、剣聖殿。あちらの訓練場で貴族と平民の差を教えてやる」



 先ほどまでの怒りはどこへやら。

 トリスタンはスタスタと歩いて行った。

 彼が見えなくなってから、カサンドラが領主へ尋ねる。


「アビよ、どういうおつもりですか?」



 カサンドラには一瞥しただけ特に答えはしない。

 カサンドラもそれを分かっていたのか、ため息を吐くだけだ。



「あ、姉上……俺も戦いを観てもいいでしょうか?」



 先ほどまでの態度は潜み、オドオドとした態度でシルヴェストルは尋ねた。


「ええ、でも終わったらすぐに眠るのよ」

「はい!」


 シルヴェストルが大きな返事で嬉しそうにカサンドラの手を引いて走っていく。

 残った私もみんなの後についていこうとすると、領主から引き止められる。



「力が無いのに勝てるの?」

「そんなのやってみないと分かりません」


 私の言葉に目を丸くすると、口元を扇子で隠して笑っている。


「いいわね、そういう頭が悪いのも」



 しれっと悪口を言ってくるのにイラッとしたが、流石に領主まで喧嘩を売るつもりはない。


「貴女が来てからこの城も騒ついている。しばらくはおかげで退屈しなくて済むわ。夜はなんせ長いもの」


 ふふっ、と笑いかけてくる。



「私が引っ掻き回すのがそんなに楽しいですか?」



 普通なら荒波を立てるなと言われそうだが、彼女はそうではない。

 しかし今更静かにしろと言われても、フマルを馬鹿にした男にあれ以上我慢をすることはできない。



「楽しいに決まってるでしょ。さて、私もあちらで楽しく観戦するわね。ご健闘をお祈りいたします、剣聖様」



 領主が去っていき、私も気持ちを引き締める。

 訓練場と呼ばれる場所は地下にあるみたいで、戦う場所は小さなコロシアムのようだった。

 私は使い慣れた剣を持って、軽い防具を身に付ける。

 前までは不要だったが、今の私だと準備しすぎて悪いことはない。

 相手は重そう鎧を身に付け、たくさんのアクセサリーをジャラジャラと腕や胸に付けている。


 ──今時の流行なのかな。



 戦いの場に高価な装飾品を身に付けるのはおかしいと思うが、どうにも他の観客たちの反応を見ると特段おかしいと思っていないようだ。

 それにしても観客が多い。

 どこから聞きつけて来たのか、鎧を身につけた騎士ばかりがたくさんやってきている。

 どうやら訓練後のようだが、私とトリスタンの戦いに興味があるようだった。

 一番の問題は、ブリュンヒルデとシグルーンも来ていることだ。


「エステル殿、勉強させていただきます!」

「わたくしは初めてでしたので、是非とも海の魔王を撃退したお力を見させていただきます」


 この二人にも黙っていたが、とうとう力を失ってしまったことがバレてしまうのだろう。

 これで失望されてしまうかもしれないが、どうせいつかはバレることだ。


「エステル……」


 シグルーンの隣で不安そうにフマルが祈っている。

 絶対に私がトリスタンに謝らせてやる。

 カサンドラが旗を持って構えた。


「では両者、準備はいいな?」


 私とトリスタンは頷いた。


「では始めッ!」



 先手必勝と先に距離を詰めようと走り出そうとした。

 だがトリスタンが手を前に出し、光ったと思った瞬間に決した。



 ズドッーンと大きな音と衝撃が辺りを包む。

 私の体が大きく吹き飛ばされ、後ろの壁にぶつかったのだ。


 強烈な痛みと共に口の中に血が広がる。


「かはっ……」


 ゆっくりと壁から剥がれるように地面へ倒れていく。


「エステルッ!


 何が起きたのか全く分からず、地面に倒れながらフマルの悲痛な叫びと領主の口元が笑っているのが分かるだけだ。

 意識が──。

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