側仕えと才能のない領主の弟
楽器が弾けない私が選んだのは剣舞だった。
普段から慣れている剣を持った踊りなら、これまでの経験を活かせるかもしれない。
ラウルの踊った姿も覚えている範囲で真似てみたら、側で見ていただいて二人は固まっていた。
「そんなに、下手だった?」
恐る恐る尋ねると、やっと二人が首を静かに横に振った。
そして堰を切ったようにフマルが私の前まで詰め寄ってきた。
「エステル、いつ剣舞なんて覚えたの!?」
「え、ええ!?」
フマルの剣幕に圧倒されてしまう。
私はただ頭の中に残っていたラウルの動きを再現しようとしただけだ。
剣舞のことを知っているわけがない。
「剣舞はやったことないよ。前にラウル様が踊ってくれたのを見ただけだし」
「なら才能があるんだよ! これならもっと練習すればきっと武器になるよ」
「そ、そうかな?」
初めて社交に関連することで褒められて照れてしまう。
特に何か特別なことをしたわけではなかったが、一つでも得意なことが見つかったのは幸いかもしれない。
「エステル、もしよろしければ最後までその舞を見せていただけませんか? 演奏は私がしますので」
シグルーンが提案してくれたので私は喜んで受ける。
椅子に座ったシグルーンは竪琴を手に持ち、調律をした後にすぐに弾き始めた。
流石は貴族のお嬢さんだと感心する。
レーシュとは違った澄んだ音を奏でる姿に同性でも見惚れる。
儚さを持つ美人のため、楽器を弾く姿は様になる。
私も気持ちを落ち着かせて、音楽に合わせて踊る。
やはり演奏があると自分をサポートしてもらえるため踊りやすかった。
どんどん体が軽くなっていく感覚が私を研ぎ澄ませていく。
足の運びもどんどんコツがわかってくる。
まるでどんどん上手になっているような気さえした。
──足がっ!?
その時、急に気持ち悪くなりその場に倒れた。
「エステル!」
フマルの声が響いてくるが、それもすぐに聞こえなくなる。
意識が戻った時には上向きで天井を眺めていた。
「あれ……」
防音室ではなく、私の部屋のベッドで寝ていることに気が付く。
一体なにがあったのか分からず、周りを見渡すとフマルが隣にいた。
「エステル、大丈夫?」
「うん、もしかして倒れちゃった?」
「そうだよ! なんで倒れる前に止めなかったの!」
フマルからお叱りの言葉を受ける。
夢中になってしまい、限界点がわからなかったのだ。
「シグルーンも責任感じてたよ。自分の主人の体調も気付かなかったって」
「うっ……」
優秀で優しいシグルーンに恩を仇で返すことになってしまったようだ。
この場にはいないようで、彼女は一度帰ったのだろうか。
「シグルーンは夜にまた勉強を手伝ってくれるよ」
「そう。ならその時に謝らなくちゃ」
身体の調子を確かめる。
一睡したことで元気になっているが、今日も側仕えの練習があるのを思い出し、慌ててフマルに確認するとすでにお昼になっていた。
すぐに支度を整えて指導役のジャスミーヌが執務している場所へ向かう。
昨日と同じく資料と向かい合っており、黙々と仕事をしていた。
私に気付いたが一瞥しただけですぐに資料に目を戻す。
「ジャスミーヌ、申し訳ございません。すぐに手伝いを──」
「側仕えとして気概がないのなら来なくともよかったのに」
冷たく放たれた言葉だが、これは私の体調管理が出来ていなかったせいだ。
もう一度謝って、私は遅れた作業に取り掛かる。
それでもいくら頭を回転させても私の事務能力はたかが知れており、遅々として進まない。
時間も限られ、早速と側仕えとしての訓練が始まる。
昨日教わったことを思い出しながら、ジャスミーヌを主人に見立ててお茶会の一連の動作を行う。
「はぁ……」
大きなため息を吐かれ、私の技量はかなり残念らしい。
「モルドレッドの家はこんなレベルでいいのね。羨ましいわ」
私が側仕えとしてダメなばかりにみんなの評価も低くみられる。
私以外を馬鹿にするなと言いたいが、これは全て私のせいで起きていることだ。
悔しいが、今は反論しても聞く耳なんぞ持ってくれない。
「ここまでね。そろそろアビの夕食だから、配膳を手伝いなさい」
「分かりました!」
毒見を終えた料理をワゴンに入れて運ぶ。
いつものように優雅な姿を見せる領主とは別に、弟のフェニルよりニ、三才、年下の男の子がテーブルの前で座っている。
お召し物も豪華なので、もしかすると領主の弟かもしれない。
「うん? 誰だ、その女は?」
運びながら見ていたせいで、その子が私に興味を持ったようで目が合った。
その子の側仕えらしき女性が私のことを紹介してくれる。
「お前が剣聖というやつなのか?」
生意気そうだが、この歳ならそれも当たり前だろう。
少しばかり微笑ましい気持ちになった。
「はい、エステルと申します。今は側仕えとして、アビ・ローゼンブルクに仕えさせて頂いておりので、どうか今後ともよろしくお願いします」
「そうか。お前、平民なのにすごい強いらしいな! 俺と勝負しろ!」
「はい?」
今の流れからどうして決闘になるのだ。
隣のジャスミーヌがボソッと呟く。
「アビの弟よ。甘やかされて育ったからわがままなの。騎士になりたいと手当たり次第に挑んで、わざと負けてもらっているから、少し自惚れているの。あまり時間がないから適当にあしらえばいいわ」
ジャスミーヌの言葉はすごく冷たく、領主の弟なのに敬意を持っていないようだった。
しかし子供は好きなので、私は喜んで了承する。
「はい。仕事が残っていますから夜でしたら大丈夫ですよ」
「本当か! なら楽しみにしているぞ!」
いちいち言動が可愛らしい。
さてこれはどのように相手してあげるのがいいのだろう。
わざと本当に負けてあげるべきか、それともギリギリの接戦がいいのだろうか。
まだ名前も聞いていないことを思い出す。
「そういえばお名前を教えてもらえますでしょうか」
「まだ言ってなかったな。シルヴェストル・ローゼンブルクだ」
「かしこまりました。シルヴェストル様、また後でお部屋にお伺い致しますね」
顔を輝かせて食事を食べながら私をチラチラと見ていた。
そんなに平民が気になるのだろうか。
しかし、すごく食べ方が汚いが誰も何も言わないことが気になる。
口元に食べかすが付いたり、スープが飛び散っている。
顔立ちは領主と同じくらい整っているのに、もっと幼く感じてしまう。
領主は特に何も言わずに黙々と食事を取るだけで、弟に一切目を配らない。
「ねえ、エステルちゃん」
突如として私に話しかける。
その目は底冷えさせるほどの冷淡さがある。
「貴女はわたくしの側仕えなのだからあの子ばかりに目を向けないでね。シルヴェストル」
姉が弟に話すにしては感情がこもっておらず、シルヴェストルもまた食事を止めて震えていた。
「騎士の才能なんてないのだからおやめなさい」
厳しい一言にシルヴェストルがあまりにも不憫に思う。
シルヴェストルは涙目になりながらも、必死の堪えて部屋から走って出ていく。
「領主様! 流石に言い過ぎです」
周りから厳しい視線が一気に集まる。
領主に対して不敬であることは重々分かっている。
それでもあれほど幼い子供にかけるべき言葉ではない。
「エステルちゃん、あまりあの子に構わないでちょうだい。変に期待させるより早いうちに知っておいた方があの子のためよ」
領主はこれ以上取り合ってくれそうにない。
領主の食事を下げた後に、私はシルヴェストルの部屋へと向かった。