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側仕えの試練

 ブリュンヒルデの兄トリスタンも満足そうに頷いて、妹の自慢話を止めてくれない。

 これは遮らなければいつまでも続きそうだ。


「──ですので、あの籠城戦では」

「本当にすごいお兄様なんですね!」


 話を遮る形となったが、これ以上話が広がったら私は眠ってしまうだろう。

 ただ彼女は満足したのかと私の言葉に同意する。


「ええ、私も兄に憧れて騎士を目指したほどですから」


 ブリュンヒルデが最後に放った言葉で、トリスタンの顔が曇った。

 それにブリュンヒルデは気付いておらず、私の視線に気付いたトリスタンは腕を組んで声色を低くする。


「ところでモルドレッドが“平民“の剣聖様と婚姻とは本当なのか?」



 平民の部分を強調される。

 レーシュとの仲に興味があるようだが決して良い意味ではなさそうだ。


「はい。そうですが……」


 私が恐る恐る答えると、トリスタンは鼻で笑った。



「あの反逆者は本当に落ち目らしい。他人の力が無いと這い上がることもできず、さらには魔力の無い平民と結婚とはな」



 彼に対する私の評価は一気に下がった。

 よく人の男を貶せるものだ。

 しかし私のことを気にせず、まだまだ嫌味を続ける。


「いくら金をもらったのか知らないが、あまりこの城で好き勝手しないでくれ。まあ、暴力に訴えられたら俺たちはなす術もないのだろうがな。なにせ海賊王や槍兵の勇者ですら勝てない化け物を倒した英雄様ですからね」



 トリスタンは背を向けてまた中庭での訓練に戻っていく。

 ブリュンヒルデは申し訳なさそうに私へと謝罪をする。


「兄が失礼しました」

「いいわよ。貴族はあれが普通なんだろうし」


 レーシュと共に城に何度か足を運んだ時も似たようなちょっかいをかけられた。

 ナビに正式に任命されたのだから、少しは好意的に思われているかと思ったが、まだまだ汚名の払拭にはなっていないようだった。


 私たちは時間になったと、領主の部屋へと向かう。

 側近が集まっており、私の簡単な自己紹介をする。

 そして一人の女性を残して、みんなが退出した。


「エステルちゃん、今日から私の側仕えとしてよろしくね」

「はい!」


 私は今日から領主の側仕えとして生活する。

 領主の身の回りの世話をするのが仕事だ。

 少しでも得るものを得ないとここに来た意味がない。



「今日からはジャスミーヌが貴女の指導係につくわ」


 紹介された女性は若く、領主より少し年上くらいのように見える。



「エステルさん、噂はかねがね聞いております。側近の間では無駄な時間を減らすため、お互いに敬称や敬語は不要にしています。だからエステルも私のことはジャスミーヌと呼んでください」



 型式ばった挨拶をしなくていいのなら嬉しい。

 しかし彼女の目が急に厳しさを出す。


「ただ、アビの側近とは誉れ高い立場です。剣聖とはいえ、本来は平民がなれるものではありませんので、ご自身の立場をお忘れないようにお願いします」



 またもや敵視を向けられ、心の中で呆れてしまう。

 これが当たり前といえばそうなのだろうが、同じ場所で働く仲間なのだから少しは好意を見せてほしい。

 それを楽しそうに目を輝かせる領主は、私が異物としてかき回すことを望んでいるようだ。


「五日後にネフが来るらしいから、エステルちゃんには側仕えとして頑張ってもらおうかしら」



 手を合わせて、また無理難題を言ってくる領主に一番慌てたのはジャスミーヌだった。


「お待ちください! たかが平民にネフライト様とのお茶会は荷が重すぎます! 何かあれば、アビの汚点に──」


 ジャスミーヌが苦言を行った直後に、領主の目が無機質なものに変わった。

 まるで失望したと言いたげな顔だ。

 私に向いておらずとも、背中が冷たくなってくる。


「わたくしはやれって言っただけよ。それ以上の言葉を許したつもりはなくてよ?」

「も、申し訳ございません!」


 ジャスミーヌが震えながら腰を折って謝罪をする。

 ゆっくりと領主が近づくたび、ジャスミーヌの震えが大きくなっていく。

 領主の手がジャスミーヌの頬を触り、ゆっくり顔を上げさせる。



「怖がらせてごめんなさい。貴女には期待しているの。ただ最近は退屈そうだったから良い機会でしょ。貴女の目はよく曇るから、この機会に見つめ直しなさい」

「はい! 必ずやアビのご期待に応えます!」



 領主は満足したと言いたげに彼女の頬から手を退ける。

 そして領主は私の方へも目を向けた。


「エステルちゃんも、私を失望させないでね。モルドレッドに悲しい報告を聞かせたくはないの」



 思わぬ迫力に私の喉が鳴る。

 レーシュはいつもこれを受けていたからこそ、領主を恐れていたのだ。

 改めて彼女がただの親切心から私を呼んではいないと思えた。


「もちろんです。これは私が望んだことですから」



 領主の目が優しく細まった。


「そう、話は終わったから出ていいわよ」


 私はお辞儀をして、部屋から出て行くと外でジャスミーヌに声を掛けられた。


「アビの言葉が絶対だから、私に迷惑だけはかけないでくださいね」

「かしこまりました」


 下手に何かを言って機嫌を損ねたくはないので、なるべく従順に対応する。

 まずはどんなことをするのか気になっていると、いきなり資料室へ連れて行かれる。

 たくさんの資料を私の腕に載せていくにつれて、私は嫌な汗が出てきた。


「えっと、ジャスミーヌさん?」

「呼び捨てでいいわ。それでなにかしら?」

「この本はどなたか読まれるのですか?」


 呆れた顔を向けられる。


「貴女しかいないでしょ。これから祭事の時期でアビは各地を回らないといけないのですから、その土地のことは少しは頭に入れておきなさい」



 字が多少は読めるようになったとはいえ、まだまだ勉強中の身。

 イザベルも厳しかったが、それを上回るほどに教材の難易度が急激に上昇した。


「それは借りていいから自室で勉強しなさい。貴女には即興でも側仕えとして恥ずかしくない振る舞いをしてもらうから、そっちにかまけてる時間はないの。もちろん、しっかり勉強していたかはお茶会前にテストはしますからね」


 どうやらこの勉強は勝手にやれということらしい。

 一度自室に戻って、本を置きにいく。

 ちょうどブリュンヒルデの部屋を掃除をしていたフマルが、疲れた顔をして帰ってきた。

 私に気づき、持っている資料を見て目を丸くした。


「どうしたのそれ?」

「領主様のお供をするならこれくらい身に付けろって」

「うわっ……」


 フマルはその資料をパラパラとめくって苦い顔をする。


「これってエステルには難しいんじゃないかな?」

「そうだけど、五日後にテストをするから頭を入れておけって」

「流石は側近。みんな貴族院で優秀だったから人に同じことを求めるんだろうね。他に何か言われた?」

「ネフライト様とのお茶会で側仕えとして出るから、それに恥じない動きをするようにだって」



 フマルが頭を押さえて、すごく難しそうな顔をした。

 無理難題は承知でも、私が望んだことだから頑張らないといけない。


「エステル、その資料は貸して。私がまとめておくから」

「いいの?」

「うん、多分領主様もこのために呼んだと思うからね。ただお茶会が終わるまでほとんど眠れないことは覚悟しておいてね」

「もちろん!」


 それはフマルも睡眠を我慢して手伝ってくれるということだ。

 他人事なのに彼女も私のために頑張ってくれるのだから、私から根を上げるなんてできない。

 急いでジャスミーヌのところへ戻ると、彼女からお茶会の流れを教えてもらう。



「いいこと、私たちはあくまでも主人を立てることが大事なの。話を遮ったり、話が盛り上がっている時に紅茶を注ぐのも駄目。不自然な間が空きそうだったら、すぐに紅茶を注ぎながら話の間を繋ぐの。時には話題を振ったりね」



 彼女から教わることはとても新鮮なものだった。

 女性のお茶会に側仕えとして参加したことがなかったが、今思うとネフライトの側仕えもそのようなことをしていたことを思い出す。


「紅茶を注ぐときも優雅にね。足音を立てるなんて論外。また茶器も開催場所によって変えたり、お茶菓子の選定もしっかりしなさい。歩き方もだめ。もっと淑女らしく!」



 イザベルが優しかったと思えるほど、ジャスミーヌは一気に詰め込んでくる。

 時間がないとはいえ、それは私の頭の許容量を簡単に超えていく。

 さらにもっと私にとって大変な難関が出てきた。


「あとは音楽も求められることがあるけど、何か楽器とか弾けるの?」

「弾けません……」


 大きなため息を吐かれる。

 悔しいと思いながらも、出来ないものを隠してもしょうがない。


「アビもそこまでは見ないでしょ。いい、あとは暇な時に復習して、まだまだやることがあるんだから」


 こんな密度の濃ゆい一日は初めてかもしれない。

 もう頭が破裂しそうだが弱音を吐いている場合じゃない。

 次は机が並ぶ作業場に連れて行かれて、たくさんの木簡を渡された。


「次は各領地から送られてきた毎年の報告書の確認してちょうだい。計算間違いが多いからしっかり確認してね」



 こんなことも領主の側近はしないといけないのか。

 私がどれほどレーシュたちに頼りきっていたかわかる。

 それと同時に申し訳ない気持ちが募る。

 イザベルとサリチルはいつもこのようなことを手伝っていたのだろう。

 私はただ家事の延長線でしか手伝ってなかったのは、ひとえにレーシュの配慮だったのだ。

 しかしそれは私の心に火をつけるには十分だった。


 ──絶対に私を頼らせてやる!



 まだまだ勉強もほとんど出来ない私だけど、多くのことを吸収して絶対にレーシュの側にいて恥ずかしくない人物になりたい。

 力がないのなら、頭で生き残る道しかないのだから。

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