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側仕えの新たな新たな日々

 馬車に揺られながら、領主と共に都市ローゼンブルクへと向かう。

 一つの季節分しか離れていないにも関わらず、ここに戻ってくるのが懐かしく感じた。

 しかしまさかこのような形で帰ってくるとは。



 領主を守る騎士たちも魔力で作ったと思われる馬に乗ってついてくる。

 たびたび陣形を変えるときに、こちらをチラチラと覗くため、私を警戒しているのは明白だ。

 領主は他の側近を馬車に乗せないのに、私だけは相席させる理由はなんだろう。


「あの……」


 私は思いきって話しかける。

 ずっと無言では私も肩身が狭く、また領主が眠らないのに私が眠るわけにはいかないため暇なのだ。

 領主は外を見ていた視線を戻して私へ笑いかける。


「眠いのなら眠っていいのよ?」


 心を読まれた気がして心臓がビクッとなる。

 もちろん昨日の夜に大変体力を使ったため、寝ようと思えば一瞬で熟睡できる。

 ただ貴族の常識に疎い私でも無神経に眠ることなんてできない。


「ありがとうございます。ただ一つ気になったことがありましたので……」



 彼女に対してどのような態度で接すればいいのか未だによく分からない。

 一度文句を言ったこともあったが、今ではそこまで無謀なこともしないにしても、彼女が私に従順な態度を望んでいるようには見えなかった。



「どうして護衛を付けられないのですか?」



 単刀直入に尋ねると、彼女は薄く笑うだけだ。

 彼女の目が私を値踏みするよう下から上に動く。

 ゾワっとした感覚が襲ってくるせいで自然と背筋が伸びた。



「臭いからよ」

「はぁ?」



 彼女は至極真面目な顔で言っていたが、そんな理由で命を危険に晒してもいいのだろうか。

 私が少しでも反意があれば、この場で彼女を脅すこともできる。

 ほとんど関わりのない私を信頼しているとも思えず、彼女の価値基準に大きな疑問を持つ。



「ねえ、エステルちゃん」



 次は彼女が私に問いかける。

 顔を窓の外へ向けて、遠い目をしている。



「貴女は加護があって幸せかしら?」



 その質問に何の意味があるのだろう。

 私は思ったことを口にする。


「そうですね。弟が元気になってくれるかもしれないですし、それにこの力のおかげでレーシュと会えたのなら良かったのかもしれません」


 私の答えに満足したか分からないが、彼女は静かに、「そう……」、と答えただった。

 領主の城にたどり着き、領主は護衛騎士を従えて城の中に入っていく。

 私はフマルを連れて、新しく私のために用意された部屋へと向かった。

 後で領主の部屋に行かないといけないが、今は自由時間のためベッドの上で横になった。



「疲れた……」


 もう夕方なるのに一睡も出来ていない。

 慣れないベッドでもすぐに意識が落ちそうだ。



「領主様と一緒じゃ眠れないよね。それに昨日はお楽しみだったみたいだし」



 フマルがふふっと含みのある笑いのせいで、また昨日のことを思い出して眠気が吹っ飛ぶ。

 ただ彼女には感謝しないといけない。


「色々とありがとうね。私のために部屋の匂いも変えてくれたんでしょ?」

「分かってくれたんだ!」



 おそらく私がリラックスできるように普段と変わらない部屋を演出したのだろう。

 だが彼女の思惑は少しだけ違っていた。


「やっぱり好きな人の匂いだとレーシュ様も嬉しいだろうしね」

「そっち!?」


 彼女も意外そうに驚くので、どうやら私と彼女で若干の認識がずれているようだ。

 まあ何にせよ害にはなっていないのだからよしとしよう。



「でもどうしてフマルが付いてきたの?」



 送り人がいるとは聞いていたが、てっきり領主の配下だと思っていた。

 フマルはブルっと震え、少しばかり涙目になっている。


「二人が遊びに行っている間に領主様がコソッと来られて耳元で囁いたんだよ! エステルちゃんの側仕えとして来なさい、って!」



 それは恐ろしい。

 領主の言葉はこの土地で一番重い言葉だ。

 さらに彼女の性格もあって、普通の人物では卒倒してしまうかもしれない重圧を感じる時がある。



「その、ごめんなさい!」


 私のせいでこうなってしまったため、急いで立ち上がって頭を下げた。

 だがフマルは気にしていないと笑っている。


 部屋をノックする音が聞こえ、私が出るよりも先にフマルが確認しに行く。

 フマルが中へ通した人物は、私の護衛騎士となったブリュンヒルデだ。

 前のドレス姿とは違い、軽装の鎧を身に付けていた。

 舞踏会とは違い薄い化粧であるため前よりも武人寄りの格好良さがある。

 私を見つけると急に顔が輝く。


「エステル殿! 本日から護衛の任務に就けたことを大変光栄であります。剣聖として最高峰の実力を持つ貴女に不要かもしれませんが、護衛として不快な石ころは除去いたします」


 膝をついて元気よく挨拶するのはいいが、まさか平民の私をここまで慕ってくれるとは。

 しかしどのタイミングで私は力を失ったことを言えばいいのだろう。

 内心では焦っていたが、どうにか作り笑いをする。


「はい、よろしくお願いいたします。ブリュンヒルデ様」

「敬称なんて不要です! お言葉も崩していただいて構いません」



 そんな不敬なことをしていいのだろうか。

 これは私の判断で彼女の言う通りにしていいか分からないためフマルの方を見た。

 フマルはしょうがないと頷いてくれたので、私は彼女の要望通しにしよう。


「分かったわ、ブリュンヒルデ。今日からよろしくね」

「はい!」


 元気良く返事をする彼女は素直でいい子そうだ。

 高圧的な態度とか来ないか心配していたがそれは杞憂のようだった。



「それで私に何か用事?」


 ただ挨拶だけで来るとは思えない。

 ブリュンヒルデも頷いた。


「はい。せっかくですのでお城を案内しようかと思います。お疲れでなければお散歩はいかがでしょうか?」



 先ほどのやり取りで眠気も覚めたので早くここに慣れたほうがいいかもしれない。

 私は頷いてフマルも誘おうとした時に、ブリュンヒルデがフマルに鍵を渡していた。


「では側仕え殿。私がエステル殿を案内している間に部屋の掃除を頼む」



 ──なんでフマルがやるの?



 フマルは元々私の側仕えとして付いてきただけなので、他の人の部屋を綺麗にしないといけないのだ。

 フマルも当然のようにその鍵を受け取る。


「えっと、どうしてフマルが──」

「ああ、そういえば言ってませんでした。エステル殿の力を少しでも見られるように部屋を隣にしてもらいました。急なことで私の側仕えを連れて来れませんでしたので、ちょうど暇な側仕え殿にお願いしようかと思っております」



 暇って、私と同じくらいヘトヘトのフマルにそれは酷ではないか。

 私が苦言を言おうとすると、フマルが私の前にスッと出てきた。


「落ち着いて。下級貴族は上級貴族に逆らえないの。私はうまくやるから、ね?」



 小さな声で言ってくる。

 言葉を返す前に、何事もなかったかのように別の話を始めた。



「エステル様、帰ってくるまでにお部屋を綺麗に整えておきますので、ブリュンヒルデ様とゆっくりしてきてくださいませ」



 フマルは当たり前のように彼女を敬称で呼ぶのに、ブリュンヒルデは当たり前の顔で頷く。

 どうにも釈然としないが、これが貴族の常識と思うしかない。

 下手に何かを言ってフマルの立場を悪くはしたくないのだ。


「では参りましょうか」


 ブリュンヒルデに城を案内される。

 レーシュと城に来ることはあってもほとんど資料室だったため、城にはいくつもの部屋があり、変わった部屋が多いのだと知る。

 港町の城も多くの部屋があったが、ここはその何倍も広い。

 中庭ではたくさんの騎士たちが訓練をしていた。

 昔は何も思わなかったが、今では騎士たちの動きに感嘆する。



「剣聖のエステル殿にはつまらないものですが、我々も少しは精進はしているのですよ」



 何を勘違いしているのか苦笑気味に行ってくるが、今では彼らの方が私の何倍も強い。

 そんな私がつまらないなどと思うわけがない。


「全然つまらなくないよ。みんな一生懸命で私も見習わないといけないと思うもん」



 本心からそう思う。

 しかしブリュンヒルデは謙遜としか思っていないようだ。

 少しずつ騎士たちも私たちの姿に気が付き、私の方へどんどん注目が集まっていく。


「ブリュンヒルデと一緒にいるのが剣聖か?」

「本当に平民に護衛騎士が付くのかよ」

「モルドレッドと何を企んでるのだか」



 ここでも私の剣聖という称号は広まっているようだ。

 注目から逃げようとすると、ブリュンヒルデを呼ぶ声が聞こえてきた。


「お兄様?」


 ブリュンヒルデの兄と思われるの長身の男性が来る。

 金髪の髪で良く目立つ。

 目が鋭く細まり、私を厳しい目で観察する。


「その方が噂の剣聖様か?」

「はい。エステル殿、こちらは兄のトリスタンです。騎士として多くの武勲を立てる我が家の──」


 ブリュンヒルデの長い兄自慢を聞く。

 多くの武勲や戦いの様子を聞かされたが、地名が分からずさっぱり頭に入ってこない。

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