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側仕えへの種

 ネフライトから紹介された令嬢たちは、ちょうどイザベルから今日覚えさせられた方達だった。

 流石はイザベル、ネフライトからこのような紹介があることを見越してくれたようで、私は感謝の気持ちをイザベルへと送る。



 ただ終始話を聞くか頷く程度しか出来ず、教養面はまだまだのようだ。

 しかしネフライトは私に気を遣ってか、補足を入れてくれる。

 やがて話は剣聖の話へと移っていくのだった。


「剣聖と聞いた時には、恐そうな方を想像しておりましたがまさかこんな可憐な方でしたとは」



 可憐とはまた私に似合わない言葉だ。

 しかし他の令嬢も最初よりも緊張の取れた顔になっており、同意の言葉が上がっていった。


「実は私も内心……」

「私も──!」


 思わず苦笑いになる。

 ネフライトも仕方ないといった顔だ。


「海賊王があれほど貴族から恐れられた仕方がありませんわ。でもエステルは困っている人がいたら、貴族でも助けてくれますわよ」



 困っているに貴族も平民など関係はない。

 もちろんまたネフライトが危険な目に遭えば助けるだろうと思う。



「ネフライト様、何度も聞きましたわ」

「エステル様が身を挺して助けてくださったことを絵にも残されていましたものね」



 ──何それ!?


 初耳な情報が入ってくる。

 ネフライトは恥ずかしがることなく、自慢するようにどうやって絵に残してもらったかを説明し出した。

 聞いている私が恥ずかしくなってくる。


「皆様、本日はお集まりいただきましてありがとう存じます」



 領主が挨拶を始めた。

 一斉に静かになり、海の魔王の討伐や貿易、さらには神使の紹介など多くの説明がされる。

 神官を苦手とする貴族が多くとも、神使に対してはみんな崇拝するような目を向けている。

 改めて神使は特別なんだと実感した。



「それでは本日は催しとして、神国の神官ラウル様が剣舞を披露いただけることになりました」



 ラウルがステージ上に現れると女性側から黄色の声が飛び交う。

 やはり見目麗しいラウルは女性たちから人気のようだ。



「さらに演奏は、新しくナビとなったモルドレッドが行います」



 レーシュの名前が出た瞬間、一気に盛り下がっていくのは悲しいものだ。

 やはりナビとなっても彼の汚名が足枷になるようだ。


 レーシュが竪琴を持って現れた。

 大きな竪琴を自分の体で支え、一度大きくお辞儀をする。



「本日は我が城にお集まりになった方々へ、感謝を込めて演奏をさせていただきます」



 レーシュの動きが止まり、次第にホール内の雑音が消えていく。

 完全に静寂になった瞬間、音楽が奏でられ始めた。

 そしてレーシュの歌声も竪琴の音に乗せられる。


 耳に響く音楽が私たちを一つの世界へ誘う。

 最初は怪訝な顔をしていた貴族たちも、レーシュの音楽にどんどん引き込まれていった。


 続いてラウルが宝剣を振るい、音楽に華麗なステップを乗せる。

 まるでずっと一緒に練習してきたのかと思うほど、曲と舞が合わさっていく。

 息を呑むのを忘れて没頭していく。



「すごい……」


 思わず口から漏れてしまうほど、その姿に惚れ惚れとする。

 村の音楽とは違う、本物の教養に体が痺れてしまった。

 ラウルとレーシュがお互いに何度か目を合わせ、競い合うように音楽は苛烈さを増していく。

 永遠に思える時間も、レーシュとラウルが息ぴったりと演奏を止めてしまったことで終わりを迎えた。


 パチパチと領主と神使が真っ先に拍手をすると、次第に拍手が広がっていく。

 私もそこでやっとハッとなり、同じく大きな拍手をする。


 周りから、レーシュの演奏の実力を褒める声が上がり、私も嬉しく思う。

 ラウルは普段と変わらないが、レーシュは少しばかり汗が額に滲んでおり、全力で音楽を奏でた証拠だ。

 特に言葉を交わすことはないようだが、どちらもお互いを認め合っている気がする。

 二人は衣装直しのためか、ステージから姿を消す。


 そんな時に、隣に領主がやってきた。

 この時を待っていたかのように彼女は私へと興味をのぞかせる。


「やっと邪魔者がいなくなったんだもん。一晩考えてくれたかしら?」

「私を、預かると言ったことですか?」


 領主は薄い笑みを浮かべた。

 だがあの話はレーシュが断っているので、私がどうのこうの言える立場ではない。



「それは前にレーシュが断ったはずです」

「そんなのモルドレッドが言っただけじゃない」



 彼女は自分の意見が誰かに止められるなどとは思っていない。

 さらにいえば私は彼女の提案を少なからず魅力に感じているのだ。


「私の側仕えなら貴女が見たい貴族の世界を一望できる。それはモルドレッドの側では叶わない。貴女があの男のお姫様でありたいなら話は別だけど」



 どこか含みのある言い方だ。

 私が役に立てないことで焦っていることを見透かしているのだ。

 しかしどうしても一つ分からないことがあった。


「力が無い私をどうしてそばに置きたいのですか?」



 剣聖と言われても、今の私ではただの平民とは変わらない。

 少なからず私を利用しようとしていたようだが、その目論見も外れたのではないのか。



「私はモルドレッドとは違うのよ。いつだって答えは最短の道にあるわけではない」


 領主の目がスッと細まる。

 彼女の闇が一瞬出た気がした。

 しかしすぐにそれも引っ込み、さらに私へ言葉をたたみかける。


「それに貴女も知りたくないかしら? モルドレッドの闇を、どうして彼の父が王族を殺したのかを」



 どういうことだ。

 彼女は一体何のことを言っている。


「帰ってきたわね」


 遠くからレーシュがこちらへ戻ってきていた。

 もっと話を聞きたいが、彼女はもう話は終わりとこの場を離れるため背を向ける。



「明日の深夜に私はここを出るわ。もし来る決心が付いたら、モルドレッドの屋敷の玄関の前にいなさい。送り人は私が用意しておく」



 最後の言葉を残して去っていく。

 私はどうするべきなのだろう。

 レーシュの元で少しずつ貴族のことを学んでいくか。

 それとも──。


「ここにいたか」


 後ろからレーシュの声が聞こえた。

 振り返るともうすでに目の前まで来ていた。


「どうした、顔が暗いぞ?」



 私は隠しても仕方ないと、表情はそのままで噓をつく。


「ちょっと人混みに酔っただけ」

「そうか、テラスの方へ行こう」



 レーシュに気を遣われ、私は彼の手に引っ張られるまま連れていかれる。


「レーシュ……」


 ふと、自然と言葉が溢れた。

 出した舌は引っ込めず、私は慌てて言葉を続ける。


「演奏、綺麗だったよ」

「綺麗? またおかしなことを言うな」


 そういえばそうだと自分でも不思議になる。

 どうして綺麗という言葉が出たのだろう。


 今日の舞踏会も無事に終わって、私はベッドの上で考えていた。

 このまま残るか、領主の元へ行くか。


「私がここに残っても……」



 今では側仕えの仕事もほとんど回されず、弟はヴァイオレットが見てくれている。

 貴族の仕事は何一つできず、私の価値とは何だろうか。

 力が無くなったら本当に無価値なのだろうか。



「何か正解なんだろう。フェーなら分かるのかな」



 未だ眠る弟を頼ってしまう自分はなんと情けない。

 まぶたを閉じて、深い眠りの中へ身を預けた。

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