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側仕えと護衛騎士の出会い

 支度が整ったので私は玄関の方へ向かうと、もうすでにレーシュが私を待っていた。

 私に気づいた彼の目が見開かれ、そして優しく細まる。


「よく似合う」

「うん」


 照れてしまいみじかな言葉だけしか返せなかった。

 目の前にスッと手が差し伸べられた。


「エスコートだ。手を取ればいい」

「はい……」


 私はレーシュの手を取って一緒に馬車に乗り込む。

 お供はサリチルとイザベルがしてくれる。

 多くの馬車が同じようにナビの城へと向かっており、どんどん緊張が増していく。


 城のホールの扉の前で何度も深呼吸をした。

 するとレーシュが私の手を強く握る。


「何度か式典に出たのにまだ緊張するのか?」

「だって、今日はお貴族様の舞踏会で、私も注目されると思うと……」



 どうしてレーシュは全く緊張しないのかが分からない。

 多くの催しに参加すれば私もこれくらい肝が据わるのだろうか。

 そのとき、レーシュが私の手を引っ張り、肩を持って支える。

 一体何事と考えている間に、おでこに彼の唇が当たった。



「えっ、えっ──!?」


 慌てふためく私をレーシュは顔を少し赤くして笑っていた。


「思わずな、少しは緊張が取れたか?」

「う、うん……」


 別のことで頭がいっぱいになり、悔しくも緊張が少し解けた。

 そして、大きな声が響き渡る。


「ナビのご入場!」


 扉が開かれ、大きな拍手が鳴り響く。

 レーシュが私の手を引っ張り、一緒に歩き出す。

 熱気を感じるほど人が多く集まり、赤いカーペットの上を二人で進む。

 やはり平民の私が参加しているせいか、多くのヒソヒソ声が飛び交っていた。


「あれが噂の剣聖? あんな娘が海賊王よりお強いだなんて」

「でも騎士の方々も鬼神の如き強さだったと──」



 どうやら平民というレッテルよりも、剣聖という称号にみんなが注目しているようだ。

 レーシュの言う通り、人は大きな肩書きがあると、そちらに注目するというのは本当だった。

 だがそれは関心だけでなく、不安の言葉も聞こえてくる。


「モルドレッド殿が剣聖の手綱を握っていけるのか?」

「力で我々を抑えつけるつもりでは……」

「魔力もない平民なら第二夫人か。ならまだ第一夫人の席が──」



 よくもそこまでお喋りなものだ。

 下手に話を聞いても気持ちが落ちるだけなので、途中からは歩くこととレーシュの腕の温かさだけに意識を向ける。

 私たちは最前列の方まで向かう。

 もうすでに神使や領主たちも揃っており、一番立場が偉い神使の元へ先に向かった。

 彼女は白いローブと帽子を身に付け、他の貴族たちとはかなり趣きが違った。

 軽くお辞儀をして、レーシュがいつもの長ったらしい挨拶をする。



「うむ、モルドレッドには今後も期待しておる」

「ありがたいお言葉です」



 私も軽く会釈すると、暗い顔をするラウルが見えた。

 何か考え事をしているようで心ここに在らずといったところだ。

 だが私が見ていることに気づいて、いつもの笑顔を向けてきた。


 ──どうしたんだろう?


 声掛ける間もなくレーシュに引っ張られた。

 そして次に領主とネフライトへ挨拶をする。



「モルドレッド、昨日話をした──」


 領主が口にした瞬間に私を後ろへ隠す。

 その目が強く領主を睨む。

 すると領主がむすっとしていた。


「そっちじゃないわよ。その子の護衛騎士希望の子よ」


 領主がやれやれと後ろへ顔を向けた先に二人の令嬢がいた。

 ドレスを身に着けた美女は容姿が正反対であるが、どちらとも洗礼された動きで私へお辞儀をする。

 私も軽く会釈を返した。

 チラッとレーシュを横目に見ると、少し怪訝な目をしていた。


「また面倒な人を……」


 レーシュも知っている令嬢らしく、この美人たちにもどんな裏の顔があるのだろう。

 最初に一歩前に出たのは、金色の髪を持つ気の強そうな女性からだった。


「護衛騎士として志願させていただきました、ブリュンヒルデと申します。家名はベルクムント、代々騎士を輩出する家系ですので、騎士として恥じない働きをさせていただきます」



 ものすごくお堅いと思えるが、これが貴族の普通なのだろう。

 私はぎこちないながらも笑顔を向けることができた。


「どうぞよろしくお願いします。でも、本当に私の護衛騎士で良かったのですか?」


 尋ねた瞬間にレーシュから肘で突かれた。

 どうやら今は聞くタイミングではなかったらしい。

 しかし相手も私が平民ということは知っているため、一応は合わせてくれるようだ。


「エステル殿の戦いを間近で見て、すぐに気持ちが固まりました。剣聖と呼ぶに相応しい剣の舞を見て、私もさらに上の騎士になるために学ばせていただければと思います」



 ──力を失っていることは知らない?



 残念なことに今の私に戦士としての力はない。

 素振り程度で疲れてしまう私では、彼女を幻滅させてしまうのではないだろうか。

 頭の中で考えていると、領主が話に入ってきた。


「ブリュンヒルデの今後の躍進に期待できそうね」


 ──ちょっと!


 領主が私を背中から差すようにことを言う。

 力を失ったことを知っているくせにどうしてそのようなことを言うのだ。

 真に受けないでと思ったが時すでに遅く、ブリュンヒルデの青い目が輝いていた。


「はい!」


 くらっと眩暈がした。

 領主が笑いを堪えるように扇子で口元を隠す。

 ネフライトも呆れた目を領主に向けるので、やはりおかしいのは領主だ。

 続いて前に出たのは、水色の髪を持つ儚げな少女だった。


「エーデル家は反領主派じゃないか。何を企んでる……」


 ボソッとレーシュが呟いて私も一気に緊張が走った。

 領主を快く思っていない派閥を反領主派と言っているらしく、表立って反抗をするわけでもないが領主の兄を擁立しようとしているらしい。

 領主が治めるローゼンブルク全体では、大きく東側と西側で派閥が分かれているらしく、私たちが住む東側とは違い、西側では大きな平原があることで食物庫としての役割が強い。

 そのため領主も分かりやすい失態が出てこない限りは強くは出られないらしい。



「エステル様、お噂を聞きすぐさま駆けつけさせていただきました。エーデル家のシグルーンと申します。あまり大きな声では言えませんが、剣聖の監視という名目で今回の任を就かせていただいております」



 あまりにも正直すぎる挨拶すぎて、貴族的な意味のある言い回しかと勘繰る。

 だがレーシュだけでなく、新たな護衛騎士のブリュンヒルデまで目を瞬いてるため、貴族から見てもおかしな挨拶なのだろう。

 しかしここでも領主は平然としている。



「ここは人の目も多いからその説明は今度してね」

「かしこまりました」


 領主とシグルーンではもうすでにその話は共有されているようだ。

 しかし監視となると、これはまた私の剣聖の力が無くなったことはバレていけない気がしてきた。

 腹芸の得意でない私にどこまで彼女たちを騙し通せるか不安を覚える。



「エステル様、ネフライト様の言うとおり正直なお方ですね。反領主派だから警戒されるのも無理はありません」



 シグルーンの落ち着いた笑いは自然と安心させる。

 いかん、いかんと心の中で頭を振って、少しでも警戒心を解かないようにしないといけない。



「そ、そんなことはありません」


 なるべく表情を合わせないように首を横に向けると、レーシュが顔を抑えて諦めていた。

 これは普通に接した方が良さそうだ。


「正直に言いますと、前に酷い目にあって苦手意識が……」


 ジールバンと領主の側近ジギタリスには想像以上にしてやられている。

 しかしシグルーンは特に気分を害していないようだ。



「それは本当に申し訳ございません。私の叔父様が大変失礼なことをしたと聞いております」

「はひ?」



 想像を超えた発言のせいでまたもや思考が止まった。

 レーシュはやはり知っているようで、私に意外な人物の名前を挙げる。


「ジールバンのことだ」



 太った貴族のジールバンと同じ血筋とは思えないほど、シグルーンはあまりにも綺麗すぎる。

 そして平民の私に対しても柔和な態度であるため、同じ血筋でもこう違うのかと驚いた。

 ネフライトがシグルーンに対して、少し厳しめの言葉を投げる。


「本当よ。貴女がいるからと少しばかり好き勝手過ぎたわね。もし神国に引き渡さなくて良かったなら、この世の地獄を見せてあげましたのに」



 普段は可愛らしいネフライトだが、たまに言うことが過激だ。

 私にその矛先が向かないことを祈ろう。

 シグルーンは本当に申し訳ない顔で私に頭を下げた。


「いいのよ! もう過ぎたことだから!」


 これ以上はこの子が可哀想すぎる。

 ネフライトは、甘過ぎ、とため息を吐いて私の手を取った。


「エステル、もし良かったらわたくしのお友達たちを紹介していいかしら?」



 ネフライトの後ろに数人の令嬢が待機している。

 もしかして私たちの話が終わるまでずっと待っていたのではなかろうか。

 レーシュへ行っていいかの了承をもらわねばならない。



「ネフライト様のご友人なら安心しろ。もうすぐ演奏も始まるから俺も準備に行く」



 演奏と聞いて、胸が騒ついた。

 あれほど興味がないと思っていたのに、レーシュの演奏がもうすぐ聴けると分かったら、少しばかり待ち遠しかった。


「楽しみにしてる」


 短く答えて、私はネフライトと別の席へと移った。


「あら顔が赤いわよ、モルドレッド」

「酒を飲んだせいです」


 後ろで領主がレーシュをからかっている声が聞こえるのだった。

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