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側仕えの側仕え

 神使たちとの会合が終わり、考える間もなく次の日になった。

 今日はナビの城の広間を使って大規模な舞踏会を行う。

 主賓はもちろん神使、次席で領主となるが、一番の主役はレーシュと私になっていた

 そのため私はイザベルとマレインによって、来賓の方たちの名前を無理矢理にも頭の中に詰めこまれた。


「みんな名前が長いよ……」


 私は誰に向けるわけでもなく、独り言を机にうつ伏せながら呟く。

 そんな私にイザベルはもちろん優しい言葉なんぞ掛けない。


「そんなことで参ってどうしますか。さあ、着替えのお時間もあるのですから、もたもたしていては終わりませんよ」



 首元の襟を掴まれ、化粧室へと無理矢理連れていかれると思いきや、浴室の方へと連れていかれた。

 イザベルと交代して、マレインとフマルがにこやかな顔で私の服を掴む。



「えっ!?」



 早技のように脱がされた。

 女同士でも急にこんなことをされたら戸惑い、すぐさま羞恥がやってくる。

 思わず手で大事なところを反射的に隠した。


「なっ、なっ──!」


 驚きすぎて言葉にならない中で、マレインとフマルはすぐさま体を隠す湯浴み着を着せてくれた。

 フマルは悪戯っ子のような悪い顔をしている。


「ふふ、せっかく習ったのにこれまで使う機会がなかったけど、ようやく使えるね。まさかエステルにやることになるとは思わなかったけど」

「フマル、まずは入浴からよ。その後は好きにしていいから」



 何だか不吉な言葉が聞こえてきた。

 この場から逃げたかったが、二人は逃してくれず為すがままとなった。



「うっ……」



 これまで一人で洗うことはあったが、他人に洗われるなんて物心ついた頃以来だ。

 それも人に見られるのも恥ずかしいところすら私ではなく、彼女たちに綺麗にしてもらうなんて。


「なんで一言もなしにやるかな」


 恨めしい声が出るが二人は軽く笑うだけだった。


「ごめんごめん。だってエステルの慌てようがあまりにも可愛くて、ほら頭をこっちにやって」


 お湯に浸かりながら、頭を後ろに倒した。

 するとフマルが石鹸で私の髪を洗い出す。

 マレインは他にやることがあると、一度浴室から出て行った。

 フマルと二人っきりになり、彼女は揉むように髪を解していく。


「私たち側仕えの仕事って、主人の奥様の身の回りの世話がほとんどなんだけど、レーシュ様のお母様も亡くなっているから宝の持ち腐れだったんだよね」



 そうすると彼女たちが本来仕えるつもりだったのは、レーシュのお母さんということになるのだろうか。

 父親の話も最近になって聞いたばかりだったが、お母さんの話というのもあまり聞かない。



「だから今度から私たちがエステルの世話をするからね」

「えっ、今日だけじゃないの!?」



 てっきり舞踏会のために気合を入れているのかと思っていた。

 しかし彼女の言い方からはそうではないらしい。


「ほら、動かない。ついでにマッサージもするから力抜いて」



 彼女も仕事でやっているのだから邪魔をしてはいけない。

 手の指が私の頭を押していく。

 不思議な感覚が広がり、くすぐったいような気持ちいいような、自分で頭を触ってもこんな感覚になったことはない。


「ねえ、フマルたちは嫌じゃないの?」

「何が? エステルの胸を揉むこと?」



 ギロッと睨んでやるがフマルを喜ばせるだけのようだ。



「冗談だって。確かに平民のエステルにこんなことをするようになるとは思ってもみなかったよ。でも私たちもレーシュ様のお父様に家を建て直してもらったからね。その時の御恩を返せるなら全然気にしてないよ。それにエステルは私たちと違ってすごい力があるんだから」



 フマルは本当に気にしていないらしく朗らかな顔をしている。

 だが彼女は一つ間違えている。


「フマルもマレインもこの家にとって大事よ。マレインがいなければ貴族たちとの立ち回りも分からなかったし、フマルがいなけば不安で私は潰れていた。だから二人が幸せになるなら私はなんだってするよ」



 フマルの喉が鳴った気がした。

 目を見開くのも一瞬で、とびきりの笑顔が出てきた。


「ならたくさんのお茶会を開いて私の旦那様を見つけてきてね。もちろんマレインも。お金があって、魔力も多くて、イケメンで、私を甘やかしてくれる人でお願い」

「ふふ、欲張りすぎよ」



 フマルらしい要望だ。

 洗髪も終わり、二人で浴室を出るとマレインがタオルを持って待ち構えていた。

 体を拭くのも全てマレインたちにしてもらう。

 断っても、慣れないと駄目、と聞く耳を持ってもらえない。

 そしてそのままベッドの上でうつ伏せにさせられる。


「えっと、次は何をするつもりかな?」


 フマルは私の体を触って何かを確かめていた。


「次は体のマッサージだよ。舞踏会は緊張の連続だから、少しでも体を楽にさせないと。それにエステルは前みたいな機敏な動きとかも出来ないんだし、普通の女性として考えておかないと、自分がきつい思いするよ」



 これまでは普通の女性とは思ってくれてなかったようだ。

 フマルは準備が出来たと、腰回りからどんどん手で押していく。


「い、痛い!」


 さっきまでの頭のマッサージと違い、激痛が走るようだった。


「ありぃ? もしかして筋肉痛? エステルでもそんなことあるんだ」


 喋りながらも手を緩めることはない。

 さらにいえばどんどん痛みが増していく。



「ちょ、フマル! 待って、もっと優しく!」

「まあ、まあ。今はきつくても後から心地良くなるから」


 まるで聞いていない。

 その時、足の方にも誰かに掴まれている感触があった。



「フマル、時間もないんだから、下半身は私がやるよ」

「はーい」


 ──ちょっと待って!



 上半身だけでもこの痛みなら、同時にやられたらどれほど痛いのだ。



「同時はやめッ──ッ!」


 止める間もなく、すぐに足にも痛みが来た。

 体も足も抑えられ、私は為すがままになった。


 ようやくマッサージが終わった頃には私は考えるのをやめていた。



 放心状態も回復してからは、すぐに化粧を施されていく。

 フマルはためらいがちに話しかけてきた。


「エステル、ぶすっとしないでよ。今では体も軽いでしょ?」

「悔しいことにね」


 強烈な痛みを受けたせいで少しばかり苛立っていた。

 だが確かにフマルの言う通り体は軽くなっている。

 マレインも少しやりすぎたと反省している面持ちだ。


「ごめんね、エステル。本当に時間が無いから今日だけは配慮できないの」

「いいのよ、マレイン。二人が私のためにしてくれたことは分かっているから」



 過ぎてしまったことをグチグチ言うのは好きではない。

 痛みも喉元過ぎればすぐに忘れるものだ。

 フマルとマレインは支度を分業してテキパキと行っていく。

 流石は学校で側仕えとして教育されており、私では彼女たちのような手早さで支度なんぞできない。

 ここでも大きな壁を感じた。

 フマルが私の髪を上にあげてさらに編み込んでくれる。

 自分の技術に満足したのか、鏡を近づけて出来栄えを見せてくれた。


「エステルって髪を上げると本当に色っぽいね」

「そ、そうかな?」



 言われてみると、家事の時くらいしか髪を上げないので、人前に見せることがなかった。

 さらに今回は編み込まれていることもあって、普段とはさらに異なるようにも感じる。

 マレインがさらに小さな箱に入っているアクセサリーを取り出した。


「領主様からもお祝いを頂いたの」

「そんなのもらっていいの!?」


 たかが平民の私に過分ではなかろうか。

 だがマレインはそう思っていないらしく、蝶に似た金細工の髪飾りを付けてくれた。


「だって海の魔王を倒した英雄様なんだから、領主も気を遣わないといけないのよ。もしエステルが気分を害して、その力を振るったら皆殺しにされちゃうとか考えてたりして」


 ──そんなことしません。


 ただあながち否定はできない。

 ウィリアムがこれまでこの港町を取り仕切っていたのは、貴族が手出しできなかったためだ。

 さらに平民の私が海の魔王を倒したことで、平民側が大きな戦力を持っていると思われているのだろう。



「それに領主様がそう思っていなくても、他の貴族がどう思うかは分かりませんからね」



 マレインが最後に言った言葉が一番の理由な気がする。

 ウィリアムに睨まれても臆することすらしなかった領主が、私なんかを怖がるとは思えない。


 全ての準備が整い、一度立ち上がって自分の姿を鏡で見た。

 赤いドレスはまるで光沢を出しているようで、私が少しドレスに負けている気がする。

 これも領主が私に貸し与えてくれたものであるため、おそらく目眩がする値段が付いているはずだ。


「二人にお願いすると本物のお貴族様みたいになるね」



 マレインとフマルは顔を見合わせて笑い合っていた。


「「もうそのお貴族様だよ」」



 彼女たちの言う通りだ。

 私も気持ちを改めないといけない。

 剣が無くとも、私自身の価値は少しずつ証明しないといけない。

 まずはこれが初めての一歩だ。

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