側仕えと盲点
コランダムとスマラカタはこの国で巨頭として君臨する大貴族と聞いている。
派閥が異なるため仲が悪いと聞いていたのに、どうして二人で参上するのだろうか。
燃えるような髪を持ち、赤い髭と鍛えられた大きな体が印象的なコランダムが神使へお辞儀をする。
「神使様、よくぞお越しくださいました。貴女様がこのような地に来てくださるとは、最高神の導き無くしてありえないことでしたでしょう。どうか今生の出会いに祝福を頂きたい」
スマラカタも似たような口上を述べてお辞儀をする。
神使も無下に出来ないようで、神妙な顔で頷いた。
「うむ、そなたらに最高神の加護がもたらされるだろう」
神使が言葉を伝える。
乱入者の二人は外にいる騎士たちに命令して椅子を持ってこさせる。
スマラカタが私たちを指差し、部屋の隅の置かれた椅子を次に指差した。
「モルドレッド共はあちらに座れ。そこはお前のような反逆者のための席ではない」
「お父様!」
ネフライトが自身の父へキッと目を向ける。
一瞬たじろぐスマラカタだが、コランダムが大仰な仕草で領主へ言葉を向けた。
「アビよ。どうしてこのような若造を呼んで私をお呼びしてくれないのか! もしや我々に隠れて何かするおつもりではないでしょうな?」
領主に対して挑発的な態度だが、領主もニッコリとしたまま手を頬に当てるだけだった。
「ごめんなさい、ナビ・コランダム、それにナビ・スマラカタ。神使様の来訪は突然のことでしたから、流石に事前の予告無しにお呼びする時間がございませんでしたの。神使様にはドルヴィとの面会後にまたお越しくださるとお約束頂きましたので、ぜひその時にいかがでしょうか。今日は主に貿易についての話し合いでしたので、お二人にはあまり益の無いことですから」
領主が申し訳なさそうに言うと二人も納得はしてくれたようだ。
コランダムもまた大きな笑顔で頷いた。
「そうでしたか。これは失礼しました。それでしたらご招待をお待ちしております。それとアビもぜひ近々我らの領土のお越しくださいませ。アビの兄君も招待してぜひとも大きな催しをしたいと考えておりますゆえ」
「ええ、楽しみにしております」
二人が出て行った後に神使が口を尖らせて領主を見た。
「お主、私を売ったじゃろ?」
「あら、お約束しませんでしたかしら?」
「しておらんわ!」
領主がまさか適当な約束を取り付けるとは思わず、意外なところを見た気がした。
ただ多くの情報があった中で、領主と神使の関係性が不思議だった。
「なんじゃエステル、不思議そうじゃな」
「え!? いや、その……」
神使がすぐさま私の心の内側へ気付く。
うまく隠すことも出来ずに慌ててしまい、結局下手な言い訳をせずに頷いた。
「はい……。まるでご友人のように見えましたので」
私の発言に神使と領主は顔を見合わせる。
そしてお互いに口を揃えた。
「「それはあり得ません(あり得んじゃろ)」」
とりあえず息が合うのはわかった。
そしてやっと邪魔者もいなくなったため、神使が話を始める。
「では先の戦いで、エステルの活躍もあり宿敵であった海の魔王を討伐が叶った。全国民を代表して、其方に感謝の言葉を伝える」
神使に領主、ネフライト、ラウルが一斉に私へ頭を下げた。
私より身分の高い者たちからそのような礼を取られるとどうしていいか戸惑うものだ。
「ええっと、ただ迎え撃っただけですので──」
「神使様、我が妻となる彼女の功績を労っていただきまして誠にありがとう存じます」
いつも以上に爽やかな顔をしたレーシュが私の言葉を遮ってお礼を言う。
チラッと私を見て、あとは自分に任せろと言っていた。
「うむ、其方も良く働いていたと聞く。ラウルからいつも其方への嫉妬の声を聞かされて耳がタコのようになったわい」
「神使様! 私は彼が少しは骨があると伝えただけで、嫉妬の声など出しておりません!」
可哀想なラウル、槍兵の勇者も神使の前では格好が付かん。
「それは後ほどどのようなお褒めの言葉があったか聞きたいですね。ただ今はラウル殿のお話より重要なことがございます」
ラウルは口元が引き攣っていたが、レーシュは我関せずといったところだ。
「エステルのおかげで海の魔王を討伐できましたが、長年の月日がこの地の財力を下げております。ですので、神国から多くの出資を賜り、貿易都市として流通を盛んにしたいと思っております」
「うむ、海の魔王を倒した報奨金は贈ろう。領主にまず渡すことになるだろうから、それの分配はレイラ・ローゼンブルクに任せる。じゃが、モルドレッドに不遇な対応の場合には神国からも口が出ると思ってほしい」
領主が頷いたので、おそらく多くのお金が回ってくるだろう。
これで今後の資金の心配がなくなったようでレーシュも一安心する。
だがその安心も次の言葉で新たな不安を生む。
「モルドレッドとエステルよ。私からもお願いがある。残りの三大災厄を討伐するため、其方らに討伐隊の編成をお願いしたい」
今回私を呼び出した理由はこれだったのだろう。
だがそれは無理な相談だ。
剣聖の力を失ったことで、私は戦える力のほとんどを失っている。
レーシュもそれがわかっているため、私の代わりに話をする。
「大変申し訳ございませんが、今はお断りさせていただきます」
レーシュから断りの言葉に神使の目が細まった。
「その言葉は私の言葉では動かぬという言葉でいいのかの?」
背丈は子供のような彼女なのに、その風格は相手の力量が読めなくなった私でも背筋が凍るほどだ。
だがレーシュはまるでそよ風のごとく、いつものように受け流していた。
「いいえ、神使様。エステルはこれから多くの役目があります。剣聖として各地に赴いて海の魔王を倒したことを周知させ、多くの人々を元気付けさせることが何よりも急務。それに三大災厄の討伐には、こちらも多くの資金の投入が必要になりますゆえ、今しばらくこの地が安定するまでは厳しいと言わざるを得ません」
「ふむ……、それはもっともな意見じゃな。じゃが、エステルの表情からは別の思惑が透けて見える。最高神の加護を持つ私をあまり甘く見ないことじゃ」
神使の青い目が光った気がした。
海のように包み込む暖かさと、いつこちらに牙を向くか分からない怖さがあった。
そこでラウルも口を挟む。
「もしや、弟君に加護を譲渡されたのですか? 確か前に加護を持っていた方は弱くなられたと聞きましたが……」
私の顔はわかりやすく出ていたのだろう。
みんなが驚きの顔で固まっていた。
「えっ……」
その中でも一番衝撃を受けているのは領主にようにも見受けられる。
絶対に動じないと思っていた人物が声を漏らしたせいで、私から領主へみんなの視線が移ると慌てて咳払いをした。
そこでネフライトがジトっーと目線を領主へ向けた。
「レイラ、エステルを何かの策略の頭数に入れていたでしょ?」
「なに?」
レーシュがネフライトの言葉に反応したことで、すぐさま領主も表情を扇子で隠していた。
まさかこれまで何でも手のひらで動かす彼女でも、そのような可愛らしい反応するとは思ってみなかった。
「こやつの小賢しい策略なんぞ今はどうでもいい。それより、本当かエステル? 加護を誰かに譲渡したというのは!」
神使は話を戻し、立ち上がって私へ確認をする。
すごい剣幕に私はレーシュを見ると、レーシュもため息を吐いて答えた。
「ええ、エステルに今は加護はありません。戦う力ごと弟に移っております」
「希望が……」
神使は残念そうに項垂れ、落ち込みながら席に座り直す。
あまりの落胆ぶりにどう声を掛けようと考えていると、レーシュから非難の目を向けられた。
「エステル、なんであいつがお前の加護の譲渡のことを知っている。俺も昨日知ったばかりだぞ?」
「ええっと、実はウィリアムも十歳病から回復した話を聞いた時に、ラウル様もご一緒でしたから。その、相談とかしたわけではないですよ!」
別にやましいことはしていませんと伝えたると、レーシュも仕方なしと許してくれた。
神使は微かな希望に縋るように私へ尋ねてくる。
「ちなみに弟も其方の同じくらい戦闘の技術は凄いのかえ?」
「残念ながら、十歳病で病弱な体です。ほとんど運動なんてしたこともありません」
「代わりも無理そうじゃな……」
神使に返答に不穏な言葉があった。
「それって私の弟に戦わせるおつもりですか?」
三大災厄の強さは身に沁みている。
毎日夢の戦わせられて鍛えられた私ならまだしも、これから鍛え始めるフェニルには荷が重すぎる。
だが神使は首を振った。
「それはない。加護も万能ではないからのう。おそらく弟君に渡された時点で、加護が変化しているはずじゃ」
私とレーシュは顔を見合わせた。
加護について無知な私たちと違い、神使は加護についての造詣が深いようだ。
「加護は最高神が才能ある者たちへ送ったささやかな贈り物じゃ。元々ある才能に少しばかり付け足される程度で、病弱だった弟を其方のように変化させるほど強いものではない。もしかすると数年という長い期間で考えれば、加護によって大きな差はあるかもしれんが、三大災厄と渡り合える其方と同程度になる保証などありはせん」
そこでラウルが顎に手を当てて考えていた。
考えを口に出して言う。
「そうしますと、エステルさんには元々の才能があったということですよね?」
「そうじゃろうな」
神使が短く答えると、またラウルが考え込む。
そしてその口から思ってもみなかった考えが述べられた。
「エステルさんが前の方から加護を譲渡されて才能に適合したということは、もしかすると元々加護をお持ちだったのではないですか?」
「えっ?」
もう一度、一斉に私へ視線が向けられた。