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側仕えは継承する

 調印式が終わりレーシュにお願いして、急いで屋敷にたどり着いた。

 そしてすぐさま自室へ向かうと、マレインとフマルが一通りの世話を済ませた後のようで、フェニルの様子を見ていてくれたのだ。

 駆け寄るとフェニルがいつも以上に呼吸が荒くなっていることに気付く。

 顔は苦しそうに歪んでおり、これまでの発熱の反応とは違っていた。



「フェー!」



 急いで駆け寄り、彼の手を握る。

 手が冷たくなっており、私は急いでお互いの額を合わせて熱を測る。

 すると今までの中で最高に近いほど熱が上昇していた。

 マレインの声が後ろから聞こえてくる。


「急に苦しみ出したの。エステルの婚姻の知らせで興奮しただけかと思ったらその場で倒れてしまって、私たちもどうすればいいか……」



 マレインは申し訳なさそうに不安な顔を作る。

 彼女たちがいたからフェニルも無事屋敷に辿り着けた。

 そんな彼女たちを責めるなんてことは絶対にない。


「ううん、フェーは元々病気がちだからこうなることは分かっていたことよ。看病してくれてありがとう」


 二人がすぐに対処してくれて助かった。

 その時、ドタドタと廊下を走る音が聞こえる。

 レーシュも慌てた様子で入ってきた。


「おい、エステル! 医者が来たぞ!」


 私が慌てる中でも冷静に対処をしてくれてありがたい。

 私と代わる形でお医者様がフェニルの調子を確かめていく。

 だがその顔は厳しいものになっていった。


「貴女がこの子のお姉様でしたかな?」

「はい……」



 心臓が激しく脈打った気がした。

 不安が押し寄せてきて、手を胸に当てて少しでも気持ちを抑える。


「十歳病と聞いておりますが、よくぞここまで耐えられました」



 目の前が暗くなった気がした。

 私が喋らなくなることを見越していたのか、お医者様は返事を待たず言葉を続ける。



「体が内出血を始めております。少しずつ血管も耐えられなくなっていますので、今日がおそらく最後の日となるでしょう。十歳病の典型的な症状です」



 これ以上は処置できないとお医者様は沈んだ顔で伝える。

 不治の病と言われ続け、ほんの一部の人間しか加護が原因なことを知らない。

 王国では加護の研究が遅れているため、そういった情報がないのも仕方がない。


 涙が溢れ、まるで思考が停止した気がした。


「エステル!」


 レーシュが私を揺さぶったことで意識が戻った。



「加護を渡してやれ!」


 そうだ、まだ落ち込むには早い。

 この剣聖の加護があれば生き残る可能性があった。

 だがこの子は加護に苦しんでいるのに、さらに加護を与えて苦しめてしまうのではないだろうか。

 本当に私の加護で治る保証だってない。



「お前の弟を信じてやれ! ここまで耐え切ったんだ、ここを乗り越えればお前の弟は自分の運命を乗り越えたということだ。俺はお前のおかげで運命が変わったんだ! お前たち姉弟だけが不幸になっていい世界なんてあるわけがない」



 レーシュが私に優しく背中を支える。


「俺がこれまで嘘を言ったことがあるか? これまで全て実現したぞ。お前の力を借りてだがな。今回も俺はお前の力を使って治すんだ。ならこれまでの法則通りなら上手くいかない道理がない、だろ?」



 レーシュは根拠のない自信を口にする。

 だがそれが私に勇気を振りしぼらせる。



「フェー……」



 手を握りしめるとこの子も私に握り返してくれる。

 フェニルは私の方へ首を向け、苦しんでいる中で頬を上げようとしている。

 私へ心配を掛けないように笑おうとしているのだ。

 この子は命を奪おうとする病気でも負けずに戦っている。


 ──私も一緒に戦おう。



「治ったらお姉ちゃんと船に乗って旅行に行こうね」



 フェニルの手に額を当てる。

 体の中に不思議な感覚があり、一騎当千という別世界を作るときのような感覚が来る。

 その力を少しずつフェニルへと渡す。

 フェニルと一体になる感覚と共に自分にも苦しみが流れ込んでくる。

 頭痛や眩暈、吐き気、多くの不調が同時にやってくる。


 ──ずっと耐えてたんだね。


 彼の苦しみを肩代わりにしながら、気付けば目の前に草原が広がっていることに気が付いた。

 レーシュたちは姿を消し、目の前には辺りを見渡すフェニルがいた。


「あれ? さっきまで苦しかったのに……誰もいないし」


 フェニルは私の姿が見えないのか少しばかり歩く。

 するとフェニルと同じくらいの背丈をした小さな甲冑の戦士が現れる。



「新たな……継承者か?」



 フェニルは首を傾げ、手元に大きな剣があるのに気が付いた。

 それで何かを悟ったようだ。


「戦えってこと?」


 甲冑の戦士は何も答えず、ただ剣を構えた。

 フェニルも同じく剣を構える。

 運動とは無縁なフェニルが一生懸命に剣を振るう。

 甲冑の戦士は同じような動きで戦い出す。

 まるでフェニルの生き写しのような動きだった。



「己を乗り越えろ! さすれば加護は其方に道を授けん!」



 甲冑の戦士はフェニルを導くように剣を振るう。

 フェニルもまた必死に剣を振るう。

 私の体がどんどん薄れていく。



「フェー、待ってるからね」


 私にできることは終わった。

 あとは彼が試練を乗り越えるしか方法はない。


「うん……必ず戻るよ」



 聞こえているのかと思ったが彼は私の方向は見ていない。

 ただ帰るべき場所へ向けてその言葉を発したようだ。


 フェニルの一閃が甲冑の戦士を吹き飛ばした。

 この数回の撃ち合いだけでも彼の剣の冴えが上がっている。


「流石は私の弟ね」


 そしてこの世界から追い出された。

 私はもうこの世界の主人ではない。

 寂しくもあったが、私も同じくもらったものだ。

 この力は継承していくためにあるのだから。



 ゆっくり目を覚ますと、背中に温もりがあった。

 レーシュは私を心配そつに覗き込んでいる。


「お前の弟に渡したのか?」


 レーシュに返事するより先にフェニルの様子を見る。

 先ほどまで苦しんでいたのに、今は穏やかな顔で眠っていた。

 おでこを当てて熱を測ってみたが、どんどん平熱へ戻っていっている。


「はい……たぶん、もう大丈夫です」

「そうか、お前の家族が助かるならそれより嬉しいこともない」



 ホッとすると突然体に力が抜けた。

 倒れそうになりかけたところでレーシュが私を支えてくれた。


「す、すいません……」

「疲れているんだ、あまり気にするな。それにもうすぐ俺たちは家族になるのだからな」


 その時に先ほどの調印式の告白が思い出させられる。

 あれほど悩みながらも彼は私と歩む決断をしてくれた。


「顔が赤いぞ?」



 少し悪戯っぽく言うがそれはお互い様だ。


「レーシュだって……」



 お互いの目が見つめ合い、ゆっくり顔を近づけ──。


「ゴホンっ」


 二人の世界に入っているとサリチルの咳払いによって現実に引き戻された。

 マレインとフマルは両手を頬に当てて、ニヤニヤとしていた。

 イザベルもいつの間にかやってきており、もうしょうがないと諦めているようだった。


「坊っちゃま。これからナビになられるのですからやることは多くあります。これから多くの貴族と衝突も起きることは予想できますので、速やかにナビとして掌握してくださいませ。それとまだ婚姻を結んだだけで結婚はしていないのですから、あまり人前でそのようなことをするのはいただけません。特に坊っちゃんは──」




 イザベルの長い説教が始まり、レーシュは観念して聞く。

 そしてレーシュが終わったら私の番だ。



「エステルも、奥方になられるのなら、今まで以上に社交に励んでいただきます。特に貴女の場合にはまだまだ教えてることが多くありますゆえ、側仕えの代わりに勉学を頑張っていただきます」

「それは、無理なんじゃ──」


 イザベルの目が光ると、パチーンと手に衝撃が走った。

 目で追い切れないほどの速さで教鞭を振るわれたのだ。


「イタタタっ」


 手を振って痛みを少しでも誤魔化した。

 しかし教鞭を振るったイザベルが一番驚いていた。


「今のは掴めなかったのですか?」

「えっ?」


 あんな早い攻撃を避けられるはずがないと思ったが、私は前に簡単に教鞭を掴んだことがあった。

 すなわち私の反射速度が格段に落ちているのだ。



「私は、本当に力がなくなったのですね……」



 元々予想していたことだったが、実感として感じてしまうと寂しさがあった。

 私は腕を見込まれて雇われていたのに、もうその価値はなく。

 レーシュの側で生きていくには、それに代わるものを手にするしかない。


 私は本当に何も持っていないのだ。


「エステル、少しずつでいい。お前は英雄となったが、ずっと戦いに身を置かなくてもいいんだ。新たな自分を少しずつ見つけていこう。俺もお前を支える」


 レーシュから優しい言葉を掛けられたが、私もこのままでいるつもりはない。

 もちろん社交についても勉強するが、戦える力も少しずつ取り戻そうと一人気合を入れる。


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