側仕えは剣聖となった
急遽決まった調印式のため、レーシュはナビ代行の権限を使って貴族たちを総動員して会場を整えさせる。
朝早くから準備を行いお昼には広場に立派なステージが出来上がっていた。
貴族が前方に集い、平民たちも遠くからを眺められるようにもしもの時のために騎士たちも待機している。
私は何故かレーシュと共に主賓側席で座らせられる。
ドレスは城に置いていたおかげで無事だったため、イザベルの手伝いもあって着替えていた。
だがそれでも場違いだと思わずにはいられない。
「ねえ、レーシュ様。私がここにいていいのですか?」
見渡すと同じく主賓側にいるのは、領主と神使、それぞれのラウルを含めた護衛騎士たち、そしてウィリアムだった。
「構わん、ウィリアムがいてお前がいなくていい道理はない。それと──」
レーシュは言葉を切って、私を悪戯っぽい目で見る。
「いまさら敬称はいらないだろ。いつも通りレーシュと呼べ」
顔が思わず熱ってしまう。
だんだん言葉が頭に入り始めた。
「言えるわけないじゃないですか! 流石に貴族たちがいる前で呼び捨てにしたら、全員に関係がバレます!」
小さな声で反論すると、レーシュは、ふふっ、と笑っていた。
「そうだな。だがそれも終わりだ」
「えっ?」
何が終わるのかを聞こうとする前に式典が始まった。
領主が立ち上がって前に立ち、椅子に座っている貴族ややじ馬の平民たちを見渡した。
「今日は突然の招集に応じてくださりありがとう存じます。魔物の襲来によって復興を急がねばならない時ですが、今日を海の魔王から自由を取り戻した始まりの日としなければなりません」
領主が放った言葉でどんどんヒソヒソ言葉が広がっていく。
長年人々を苦しめ、海への渡航を封じた海の魔王はこの世か去った。
それは多くの人々が望んだこともでもありながらも、絶対に叶わないと諦めていた願いでもあった。
噂で海の魔王が倒されたことが広まっても半信半疑だった者もいたのだろう。
だが領主から言われた言葉を信じないわけにはいかない。
「本日は神国の神使様がこれからの発展のため、こうしてすぐさま貿易に関する調印を結びに来てくださいました。神使様、本日はご来訪を誠に嬉しく思います」
領主は敬うように手を胸に当て腰を折った。
元々前から神使はこの町に来ていたが、演出のため今日わざわざ来てくれたことにしたのだ。
海の魔王の襲来は突然だったため、そんなタイミング良く神使が来ているなんて誰も思わないだろう。
神使も席を立ち、領主の隣まで進む。
「王国の民たちよ、今日の良き日を私も嬉しく思う。最高神もこの時を喜び、さらにはこの国の民たちが懸命に海の魔王と戦ったことに報いたいと仰っていた。これが最高神からの加護である」
ラウルが大きな聖杯を持ってきて、神使と領主が二人でそれを手に取る。
すると聖杯から光が溢れ、町中がその光に包まれる。
「すごい綺麗……」
まるで幻想的な光景に私は目を奪われる。
だがこれはまだ序の口だった。
燃えて葉がなくなった木がまたも元の緑溢れる木に戻った。
「レーシュ様、もしかしてこれが魔力の奉納ですか?」
「気付いたか? 神の加護といえば平民たちも信じるだろうが、結局は魔力による恩恵だ。だが滅多に見れないものがこれから起きるぞ」
レーシュが首で見てみろと言う。
私はまたそちらへ目を向けると、またもや驚くべきことが起きた。
壊れた家々がどんどん修復していく。
そして見える範囲では全ての家が魔物の襲来前と変わらないものになっていた。
貴族たちは感心するだけだが、平民たちは今の私のように興奮して神様に祈る者ばかりになった。
「魔力ってこんなこともできるのですね……」
「領主が魔力を一部持ってきたこともあるが、あれは神使の魔力の賜物だろう。流石は最高神の祝福を受けしお方だ。あれこそが神国を近隣最大国家にした魔力だ」
魔力を重要する意味がわかる。
神使の魔力によってここまでの奇跡を起こせるのなら、国にとっても欠かすことのできない必要な能力なのだと実感する。
「神使様、最高神の祝福をありがとう存じます。これからも最高神への感謝と祈りを忘れません」
領主の顔が少し疲れた顔をしたがすぐに隠す。
魔力を使うと疲れると言ってたが、領主といえどもやはり町全体は大変のようだ。
それに引き換え、神使はピンピンとしていた。
「ではこれより神国との貿易の調印を結びます」
長い口上を領主から述べられ、今回の貿易の内容が告げられる。
いつの間にそこまで取り決めたのか驚くほど密度の濃い内容だ。
「あれって今考えたわけではないですよね?」
「あの領主なら即興で考えることも出来るだろうが、神使の来訪を知っていたことを考えると前から話し合いをしていたのだろう。全て手のひらで踊っているようで恐ろしくなる」
レーシュは肩をすくめ、私も領主を敵に回したくないと心の底から感じる。
ウィリアム相手にも動じず、裏から全てを操る領主がこの国で最強なのかもしれない。
「以上の通り、神国との貿易に関して神国の代表であらせられる神使様にご同意いただけますでしょうか」
「承った。我が国の発展と王国の発展のためお互いに手を尽くそう」
拍手が巻き起こり、貴族も平民も新たな変化を感じとる。
だがまだこの催しは終わらない。
「続いて、見事この領土の課題であった海の魔王、そして平民との確執を取り除いたレーシュ・モルドレッドに褒美を与えましょう」
レーシュも立ち上がり、領主の元まで向かった。
どんどんと遠くの人になっていくような嬉しさと寂しさがある。
だが彼の頑張り無くして今の現状はない。
「レーシュ・モルドレッド、貴方は見事ナビ・アトランティカの代わりにこの地を盛り立ててくれました。その褒美として貴方には爵位であるナビの称号を与えます。領民たちにも貴方の口から伝えてくださいませ」
「確かに拝命いたしました」
レーシュは背筋を伸ばし堂々とした顔で人々を見渡す。
貴族、平民問わずに全員の注目を浴びながらも彼はいつもと変わらない様子だ。
「民たちよ、我々貴族と平民の間でこれまで多くの確執があった。それは貴族が横暴だったからだっただろうか? 平民が怠け者だったからだっただろうか?」
彼の静かな演説が始まった。
「それは今日示された。空の魔王と海の魔王が同時に攻めてきた時に貴族、平民関わらずにこの地の防衛のために尽力をしてくれたことを私はしっかり見ていた。我々は天災に近い三大災厄のせいで彼らへ向ける憎悪や殺意を同じ人間に向けるしかなかったのだ」
彼の言葉に頷く者が出てくる。
「これまで災厄と呼ばれる奴らが通った道に何があったかご存知だろう。人の亡骸が転び、我々は余った土地へ逃げていった。だがこの地はどうだ? 全てを跳ね除け、我々は新たな明日を手に入れている。これは貴族だけのおかげだろうか? 平民だけのおかげだろうか? いいや、違う! 我々は元々は協力すれば三大災厄すら恐れるに足りない存在だったのだ!」
レーシュの言葉に熱が入り始め、人々も少しずつ熱を帯び始めいるようだ。
彼の言葉が人々の心に訴え始める。
「今日よりこの地は貴族がただ統治する町ではない! 貴族も平民も関係なく手を取り合って魔力だけに頼らない地を作る。貴族は知識と人脈を提供し、平民は才と行動で発展を手伝ってもらう! まずは最初に私が示そう!」
レーシュは言葉を終えると、私へ体を向ける。
──えっ!?
何も伝えてもらっておらず、周りからも視線が多く向けられる。
即興で行動できるほどの器用さがない私はどうすればいいかと固まってしまった。
「全ての民に紹介しよう。空の魔王を追い返し、全員で足止めした海の魔王を一刀の元に沈めた英雄を! 彼女こそが次代の剣帝、いいや……剣聖、エステルッ──!」
海賊と騎士を中心に拍手が巻き起こる。
本来なら女の私が倒したなんて信じるものは少ないだろう。
だが同じ場所にいた騎士たち拍手をするので、次第に拍手が増え、ついには平民たちも次第に拍手していく。
レーシュがこっちへ来いと言っているような気がした。
私は不安な気持ちが出ながらも同じく前に行く。
──ひ、人が多い!?
私が矢面に出る機会が少ないのもあるが、これまでの人生でここまで注目される経験なんて皆無だ。
よくぞレーシュはこの中であんな大胆な演説をできると感心する。
レーシュが手を差し伸べるので私は手を取った。
横に立ち、一緒に人々の前に立った。
するとさらに拍手は大きく巻き上がり、私は少しだけ恥ずかしさと誇らしさがあった。
拍手がどんどん静まっていくタイミングでレーシュはさらに言葉を続ける。
「さらにここで一つ私も大きな発表をしようと思う。私は貴族と平民の垣根を越えさせる。それを私が示そう!」
突如私へ向きなおり、膝を折って右手を胸に当て、左手を私へ差し出した。
私は何をすればいいのだろうか。
「剣聖エステル、今日まで其方が支えてくれたおかげで私は生きてこられた。最高神の導きは偶然ではなく必然だった。お互いの身分のせいで私は自分の気持ちも偽ってきたが今日で確信した。我々に有った垣根などまやかしだったのだと」
彼の真剣な顔に緊張が混じり合っていた。
初めて彼が勇気を振り絞っているところを見た気がする。
「これから先、多くの障害があろうとも君がいれば乗り越えられる。だから、どうか──」
レーシュの言葉が止み、一瞬の間が空く。
彼の顔がどんどん赤くなるにつれ、私も体温の上昇を感じていた。
「エステル、君を愛している。だから、どうか私の妻になってほしい。私は君だけを愛し、君を守ってみせる」
レーシュのような情熱的な言葉や人々に対して心動かす言葉を私は持たない。
頭の中でごちゃごちゃと考えながらも出てきた言葉はたった一言だけになった。
「は、いッ──!」
右目から一筋の涙が出ながらも私は彼の左手に右手を差し出した。
彼の手を取ることが正解なのかは分からない。
それでも今だけはこの幸せを感じてもいいだろう。
多くの拍手がまた巻き起こり、多くの祝福をもらっている気がした。
ふと一際大きく手を振る人物に気が付いた。
──フェー!?
あの子も私に大きな祝福をくれている。
レーシュは私の手を握りしめて立ち上がり、二人で人々に体を向ける。
「この港町アトランティカは大きく変わる。今日よりこの港町は期待を込めて、こう名付けよう! 海聖都市モルドレッド!」
いつまでも続くと思うほどの拍手がこの港町で起こる。
誰もが新たな明日を期待せずにはいられない。
そんな希望がこの町で生まれつつあった。
私はフェーがどんな顔をしているのかと先ほどまでの場所へ目を向けると、サリチルがフェーを抱き上げてその場を離れていく。
ぐったりとしたフェーを見て、私の心臓が強く締められるのだった。
第二章 側仕えは慌てて駆け出し、嫌われ貴族は無様に転んでしまう 完
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