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側仕えと神使

 戦いが終わってもまだ一波乱の予感を感じさせる。

 王国騎士は海賊をこの機会に一掃しようとしており、レーシュもまた国王から要請を受けていた。



「レーシュ……」

「ああ、せっかくこれから祝杯でもあげようと思っていたのに邪魔な奴らだ……とは言ってもどうやって追い返すか」


 レーシュも下手に王国騎士団には手を出せない。

 領主から派遣されている騎士たちはというと戸惑っている様子であり、おそらく海賊討伐を聞いているが、協力して魔物討伐をしたせいで本当に討伐をしていいのか躊躇いがあるようだった。

 そんななかでも海賊であるウィリアムは誰であろうとも変わらずの声をあげた。



「おいおい、殺気を垂れ流しでいい度胸じゃねえか、えぇ!」



 ウィリアムも自分たちが狙われていることに気が付いたようで、好戦的な野獣のような顔をのぞかせる。

 それは王国騎士の先頭にいる男に向けられているようだった。

 フルアーマーで顔は見えないが、相手も剣を抜いたので応戦の構えを取る。


「王国騎士団長様じゃねえかよ、あぁん!」


 ウィリアムは水の上を走り、迫り来る王国騎士に向かっていく。

 さらに空を強靭な足腰で飛び、狙いの騎士に拳を放つ。

 王国騎士団長も剣の腹でその一撃を止めると周りにいる騎士たちが余波で吹き飛んだ。

 だがそれでも王国騎士団長はしっかりとその一撃を止めていた。



「ならこれてどうだああああ!」



 止められても止まることなく連続で拳を放つと、ウィリアムの重い一撃に王国騎士団長も後ろに下がるしかない。

 王国騎士団長もまた防ぐだけでは勝ち目がないことを知り、隙を見て反撃を繰り出していく。

 しかしウィリアムの拳は剣を弾き、お互いに決定打が決まらないまま戦いが続く。

 他の騎士たちもサポートをしたいが、二人の戦いが苛烈すぎて間に入れないのだ。



「私が止めに入りましょう」



 ラウルが仲裁をしてくれるのは名案だと思ったがレーシュは非難げに口を尖らす。



「他国の貴方が仲介に入ったら話がこじれますので何もしていただかなくて結構です。せっかく根回しをしたのに教王から貿易を断られたのですから、あまり下手に動かない方がいいのではないですか?」



 ラウルは少しムッとなり、言い返そうとした時に聞きたくもない声が飛んでくる。



「ふふ、まさか海の魔王を討伐してくれるとは……あとは海賊を倒せば私の手柄が大きくなる」


 領主の側近の一人である怨敵ジギタリスが護衛を引き連れて騎獣で空を飛ぶ。

 ジギタリスがニタニタと気味の悪い顔を作って、レーシュからの手柄を取ろうとしているのは明白だった。


「領主の騎士たちよ! 王国騎士に続き、海賊たちを一網打尽にしろ!」



 ジギタリスの言葉は騎士たちに多くの波紋を広げる。

 チューリップもまたこれに従うべきか悩んでいるようだ。

 騎獣を走らせたチューリップはジギタリスへ確認をする。


「ジギタリス殿! 確かに貴方様からその話は伺っていますが、未だアビから何もご連絡が来ておりません。本当にアビの御意志なのか?」



 返り血で汚れているチューリップは顔色が悪くなっていた。

 肩で息をして、汗も大量に流れており、いつもの豪傑さが薄れているため、ジギタリスも強気に交渉できるのだろう。



「所詮は荒くれ者、市民権すらもうすでに抹消されている者たちだ。たとえこの者たちを始末したとしても、領主からお咎めもなく、それどころか多くの褒賞が来るであろう! もしや魔力切れを起こしているから休ませて欲しいなどと、豪傑なチューリップ殿が負け犬のようなことを言うまいな?」



 煽るようなことを言うジギタリスに対して、チューリップも諦めてしまったのだろう。


「ほら、早くいけ! あそこで王国騎士団長がウィリアムを足止めしているのだ! 今なら一網打尽にできる! 私の言葉はアビ・ローゼンブルクの言葉だと──」



 ビュッと風切り音が聞こえ、ジギタリスは騎獣から吹き飛んでいく。


「矢?」


 私にはそれがしっかりと見え、ジギタリスの襟を射抜いて飛んでいっているのだ。

 そして教会の屋根の部分に矢が刺さって止まった。

 飛ばされた本人は何が何だか分かっていない様子で怯えてビクビクと口を震わせる。

 一体どこから飛ばされたのか、矢が通った道を辿っていく。

 するといつの間にかこちらにまでやってくる騎士団が見えた。

 その先頭では、弓矢を放った体勢で騎獣に跨る女性がにこやかな顔で向かってきている。


「レーシュ、あれって領主様ではないですか?」


 私が指を指すと、レーシュも頷いた。


「ああ、さっきのは魔道具の矢だ。あれほど離れた距離でも減速せずに正確に狙えるのは、領主の高い魔力しか出来ない芸当だ」



 もしかするとまたレーシュの手柄を取るために来たのかと、領主の登場には多くの思惑を疑ってしまう。

 チューリップ率いる騎士団も領主が来たことで一斉にその近くまで騎獣を走らせる。



「アビ・ローゼンブルグ! どうして貴女様がこのような場所まで来られたのですか!」


 チューリップが領主に尋ねると、彼女は笑っていた。

 それに答えず、領主は戦いを広げているウィリアムたちへ大きな声をあげる。



「王国騎士団及び海賊は戦いをやめなさい!」



 張りのある澄んだ声に誰もが耳を向ける。

 それはウィリアムも王国騎士団長も例外ではなかった。

 戦いが一旦終わり、一度二人も距離を離れた。


「この領地の管理は私がしております。ドルヴィといえども今回のは侵略に等しい行動です。弁解はありますか、王国騎士団長殿?」



 王国騎士団長の表情は兜によって見えない。

 だがその声はしっかり届いているようで返事をする。


「ドルヴィの言葉は全てに優先される。そこで磔にされているジギタリス殿から了解も得ているはずだ」



 どうやら今回の経緯は全てジギタリスが仕組んだことであったが、領主まで話が進んでいないようだった。

 ジギタリスもずっと怯えているだけではなく、領主に対して主張を始める。


「アビよ! これは貴女様のためなのです! 海の魔王は我ら屈強なるアビの騎士団によって討伐し、これまで町を不法にも占領していた海賊も一掃できるチャンスなのです!」



 よくぞここまで何もしていないのにそこまで言い切れるものだ。

 領主の目がジギタリスへと向けられ、顔は笑っているのに目が笑っていない。



「王国騎士団長殿、今回出動された名目はなんでしょうか?」

「知れたこと。市民権がない海賊の一斉駆除だ。領主たちも前から手を焼いていたのだから、我々が退治しようとしたに過ぎん。お礼を言われるならまだしも、そのような非難を向けられるべきことではない」



 その傲慢な物言いが、その兜の下にある顔をある程度予測させられる。



「おいおい、領主さんよぉ? どっちでもいいが、そろそろこいつをヤっていいだろ? それともあんたら全員で掛かってくるか? 元々俺たち海賊が誰かに守ってもらうつもりなんてねえ!」



 ウィリアムもまた戦いを止められたせいでイライラしているようだ。

 怒りの殺気が飛び散り、一斉に騎士たちが領主を守ろうと前に出る。

 だがそんな殺気を受けてもなお、領主は平然としていた。



「王国騎士団長殿、勘違いされております。海賊はもうすでに市民権を得ていただいておりますゆえ」


 領主の護衛騎士が箱を取り出し、その中に多くの書面が入っている。

 おそらくあれが市民権を保証するものだろう。



「ウィリアム海賊団はこれより神国との貿易の要となる使節団となります。私の領民を私の許可なく攻撃することを許した覚えはありません」



 いつの間にそんなことが決まったのだ。

 私だけ知らないのかと思ったが、ウィリアムもまた目を見開いており、その目がレーシュへ向けられた。



「てめえ、勝手に俺をお前らのお使い役にしたな!」



 レーシュは、ハハッ、笑って目を逸らした。

 しかしそれを許さない者もいた。



「アビよ、まだ知らないのも無理がありません! 神国から正式に今回の貿易は断られております! 元々は彼らに更生の機会を与えるつもりだったのでしょうが、肝心の貿易の計画が頓挫したのなら、厄介者は今すぐにでも退治する方がいいでしょう!」



 ジギタリスは性懲りもなく口を挟む。

 その言葉に王国騎士団長も乗っかる。


「だそうだが? 私もこいつらのような害虫は早めに駆除してしまったほうがいいと思っている。将来的に貿易が可能になったときに人材を見極めればよろしいのではないですかな?」


 言葉は理性的に見えるが、その声には今すぐウィリアムを討ち取りたいという願望が聞こえるようだった。

 さらに王国騎士団長はラウルへ目を向けた。



「そこにおられるのは神国の英雄ラウル殿ではありませんか?」

「いかにも。其方らのいざこざには興味がないため、私のことは無視していただけると幸いです」



 ラウルは我関せずとそれ以上の言葉を望まぬと意思表示をした。

 しかし王国騎士団長はラウルへと命令する。


「神国の教王からも其方を自由に使っていいと言われている。主の命令を背くことは背信に当たるのではないかな?」

「勘違いされているようですが、私の主人は別に定めております。そして何より貴方に私の忠誠を試される覚えはない」


 ラウルの拒絶の言葉に王国騎士団長も言葉を詰まらせる。

 兜越しでもなんとなく分かる。

 あの兜の下は怒りで真っ赤になっている違いない。



「あら、おかしいわね?」


 領主が首を傾げており、護衛騎士が小さな箱を取り出してその中身を領主へ渡した。



「ここにある書状ですと、今回の貿易に関して承諾の旨が書かれていますの?」



 ニコリと笑う領主に反対に全員が目を見開く。

 どうして領主とジギタリスで言葉が違うのか。


「領主よ、そんなはずはありません! ここにある書状も間違いなく神国の紋章が入っております。それに教王の名前も入っておりますので、間違いなく正式な書状です!」



 ジギタリスが懐から書状を取り出す。

 あれほど必死な顔で言われると本当のことを言っている気もするが、一体どっちが本当なのだろう。

 その理由もすぐに分かるのだった。



「あらあら、そういうこと。ジギタリス、それなら残念ながら貴方の書状は無効ね」

「ど、どういうことですか!?」



 ジギタリスがわなわなと震えながらその意味を問う。

 だがそれは別の人物が答えるのだった。


「私が書いたからじゃよ」


 神殿の扉が開かれ、青い髪の少女が現れる。

 まだ幼いながらもしっかりとした物言いと聡明さを感じる目は彼女を神秘的に見せる。

 その幼き姿に対して敬意を示したのは領主自身だった。



「一体誰だ、あれは?」



 レーシュも知らないようだが、私は一度だけ会っていた。

 森で迷子になっていた令嬢で、名前はレティスと名乗っている。



 この場で彼女がどのような位置付けかは、ラウルと領主くらいしか把握をしていない。

 他の者たちもざわざわと、彼女の正体について話し合っていた。



「これは、これは神使様。まさかこのような場所においでだなんて……知らなかったとはいえ、大したおもてなしも出来ず申し訳ございません」



 神使の言葉が出た途端にレーシュの顎が下に伸びた。

 どうやらかなり身分が高いらしく、一斉に騎士たちが騎獣から降りて地面に伏した。

 レーシュもまた膝を折っているため私もラウルの背から降りようとした。



「エステルさん、もう少しお付き合いいただけますかな? あの方の元までお連れしたいですので」

「えっ!? でも……」


 私はレーシュを見て許可を取る。

 彼も頷いて私が向かうのを許してくれたので、ラウルの騎獣でレティスの近くまで向かうのだった。

 そして地面に降り立ち、彼に手を引いてもらって降ろしてもらう。

 ラウルが膝を折って忠誠を示すので、私も同じく膝を折る。


「ご苦労じゃったの、ラウルよ」

「いいえ、今回の手柄は全てエステルさんにあります」


 ラウルは手を胸に当てて、彼女への忠誠心を表す。

 もしかすると先ほど教王ではない誰かに忠誠を誓っていると言ったが、このレティスがその本当の主人ではないだろうか。


「エステル、其方は本当によくやってくれた。長らく好き勝手暴れた海の魔王をよくぞ討ち取った」

「い、いいえ……。あのぉ、レティス様は一体……」


 この場で、何者なんですか、と聞いてもいいのだろうか。

 だが彼女も胸を張って私の疑問に気付いてくれた。



「うむ、私は神国の神使、レティス。最高神スプンタマンユのお言葉を伝える者じゃ」



 私はその言葉を聞いてもさっぱり意味がわからなかった。

 教王は、こちらと同じ国王と同じくらい偉い人と認識はしているが、神使の立場というのがよく分からなかった。

 そこでラウルが助け船を出してくれる。


「エステルさんは他国に疎いようですので、私から説明させていただいてもよろしいですか?」

「なんと!? うむ、呆けていると思っておったが、神使という立場はこちらでは珍しいからのお、ラウルよ説明を許す!」

「はっ!」



 敬うしく手を胸に当て、お辞儀をした後にラウルは私に説明する。


「神国では最高神の御言葉こそ絶対。もしレティス様がいなければ誰も最高神の御言葉を聞けなくなるため、レティス様の血筋は絶対に絶やすわけにはいきません。教王は実務面で国のために動く立場ですので、特に血族に拘りはありませんし、さらには実子が教王の立場になれないように決められているため、教王は一代限りとなります」

「それって……」


 話を聞く限りレティスはかなり高貴な血筋ということだ。


「うむ、実質的には私が神国の本当の君主じゃ。じゃが流石に私は最高神の御言葉を伝えることで忙しく、国のことは教王に任せておる」



 レティスが神国で一番偉いことは分かったが、どうしてこの国に来たのだろう。

 レティスの顔が領主へ向く。


「さて、アビ・ローゼンブルクよ。私たち神国は其方らと貿易を望んでおる」

「それは願ってもないお話でございます」



 お互いに話はついているようで、貿易はこれで進んでいくだろう。

 だがそれに不服を唱えるものもいた。


「待たれよ!」



 王国騎士団長が空からこちらに降りてくる。

 ラウルは何があってもいいように前に出て、警戒を怠らないようにしている。

 地面に降り立った騎士団長をレティスは胡散臭い目で見ていた。


「なんじゃ? 私が本物の神使か疑っておるのか?」

「いいえ、その髪は伝承に名高い青の髪。そしてラウル殿が守るのならそれに相応しい立場のはずです。ただこのまま帰しては我が国の恥。どうか国王であるドルヴィの城で歓迎をさせてくださいませ」



 騎士団長もまた膝を折って敬意を示す。

 先ほどまでの傲慢な態度が嘘のようだった。



「うむ、私も元々はドルヴィに話があったのじゃ。じゃがその前に貿易についての調印式を結ぶ。この土地の代表者であるアビ・ローゼンブルクよ、その準備を進めてくれぬか?」

「それでしたら、今すぐ行いましょう。場所は街の広場をすぐさま式典用に整えましょう。半数の騎士にはもうすでに命令して準備を進めております」



 流石は領主であり、全ての展開を読んでいるようだった。

 そして一瞬、レーシュと目線を交わし、レーシュの口元が笑っていた。

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