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側仕えは魔の海を清める

 港の方へ着くと海賊と騎士たちが協力して海の魔王を足止めをしていた。

 騎士たちは空から攻め、海賊たちは船から何かを海の魔王目掛けて投げて爆発させていた。



「爆弾か……威嚇が精一杯だな」



 レーシュの言う通り、海の魔王に対してダメージは与えていないだろう。

 その時、海を走っているウィリアムを見つけた。

 まるで平地と変わらない速度で海を渡っており、鍛えられた両腕で竜の胴体へと何度も拳をぶつける。

 だがそれをずっと許してくれる相手でもなく、鞭のように胴体をしならせてウィリアムを吹き飛ばした。


「うぉおおおお!」


 摩擦のない海では止まることができず、何度も海でバウンドしてこちら側の岸までやってきた。

 一度海に沈んだ後にまた上がってくる。


「くそっ! 強すぎだろ!」


 悪態を吐くウィリアムのところへラウルの騎獣が向かう。

 しっかり守り切ったおかげで、未だ海の魔王もここにたどり着けていない。

 それを労うのはラウルだった。



「足止めご苦労。海賊王に恥じない戦果だ」

「っけ! 何が戦果だ。っで、空の魔王は倒したのか?」

「残念ながら、逃がしてしまいました。エステルさんに助けられましたがね」



 ラウルが後ろの私をみて、ウィリアムも私を見る。

 そしてウィリアムが頭を下げた。


「嬢ちゃん、すまねえ。力を貸してくれ! 俺じゃあいつを倒せねえ!」



 海賊の頭が相手に頭を下げるのは本来タブーのはずだ。

 荒くれ者は強さこそが至上主義であり、誰にも屈しないからこそ無法者として生きていける。

 だがそれをおかしなこととは、ここにいる二人の貴族は馬鹿にはしない。

 私もまたみんなの安全を脅かすものは倒す。


「レーシュ、ここからは私とラウル様で向かいます」


 レーシュもここから先は足手まといになるのはわかっているので、素直に騎獣から降りていく。



「いいか、絶対に怪我をするなよ」

「分かっています」

「ならよし、これが終わった後は任せろ。海の暴君の時代は終わり、自由な海を解放する。明けない夜なら明けさせてやればいい。お前は今日から本物の英雄だ」

「重っ苦しいですが、背負ってみせます」



 レーシュの腕が伸びて握り拳を向ける。

 私はその拳に同じく私の拳を当てるのだった。



「では行きましょう! 私があちらまでお連れします!」

「なら俺が足場を作ってやる!」



 ウィリアムが海の上で足元の水を両手で触る。

 そしてそれを扉をこじ開けるように少しずつ水を割っていく。


「うおおおおおお!」



 大きな雄叫びと共にウィリアムの力が発動する。

 海に好かれし海賊王が海の魔王までの海の道を二つに割り、先ほどまであった海だった場所が私が通れる以上の幅で地面が見えていた。


「すごい……」


 海がこのように人の言うことを聞くのに驚きだ。

 流石は海に愛されていると自分で言うだけはある。


「確かにすごいですが、陸と空の魔王を撃退した貴女の加護ほどではありませんよ」

「絶対私の加護より実用的ですよ」


 ラウルから褒められるが、あまり汎用性があるものではなく、ただ敵を倒すことに特化したものでしかない。

 ただそれは役割の問題であり、私はその役割を全うしよう。


「では掴まってください!」



 ラウルの背中にしがみつき、割れた海の間を進む。

 戦いの音が聞こえてきて、この異様な海の現象に驚く者も多い。



「ラウル様だ! 槍兵の勇者が援軍に来られたぞ!」



 一人の騎士がラウルの名前を出したことで、鈍っていた戦意がどんどん復活しているようだった。

 貴族の中で英雄視されるラウルの存在は貴族にとって大きな意味を持つようだ。


「あの後ろの女は誰だ?」

「モルドレッドの側仕え……なのか?」



 どうして私がラウルの騎獣に乗っているのかは、事情を知らない者からしたら不思議だろう。

 剣帝の鎧を着ていないので、あれの正体が私と夢にも思うまい。


「騎士たちよ!」


 後ろから大きな声が聞こえた。

 レーシュがどんな方法を使っているのか分からないが、こちらまで大きな声を届けているのだ。


「とくと見よ! 全ての戦士の頂点を継ぎし少女の戦いを! 剣帝は遥か昔に去ってもなお、それが途絶えることはない。時代が代わろうとも、魔を討つ勇者は存在する。次代ナビ・モルドレッドが称号を与える。剣聖よ、その力で海の王レヴィエタンを討滅しろ!」


 ざわざわと周りが騒ぎ出す。

 海賊は喝采を、騎士たちは戸惑いを。

 各々が違った反応をして、私たちへ意識が向けられる。



「ふんっ、食えない男だ。私の称号も霞ませるとは。だがあの男のやり方は痛快でいい!」


 ラウルの騎獣はさらに速度を上げていく。

 私は馬から地面に飛び降り、その加速を利用してさらに距離を詰めた。

 全身全霊を持ってこの剣聖の力を振るう。



「海の魔王レヴィエタン、貴方はこの試練に耐えられるかしら? 私が数年にも及ぶ修行の世界を堪能してもらいましょう」



 この力の制御は難しく、少しでも心が乱れると思った技とならない。

 これは心で剣を振るう、最後の試練でもあった。


「グオオオオおお!」



 海の魔王がこちらへ一気に意識を向ける。

 凶悪な牙をのぞかせ威嚇して、他の騎士たちを無視してその長い胴体で何度も攻撃を仕掛ける。

 水飛沫が私の体を鞭打ち、海が後ろからどんどん流れ込んでくる。

 だが私の集中は常に海の魔王に向いていた。

 海の魔王は私へ水のブレスを放ってきた。



「そんなもので止められると思うなぁああ!」


 剣でブレスを切り裂き、その先にいる海の魔王へ斬撃を放っていく。

 どんどん近づく距離に、海の魔王の恐怖が伝わってきた。

 それでも逃げずに私を殺そうと殺気を放つ。


「決着よ、剣聖“一騎当千”!」


 世界が変色していく。

 海が草原へと変化していく。

 先ほどまで夜だったのに、太陽が真上で照らしていた。



「グオオオオお!?」



 海の魔王は突然慣れた水では無くなったことに戸惑いを見せた。

 初めてその全長を確認できる。

 戦っていた海賊や騎士たちも飛ばされてきたので、全員が不可思議な現象に戸惑いを見せていた。

 海賊船だけは消え去り、海賊たちは草原に放り出されていた。


「エステルさん! いずこに!」



 ラウルは騎獣で空を飛んだまま、私を探している。

 だがまだ私は出られない。

 この世界のルールを守らなければならないからだ。



「お、おい! あいつらって!」

「ああ、間違いねえ! 剣帝の試合に現れた奴らだ!」



 地面から千の甲冑の戦士が現れる。

 その姿に見覚えのある海賊たちは悲鳴を上げていく。



「おい、嬢ちゃん! 今度は大丈夫なんだろうな!」



 ウィリアムは大声を上げて私へ確認をしようとする。

 ウィリアムとラウルはこの戦士たちに痛い目に遭わされたと聞く。


 ──大丈夫、今なら操れる。


 私が敵だと認識しているのはあそこにいる海の魔王だけだ。


「よくぞ参った、海の魔王レヴィエタン」



 私の声がこの空間で大きく響き渡る。

 突然の声に周りが私を探してキョロキョロしていた。



「この試練に乗り越えれば、この一騎当千の力がそなたに加護をもたらすだろう。覚悟は良いな挑戦者?」


 甲冑の戦士たちが一斉に海の魔王目掛けて走り出す。

 千の軍隊が殺気を出しながら迫る様子は異様であり、味方たちですらその恐怖に味方かどうか判断がついていない。



「てめえら、逃げろ! 海の魔王は嬢ちゃんに任せな!」

「「イエッサ!」」


 海賊たちは頭の一言で我に返りすぐさま離れていく。


「わがはいたちも退くぞ! これは我々の立ち入れるものではない! 全員退避!」

「はっ!」



 騎士たちもチューリップの声に従ってどんどん後退していく。

 これでもう何も心配はいらない。



「グオオオ!」


 海の魔王は迫り来る軍勢にその巨体で薙ぎ払う。

 その一撃は強く、百近い戦士たちが戦闘不能になった。

 だがそれでもまだ戦士たちの数は十分にある。


「「があああ!」」



 甲冑の戦士たちが雄叫びを上げながら、一心不乱に海の魔王に剣を突き刺そうとする。

 だが海の魔王の守りは甘くはない。

 息を大きく吸い込み、口から水のブレスを吐き出した。

 一気に片をつけようとしている。

 だが甲冑の戦士たちは前衛を盾にするように密着して、真っ向からその力を受け切る。

 ジュワッ、と鎧が溶けていき、前衛の戦士たちが中身のない鎧の中身を露わにする。



「あのブレスは酸も含まれるのか……。だがこのままでは防戦一方。エステルさん、見守るしかできない私の非力をお許しあれ」


 ラウルは悔しさで唇を噛んでいる。

 だが私はそれを責めることはない。

 この力はこの時のためにあったと今では思う。


「グオオオオお!」


 レヴィエタンは一気に片を付けようと、首を後ろに下げて、助走をつけてから大きな口で戦士たちをまとめて牙で破壊しようとする。

 だがそれは戦士たちにとっても好都合。

 通りすぎる間に長い胴体が仇になり、戦士たちの何人かが海の魔王の背中に飛び乗る。

 そして剣をどんどん突き刺していった。


「ギャオオオオオ!」



 一斉に突き刺されたことで痛みに悶える海の魔王。

 紫の血が飛び散り、暴れるように騎士たちを振り落としていく。

 だがその隙に他の戦士たちが近づき捨て身の一撃をどんどん放つ。

 恐怖を知らない戦士たちは数を減らしながらも、確実に海の魔王の体力を削っていく。



「おい……あれは大丈夫なのか?」

「もうほとんど残っていないぞ!」


 騎士たちは焦りの声を出す。

 初めは甲冑の戦士たちが優位に見えたのに、海の魔王の攻撃は確実に敵を破壊していき、もうすでに数は百を割ろうとしていた。


「小癪ナ人間メ!」


 陸の魔王と同じく、海の魔王も人語を放った。

 怒りの声が人々の恐怖心を煽り、一掃するためまた大きく息を吸い込み、残る戦士たちが一斉に溶けてしまった。


「お頭! 逃げましょう!」

「あぁん? 何言ってやがる」


 海賊の手下たちがウィリアムに逃亡を促す。

 だがウィリアムは腕を組んだままその戦いを強く目に焼き付けていた。



「これから面白いことが起きそうじゃねえか!」



 一つ目の試練が終わり、やっと私も戦える。

 この世界で与えられる赤い軽装の鎧を身に纏う。

 速さこそが私の大きな武器であるため、必要最低限の防具だけで体を守る。

 剣はレーシュから貸し出されている普通の鋼の剣。



「オ前ガ剣カ?」


 私は海の魔王の前に現れ、お互いに視線を交わす。

 こいつも私を剣と呼び、元から知っていたことを匂わせる。

 いくら考えてもその理由を知る術はなく、私は戦いにだけ集中する。



「ええ、そうよ。これが最後の試練。“剣聖“の舞いを魅せましょう」

「笑止!」



 海の魔王はカッと目を見開き大きな顎で私を噛み砕こうとしてくる。

 だが今の私には止まって見えた。


「はああああ!」



 その口が私に到達する前に無数の斬撃をその顔に放つ。

 血飛沫をあげ、竜の口から大きな痛みの声が漏れた。



「グオオオオオ!?」



 悶えている間に私は次の攻撃を仕掛ける。

 長い胴体を片っぱしから攻撃する。


「天の支柱!」



 腕に力を送り、殴打を繰り返す。

 流石は伝説の魔物であり、切り落とすには鱗が硬く力が足りない。

 だがそれでもダメージは入っていた。



「オノレ、オノレ!」


 怒った海の魔王は何度も胴体で薙ぎ払いを行う。

 だがそんなものは食らわない。



「はぁぁぁあ!」


 避けては何度も攻撃を繰り返し、海の魔王はとうとう地面に伏した。


「コレ程トハ……加護ニ頼ル、人間風情ニ!」


 人間にやられることは屈辱なようで唸り声をあげていた。

 しかし私の体も限界に近づいている。


「ハアハア……」



 膝をついて、剣で体を支える。

 あまりにも大技を連発しすぎてもう体力がない。

 さらにいえば、今日だけで一騎当千を二度も使っている。

 頭痛もひどく、全身がまるで裂けそうだった。

 それを見た海の魔王は高笑いをする。



「フハハハハハハ! 体ガ加護ニ耐エラレンカ!」



 相手も満身創痍でも元々の体力が違う。

 勝ち誇ったような声をあげ、首を起こして口を大きく開ける。


「オ前ラ、人間ニ安息ノ日ナド来ナイ!」


 死が迫ってくる。

 あと一回頑張ればいいだけだ。

 私は体を奮い立たせ、上へ跳躍する。

 海の神の顔が真下に来て、空から剣を下に向けた。


「あんたがいい奴じゃなくてよかった」


 その最後の言葉と共に腕に力を入れ、相手の脳天目掛けて突き刺した。


「第一の型、芹!」



 切先に力を一点に絞った。

 相手の頭を破壊する。


「ガアアアアアアアア!」



 暴れる海の魔王から私は振り落とされ落ちていく。

 もう自力て立つことはできない。

 このまま落ちたら少し危ないと思っていると体がふわっと浮いた。



「まさか本当に倒して見せるとはね」


 ラウルが私を助けて騎獣で空を飛ぶ。

 その時に海の魔王が完全に倒れ伏し、何も発しなくなった。

 特有の強大な気配もどんどん薄れていく。


「エステルさんの手柄を取るようで申し訳ないが、勝利の勝ち鬨を上げて、本当の終わりとしてもいいですか?」

「構いません……」


 もうそんな力も残っておらず、私が言っても盛り上がらないだろう。


「皆の者! 剣聖の代弁者ラウルが告げよう!」


 ラウルの声が響き渡ると同時に、草原の世界がどんどん崩れていく。

 一騎当千の力も終わり、世界が元に戻っていっていた。

 朝日がちょうど昇り始め、海を照らしていた。


「海の魔王レヴィエタンを討ち取ったり!」

「「おおおおお!」」



 喝采が上がり、騎士も海賊も関係なく大声で声を張り上げた。

 騎士たちは手を握り合い、海賊たちは抱き合って喜び合う。

 ラウルは役目を終えたと、ゆっくりと元の岸まで運んでくれた。


「よくやった!」


 レーシュの声が聞こえてくる。

 だが私の様子を見て一気に顔色を変えた。


「おい、ラウル! エステルは大丈夫なんだろうな!」

「おそらく加護を長時間使った影響でしょう。脈もしっかりしていますので、疲労感が強いだけだと思います」


 私の手首の脈を測り、大事はないという判断だ。

 レーシュもホッとしたようで、私も騎獣から降りた時に空から多くの気配を感じ取った。


「レーシュ、あれは騎士様?」

「なに? あれは、王国騎士団!?」



 海賊討伐の協力の依頼が来ていたことを思い出す。

 せっかく全てが終わったのに、まだまだ安息は遠いようだ。

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