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側仕えとの新たな道

 ジギタリスが突然やってきて海賊を倒す手助けを要求してきた。

 あれほど海賊を怖がっていたくせに、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。

 ふと体がざわめきだした。


 ──なんだろう、この嫌な感じ……。



 どうにも不安が押し寄せてくる。

 まるで何かとてつもなくやばいことが起きそうな感覚だ。

 その時、天井からこちらへ視線を強く送る気配を感じた。



「サリチルさん、一度席を外します」

「分かりました、私はレーシュ様の部屋の前にいます。こればかりはレーシュ様の判断無しでは動きようがありませんので。もし何か指示があってもいいように体を休めておいてください」

「かしこまりました」



 客間を出てから誰もいない倉庫へ入った。

 すると私の後を付けてきた人物が同じくドアから入ってくる。


「久しぶり。ヴァイオレットちゃん」



 猫耳の少女……ヴィーシャ暗殺集団の当主ヴァイオレット。

 別名ヴィーシャ。

 私の代わりに弟を守ってくれた腕利きであり、彼女に対抗できるのはウィリアムとラウルくらいらしい。

 まだ幼いのにそれほど鍛えられているのは、彼女が人間とは違う、獣人族だからだろう。


「お久しぶりです」


 いつもと変わらない様子だが、彼女も何かピリピリしているように見受けられた。


「弟を守ってくれてありがとう。無事だったのはきっとヴァイオレットちゃんのおかげだね」

「気にしなくていいです。フェーは面白い」


 いつの間にお互いに愛称で呼ぶ仲になったのかと少しばかり嬉しく、自分から離れて成長することに対する寂しさもある。

 しかし彼女はそれを伝えるために私を呼んだわけではない。


「本題に入る。魔物が押し寄せている。それもたくさん」


 やっぱりそうかと思った。

 私の気持ち悪さもそれが原因だと納得できた。

 あの陸の魔王といい、最近は立て続けに強敵と戦うのは果たして偶然なのだろうか。



「それともっとやばいのが来てる。海の方から、気持ち悪い何かが」


 ヴァイオレットが震えを抑えようとしている。

 彼女もまたプレッシャーを受け取り、次元の違う敵に恐れ慄いているのだ。


「そう……なら私の出番ね」



 ヴァイオレットでも厳しい相手ならウィリアムたち海賊でもかなりきつい。

 海賊を倒すため王国騎士から協力の要請が来ているが、魔物が来ているのなら話が変わる。

 私だけでは全ての人々を守ることはできないのなら、海賊たちから力を借りるほかない。


「ヴァイオレットちゃんはまたフェーを守ってもらえる?」

「分かった」


 ヴァイオレットがすぐに姿を隠した。

 足音が聞こえたので、見つかる前に消えたようだ。

 ひょこっと顔を出したのはマレインだった。


「エステル? どうしたのこんなところで?


 ヴァイオレットについては、レーシュとサリチルしか知らない。

 そのため私から言うこともできないのでうまく誤魔化そう。


「ちょっとね。それよりも何かあったの?」

「旦那様が出てきたの。サリチルさんが今報告している最中だから一応教えておこうと思ってたの」

「ありがとう。ちょうど私も話をしたいことがあったの」



 私はマレインと共にレーシュの執務室まで向かう。

 すぐにでも動かねば、取り返しがつかなく、

 どんどん肌を突き刺すような違和感が強くなっていく。


「エステル、落ち着いて」


 マレインから急に背中を触れられる。


「別に慌ててないよ」

「そう? 何だかずっと表情が固いから」


 彼女の言っていることに思い当たる節があった。

 私の都合でいずれ側仕えを辞めると言ってしまい、どうにも会う気まずさがある。

 気にしないで、と同僚に伝えようとすると、マレインは私を追い抜いてジーッと私を見つめる。


「何があったかは聞かないけど。もっと自分を大事にね。不安があれば誰かに相談して一緒に乗り越えることもできるよ」



 マレインの言葉が突き刺さる。

 私はまだレーシュに一方的に話しただけだ。

 もしかすると別のやり方があるのかもしれない。

 一度両手で頬をパチーンと叩いた。



「え、エステル……?」


 私の奇行に彼女は私の正気を疑っていた。


 ──頭の悪い私が考えても仕方ない。



 マレインへと笑顔を向けて、冷静になれたことに感謝する。



「そうね。行こう、マレイン」

「ええ、少し元気になってくれてよかった」



 少しばかりの勇気をもらい、レーシュの部屋へと辿り着く。

 扉は開放されているので中が丸見えになっており、サリチルとイザベルの姿もあった。


「あのガリガリ貴族め。また余計なことをしてくれたな」


 サリチルは一度情報の整理を行う。


「そうですね。しかしいかがいたしましょうか。教王からは貿易の拒否、王都からは海賊を倒すための協力。どちらにしてもレーシュ様が仰っていた港町の再建にかなり大きな影響を受けると思います」

「くそっ、もうガリガリ貴族は気にしないでいいと言ったのはどこのどいつだ」

「はい?」

「なんでもない」



 レーシュはどうしようか頭を抱えており、これ以上悩みを増やしたくはないが、こちらも後回しにしていいことではない。

 私はみんなの話を遮った。



「レーシュ様、もう一つ。ここに多くの魔物が来襲しようとしています」

「なんだと!? それは本当なのか?」

「はい。おそらくこの気配は海の魔王ではないでしょうか」



 海の魔王の名前を出すと、この場にいる全員が一瞬たじろいだ。

 長年にも及んで人間を苦しめた伝説の魔物が目前まで迫っているのだから怯えてしまっても無理がない。

 それでもレーシュはすぐに正気に戻り、まず対処すべきことを言っていく。


「まずは魔物が先だな。海賊にも協力はもらうが、騎士たちも動いてもらおう。ずっとサボってたんだ。今日くらいは徹夜で頑張ってもらうぞ」



 レーシュはサリチルとイザベルに指示を送る。

 チューリップというレーシュに好意的な騎士もまだこちらに滞在しているので、彼経由で騎士を動かしてもらうのだ。



「マレインとフマルは絶対に屋敷から出るな。エステルは俺と海賊のところに向かうぞ」

「かしこまりました」



 私とレーシュは馬車に乗って港の方まで急いで行く。

 二人っきりの状況では、先程の気まずさがまだ残っており無言の時間が続いた。


「レーシュ様」


 私がまずは話す。

 彼の目が私へ向く、息苦しさが強くなった。



「突然あの場で伝えてしまいまして申し訳ございません」



 頭を下げて謝罪をする。


「お前は謝ることじゃない。元々は弟の治療費のために俺のところで働いていたんだ。弟が治る見込みがあるのなら、お前の判断は正しい。ただ──」


 レーシュがこちらへ近づいている気配があった。

 ビクビクと待っていると突然両の頬を持ち上げられた。


「隠し事をするなとあれほど強く言ったのに全く聞いていなかったようだがな」


 笑いながらつままれ、私は固まった。



「い、いたぃでぅす」


 ようやく離されて、頬をさすった。

 まさかこの歳になって子供にするようなことをされるとは思ってもいなかった。



「俺の気持ちは変わらない。お前はどうだ? お前は俺と一緒にはいたくないのか?」



 真っ直ぐな目で見つめられ、言葉が喉に詰まった。

 ここで即答したいが、平民の私が貴族と結婚すればレーシュへの迷惑になる。

 それがどうしようもなく辛かった。

 レーシュの目が伏せられて、さらに私の心が重くなった。

 どんどん目の奥が熱くなっていく。


「無理を言った──」

「わたしは、わたしは……!」


 涙が自然と目から落ちていく。

 生まれの違う私がどうやってこの差を埋めればいいのだ。


「どうすれば、よろしい……ですか? どうしたらッ──!」


 どんどん涙が止まらなくなっていく。

 レーシュが慌てているがそれを気にすることもできない。



「レーシュの側に……居続けられますか?」



 私では答えが見つからない。

 剣以外で彼に貢献することができない。

 どうしたら魔力を持つことができるのかとずっと考えていた。


「エステル……」



 レーシュが体を起き上がらせ私を抱きしめた。

 甘えてしまっている自覚はあったが、このまま時が止まればいいのにと思ってしまう。

 涙を流していくとやっと落ち着いてきた。

 それを感じ取ったレーシュも一度体を離して、私の手を握って横に座った。


「わるい、お前を泣かせるつもりはなかった」


 レーシュが責任を感じて声が沈んでいた。

 私は慌てて彼に謝る。



「いいえ、レーシュ様に迷惑を──」

「さっきはレーシュと言ってくれたのにもう言ってくれないのか?」


 どこか子供のように拗ねている。

 だが私も思わず言ってしまったことを思い出して顔が熱くなった。



「あれは……その、流れで出ただけで……」



 言い訳をしているようでどんどん声が小さくなっていく。

 すると彼の笑い声が聞こえてきた。



「ああ、すまない。お前が慌てる姿が可愛くてな」

「ひどい! ならもう何も言いませんッ!」


 プイッと顔を背け、お互いに笑い声が出た。

 何だか一気に緊張が解けていった。


「エステル、お前の心配はもっともだ。魔力がこの国の全てであり、俺たち貴族はどうしたって縛られる。だがそれも終わりが近いと思っているんだ」



 レーシュはどこか遠くを見ているようだった。

 今日のフェニルも似た目を向けていた気がして思わず重ねてしまう。

 二人には一体どんな景色が見えているのか分からない。

 しかしそれは決して不安や悲観ではなく、前向きに何かを捉えているようだった。



「俺が今ある地位は俺なんかの家系じゃどう足掻いても本来はなれない。だがお前のおかげで俺はここにいる。そして貴族が魔物を狩っていた時代と比べ、今は平民も自分たちの食い扶持として魔物を討伐して、平民のウィリアムとヴィーシャを倒せる者は誰もいない。魔力があっても不作が続くのなら、俺たちはそれ以外の方法を模索するしかないんだ。そしてエステル、お前はもうすでに誰より大きな称号を手に入れそうになっている。本物の剣帝という称号を」



 行方不明になっている剣帝を私が名乗っている。

 本人が出てきてしまえばすぐに私が偽物だとバレてしまう。


「でもそれは前の人のものなので……」



 悲観的な言葉が出てしまう。

 だが彼は首を横に振った。


「言っただろう? 時代は変わっていく。世代交代は絶対に起きる。海の魔王を倒せば誰もが次の剣帝として認めざるを得ない。今後戦わなくてもだ。剣帝をエステルに塗り替えるんだ」



 これから力を失うかもしれないのに剣帝を名乗るということは、みんなを騙していくことになる。

 レーシュはそれでも私に言葉を続ける。


「いつか弟の体調が戻り、加護を返してもらうまでは俺がお前を守る。だからもし加護が戻ったらまた俺を支えてほしい」



 真っ直ぐと彼の目が語り掛けてくる。

 お互いが片方を守るではなく、お互いに最後まで支え合っていく。

 私と彼の関係は営利関係こそ相応しい。



「うん……でも私も足掻いてみせる」



 レーシュはフッと笑い、私へ命令をする。


「俺とお前がいればなんでも出来る。魔物も領主も王国騎士全てを俺たちのために利用しよう」


 彼から今回の作戦の全容を聞かされる。

 それに私は驚きながらも、必ずやり遂げることを約束した。

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