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側仕えとのすれ違い

 イザベルとレーシュがお互いに睨み合い、殺伐とした空気となる。

 一度レーシュは背もたれに背中を預けて、真剣な顔でイザベルを見るので、私はただ傍観するしかなかった。



「そのことについては考えがあると言ったはずだ。俺に二度同じことを言わせるのか?」



 レーシュは強い口調で問いかける。

 まさかレーシュがイザベルに対してそれほど強気な発言をするとは思わなかった。

 だがイザベルもまたその目に怯むことなく、冷静にレーシュへ諫言を述べる。


「現実的でないから止めているのです。魔力に頼らない領土を作りあげて、貴族の特権を壊すなんて」



 ──そんなことを考えていたの!?


 あまりにもスケールの大きい話についていけていない。

 だがレーシュもまた自分の考えに絶対の自信があるようだった。


「だからこそ俺には力がいる。運がいいことに海賊王の力を借りることができた。それがあれば下手に王国の騎士が来ようとも撃退できる。いずれはローゼンブルクを脱して、一つの領地となりアビになってみせる」

「それは領主様に弓を引く行為でございます」


 あまりにも無茶な考えにイザベルと同じく不可能ではないかと思ってしまった。



「無茶でもなんでもやる」



 いつもならレーシュの考えには黙って従う。

 だが今のレーシュはどこか普通ではない。

 イザベルもまたそれを感じ取っているのだ。


「あの領主様の怖さは坊っちゃまが一番分かるはずです。若くして他の領主候補を蹴落とした手腕の持ち主をどうやって出し抜くつもりですか? 近々視察で来られるとお話もあり、こちらの内情は全て筒抜けと思った方がよろしいですよ」



 イザベルの言葉にレーシュも痛いところを突かれているようだ。

 私のことを想ってくれるのは嬉しいがそれでレーシュが傷付いていいとは思えない。

 お互いに興奮してこのままでは仲違いしてしまう。



「レーシュ様、そのことなのですが……」



 私は話途中で口を挟んだ。

 もう後戻りはできない。

 レーシュは今のイザベルの言葉で私が責任を感じていると思ったのだろう。

 イザベルよりも私へ顔を向ける。



「お前は何も心配しなくてもいい。俺が──」

「私は海の魔王を倒したら辞めさせて頂こうと思っています」



 とうとう私は言ってしまった。

 だがこれしか方法はない。

 私は元々この腕を買われて雇われただけなのだから。

 レーシュとイザベルの両方がまるで時が止まったかのように動きが止まった。


「何を……言っている?」


 レーシュはまるで予想だにしていなかったと、目を見開いて口をパクパクと動かす。

 私とレーシュの関係を快く思っていなかったイザベルもまた、私がそこまで聞き分けがいいとは思っていなかったようで信じられないものを見るようだった。



「ずっとレーシュ様に隠していました。フェーの、弟の病気の治療法が分かったことを」



 どうしてそんなことを隠すのかレーシュたちは分からないだろう。

 喜ばしいことなのだから教えてもいいだろうと。

 だがそれは私にとって大きな意味になってしまう。


「なんだ、金が掛かるのか? それなら俺が持ってやる。お前の功績を考えたらいくらでも出せる」

「いいえ、正確には弟は病気ではありませんでした。弟も私と同じく加護を持っているみたいなんです」

「加護だと?」


 加護はまだ解明があまり進んでいない。

 そのため謎も多いらしく、人体に悪影響をもたらすというのもウィリアムから言われて初めて知った。



「弟の体は加護によって苦しめられ、その力を支える体力がありません。だから私の加護を弟に与えようと思います」

「加護を与える? 加護は渡せるのか?」

「はい。私のこの加護ももらったものです。鍛錬を毎日夢の中でさせられ、それ相応の力を現実世界で使うことができます。これがあれば弟は加護に耐えきれる体力を手に入れることができます」



 レーシュもイザベルも真剣に私の話を聞いてくれる。

 そしてここから本題に入る。



「もしこの力を弟に渡したら私はもう戦えなくなり、本当の普通の村娘に戻ることになります」



 そうなれば私は完全にお払い箱だ。

 身分も教養もなく、力もない私がこのまま残り続けたらレーシュはずっと批判を受け続けるだろう。

 さらに貴族社会では魔力が大事であり、全く素養を持たない私では彼のためにできることなんて皆無なのだ。

 レーシュの目が揺れており、まだ感情に理解が追いついていない。

 絞り出すように声を出してくる。


「本当に、力を無くすのか?」

「前に私にこの加護を与えた人は前の強さが嘘のように弱くなりました」



 レーシュが頭を抱え、そしてハッとなって私を見た。



「お前がずっと悩んでいたことはそれか……」


 黙って頷く。



「たとえお前が力を失ったとしてもここに残ればいい。それに別の方面からだってやれる。海の魔王より弟を優先してもいいからお前は残り続けろ」



 レーシュから感情的な言葉が出てくる。

 だが海の魔王は私でないと倒せないため、ずっと不漁が続くことになるだろう。

 あのベヒーモスと同格なら現状勝てる人間がいない可能性が高い。

 さらに言えば、レーシュは領主からこの町の発展を命令されており、この海の魔王を倒さなければいずれ罰せられるはずだ。

 これは私の最後の役目だ。


「いいえ、海の魔王だけはこれまでの恩のために必ず倒します。その後は弟と田舎に戻ります」


 これが最善の方法だ。

 貴族と平民では元々相容れない存在であり、この関係自体がおかしかった。

 これは私が引くべきである。

 そう思っていても彼の顔が私を引き止めようと必死になるのを見て決意が揺らぎかける。


「どうして、お前は……そんなに去りたいんだ?」



 レーシュから悲痛な声が絞られる。

 私も残りたかったがこれ以上はわがままだ。


「私とレーシュ様は営利関係……でしたよね。それなら私から利を与えることがもうできません。この身には魔力もございませんから、お互いにとっても、もし家族が増えても不幸になるだけです」



 レーシュはハッとなったが、すぐに口を結んで何かを押し込めた。

 そして席を立って執務室から出ていき、私たちに背を見せながら話す。



「近いうちに討伐を行う。その方がお前の弟にとってもいいだろう」

「ありがとうございます」

「それと……まだ加護が無くなったからといって本当に力が無くなるのか分からない。それが確認できるまでここにいろ」

「それはッ──!? ……分かりました」



 それは望みの薄いこと、と伝えようとしたが彼の背中が言うなと訴えているようだった。

 レーシュが廊下の奥に消え、私とイザベルだけが残った。

 重い空気の中で二人っきりで話す話題がない。



「貴女には悪いことをしたわね」



 イザベルが私を憐れむ。

 だが彼女もまたモルドレッドのために行動をしないといけないため、しっかりとした家柄と縁を結ばせたい気持ちは分かる。

 それも昔からレーシュを知っているのなら情だってあるはずだ。


「いいえ、イザベルさんの言う通りです。これから港町の責任者として生きていくのなら平民なんていない方がいいですもんね」


 自嘲的に言ってしまいイザベルも言葉を返せないでいた。

 お互いに黙ってしまった時に慌てたサリチルがやってくる。

 いつも冷静な彼が珍しくあたふたしている。

 執務室に入って部屋を隅々まで見渡しており、レーシュを探しているようだ。


「レーシュ様はどちらに行かれましたか!」

「サリチル、少し落ち着きなさい。筆頭側仕えの貴方が慌てすぎです」



 イザベルから注意をされて一度大きく冷静になったようだ。


「失礼しました。火急の内容でしたので、すぐにでもレーシュ様へお話がありましたので」

「何がありましたか? 今はゆっくりされたいと思いますので、一度私が聞いて判断させてくださいませ」

「そうですね。前から話を進めていた神国との貿易ですが、教王からお断りの返事が来ました」



 私とイザベルは揃って声を上げる。

 海の魔王を倒した後には、神国との貿易を行ない発展を促進させようという考えがあった。

 それなのに肝心の貿易先がなければ、海の魔王を倒してもそこまで意味がないらしい。

 イザベルは深く黙り込み、すぐに答えを出す。


「それはレーシュ様へお話をした方がいいかもしれませんね」



 今のレーシュとは話し辛いがそんなことを言っている場合ではない。

 三人でレーシュの部屋まで行ったが、鍵が掛かっており、入ることができなかった。


「レーシュ様! 至急お話をしたいことがあります!」



 いくら待っても返事が返ってこない。

 不思議なのはレーシュの気配が薄いことだ。


「何だかレーシュ様の気配があるようでないような気がします」


 サリチルはそれに思い当たることがあるらしく手を顎に当てた。


「もしかすると隠し部屋に入られているのかもしれませんね」

「隠し部屋?」


 サリチルから言われて私は記憶を引き出す。

 だがそれらしきものを見たことがなかった。



「完全に自分の世界に入りたい時に使ったりするものです。魔力が必要なので平民では絶対に入れませんし、許可なき者も入れません」


 また便利な部屋もあるものだ。

 そうなるとレーシュが自分から出てくるまでどうしようもないのだ。


「仕方ありません。レーシュ様がお出になるまで待たないといけませんね。ところでお二人はどうしてレーシュ様の部屋におられたのですか?」

「実は──」


 私の加護が無くなるかもしれないことはサリチルにも伝えないといけない。

 先ほどレーシュに話したことを全て話すとサリチルもまた驚愕の顔になった。


「そうですか……フェニルの病気が治ることは喜ばしいですが、エステルさんほどの逸材を無くすことも惜しい」



 サリチルもまた私のこの力を期待して雇ってくれたのだ。

 元々平民の私がフェニルの治療費を稼ぐには真っ当な手段では厳しく、もしかすると花街で働くしかなかったのかもしれない。

 申し訳ない気持ちがどんどん募っていくが、もうレーシュに話してしまったことで後には引けない。

 もやもやとする気持ちの中で遠くから呼ぶ声が聞こえた。

 マレインが慌てた様子でやってくる。



「サリチルさん、ジギタリス様がお越しです!」



 またもや嫌な名前を聞く。

 領主の側近でありながら、麻薬で人々を苦しめ今も自由に行動する男だ。

 色々と大変な時なのに、どうしてこう邪魔が入るのだ。



「追い返すこともできませんね。ここは私が対応しましょう」



 サリチルが案内する前に私たちは急いで客間の準備をする。

 正直なところ屋敷に入れたくないが、腐っても大貴族なのでそうはいかない。

 部屋の準備も出来たころにサリチルとジギタリスが入ってきた。

 一瞬ジギタリスが私を睨んでくるが相手するだけこちらが疲れるので気づかないふりをする。

 お互いにソファーに向かい合って座った。


「あの男は留守か。せっかく希望を打ち砕いてやろうと思ったのに」



 ニタニタと笑うその姿に嫌悪の気持ちが募る。

 また悪巧みを考えているのだろう。

 サリチルも油断なく相手の言葉を待っていた。


「まあいい。この書簡を渡してくれたまえ」



 丸められた羊皮紙を渡してくる。

 おそらくろくなものではないだろうが見ないわけにはいかない。

 サリチルが手に取り中身を見るとその内容に目を大きく開き、声を震わせながら内容を読んだ。


「王国騎士が海賊を討伐するため、ローゼンブルク領も協力を要請する……」



 サリチルは羊皮紙とジギタリスを交互に見る。

 これまで海賊に手を出せずにいたのにどういう風の吹き回しだ。

 ジギタリスは前のめりになりサリチルの動揺が収まる前に話を続ける。


「いかにも。たしかモルドレッドには強力な番犬がいるのだろう? 剣帝と呼ばれる平民のナイトがね。聞けば神国の英雄と海賊王の二人を相手に善戦をしたそうじゃないか。なら王国騎士団長もやってくる今なら海賊だって敵ではない」



 剣帝の中身は私のため、私がウィリアムと戦うということだ。

 だが今では海賊とは協力関係になっており、いまさら戦いたいと思える仲でもない。



「これはこの国の王であるドルヴィからの命令だ。拒否はすなわち反逆と取られてしまうぞ。いくらアビ・ローゼンブルクでもお前らを庇いきれん。明日にはこの町に到着すると聞いている。それまでに準備するようにあの男に伝えておいてくれたまえ」



 まるで楽しむようにこちらの反応をずっと見ている。

 何度も何度も邪魔してくるこの男を切り捨てたいくらいだ。

 ジギタリスはもう用は済んだと部屋から出ていくのだった。

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