側仕えと青の髪を持った少女
ベヒーモスを退けたのでまたレーシュの元へ帰りたいが、私が一人で帰ろうとする必ず道に迷う。
そのためレーシュから言われたのは焚き火を焚くことだ。
乾いた枝などを集めて火を起こす。
もくもくと煙が上がるので、いつ助けが来るか分からないので、消えたらまた点けないといけない。
──それにしてもどうして途中で帰ったんだろう。
私が出そうとした技に気付いたのかとも考えたが、急に敵意が消えて走り去っていったのだ。
まるで様子見のために来たかのように。
あんな挙動をする魔物はこれまであったことがなく、目的も分からない。
しかし私の役目は討伐ではなかったので、下手に深追いして何かが起こるよりはいいだろう。
それよりも気にしないといけないことがある。
「お腹減った……」
持てる力を出して戦ったので、かなりのエネルギーを使った。
少しばかり力技に頼りすぎたことを反省して、夢の世界でも活かさないといけないと自戒する。
森でのサバイバルは苦手ではないので、すぐさまお目当ての食料を手に入れて食事をしようとすると、森を歩く足音が聞こえた。
「こんな森の中に人?」
怯えを感じるような歩き方なので道に迷った農民かもしれない。
私が道案内をできるわけないが、食料を分けることくらいはできる。
その足音の方へ向かうと大きなお腹の音が聞こえてきた。
「うぅ……みんなどこに行ったのだ」
小さな女の子の声が聞こえてきた。
声もかなり心細さを感じさせるので、私は早足でそこへ向かった。
茂みの奥で不安そうに辺りを見渡している女の子がいた。
「大丈夫?」
「きゃー!」
声を掛けるとびっくりして声を張り上げられた。
頭を抱えて怯えるようにうずくまるので慌てて誤解を解く。
「落ち着いて!」
「あっ、うん。人間か?」
どうやら声に驚いただけですぐに落ち着きを取り戻した。
まだ十歳程度だろうか、小さな背丈をしており身に纏う服が彼女がどこの人間か教えてくれる。
「もしかして神国の方ですか?」
白いローブの下にラウルと似た女性用の白い制服が見えた。
服装は簡素ではあるが、絹のように綺麗な青色の髪が彼女を普通の貴族とは一線を画しているように感じさせる。
「うむ。 わたしの名前は……レティス。お主の名前はなんと言う?」
どこか老齢な喋り方が気になるが、貴族社会のことはよく分からないので、子供扱いをせずに言われた通り名乗った方が良さそうだ。
「私の名前はエステルです」
「エステルか、良い名じゃ。してお主、其方は貴族か? 騎士にしては少し頼りない服だがしっかりした布じゃ。ただ騎士ではないのに令嬢が剣を持つのもおかしいしの?」
一瞬でそこまで見破る彼女の観察眼の高さに驚く。
ただ私のことを疑うというよりも知りたいだけの様子で、私がもし悪人だったらと考えないものだろうか。
その時、視線が急に私と合いまるで吸い込まれるほどの青い目に全てが見透かされている気がした。
「お主、どうしてわたしが初対面なのに警戒がないかと考えているじゃろ?」
「うっ!?」
気がするではなく、完全に私の考えが分かるようで思わず声が漏れた。
その挙動がおかしかったのか、レティスはローブの裾で口を隠して笑っていた。
「お主の場合は簡単に分かる。それで其方は貴族なのか?」
再度同じ質問をぶつけられる。
隠すようなこともないので、私は自分のことを伝えた。
「私は平民の側仕えです。剣の腕があるので、護衛も兼ねております」
「ほう、そうか。王国では平民の使用人が増えているのか?」
「あまりそういう話は聞きませんが……。でもほとんどいないと思います」
質問の意図がよく分からなかった。
ただ貴族たちが好んで平民を雇うとは思えない。
大店の主人だろうとも、貴族から基本的には下に見られている。
レティスはその答えで満足したのか納得してくれた。
「そうか、変なことを聞いたの。私は見た通り普通の神官じゃ。仲間たちとはぐれてしまったから、近くの神殿まで案内して欲しい」
「それが……」
私もそうしてあげたいができない相談だ。
何故なら私が送って欲しいくらいなのだから。
しかしレティスは別の意味で捉えたらしい。
「褒美ならあとで送る。わたしはこう見えて義理堅い」
「いや、そういうわけでは……」
「何じゃすぐ払わないと信用できんか。うむ、それならこの──」
袖の中から何かを取り出そうとしていたので、慌てて事情を説明する。
「なぬ!? 其方も迷っておったか!」
「はい……」
目に見えてガッカリとされた。
しかし私にはしっかりあてもある。
煙の方へ指を向けた。
「あそこで火を焚いていますので、おそらく迎えが来てくれるはずです」
「狼煙か。まあうちの者たちも気付く可能性もあるから留まっておくのが賢明か」
レティスが下手に文句を言わずにいてくれるのは助かった。
こちらの貴族だとすぐに文句を言うから、神官は基本的には穏和な貴族なのかもしれない。
大きなお腹の音が聞こえ、レティスは恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「すまぬ。はぐれてからずっと食事を取っておらぬのじゃ」
「それでしたら、食べ物が焚き火の近くに置いてありますのでいかがですか? お貴族様に出せる立派な物ではないですが──」
「構わぬ!」
ヨダレを垂らしそうなほど物欲しそうにしており、本人も了承したので先ほどの焚き火のところへ向かう。
そこには先ほど捕まえた鹿がおり、火を通せばなかなか美味しい。
「お、お主、もしやあれを食べるのか?」
生き絶えた鹿を見てレティスはブルブルと震えている。
「ええ、とっても美味しいのですよ。これから血抜きをしますので、少しお時間をいただきますがよろしいですか?」
「えっ、ああ、構わん!」
お腹を空かしているレティスのためにもすぐにテキパキと鹿を解体して火を通す。
適当な葉っぱの上に置いていき、落ちている薬草で臭みを抜いて食べやすくする。
二人分の肉を用意して、座っているレティスに渡した。
「見事なもんじゃ。平民は本当に器用じゃの」
「元々は農村でしたから、解体には慣れております」
「女なのに力仕事をするのか? 平民はなかなか酷よのう」
レティスは可哀想なものを見るような目をする。
そんなことはないと言いたかったが、都市部に住む時間が長くなればここの常識も身に付いてきた。
農民のみんなは力仕事を全て私に振ってくるのだ。
その時は疑問に思わなかったが、今では少し恨めしい気持ちもあった。
ただここで愚痴を言ってもしかたがないので、レティスに話を振って話を逸らそう。
「そういえばレティス様はどうしてはぐれたのですか?」
適当な質問だったが、レティスはよくぞ聞いてくれたと声を上げる。
「魔物がたくさん現れたのじゃ! 仲間たちが逃げ道を作ってくれているうちに逃げ切れたが、皆と再会できぬまま其方と出会ったのだ」
おそらくは魔力の奉納とベヒーモス襲来が重なったせいで、魔物が森の中でも暴れていたのだろう。
女の子が見知らぬ森で迷子になるのは危ないので魔物に襲われなくて良かったと思う。
そうするとはぐれた仲間たちも危なそうだ。
「もう日が暮れそうですから、もしよろしければ明日一緒に探しますよ?」
「いらぬ、いらぬ。護衛の者たちはみんな強いからどうにかなるじゃろう」
「護衛?」
私が聞き返すとレティスは口を押さえてしまったという顔をしていた。
先ほどは仲間と言っていたが、もしかすると偉い人なのかもしれない。
これ以上踏み込むのも嫌がられそうなので、食事に専念することにした。
「うむ、美味であった。見た目は少し慣れんが、其方は腕が良い」
「ありがとうございます」
褒められると気分が良い。
レティスも満足したらしく、目を擦って眠そうだった。
ここは昼間は暖かいが、夜になると少し冷え込んでくのでレティスに提案をする。
「もしよろしければ体を寄せませんか?」
「体を?」
「はい。これから寒くなってきますので、一緒にいれば暖かいと思いますので」
「ほう、それは名案じゃ!」
レティスに近づくローブの中へ入れさせてもらい密着させる。
どんどんレティスがうとうとしてきて、私の肩に頭を預けて寝てしまった。
可愛らしい寝顔をしており、おそらくこれまで気を張り詰めていたのだろう。
私も少しばかり体力を回復させるため眠った。
また夢の中で甲冑の戦士たちと戦う。
いつもより調子良く、前の戦いを参考にして、なるべく体力の温存を図た。
時間は掛かったが、千の敵を倒し終わり、七体の戦士たちが現れる。
一体、二体とどんどん倒す。
そしてとうとう最後の敵となった。
「これが……最後の……試練だ。一騎当千は目の前にある」
満身創痍だが、まだ戦う体力が残っている。
息を整え、全身へ血液を回す。
「この試練に乗り越えればこの一騎当千の力がそなたに加護をもたらすだろう。覚悟は良いな挑戦者?」
言葉は返さず、私は距離を詰める。
お互いの剣がぶつかり合い、何度も剣が火花が散った。
私の体に多くの傷が付き、どんどん血が流れていくが止まる気はない。
何度も攻防を繰り返して、とうとう相手の剣を弾き飛ばした。
肩で息をしながら、目の前の戦士が膝をついて恭順を示した。
「一騎当千は成った。我々が力を貸そう。そして力の解放──」
最後の言葉を聞こうとしたときに目が覚めてしまった。
──誰かこっちに来てる。
大事なことを甲冑の戦士が言っているようだったが、こちらへやってくる気配によって強制的に体が起きてしまった。
近くの剣を触り、迫り来る誰かを待つ。
味方であればそれでいい。
ただもし山賊の類なら、未だ眠るレティスを守らないといけない。
──気配は一つだけ、かな?
そうなると、もしやこの煙に気付いたレティスの護衛かもしれない。
そしてとうとうその姿が現れた。
白い髪に白い神官服。
そして持っている赤い長槍には見覚えがあった。
「えっ、エステルさん?」
「ラウル様!?」
お互いにまさかここで会うと思わず、口を半開きにして驚き合うのだった。