側仕えと陸の魔王
この国は魔力によってその年の収穫量が変わる。
そのため魔力を持つ貴族は特権階級となり、国の維持や魔物を討伐したりするのだ。
しかし魔力を多く与えすぎると、魔物が大発生するらしく、陸と空から多くの魔物がどんどん魔力の多い都市部まで向かおうとしていた。
騎士たちによって魔物は退治されていくが、それでもまだまだ魔物が多くいる。
レーシュは責任者として最後の祈願のために来ただけのため、後方で待機することになった。
もう二日経ったのに収まる気配がなかった。
伝令の騎士がやってくる。
「現在、空から小竜が押し寄せおりまして、チューリップ様の部隊が迎撃にしております。ただ先方から魔物がいつも以上に凶暴なことから、群れのボスらしき魔物が近づいている可能性があるとのことです」
「そうか……それならそいつを倒せば少しは勢いが減るか?」
「それは、少し分かりかねます。この土地に奉納された魔力量にしては魔物が多すぎます。普段と同じと思わない方がいいかもしれません」
魔力を奉納したらいつもこのようになるのかと思ったが、今回は特に魔物が多いらしい。
さらにずっと収まらない鳥肌の原因は、遠くからどんど近づいてくる群れのボスのせいかもしれない。
「そうか、それなら引き続き魔物を撃破してくれ。終わった後に魔物の素材は分配する。各隊長に貢献度の評価を忘れぬように言ってくれ」
「かしこまりました!」
伝令も素材の話を聞くと少しソワソワしており、来た時よりも戻るときの方が元気になっていた。
「魔物の素材はお貴族様が欲しがるものなのですか?」
たまに魔物を狩って売ることもあった。
ほとんどが二束三文だったが、時には高値で売れることもある。
一体誰がそんなものを欲しがるのかと思っていたが、おそらく貴族が買い手なのだろう。
「魔道具を作るのに不可欠だからな。特に強い魔物ほど死んでも体に魔力を残す。強靭な魔道具があれば、それだけ功績を残し、さらにお金も増える。余った素材は文官に売ればそれもお金になる。いいこと尽くしだ」
少し羨ましそうに前線で戦う騎士たちを見ていた。
それは戦いよりも魔道具というところに心が惹かれているようだ。
「レーシュ様は魔道具を作るのがお好きなんですか?」
「嫌いではない……。魔力が少なくとも工夫次第でそれに匹敵する物が作れるのは楽しかった。といっても、ほとんどは国王に全て取られたがな」
「国王様に?」
レーシュは喋りすぎたとそこで話を止めた。
どんどん彼のことを知っていくが、やはり少し過去を話すのには抵抗があるらしい。
話に夢中になっていたことで忘れていたが、一つだけこの大きな気配についてだけ伝えておかないといけないことを思い出す。
どんどん気配が大きなるので、もしかすると近づいているのかもしれない。
「レーシュ様、あちらの方からかなり大きな気配を感じます」
「なに? そうすると群れのボスかもな。それならそちらに部隊を送るか」
レーシュがすぐさま伝令を呼ぼうとするので、私が腕を引っ張って止めた。
「お待ちください。この魔物は私でも厳しいかもしれません……」
私の言葉にレーシュは少し訝しみ、すぐに何かを考え始めた。
「いや、ありえない。近場とはいえ、ここはあいつの活動範囲じゃ……だが言われてみれば現象が似ている。先遣隊を……いや、それではこの戦いが長引く。あー、くそ!」
レーシュは何か考えをまとめていたが途中で髪を掻きむしる。
何か思い当たるものがあるらしいが、まだ確証はないようだ。
その時、空から甲高い笛の音が聞こえた。
そして同時に大きな声が響き渡る。
「緊急! 現在迫ってきている魔物はベヒーモス! 三大災厄の陸の魔王、ベヒーモス!」
レーシュは予想が当たったようで、頭を抱えている。
そして三大災厄とは私も聞き覚えがあった。
「もしかして海の魔王とか言うやつの仲間ですか?」
「ああ、そうだ。こいつのせいで北の大草原が未だ手に入らないばかりか、神国との国境が閉鎖され、山を渡ってしか貿易ができなくなった」
まさかずっと放置されていると言うのか。
だがこの力の気配は並大抵の人間では厳しいかもしれない。
あのウィリアムですら弱く見えるほどの力の波動を感じる。
「モルドレッド!」
チューリップの声が聞こえ、こちらに騎獣に乗ってやってきていた。
白い鎧も返り血が付いてかなり汚れているが、本人の気力はまだ十分にあった。
「これは一時退却だ。三大災厄が出張ってくるのなら国の問題だ。ドルヴィに依頼して王国騎士団を派遣してもらねば、ローゼンブルクが沈んでしまう!」
「分かっております! 至急、応援を依頼します。それまで魔物をある程度減らしてください」
「分かった!」
チューリップはまた前線へ戻っていく。
レーシュはすぐさま騎士の一人に依頼して、港町にいるナビ・アトランティカへ依頼をした。
「ここで国王に借りを作るのか……。どうしてこうも邪魔が入る!」
苛立ちが隠せないレーシュにどんな言葉をかければいいか分からない。
国王に借りを作るのがどれほどの影響を出るのかは私には分からないが私の役割は変わらない。
「レーシュ様、私が行きます!」
私の価値はこの力を使うことにある。
それが彼と私の営利関係だ。
彼も私が出るのが最善だと思ってくれるはずだ。
「だめだ!」
だが彼から返ってきた言葉は私を引き止めるものだった。
その顔は色々な葛藤があったことを物語る。
だが私の意思は変わらない。
「大丈夫です。こう見えても外での戦いは慣れています」
「それでも、だめだ! 危険すぎる!」
「いずれ海の魔王と戦うのなら、私の力を試す機会ではないですか?」
「それはこちらもリスクを最小限にすることが条件だ。援護もなしにお前を行かせるわけないだろ!」
もしかすると彼がこれほど慎重に海の魔王との戦いを準備する理由は私のためだろうか。
自惚れてはいけないと一度その考えを頭から出した。
「もし無理そうなら逃げてきます」
「逃げても、お前はこっちに帰って来れんだろ! お前の方向音痴はよく聞かされてる!」
「うっ……!」
それを言われると弱い。
レーシュの言う通り、ベヒーモスの元へ行くのは気配を辿れば簡単だろう。
だが戻るとなると、目印もないため戻ることができない。
私の口ではレーシュを説得できないのかと勝手にするしかなくなる。
でもレーシュを困らせたいわけでもないので、どうすればいいのかと頭を抱えていた。
「はぁっ……時間だけ稼げ」
「いいのですか!」
「ただしッ!」
喜んだのも束の間、レーシュは条件を突き付けてくる。
「絶対に怪我をするな、危なくなったら逃げろ。追い払うだけでいい。もし迷ったらあの新峰山の麓で待機しろ! 焚き火でもなんでもして俺に場所を知らせるんだ、分かったな!」
怖い剣幕で言われたので、私も何度も頷いた。
私を信用してくれるのかやっと表情が和らぐ。
「目を閉じろ」
「え、ええ!?」
──このタイミングで!?
彼が何をするのか分かったが今はそんな場合ではない。
しかしここで言い争っている場合でもなく、言われた通りにした。
すると前髪を上げられ、おでごにキスされる。
「帰ってきたらお前の悩みを聞かせろ。いいな?」
突然のことに言葉が出なくなってしまったので、頭を何度も頷かせた。
そして馬に跨って、レーシュを見る。
「では行ってきます!」
「ああ。必ず迎えに行く」
頬が緩むのをどうにか抑えられた。
これから戦いの場に向かうのにあまり緩んではいけない。
にやけるのを抑えるために馬を走らせて、恥ずかしさを誤魔化し、離れるにつれて頬が緩むのを止めることができなかった。