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側仕えの希望と絶望

 今日は休日をいただけたので、せっかくだからと町へ出かけた。

 ただ料理を作れる者が私しかいないため、夕食の支度に間に合わせないといけないため、陽が落ちるまでに帰るつもりだ。



 ──本当に海賊は味方になったのかしら?


 レーシュから聞いた話では、もう海賊がちょっかいをかけてくることはないと言われていた。

 ただ荒くれ者たちが本当に大人しくなるのか甚だ疑問だった。

 一度市場に行ってどんな反応をされるかですぐに答えも分かるだろうと、敵地に赴くような気持ちを胸に警戒しながら歩く。



 ──今日は前よりも盛況ね。


 市場は多くの人々で賑わっている。

 前よりも多くの人がいるように感じ、もしかすると何か珍しい食材でもあったのかもしれない。

 私に気付く視線もあったが、特にちょっかいをかけてくることはないようで様子見をする。

 とりあえず前に野菜を売ってくれなかったおじさんのところへ向かった。



「へい、いらっしゃ──! あんたは前に来た貴族様のお嬢ちゃんかい?」



 覚えていてくれたようで、私を見る目からバツが悪いのがわかる。

 今の反応から敵意は感じないので、私は用件を伝えて確かめる。


「はい。買い物ってできますか?」

「ええ、前はすまなかったね。でも何があったんだい? ウィリアムさんところの人からも言われたよ。ちょっかいかけるなってね」




 おじさんは頭を下げながら、突然の変化に驚いているようだ。

 しかしこれで私も海賊がこちらの味方をしているという確証を得られた。



「色々ありまして。また後で買いに行きますね」

「ああ、待ってるよ!」


 これで安心して町を探索できると少し気持ちが軽くなった気がする。

 せっかくなので色々なお店を回ってどんな物が売っているかを見て回る。

 前に住んでいたところと品数が少なく、さらに質も少し劣っているように感じ、港町ならではを期待しただけに少しがっかりした。

 市場はどこでも大きな違いはないようだ。



 ──海の市場ってどんな感じかな?



 一度行ってみたいと思っていたが私が一人で行って帰って来れるかが心配だ。

 悩んでしまい、その場で立ち尽くしているとこちらに迫る大きな気配を感じた。

 その気配の方へ顔を向けると、黒いコートを肩に羽織り、大股で自信満々に歩いてくるのは、海賊王ウィリアムだった。



「よっ! 嬢ちゃんか」



 まるでいつも挨拶しているのかのように気さくに話してくる。

 ただこの男は何かしてきそうな、理知的な怖さがあるため警戒せずにはいられない。



「おいおい、そんなに警戒するなって。昨日のことであんたは信用しているんだよ」

「へえ、でも海賊の頭がお供を連れずに出歩くのね」



 もしかすると私を油断させてまた前みたいに私の心を操作するつもりかもしれない。

 だがウィリアムは顔を顰め、私の警戒を解こうとする。


「おいおい、なんか勘違いしてねえか? 俺は一人でも暗殺なんてできねえ。まあ嬢ちゃんは例外としてだがな。ただ何か異常がないか町中を探索している最中なだけだ」

「異常?」

「ああ、貴族が役に立たないから俺たちが町を守ってるんだよ。変な奴らが来ればすぐにでも分かるように見回りも仕事だ。もし奴隷売買なんてやってたらぶっ殺す」



 彼の嘘のない顔に初めて好感を覚えた。

 貴族側からすると目の上のたんこぶだろうが、己の力に慢心せずにこうやって町を守るのは素晴らしいことだと思う。

 だが遠くから笑い声と共にヤジが飛んできた。


「嘘つけ! そのお嬢さんが来たら知らせろって言ってただろうが!」

「今日は寝坊しなかったからって好青年ぶるんじゃねえ!」



 どうにも周りの言うこととウィリアムの言うことに齟齬がある。

 やはり罠だったのかと睨むと、ウィリアムは慌てて道行く人たちを叱る。



「うるせえ! てめえらのせいで俺の恋が終わったら承知しねえぞ!」



 よく理解できない言葉が聞こえてきた。

 誰が、誰に恋をしているのだろうか。

 周りの人たちも笑って、ウィリアムをおちょくっている。

 もっと海賊は恐れられていると思っていたのに、そこらへんの近所のわんぱくなお兄さんという位置付けに近いようだ。

 ウィリアムは紫の髪を掻きむしり、少し吹っ切れた顔になった。



「ああ、もういいや! そうだよ! 嬢ちゃん、俺は一目惚れだ。付き合ってくれ」



 突然にも昨日まで敵であった海賊の頭から告白された。

 気持ちは嬉しいが、その申し出を受けることはできない。

 ただ海賊とはいえ、せっかくの好意を冷たくあしらうこともできない。


「ごめんなさい。私は貴方をことをあまり知らないので気持ちに応えられない」

「なら知れば付き合ってくれるのか!」



 やんわりと逃げようとしたが、前向きに聞き取ったようだ。

 一気に笑顔になった彼にどこか引き目を感じてしまう。

 その時、思わぬ助け舟が来た。



「そんなわけないだろ。貴殿のような乱暴者にエステルさんは勿体無い」

「あぁん?」



 白い神官服を着たラウルがやってきた。

 ボロボロだった服が綺麗になっているので、何着も同じ服を持っているようだ。

 体調も問題なさそうで安心する。

 ラウルはウィリアムを無視して、私の手を持ってキスをする。


「昨日は貴女と知らずに大変失礼致しました。まさか女性に手をあげるなんて、最高神からも叱られてしまいます。もしよろしければ、今日はいくらでも私をお使いください」



 さすがはナンパ男だと感心すら覚える。

 すらすらと浮いた言葉が出てくるのにどうして特定の人を作らないのだろう。

 しかし流石に私も慣れてきたので、こんなことで動揺しなくなっていた。


「おい、てめえ。横から出しゃばりやがって! その女はおめえじゃなくて俺に気があるんだよ。ヒョロヒョロは黙ってもやしでも食っとけ!」

「ヒョロヒョロ!? なんて汚い言葉を使うのだ。まるでモルドレッドの劣化版ではないか」



 確かにレーシュならラウルに対して遠回しにそのようなことを言いそうだ。

 だが私は特にウィリアムに対して恋慕の気持ちはない。

 勝手に男たちだけでやってくれと、これ以上厄介事に巻き込まれる前に逃げるに限る。



「では私はちょっと海の市場に行きますので……」


 そぉっと抜け出して、海の市場に行こうとするとラウルから腕を掴まれた。


「そっちは逆方向です」


 またもや道に迷いそうになり、諦めてラウルに道案内をしてもらうことになった。

 さらにウィリアムも付いて来ており、ずっとこの二人は言い争っている。



「道案内は一人で十分なはずだ。貴殿は帰りたまえ」

「何言ってやがる! 海の市場は毎日卸している俺が案内した方がいいに決まってんだろ! てめえは俺たちの歩く雑草をお得意の槍芸で綺麗にしていけ」

「ほう、野蛮な貴殿に貴族の作法を教えてしんぜよう」



 私の前で競うようずっと揉めている。

 これでレーシュも入ったら本当に収拾がつかなくなりそうだ。

 周りの視線もどんどん集めるので、私が恥ずかしくなっていく。

 小さな子供たちも二人の殺気に怖がって泣いているのを見て、これ以上他人事として見て見ぬふりもできない。。



「ねえ、二人とも?」



 二人が私の問いかけに振り向く。

 何かお願いされると思っていたのか、全く警戒をしていないようだったが、私が腰から短剣を引き抜いたことで少し顔が青くなる。


「子供が怖がるからいい加減にしてくれませんか?」

「「は、はい!」」



 やっと普通通りになったので周りの視線も少なくなっていく。

 港に近づくにつれて、ウィリアムへ挨拶する者たちが増えていく。


「お頭さんおっはよう! 今日は美男美女連れてどこいくんだい?」

「港だ。お似合いだろ!」

「美男はそこの神官様のことだよ!」



 ウィリアムは本当に町の人と仲が良い。

 海賊は町民からするともっと嫌われそうだと思っていたが、山賊のような無法者とは違い信頼厚いようだ。


「ねえ、ウィリアムさん?」

「俺のことはウィリアムでいい」


 明るく話す彼は最初の印象とはかなり変わっていた。

 海賊は人々から嫌われるものだと先入観があったが、彼もまたある程度のルールを守っているようだ。



「ならウィリアム、貴方って……海賊なのよね?」

「おう! 大海賊といえば俺の代名詞だ。嬢ちゃんだと味気ないからなんと呼ぶか……」


 うん、うん、とうねって考えているが、私は特に普通の呼び方で構わない。



「エステルでいいわよ」

「なげえから嬢ちゃんでいいか?」

「そっちのが長いでしょ!」



 流石は海賊王だと頭が痛くなる。

 自分勝手に物事を進めるのは、荒くれ者を率いるのに必要な才能なのかもしれないが、接する時には疲れてしまいそうで、彼の評価を一段低くした。

 ケラケラと笑う姿にどこか子供っぽさも感じる

 ふと、「かしら!」という声が声が聞こえてくる。

 手下たちがウィリアムを探していたようだ。



「どうしたお前ら?」

「どうしたも、こうしたも、昨日の件をまだ聞いて──!? お頭、その子は俺たちに喧嘩を売った──ぁ痛え!?」



 ウィリアムが手下の頭をボコッと殴った。

 私たちもそうだが、手下たちも何が何だかわかっていないようだ。

 涙目をウィリアムへ向け、どうして殴られたのかを聞く前にウィリアムが話す。



「姐御か姐さんって呼べ、バカども」



 まるで時が止まったかのように手下たちは黙り、そしてやっと言葉の意味を理解したようで、手をポンと手の平に当てた。


「姐さんって……そういうことっすね!」


 十人くらいの手下たちが整列して、私へ頭を下げてくる。


「「姐さん、今後ともよろしくお願いしやす!」」

「はぃ?」



 態度の変化に戸惑った。

 どうしてただ呼び方が変わっただけで、彼らの目の色が変わるのか不思議だ。

 ウィリアムは勝手に頷いて納得しているし、同じく海賊の事情に疎いラウルも首を傾げていた。


「えっと……別にそんな畏まらないでいいよ?」

「そういうわけにはいきません。お頭の嫁さんなら俺たちの上ですから」



 真面目な顔で答えられ、この人たちは冗談ではなく、ウィリアムの言葉をそのまま捉えているようだ。

 そうなるとこの勝手な誤解は、この満足そうな笑顔を私に向けて、親指を向ける大馬鹿者のせいということになる。

 私は腕に力を入れて、ウィリアムを正面に向く。


「ふんっ!」

「ぐへっ!」


 無防備な腹に思いっきり拳をぶつけた。

 攻撃が来ると予想していなかったようで、前と比べてかなり柔らかかった。

 こういう自分勝手な男は力に訴えるに限る。

 しかし海賊の手下たちは怒るどころか、どこか尊敬しているような目を向けてくる。


「流石は姐さん……そうだこうしちゃいられねえ!」



 今の一部始終を見ていた海賊たちがすぐさま散っていく。

 変な呼称は止めるように言いたかったが、すぐにその呼び方も誤解だと気付けるだろう。



「ひでえぜ、嬢ちゃん! 殺気を消して殴れるなんてずるい」

「貴方が変なことを言うからでしょ。ラウル様、行きましょう」

「ええ……」



 ラウルはウィリアムへ向けて祈りを捧げた。

 流石神官というべきか、どんな時でも神への祈りを忘れないようだ。

 やっと市場までたどり着いたが、もうほとんど売り切れており、売れ残りしかなかった。


「港の市場は朝早いですから、もうほとんどありませんね」

「そうなのですね……覚えておきます」


 普通の市場と同じで考えてはいけない、と心に留める。

 少しでも買えたら調理法を学んで弟にも食べさせてあげたいと思っており、まだ来るのに時間も掛かるだろうからゆっくり考えようと思う。



「まあ、魚がほとんど獲れないせいでもあるがな」



 腹をさすりながらウィリアムも追いついてきた。

 少し真面目な顔になっているのは、不漁の原因である海の魔王と呼ばれる魔物を思い出しているかもしれない。



「昔はよくこの町も漁をしていが、今では俺たちしか海を渡れん」

「もし海に出たらどうなるの?」

「海の中にいる魔物に襲われて終わりさ」



 ウィリアムは当たり前のように言う。

 だがどうしてウィリアム達は無事に海を渡れるのだろうか。

 一つだけ思い当たることがある。


「貴方達が海賊でいられるのは加護のおかげなの?」

「ご名答! 俺の加護は一天四海。俺の近くにいれば魔物に襲われることもないし、魚が釣れる場所もわかる。さらには船の航路も俺にはまるで目の前にあるように分かる」



 海賊になるために生まれてきたような才能だ。

 私の加護はどうやら戦う以外には役に立たないようで、こういった実生活に役立つ加護は羨ましい。



「やろうと思えば──」



 ウィリアムが上を見上げて落ちてくるものを捕まえる。

 水滴を元気よく飛ばすのは、紛れもない魚だった。


「こんな風に自分から魚がやってくる」

「結構海から遠いのに、すごい加護ね」

「それを言ったら嬢ちゃんの方がすげえだろ。なんて加護なんだ?」

「あまり詳しくは知らないけど、“剣聖”って言われたわね」



 剣聖と口にした時にラウルの喉が鳴った。

 どうかしたのかと彼の顔を見ると誤魔化すように笑みを作っていた。

 あまり深く聞いても教えてくれなさそうなので、私も特に気にしないようにした。



「名前からして戦うことに特化した加護なんだろう。どんな能力があるんだ?」

「夢で鍛えてもらうことと、なんか変わった空間を呼び出せるだけかな?」

「おいおい、なんだその変な加護!?」



 まさか海から魚を呼び寄せる加護を持つ男から、そのようなことを言われると腹が立つ。



「でもこんな加護があってもあまり嬉しかったことはないけどね。変なモノをもらわなきゃ良かった」

「貰う? 嬢ちゃんのは人からもらった加護なのか?」

「多分ね、みんなは違うの?」



 加護についての説明を私は受けていない。

 レーシュも加護は分かっていないことが多いので、剣聖ということ以外は分からないと言っていた。

 あまり興味もなかったが、せっかく知ることができる機会なので、ウィリアムから少しでも教えてもらいたい。



「俺は生まれた時からだ。まあ、おかげでえらい目にあったがな。十歳病で死ぬとこだったぜ」

「十歳病!?」


 ウィリアムの言葉から十歳病という言葉を聞いて、彼の肩を掴み逃さないようにした。

 突然の私の行動にウィリアムも慌てている。


「お、おい! どうした!」

「十歳病が治ったの!? どうやって! 薬はまだある!」


 肩を揺さぶって早くその答えが聞きたかった。

 弟と同じ病気になったのに、この男は元気どころか今では海賊王として他者を寄せ付けないほどの強さまで手に入れている。

 ここまでの乱暴者にならずとも、人並みの元気な姿になってもらいたい。



「おいおい、そんな話なんかつまらねえぜ。それより──」

「フェーがッ! 弟がその病気なの! 早く教えて!」

「なに?」


 ウィリアムの目が大きく見開かれた。

 早く教えて欲しい私と裏腹にウィリアムは口を結んで答えない。

 もどかしい彼に苛立ちが募るが、ラウルが私の肩を持った。


「落ち着いてください、エステルさん」

「落ち着いています! だから早くその治療法を──」

「残念ながら、治療法はありません」



 ラウルから信じられない言葉が出た。

 現に目の前で治ったという証人がいるのに、どうしてそのようなことを言うのだ。

 ウィリアムもラウルの言葉に同意する。


「そいつの言う通りだ、嬢ちゃん。残念だが、助かる可能性はほぼない」

「なら、なんであなたは生きているの! お金が高いの! それなら何をしてでも──」

「そうじゃねえ。金がいくらあっても変わらねえ。そしてそれは正確には病気じゃねえ」

「え……?」



 ウィリアムから場所を変えてから話すと言われ、私たちは後をついていく。

 答えが早く欲しい私にはこの時間すら鬱陶しく思ってくるほどだ。



「ねえ、十歳病ってなんなの?」

「簡単だ。身にあまる加護に体が押し潰されそうになっている状態のことだ」

「えっ……」



 その言い分からすると、弟は生まれついて加護を持っていることになる。

 そこで改めて考えると、弟は人一倍上達が早い。

 一度で出来なかったことがないのだ。


 ──あれがフェーの加護の力だったんだ。



 気付くと中央広場のある大きな石像の前に着いていた。

 大きな剣を持った大男の石像で、二本角の兜とフルアーマーが誰かを簡単に教えてくれる。


「これが剣帝?」

「ああ。俺の恩人でもある」


 懐かしそうに過去を振り返っているが、私は彼の思い出話を聞いていられるほど余裕がない。

 しかし彼は構わず話し続ける。


「俺が十歳病の時は毎日のように熱が出るし大変だったぜ。それでも港へ行くのは好きだったんだ。大好きな海をいつか自分の船で旅したいってな。だがそれも叶わないって思った時に、剣帝がちょうど通り掛かって、どうせ死ぬなら大好きな海で死ねばいい、って言われそれもいいなと思ったんだ。だから飛び込んだ。そしたら俺の加護が俺を生かしてくれて、さらに魚たちが俺を海の奥まで連れていってくれた。すごかったよ、見渡す限り水しかなくて、俺はちっぽけな存在だと思い知らされた。病気に負けたくないと思って、体を鍛えようとしたが体が動かねえ。でも死にたくねえから、本当に血反吐を吐きながら剣帝に鍛えてもらった。間一髪ってところだ。加護に耐えられるほど成長すればもう風邪ひとつ引かねえ」



 ──フェーも鍛えたら治る……。



 その考えは一瞬で捨てる。

 少し動いただけで熱が出るほど弱っている弟が訓練できるとは思えなかった。

 だから彼は言っているのだ、不可能であると。



「ねえ、他に方法はないの?」

「あるとすれば嬢ちゃんの加護で鍛えてもらうかだな。だがお嬢ちゃんの加護に体が耐え切れるならの話だがな」



 それはもう天に運を任せろってことだ。

 もちろん可能性としてはゼロではないが、ウィリアムの言うとおり耐え切れる保証がなかった。



「ラウル様は何か知らないですか?」



 これまで無言だったラウルに尋ねる。

 彼ならば別の視点を持っているかもしれない。

 だが彼の顔は曇ったままだ。



「私も知りません。十歳病が加護による病気とは聞いたことがありましたが、まさか生存する者がいるとは思いませんでした」

「そんな……」



 絶望的な状況に私は体が震える。

 しかしまだ絶望するには早い。

 私の加護を与えたら、もしかすると生き残るかもしれないのだ。


 だがひとつだけ問題があった。

 私にこの力を渡した人物は、まるで戦い方を忘れたかのように弱くなったのだ。

 動きも普通の人と変わらなくなり、まるで戦う経験すらも私に与えたように。


 ──私がもし戦えなくなったら……。


 レーシュはそれでも側に置いてくれるのだろうか。

 弟の命が大事なことは分かっており、それと比べるものではない。

 だけど私はそれを受け入れることが怖かった。

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