側仕えと接吻 レーシュ視点
俺の名前はレーシュだ。
エステルが三人の猛者相手に互角以上の戦いを繰り広げる姿に、体を乗り出して文字通り手に汗を握りながら応援した。
槍兵の勇者ラウルそして海賊王ウィリアムがほぼ同時に地面に倒れる光景に、初めて心躍る体験をしたいえる。
「オリハルコン級の二人を相手に完封だと!」
武器を放り投げてどのように戦うのかと思っていたが、あの重い装備を着たままラウルの攻撃を避けて足蹴りをして、さらにエステルの二倍の体躯を持つウィリアムをただ触れただけでその場で倒したのだ。
その光景に興奮しているのは俺ではなく、他の観客たちも一度の静寂の後に大いに盛り上がってくれた。
ラウルの体が吹き飛ばされた時には少し胸がスッとしたが、同時に少し同情もした。
だが今はエステルの無事が一番大事だ。
「坊っちゃま……あれが、本当にあの方なのですか?」
イザベル達三人の側仕え達も隣の席にやってきた。
イザベルが信じられないものを見たと手を口にやり、驚きを隠せずにいるのだ。
今日は自分以外の貴賓はいないため、特に小声で話す必要もない。
三人ともエステルの戦いを見たことがないため、改めて俺が重宝する理由を知ったのだろう。
まるで夢のように伝説の強者達が倒れ伏しているのだ。
「エステルって本当に強いんだ……」
「こらッ、フマル! 今は剣帝様よ」
フマルが名前を出したことに対して、マレインが注意した。
誰も聞いてはいないと思うが、万が一バレてしまえばあいつの頑張りが無駄になってしまう。
すぐに口を塞いでくれたので、俺から特に注意することはない。
突如ラウルの持つ血槍グングニルがどんどん大きくなる。
まるでその槍自体が意思を持っているように、ラウルの手を離れ空に浮き上がった。
「あれが槍兵を伝説にさせた技か?」
その大きさはもう人間に放っていいものではない。
もし防ごうとしても、武器と共に潰されてしまう。
さらに今のエステルには武器もないのだ。
「あいつ、あれをあいつに打ち込むつもりか!?」
いつもならエステルをかどわかそうするのにしないのは、あいつが剣帝の正体がエステルと気が付いていないからだ。
まさかこんなところで裏目に出るとは思ってもみなかった。
「旦那様──! エステルがこのままだと死んでしまいます!」
マレインが俺の体を揺さぶる。
だがエステルはまだ勝算があるのか、動こうとしていた。
あいつが戦いで負けるわけがない。
その迷いが判断を遅らせる。
いつも通り勝ってくれると甘く見積もるが、ウィリアムが起き上がってエステルの邪魔をしたことで状況が一変した。
突如としてエステルが膝をつく。
「どうした? ……エステルッ!」
もう剣帝のふりなどと言ってられなくなった。
膝をついてすぐに体も倒れてしまった。
リングの端から、ウィリアム海賊団副船長のザスが近寄っていく。
「俺の加護は海千山千。あんたにとって地獄の時間を体験してもらう。本物の剣帝なら絶対に効かないが、あんたなら効くかもと思ったぜ」
ウィリアムほどの戦力を持つ男なら、一人か二人くらいなら加護持ちの部下くらいならいると思っていたが、よりにもよって厄介な能力を持っていると穏やかにはいられない。
「起きろ! お前ならそれぐらい跳ね除けられるだろ!」
いくら大声を張り上げても彼女には届いていない。
どんどん近づく血槍に時間も無くなっていた。
焦る気持ちばかり大きくなり、情けない声で俺は助命を請う。
「おい、降参だ! その槍を退けろ!」
俺は段差を降りて、一番前の席まで行く。
勝負がついているのに、攻撃を止めないことにどんどん気持ちが焦った。
ウィリアムが俺へ挑発的に見てくる。
そこでラウルが攻撃を止めない理由に気が付いた。
「俺から何を言わせたい……」
ウィリアムがラウルに何か言ったのだ。
そうでなければ、あいつがこんな脅しのようなことをするはずがない。
「誠心誠意謝ればいいぜ。これまでご迷惑をおかけしましたってな。それとこいつは俺がもらう。お前にはもったいない」
「なん……だと?」
エステルを欲しがる理由が分からない。
どんな意図を持って今の要求をしているのか考える時間が足りなかった。
だがそれを言えばエステルが助かるのなら構わない。
それなのにその言葉を言おうとすると喉に突っかかる。
──俺はこんなに自己保身が強いのか? そんなプライドなんて──!
ただ一言今言われた言葉を言えばいい。
それなのに言えなかった。
俺の気持ちに一つだけ思い当たる。
だがそれを口にすれば、とうとう自分の気持ちを認めてしまう。
葛藤の末、俺の口から細々と出てこようとした。
「大変──」
だがその言葉を言う前に異様な光景が周りに出現した。
「なっ……」
甲冑を着た戦士たちがどこからともなく現れてきて、その数は数百は下らない。
観客席やリングの周り、俺の近くにまで現れるのだ。
「なんだ、こいつらは?」
「おい、やべえって!」
観客席からも悲鳴に近い声が響き渡る。
無言の戦士達から寒気がする殺意が降り注いでくるのだ。
自分たちへ全く顔を向けていなのに、殺意が俺たちへ向いている。
一般人やリングの上の者たち等関係無くに殺そうとしているように感じられた。
「なんだこいつらは?」
ラウルが不気味な光景に思わずつぶやいてしまった時に、一斉に甲冑達が集まり体を溶かしていく。
そして一体の巨大な甲冑の戦士を生み出した。
大きさは闘技場の高さとほぼ同じで、空へと顔を向けた。
「グオオオオおおお!」
まるで雄叫びのように鎧が吠えた。
生き物なのかすら分からないが、甲冑の戦士は一本の刀を己の鎧の中から引っ張り出す。
甲冑の戦士と同じくらいの長さを持つ長剣を振りかぶり、槍目掛けて振り落とす。
「ッく! 小癪な!」
ラウルも危険を感じて槍を動かした。
お互いに強大な力がぶつかり合い、均衡しているように思えた。
だがそれはすぐに破られた。
「グオオオオ!」
甲冑の戦士の力が上回り、剛腕で槍を弾き飛ばし、風圧がラウルをリングの外を越えさせ、壁まで吹き飛ばした。
「グフッ!」
さらに威力が残った攻撃が斬撃となり、真っ直ぐに俺の方までやってくる。
このままでは当たってしまう。
俺は横に走って飛び退いた。
客の少ない貴族席のおかげで誰も怪我はない。
だがその威力を見た平民の観客達は一斉に逃げ出していった。
「「うわあああああ!」」
得体の知れない化け物を見てしまえばその反応も仕方がない。
もう試合どころではない。
「こりゃやべえな。この嬢ちゃんだけ──」
ウィリアムが剣帝のふりをしたエステルへ手を伸ばそうとすると、ウィリアムへ突如として顔を向け、全力で走っていく。
一瞬で距離を詰めて、持っている剣でウィリアムを襲った。
「っざけんなッ! 甲羅強羅!」
ウィリアムは防御をしようとしたが、何かを察したのかその攻撃をギリギリで避けることにした。
だが甲冑の戦士はその動きを読んでおり、足蹴りで吹き飛ばした。
「かはッ──!」
エステルの攻撃を防いだ防御でも防ぎきれず、ラウルと同じく壁にぶつかって倒れ伏した。
まるで赤子のように倒し、誰にも止められない事実だけが心に刻まれた。
「お頭!」
ザスはすぐにウィリアムの元へ走っていく。
だがそれは自殺行為だ。
「おい、待て! 動けば──何をやっている?」
ザスを追いかけると思っていた甲冑の戦士は、エステルの周りを動き回り、誰もいない空間にずっと剣を振っている。
まるでエステルを守っているようにも見えた。
「あれはエステルが呼んだのか?」
それならば彼女を守る理由も、あの強さも納得できる。
危険な彼女を守護する騎士のようであった。
「坊っちゃま、危険です! 早くここから逃げましょう!」
イザベルが俺の腕を引っ張る。
もう全ての観客が逃げ出しているのに、イザベル達は俺を待っていたのだ。
だが俺はやることがある。
「お前達は一度逃げろ! 俺はあいつを助けてくる! これは命令だ!」
変な小言が来る前に、俺はイザベルの手を無理矢理抜けていく。
何度も呼ばれる声が聞こえたが、それを無視して壁を乗り越えてリングの方へ走った。
「起きろ、エステル!」
走りながら呼ぶが全く起きる気配がない。
あれを止められるのはおそらくエステルだけだ。
だがこの声がいけなかったらしい。
甲冑の戦士が俺へ顔を向けて襲いかかってきた。
戦闘能力のない俺では、オリハルコン級の二人をねじ伏せたこいつに戦う術はない。
振り上げられた剣がゆっくりと俺まで下されていく。
「何をしている!」
横から誰かに吹っ飛ばされた。
地面に投げ出され痛い思いをしたが、ギリギリあの剣を避けられた。
「助かっ……お前か」
お礼を言おうとしたが、助けた人物が誰か分かり、その言葉を引っ込めた。
さっきまで敵対していたラウルが嫌々ながらも助けてくれたのだ。
「お礼も言えないのかね」
「お前達のせいで起きたことだろうが」
お互いにまた喧嘩が起こりそうだったが、今はそれどころではないということで意見が一致して言葉を飲んだ。
ラウルはため息を吐いて俺に尋ねる。
「あの鎧の下はエステルさんというのは本当か?」
「ああ、そう──おい、何を落ち込んでいる?」
ラウルの顔が青ざめていた。
目に見えてショックだったらしく、顔を沈めてしまっている。
「この私が女性に手をあげるなどと……」
どうやら女性に優しくがこいつの信条のようだが、女々しい神官に構っている暇はない。
今すぐにでもエステルを起こさないと、勝手に暴れているあの甲冑の戦士は止まらないだろう。
「くそっ、めっちゃ痛えじゃねえか」
ザスに体を支えながら、ウィリアムは体を引きずってこちらへやってくる。
海賊王と呼ばれ恐れられていた男が可哀想なほどボロボロになっていた。
だがそれよりも、今回の一番の元凶に目を向ける。
「おい、そこの帽子の男! 早くエステルを元に戻せ!」
「そうしたいのは山々ですがね。一度発動した加護はどうにもならねえよ。あとは無理矢理起こすしか方法はねえが、どうやってあの化け物まで近づくか」
加護を使った本人ですらお手上げなら正攻法しかないのだ。
俺一人ではどうすることも出来ず、敵であるこいつらの力を借りないといけない。
「なら方法は一つか。俺と神官様で止めるから、どっちかが無理矢理起こせ。またあの斬撃が来たら、町にまで被害がいくぞ」
ウィリアムが指示を出すと、ラウルは文句を言うことなく同意した。
手伝ってくれるのなら、利用してエステルを起こすだけだ。
「なら俺がいいですかね。あれを止めるのは俺には無理だがそれくらい──」
「いいや、それは俺の役目だ」
ケラケラと笑いながら提案するザスの言葉を遮る。
この役目を誰かに渡すつもりはない。
特に変な術をかけたこの男なんぞもってのほかで触らせたくもない。
だが俺の先ほどの走りはとても戦う者たちと比べて頼りない。
それなのにウィリアムは笑わずに俺をまっすぐ見ていた。
「何かあっても助けられないがいいかい?」
「お前は自分の仕事をしろ。それと、これが終わったあとは商談といこう」
「商談だと?」
一体この状況下で何を言っているのかと、全員が首を傾げた。
だが今回はあいつが頑張ってくれたのだ。
ここでただ起こして、失敗した、なんて言えるわけがない。
「お前達、海の魔王を討伐するときに役に立つか見てやる。今ここで役に立たないのなら、俺とエステルで倒しにいく」
「お前、この後に及んで──!」
ザスが俺の言葉に反発しようとした。
しかしウィリアムが手で制して、ボロボロの体なのに自力で立って見せた。
「いいぜ。あの嬢ちゃんなら確かにできるかもしれねえ。だからしくじるなよ」
ウィリアムはまっすぐと甲冑の戦士の元へ歩いていく。
ザスもウィリアムには逆らう気はないようで、その後ろついていく。
「お前はどうする? 槍兵の勇者は女を傷付けた汚名のまま生きるのか?」
「くっ! よかろう。海の魔王討伐の名誉で汚名を晴らそう」
ラウルは俺を睨み、それでも自分の役目を果たすためにウィリアムの隣まで走った。
ウィリアムは体の調子を確かめながら、隣のラウルへ確認する。
「じゃあ、どっちが盾になる?」
「それは私がやろう。一発なら防げるはずだ」
ラウルは汗で汚れた髪を後ろにかきあげる。
そして、手元に槍を引きつけた。
「加護、聖者の盾」
先ほどのように槍を大きくするのかと思ったら、槍がどんどん形状を変えていく。
元の形と打って変わり、まるで盾のようになった。
「何人も突破できない本物の聖者の盾をお見せしよう」
ラウルが飛び出した。
どんどん加速していき、一瞬で甲冑の戦士との距離を詰める。
しかし甲冑の戦士はすぐさまその動きに合わせて、大きく振り上げて剣を振るい、剣と盾がぶつかり合った。
「ぐぬぬぬ!」
火花を散らしながら、お互いの力がぶつかる。
ラウルの足元の地面が陥没していき、その威力がわかる。
普通の盾なら人と一緒にぺちゃんこになってもおかしくはないが、ラウルのは盾は普通とは違った。
「呪いも、信念も、我と共に! 何人も通さぬ盾こそが我の矜持なり!」
ラウルの火事場のバカ力によって、その必殺の一撃を弾いた。
わずかに姿勢崩れたが、すぐにでも体勢を整えるだろう。
その時、鞭が走って甲冑の戦士の腕にまとわりつき、思いっきり引かれた。
するとさらに体勢が崩れ、片足を地面について倒れないように踏ん張っている。
「あとは任せましたよ!」
「おうよ!」
ウィリアムは空高く飛び上がり、拳を振り上げて甲冑の騎士の脳天に思いっきり振り落とした。
「天のしちゅぅぅう!」
人の拳とは思えない音を立てながら、兜が陥没していた。
地面へと体を倒れていき、このチャンスを逃さす、俺はエステルの下まで走った。
「あぶねえ!」
後ろからザスの声が聞こえた。
地面を蹴る音が聞こえ、あの体勢から一瞬で距離を詰めてきたのだ。
「甲羅強羅!」
ウィリアムもすぐに危険を察知して、こちらまで駆けつけて甲冑の戦士の攻撃を拳で受ける。
技で体を堅くしているようだが、甲冑の戦士の攻撃の方が上回り、またもや壁まで吹き飛ばされた。
だがその時間のおかげで、俺もエステルの下まで近づけた。
しかし触れる時間もなく、またもや凶刃が迫って来る。
「お前の相手は私だ!」
ラウルの盾がまたもや剣と交じ合う。
だが先ほどよりも苦痛に顔を歪めており、俺を殺してしまいそうなほどの目で睨んできた。
……早く起こせ。
そう目で訴えている。
俺はラウルたちを意識から外して、エステルへと手を伸ばす。
「フェー……フェー!」
涙を流しながら必死に弟の名を叫んでいる。
眠っているのに、まるで悪夢を見ているように暴れるのだ。
兜もいつの間にか外れてしまっていて、彼女の涙が何粒も頬を伝っている。
「エステル!」
いくら揺すっても起きる気配がない。
「エステル!」
再度名前を読んでも、弟の名を連呼するだけだ。
「しっかりしろ! エステル!」
後ろでドゴンッと音が聞こえた。
ラウルの盾もとうとう耐えきれなかったのだ。
後ろから強烈な殺意を感じる。
ここに残り続けたらおそらく死が待っているだろう。
だがそれでも離れる気はなかった。
「フェー、私を独りに、しないで……」
涙を流す彼女にどうすることもできない。
もうおそらく俺も殺されてしまう。
だがそんなことよりも彼女の涙が堪え難かった。
暴れる体を無理矢理抑え、髪を愛しく触った。
「早く目を覚ませ……」
ゆっくりと顔を近づけ……唇を重ねた。
死を覚悟したまま、時が止まったかのように己の死を待った。
いつまで経っても甲冑の戦士の攻撃は来ない。
その代わりにエステルの体が少しずつ落ち着き始めてきた。
唇を離して、ゆっくりと体を抱きしめる。
「やっと落ち着いたか」
お互いに近くにいるので、先ほどまで悪夢にうなされていた息遣いから変わったのを感じた。
そしてゆっくりと体を離すと、涙の跡を残しながら、キョトンとしていた。
「レーシュ様? いったい……?」
エステルが首を周りに動かしているので、俺も後ろを振り返ると先ほどの甲冑の戦士は消えていた。
どうやらエステルが目覚めたことで、もう守る必要がないと判断されたのだろう。
他の連中もぐったりしているが、どうにか生きているようだ。
「も、もしかして……」
目の前から震える声が聞こえてきた。
顔が真っ青になっており、今にも消えてしまいそうだ。
眠っていた間に色々なことが起きたが、彼女はそれを知らない。
だが目的は達成したのだから、まずは休ませることが大事だ。
「レーシュ様、申し訳、ございません。せっかくの策を──」
「お前は何も気にするな。一旦、家に帰るぞ。立てるか? その鎧は目立つから一度着替えるからな」
一緒に立ち上がり、彼女に休息を取らせないといけない。
俯きがちになって気にしているようだが、ここで説明するには場所が悪い。
あちらで倒れている男達は自力でどうにか帰られるので、まずはエステルの精神面をケアしないといけない。
あれほどの取り乱しようは、弟に関して何か不幸な出来事でも見せられたのかもしれない。
先ほど着替えた専用の個室へと入った。
「鎧は一人で脱げるか?」
「は、はい……」
流石に女性の着替えを手伝うことはできない。
イザベル達を呼びにいきたいが、今の彼女をこのままにしてられない。
「着替えたら呼んでくれ。ゆっくりでいいからな」
「あのレーシュ様……」
部屋の外に出ようとすると、呼び止められた。
振り返ると彼女は躊躇いがちに俯いていた。
「どうした?」
「申し訳ございません!」
頭を下げて謝罪することに、思わず喉を鳴らす。
もしかすると先ほどのことをまだ気にしているのかもしれない。
「言っただろう。お前はよくやってくれた」
「ですが──。私のせいでこの作戦が全てダメになったのですよね?」
「いいや、お前のおかげで商談は成立した」
エステルは顔を上げて、驚きで固まっている。
先に説明してあげた方が彼女の気持ちを楽にできそうだ。
着替えたら説明するからと言うと、少し元気になったようですぐに着替えを終えて、俺はまた部屋に入る。
横掛けの椅子に並んで座り、あの時のことを掻い摘んで説明した。
「そんな変な鎧が出たのですか?」
「ああ、知らなかったのか?」
「はい……戦いの最中に眠ったことがありませんでしたので」
それもそうだろうと思う。
エステルの強さはそれほど異次元だった。
オリハルコン級の二人を圧勝できるほどの実力なら、不測の事態に遭遇したことがなかったのだろう。
「でもよかったです。最近全くお役に立てなかったので、これで解雇させられるかと思いました……」
「何を馬鹿なことを。それよりお前はあの男に何を見せられたんだ? かなり苦しんでいたが……」
「くだらない話ですよ。フェーが自殺をしようとしたなんて」
──あのくそベレー帽め。なんてものを見せやがる。
道理であそこまで、弟の名前を連呼するわけだと納得した。
独りになる辛さは俺も知っている。
親父が死に母も後を追った。
家族が誰もいない中で、自分だけの力で生きていくには大変な世界だ。
自然と手が伸びて彼女の肩を引き寄せる。
「えっ……?」
改めて落ち着いて彼女の体に触れたことで、想像以上に華奢だとわかる。
こんな体で誰よりも強いとは信じられないものだ。
だがそんな彼女も震えていたのだ。
夢とはいえ、弟を亡くしたことで。
「俺が絶対にお前達姉弟の面倒を見てやる。だからそんな心配はしないでいい」
弟の病気も治療法が判明すればすぐにでもお金を出す。
彼女の貢献度を考えたらそれくらい安い。
それにこれ以上悲しませたくない。
「あ、あの……これだと恋人だと勘違いされますよ?」
緊張したような声で彼女の顔が耳まで赤くなっていた。
そこで俺もハッとなる。
無意識に行動に出てしまい、もう取り繕うことができなくなっていた。
彼女の顔にそっと横から近づき、唇を奪う。
長い時間ではなく、短く、割れないように、そっと──。
ゆっくりと顔を離すと、彼女の顔がどんどん赤くなり、何が起きたのか少しずつ理解しだしたようだ。
「俺はお前が好──」
「ぼっちゃま!」
廊下から俺を呼ぶ声が聞こえた。
おそらくはイザベルだろう。
彼女にも色々と説明が必要になりそうで、ここでも大きな一悶着が起きるだろう。
「レーシュ様、今のは……」
緊張した様子で、まだ顔が赤くなっている。
その姿にさらに愛おしくなる。
だがイザベルがいる前なので、あとは屋敷に帰ってからだ。
一度立ち上がり、イザベルが入室してくれるだろうから出迎える。
「夜に部屋に行く」
「えっ……」
落ち着いた後でまた気持ちを伝えればいいだろう。
イザベルへの説明が俺の一番の山場だ。
その時の俺は彼女の表情に気が付かなかった。