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側仕えの反撃開始

 私の第一声の謝罪で場が沈黙した。

 独断で動きながら失敗して、結果的に主人に尻拭いをしてもらうなんて使用人失格だ。

 レーシュの声が静かな空間でゆっくりと伝わってくる。


「謝罪か……。どうしたものかな」


 突如としてイザベルも立ち上がり、同じく頭をレーシュへ下げた。



「今回の件はわたくしも了承致しました。責任者であるわたくしめに罰をお与えください」



 彼女の責任感の強さを目の当たりにする。

 私に全て押し付ければいいのに、彼女は側仕えの長として私を庇うのだ。

 またもや長い沈黙がやってきた。

 レーシュがどのような罰を与えるのか、それを待つ地獄の時間。

 そんな重い雰囲気でもラウルは変わらず、レーシュへ気安く話しかけた。


「これは少し不可解ですね。今回起きた原因は、モルドレッド家が行ったことによる確執によって起きたこと。当の本人は病気で役に立たず、側仕えたちは主人の留守を必死に守った、誰が一番悪いと思いますかな」



 ラウルの言葉はレーシュを責めるような言い草だ。

 お互いに睨み合ったが、すぐにレーシュはため息を吐いて体を楽にする。



「心配するな。今日は誰も罰する気はない」



 温情の言葉をもらって私とイザベルは顔を上げた。

 ラウルも、それでよし、と笑顔で首を振っていた。

 そしてまたラウルは尋ねる。


「では私への要件を聞こうか。わざわざ私を残した理由をね」


 ラウルはにやにやとレーシュの返答を待つ。

 二人の関係性からみても、一緒に仲良く会話する仲ではないので興味があった。

 レーシュは苦い顔をしながらも自分を落ち着かせるように、一度深く息を吐いた。



「まずは俺がいない間も、各自が自分の意思で動いてくれたことには感謝する。特にラウル殿には食料などの物資を支援してもらったことには、感謝の言葉もありません。さらには今回の危機に関しても、わざわざ知らせてくれたことで防ぐことができました」



 レーシュがラウルに対して頭を下げてお礼をする。

 少しばかり屈辱的のようだが、素直にお礼を言えるのはラウルとて不快ではないようだ。



「気にしないでくれたまえ。私と君の仲だからね」

「ええ、是非とも今後とも仲良くしていきましょう。営利関係のみですが」



 お互いに黒い笑顔で牽制しあっていた。

 もう少し仲良くなればいいのにと思うが、あまりこの二人の関係に突っ込むと私まで火傷を負いそうだ。

 ラウルは少し興味深く、レーシュへ尋ねる。


「これでこの町では完全に敵しかいなくなったわけだが……この孤立無援の状況を打破する方法はあるのかね? わざわざあそこまで敵を増やすこともなかったのに、自分で自分の首を絞めたからね」



 私もそれが気になっていた。

 領主の側近の奥様に対して泥を塗るような蛮行の数々に、これまであれほど相手の機嫌を損なわないように動いていたレーシュとは真逆の行動な気がした。



「少しやりすぎたと思っている。自分の行動の責任はしっかり取る」



 いつもなら利己的に解決を図ろうとする彼もマレインが侮辱されたことで我を失ったのだろうか。

 一度私と目線が重なったが、すぐに目を背けられ顔を手で隠す。

 そして再度手を退けて、切れ目がより鋭くなっていた。



「ラウル殿、貴殿にお願いしたいのは一つだ。この領土の発展のため、港町と神国との貿易の橋渡しをして頂きたい」

「それはまた面倒なことを依頼しますね。慎んでお断りさせていただきましょう」



 ラウルは薄い笑みを浮かべながらレーシュの協力を断った。

 指を三本立てて、一本ずつ下ろしていく。



「第一にこの町と交易をする理由がない。特産もないこの町に我々は欲しいものがないからね。第二に貴殿は利益を得られる貴族からの人望がない。嫌われ者の貴殿では途中で失敗して損害が出るリスクが高い。第三にこれは国家間での話になる。たかが小さな町の責任者、それも代行などという肩書きの君では話にならない」



 おそらくこれだけではないだろうが、大きく三つの障害を伝えることで今回の実現不可能な現実を叩きつけたのだろう。

 しかしレーシュだってそれはわかっているはずだ。

 ラウルもまたその答えを待っている。



「ええ、これはまだ最初の提案でございません。何事も根回しが必要ですからね。これから実現のために動いていきますので、是非とも頭の隅に入れてください。近々正式にお願い致しますので」


 ふてぶてしい彼だが私が疑う気持ちはなかった。

 一体彼がどのようにこの困難を乗り越えるのか、ワクワクしている自分がいるのに驚く。

 ラウルが帰ってから私たちはこれからの行動をレーシュから指示されていく。


 朝になってレーシュと共に執務をするためナビ・アトランティカの城まで向かうため御者を呼びにいく。

 眠そうに貴族からお呼びがかかるのを待っている暇そうな男がいた。

 大きな欠伸をしながら、私に気が付きながらもわざと無視をしていた。



「すいません。モルドレッド様のために馬車を用意していただけますか?」



 前もこの男が断ったこともあり、私に対して手を振って相手にしない気だ。

 もちろんこの対応は予想済みであったため、私は手に持っている新しい立札を見せた。



「断るのも宜しいですが、新たなここの責任者様からこのような立て札が出ますので、貴方の首がどうなっても保障はできませんよ?」



 私の持っている立札を手に取って書かれている内容を見た。

 そこには、レーシュが今度の統括をする案内と先日までの立て札の内容変更が書かれている。


「か、かしこまりました! 直ちに手配します!」


 真っ青な顔をした御者はすぐさま馬車を手配してくれることになった。

 もうすでに早朝には私たちが利用するところから順番に立札を変えている。


 城に辿り着き、今後レーシュが執務する個室へと向かう。

 誰も出迎えには来てくれず、すれ違う時に立ち止まって礼をする者たちもいなかった。



「想像していたことだが、どいつもこいつも俺がこのままジギタリスに潰されると思ってお近づきになりたくないようだな」

「それを嬉しそうに言うのはどうかと思いますが……」



 これからの作戦を聞いた限り、彼の頭の中身を見てみたい。

 どうやったらそんなリスクを取れるのかわからない。

 失敗すればもう二度と貴族社会では生きていけないことばかりをしようとする。



「お前がいてこその作戦だからな、いや、ここは戦略と言おうか」



 ニヤリと笑うレーシュは個室を確認してから、私は部屋内の避難経路を確認する。

 特に問題はないようだが、レーシュは懐から薬品の入った試験管を取り出して、コルクを外した。

 すると中身が気化して、これから執務で使うはずだった机が青く光る。


「これってもしかして毒ですか?」

「ああ。子供のように悪戯が好きなようだな」



 流石に机に付けられた毒などは私でも探知はできない。

 卑劣なやり方と油断ならない手口にゾッとする。

 レーシュ自身は特に慣れているらしく、私は指示通り毒を綺麗に吹き去った。

 ようやく一息付けると、レーシュは椅子に座って背もたれに体を預けた。

 すると部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 私がドアを開けると、この城の側仕えらしき女性がやってきた。


「モルドレッド様、ナビ・アトランティカ様がお呼びです。至急来るようにと仰せつかっております」

「自分は歓迎すらしないのに、人を呼びつけることはするのか」



 側仕えがギロッと睨んでくる。

 歓迎していない者からすると不遜な態度を取り続けるレーシュに対して悪印象しか持たれていない。

 だがレーシュもまたそんなことは気にせず、側仕えの後ろに続いて部屋まで向かう。

 少し疲れた顔をしたナビが椅子に座って私たちを待っていた。

 私は後ろの壁に付いた。


「お呼びということで急ぎ参りました。昨日はご挨拶もままならなかったので、改めて自己紹介させていただきます。本日より、アビ・ローゼンブルクからの勅命である港町アトランティカのナビ代行を務めてさせていただきます、レーシュ・モルドレッドと申します。どうか今後ともご指導ご鞭撻よろしくお願い致します」



 仰々しく挨拶するレーシュだが誰かに敬意を払うなんて思ってもいないはずだ。

 節々に感じるのは、お前の時代は終わったから早く俺にその席を渡せ、といったところだ。

 息を大きく吐いたナビは恨めしくレーシュを見つめた。



「昨日はよくもやってくれたな。私がどれほど大変な思いをしたと思っている」



 頭を抱えて苦々しい顔をしているので、よっぽど後始末は大変だったようだ。

 しかしあんな見せ物のようなことに加担して、何もしてくれなかったくせによくも自分だけ被害者面になれるものだ。



「これは失礼しました。ただ領主の側近とはいえあまりにも度が過ぎた行いをすれば罰がくだされるという良い事例ができたかと思います」

「お前は、ぬけぬけと!」


 普段は頼りにならなそうな覇気の体が怒りで元気になった。

 だがすぐに我に返って、一度カップに入ったお茶を飲んで気分を落ち着かせた。


「もういい。お前が貴族から嫌われて生きていけなくなっても手伝う気はない。今日は大貴族のお客様が来られるので、部屋から一歩も出ないでくれ」

「お客人ですか。それはナビ代行の私が仕切らねばなりませんね。では私は忙しいのでこれで失礼いたします」

「お、おい! 何をする気だ!」



 レーシュはお辞儀をして、止める声を聞かずに出て行った。

 私も後に続いていき、部屋に戻るとイザベルが私たちの帰りを待っていた。


「イザベル、お客人が来られる前にエステルの着替えを手伝え」

「かしこまりました。ですが、本当に準備はされていると思って間違いありませんね?」

「ああ、何度身の縮まる中で交渉をしたと思っている。その度に俺は領主からこき使われたのだ。これくらいの協力がなくてどうする!」



 領主から多くの課題を受ける代わりに、彼はもうすでに準備を終えてここに辿り着いている。

 もちろん領主からの意地悪なのかわからないが、海賊が取り仕切っているという情報はおりてなかったらしく、もしもの時の策が上手く使えたのだ。


 口紅を付け、おしろいで肌を飾る。

 長い髪は結われ、いつも違う自分へと変わっていく。

 イザベルは慣れているためかどんどん仕上げていき、サリチルとは比べ物にならないほど魅せる化粧をしていく。


「坊っちゃまには本当に困ったものです」

「何か、ありましたか……?」


 動かす手を止めずにぼやいた。

 何のことか分からず、私に飛び火がないことだけを祈った。



「女性の準備には時間がないことを分かっていないことですよ。それにドレスもわたくしが確認するまで、貴女に合わない物を用意しようとしてましたからね」



 そういえば前に私の寸法をイザベルから測られたことを思い出す。

 ほぼ一日費やして、ドレスを一から作り直してもらうことになった。

 どうやら私の場合だと二の腕が完全に隠れる物がいいらしく、さらに健康さをアピールするためにスレンダータイプではダメらしい。

 ほとんどレーシュの趣味で選んだらしく、彼の好みが一目同然だった。

 イザベルには男の願望を入れるなと大きな雷を落とされていた。


「ははっ、イザベルさんはレーシュ様の子供時代からご存知なんですか?」

「もちろんです。貴族院時代もサリチルと私が側仕えとして同行しましたから。片手間でマレインとフマルの世話もしましたよ」



 貴族ってみんな必ず側仕えを用意するのかと驚く。

 マレインとフマルに関しては、自分たちだけで出来そうなのに意外だと思う。


「マレインたちは自分たちで身の回りの世話はできなかったのですか?」

「何をおっしゃいますか。令嬢は何もしないことが一番なのに、着飾っていない瞬間なんて見せられません。特に貴族院は生涯を共にする男性を見つける絶好の場所ですからね」



 マレインとフマルは側仕えの課程を修了しているが、基本的には主人を立てるやり方を学ぶらしい。

 そのために情報を収集したり、勉強したり、男性との社交などやることが多いため時間が全く足りないらしく、身の回りの世話をする者がいないと生活すら困難とのことだ。



「貴族院って大変なのですね。毎日勉強させられるなんて、私だったら死んでいまします」

「私の前でそのようなことを言うのなら、貴女の勉強量を二倍に増やさないといけないようね。文字通り死ぬ気で詰め込んで頂きましょうか?」

「えっ、いや、そんなつもりではっ! 頑張りますから今以上には増やさないでください!」



 仕事の合間を縫って勉強させられるので毎日が本当に辛い。

 だいぶ文字書きや立ち振る舞いについて学んだが、それでもダメだしばかり入る。

 頭が破裂しそうなほどの情報に、一度知恵熱が出たほどだ。

 背中越しに伝わる圧力から逃げるため話を逸らす。


「そういえばレーシュ様はどうだったのですか? やはり成績は優秀だったのですよね?」

「もちろんです。あの方は学業においては最優秀者として国王様から表彰されております」


 ──そんなすごいの!?


 前から頭が良く回ると思っていたが、貴族の中でも特に優秀らしい。

 もしかすると能力の高さゆえ、嫌う者と好む者がいるのだろうか。

 少なからずレーシュに対して好意を持っている人物も何人か城で見かけた。


「確か魔道具……でしたっけ? あれもレーシュ様はすごいのですよね?」


 一瞬イザベルが息を呑むのが分かった。

 何かおかしなことを言ってしまったかと不安になる。



「あの方は確かに才能はあります。ですがどんなに才能があっても適性があります。あの方にはどうしても超えられない才能の壁があったのです」

「それってもしかして魔力ってやつですか?」

「ご存知でしたか。あの方は魔力をほとんど使わない魔道具でしたら一流の物を作れます。ですが貴族の世界で必要とされるのは、魔力を多く含んだ魔道具なんです。中級貴族ではどんなに望んでも、魔道具の研究所では働けないのです」



 彼女の言い方からすると、レーシュが進みたかった道は魔道具の研究だったのだろうか。

 前に暗殺者を追うときに作った魔道具以降は部屋にすら入っていなかった。

 でも少しずつ彼の過去を知れていくのはいいが、あまり踏み越えてはいけない領域のように感じられた。


 どんどん支度が進んでいき、銀で出来たネックレスを身につけ、最高級の糸で紡がれた髪飾りを身につける。

 立ち上がって自分の姿を鏡で見てみると、海よりも濃い青のドレスで気品があるように思えた。

 思わず自分の姿に見惚れていると、腕を引っ張られた。


「ちょっと、イザベルさん!」

「時間がないのだから急ぎますよ!」



 確かに言う通りだがもう少し自分の姿を見たかった。

 ドアを開けるともうすでに準備ができていたレーシュが待っている。

 時間が掛かったため少しイラついているようで、腕を組んで難しい顔をしている。


「遅いぞ! もうじき来てしまぅ……だ、ろ?」



 レーシュの怒りの声がどんどん霧散していく。

 まだ慣れないドレスのため、少し動きづらかった。

 人からはどのような目で見られるか少し不安もあり、彼の表情は何を表しているのだろうか。



「えっと、似合ってますか?」


 レーシュの目が現実に戻されたようにはっきりとした。

 そして彼は優しく微笑む。



「ああ、俺たちの躍進の始まりを飾るのにこれ以上なく相応しいものはない」



 レーシュが手を差し伸べてくるので私はその手を受け取る。

 まずは最初の反撃は貴族らしく貴族のルールで戦う。


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