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側仕えと新たな仲間たち

 夢を見ていた。

 そこは大きな平原で、見渡す限りには何もない。

 いや、何もないと言うには少しばかりこの場の表現に相応しくない。


「今日もたくさんいるのね……」


 多くの甲冑を身に付けた戦士たちがわらわらと出てくる。

 地面から、空から、空間から、草原を埋め尽くさんほどの大群だ。

 私を倒そうと殺気立ち、多種多様な道具を持って行進してくる。


 ある力を譲渡されてから毎日戦わされる。

 私が少しだけ普通の人より強いのはこの鍛錬を毎日こなしているからに他ならないだろう。


 強くなるのは至ってシンプル。


 毎日千人と戦えばいい。

 いないのなら千の魔物と戦えばいい。

 ただ単純に私はそれで強くさせられた。

 さらにこの世界では普段よりも、力が増し、言葉にできない高揚感をもたらされる。


 今日も敵を全て薙ぎ倒す。

 だがこんなのは準備運動にしかならない。

 何故ならこの後にこそ、関門があるのだから。


 最後の関門は七つあり、強者を七人倒せということだ。

 これを倒せば、本当に私の血肉に変わるのだという。


 一人目を抜けた。


 二人目を抜けた。


 どんどん苦しくなる。


 さらに三人から六人目まで倒した。


 そして七人目を目の前にして、力尽きてしまった。

 体が一歩も動かず、現実に引き戻されていく。

 その時に決まって空から声が降ってくる。


 ……この試験を乗り越えれば、一騎当千の力がそなたに“加護”をもたらすだろう。



 目が覚めた。

 初めて六人目を越えて、もうすぐこの試練の終わりを感じる。

 だが実感がないのもまたこの力のせいだろう。

 あの世界での力が使えず、この世界で使えるのはあの世界で鍛えた技のみだ。

 もしあの世界の力を使えるようになったら、この力は何に役立てればいいのだろう。


「考えても仕方ないか」


 深く考えない性格のせいか、いつも通り私は仕事の準備をするため着替えるのだった。



 レーシュの汚名が晴れてからいくにちも経ち、冬の大吹雪も通り過ぎ、春の訪れを感じるほどの暖かな日、私はレーシュから呼び出された。



「おはようございます、レーシュ様」

「ああ、おはよう。早速だがお前に紹介しないといけない」



 レーシュは壁際に立っている女性五人の紹介をしてきた。

 どうやら前にここにいた側仕えたちが帰ってきたらしく、さらには別の貴族から花嫁修行の一環として送られたきた者たちらしい。

 私も同じく自己紹介をして、名前と顔を一致させる。



「今後もサリチルが筆頭側仕えとしてみんなを仕切っていくが、供回りに関しては全てお前がやることになる」

「はい」


 レーシュはこれから敵に狙われることが多くなると言われている。

 派閥を抜けたのだからそれ相応の代償を払えと力ずくで来る可能性があるらしい。

 前に勤めていた側仕えの中で最年長であるイザベルが手を挙げて発言の許可をもらう。


「坊っちゃま、お久しぶりでございます。久方ぶりのためここのやり方を再度頭に入れなければいけませんが、一つだけお伺いさせてもよろしいでしょうか?」

「ああ、言ってみろ」

「ありがとう存じます。では何ゆえ格式高い方が側仕えで控えておりますのに、平民の女性を重宝されるのでしょうか」


 イザベルの目は私を厳しく見る。

 平民の私に対して過分すぎると思われているらしく、何人かの側仕えも私を見下した目で見ていた。


「それはこの娘が護衛に長けているからだ。サリチルよりも腕もたつのだから一緒に行動するのは当然だろう?」

「ならばなぜ全てと仰ったのでしょう? 先程だと社交全般でもその娘を連れていくと聞こえましたが、それは否定されるということでしょうか?」




 どうやらイザベルという女性はレーシュに昔から仕えているらしく、レーシュも強くは言えない様子だ。

 それを見かねたサリチルが助け舟を出した。



「イザベルさん、レーシュ様も社交についてまで言ったつもりはありません。これからしばらくは港町へと赴きますので、そういったことをする余裕はないですから、またしばらくしてそこについて考えていきますでしょう」

「そうですか、確かにしばらく社交の時期から外れますからね。ただ、アビがお付けになった二つ名が気になりましたので、念のために確認しとうございました」



 レーシュの表情が一瞬曇り、私もあの時の恥ずかしさが思い出された。

 危険な状態だったとはいえ、口移しで薬を飲ませたら領主から二つ名でからかわれるようになるなんて想像していなかった。

 しばらく会うたびにぎこちなくなってしまい、ようやくその時のことも忘れて普段通りになったのに、蒸し返すのはやめてほしい。



「其方の言いたいことはわかった。イザベル、後ほどお前に頼まないといけない仕事があるため、詳しく聞きたいならそこで聞け。紹介のためだけに長い時間を取っていないのでな」

「そうですね。お時間を無駄にしてしまい大変申し訳ございません」



 重たい雰囲気も過ぎ去り、私も仕事に戻ることができた。

 さて早速とこの時間は軽食と紅茶の時間のため準備をしようとキッチンへと向かった。

 するとちょうど箱に詰めた荷物を運んでいる平民の若いそばかす男と出会う。



「あれ、ああ! すいません、すぐに退けますので!」



 今日から来ることになっていた料理人らしく、今までは私が担当していた料理をプロに任せることになったのだ。

 どうやら私を貴族と勘違いしているようなので、今後のこともあるので誤解を解かないといけない。



「大丈夫ですよ。私も平民なので、手伝いますね」

「ええ!? そうだったのか! てっきりお綺麗だったから貴族の方かと思いました! いや、あれですよ、口説いているわけではないですよ!?」



 かなり慌てているため一人でどんどん喋る。

 この歳で貴族の屋敷の料理長を任せられるのだから相当の実力があるのだろう。

 ただやはり貴族の屋敷で働くのは不安が大きいと思うので、同じ平民として少しでも不安を取り除いてあげるのも先輩の役目だ。


「わかっています。レーシュ様の食事を準備しますので、今日は私にお貸しください」


 流石に来たばかりの彼に全てを任せるのは酷な話だ。

 彼もそちらの方が助かると素直に聞いてくれた。



「そういえばまだ自己紹介してませんでしたね。私はエステルです」

「俺はジャスマンと言います。お言葉に甘えさせて頂きます。そこの軽い荷物だけでも持ってくださると助かります」



 一緒に荷物を運んでいき、必要な道具だけ先に取り出していく。

 おそらく彼はこの荷物の整理だけで終わってしまうだろう。

 私は早速フライパンに油を敷いて調理に取り掛かる。


「あら、何この汚いキッチンは?」


 花嫁修行でやってきた二人の側仕えが馬鹿にするように辺りを見渡していた。

 やはり貴族社会で育っているため私に対しても良くない感情を持っているらしい。



 ──フェーには会わせないように気をつけないと。



 料理人のジャスマンは貴族がやってきたことで萎縮しているようで、作業を止めて不安そうな顔をしていた。

 ここは私が窓口にならないと、慣れるまでは危なそうだ。


「今日はまだ荷物の整理が済んでおりませんのでご容赦くださいませ」

「ふんっ、平民のくせに何を勝手に喋っているのよ」



 目がつり上がっているため威圧的に見えるパンセが不機嫌を隠すことなく言い切る。

 常に怒ったような顔をしているから少し老け顔なのだろうか。

 どうやら独り言だったらしく余計な声掛けだったみたいなので下手なことを言わないようにする。

 私は黙って調理を再開すると、もう一人のぽっちゃり令嬢のジャサントが手を口に当てて大きく驚いていた。


「まあ、側仕えが料理を作るのですか?」



 今度は確実に尋ねているようだったから答えた。



「はい。前までは人がおりませんでしたので、私がお食事を作っておりました」

「平民は雑用が得意なのね」



 どこか引っ掛かる言い方だがここでムキになるのも意味がないだろう。

 私は聞き流すことにする。

 パンセはテーブルに座り私に命令をする。



「わたくしもお腹が空いたから何か作ってください」



 思わずそちらに目を向けた。

 まだ勤務中にも関わらず、堂々とサボって食事をしようとは。

 もしかすると貴族なので私より休憩が多いのかもしれない。



「大変申し訳ございません。今はレーシュ様へお出しするのが先ですので、その後でもよろしいですか?」

「あら、そこの男が空いているじゃない。あなたじゃなくても構わないわよ」



 ジャサントもまた相席をして、椅子に座って当然のように言ってくる。

 まだ荷物の整理で忙しいのが見てわからないのか。

 だが真面目なジャスマンは大きく返事をして作業に取り掛かっていた。



「ごめんね、これを持っていったらすぐに戻ってくるから」

「気にしなくていいですよ。これくらいの無茶振りは予想してましたから」



 あまりこの人たちと一緒の空間に残すのは不安があったため、私はすぐさまワゴンに料理を入れて持っていく。

 どうやらまだイザベルのと話が終わっていないらしく席を立ったままだったので、軽食と紅茶だけ置いてすぐさま戻ることにした。

 廊下を早足で歩いていると、部屋からサリチルが出てきて私を呼び止める。


「エステルさん、ちょうどよかった」

「どうかしましたか?」

「はい。今は研修中なのですが、パンセさんとジャサントさんが席を外したらお戻りになりませんでしたので……」


 やっぱりサボっていただけだったか。

 サリチルは小声で言いづらそうに話す。



「少し私でははばかられる場所のため、遠くからでも構いませんので呼んでくださいませんか」

「はばかられる? キッチンにいましたけど、お連れいたしましょうか?」



 どうやらお手洗いと称してサボっているようだ。

 サリチルも頭を抱えており、扱いに困っているようなので私も手伝おう。



「エステルさんでは荷が重いでしょうから私が行きましょう」



 サリチルと共にキッチンに行くと、二人とも優雅なティータイムを過ごしていた。

 よくぞここまで堂々とサボれるなと逆に感心する。

 サリチルが来ても全く慌てないのだから、彼女たちの心臓は鋼で出来ているかもしれない。


「お二方、皆様がお待ちです。早く戻ってくださらないと、研修が終わりませんので至急お戻りください」



 サリチルが言っても全く聞いておらず紅茶を飲む音だけが聞こえた。

 このままここにいては邪魔なので、私がどうにかしよう。

 気付かれないように近づき、二人の首に軽く一撃を与えて気絶させた。



「えっ、あれ? 急にお眠りになったんですか?」


 ジャスマンは二人が私によって気絶させられたと思っていないらしく呑気なことを言っている。

 ただ彼も貴族がここにいたら仕事が進まないと思うので、すぐさま二人の令嬢を担いだ。



「お休みのようですので、このままお部屋までお連れしましょう。すぐに起きれるように調整していますのでご安心ください」

「エステルさん……いえ、ここは言葉に甘えましょう」



 サリチルはため息を吐いてそれ以上は何も言わなかった。

 ジャスマンは私が大人二人を持ち上げていることに驚いて固まっていた。

 部屋まで連れていくと全員が研修を受けるため椅子に座っている。

 気絶した令嬢を持ち上げている私はおかしな目で見られている。

 その中でもイザベルは私を見て、悪夢を見るように頭を押さえている。



「エステルさん、貴女は……」



 イザベルも席に座っており、どうやらレーシュとの話も終わったようだ。

 困惑しながらも、彼女の苦言をもらう。


「女性が人を担ぐなんて聞いたことがありません」

「えっと、言うことを聞かなかったからです。すぐに起こしますのでご安心ください」


 私は慌てて二人を席に座らせ、再度首に一撃を入れた。

 するとまるで魂が入ったかのように二人とも目を覚ます。



「あれ、わたくしは一体……」

「どうして席に戻っているの!?」



 二人とも意識を戻ってくれたので、あとはサリチルに任せよう。

 どうにもイザベルという人は苦手だ。

 これ以上話す前に部屋を出た。



「おい、エステル」


 さてやっと仕事に戻れると思っていたら、次はレーシュから声をかけられた。



「どうかしましたか?」

「ああ、前に話していた社交のマナー講師が決まったから伝えようと思ってな」



 ネフライトとの茶会のために社交の基礎を学べと言われていたことを思い出す。

 弟の病気を治すためにも貴族の力は必要だ。

 これまで保留になっていたのはなかなかその成り手がいなかったためだ。



「ありがとうございます」

「礼はいい。お前がネフライト様と親交を深めるのは俺にとっても助かるからな。それと講師はイザベルがしてくれることになった」



 思わず顔を顰めてしまった。

 私にあまり良い印象を持ってなさそうな人が本当に教えてくれるのだろうか。

 レーシュは私の考えが分かるようで、クスッと笑うのだった。



「お前は本当にすぐ顔に出るな」

「も、申し訳ございません」

「いや、朝のあれで苦手なのは分かる。だが唯一任せられるのがばあだけだ。人に厳しいが仕事を放り投げることはないからお前もしっかり学べ」

「はい、頑張ります」



 もしかすると先ほど任せたい仕事とは私への指導のことだったのだろうか。

 指導をすることに納得したということは少しは優しく接してくれるかもしれない。

 だがそんな期待は簡単に裏切られた。

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