間話 側仕えと聖なる夜
クリスマス間話です
レーシュの名誉が回復したおかげで、城で執務をするときも前みたいに敵視する目が減った気がする。
その代わり物珍しい目で見られる機会が増えた。
今日は資料を見るために城の図書へ廊下を歩くと、騎士と思われる大柄な男性が話しかけてきた。
「今日も仕事かね、モルドレッド君」
ガタイが良く、鎧越しでも分かるほどの鍛えられた男だ。
髪が全くないが、不潔さはない。
筋肉質であり、誠実そうな顔をしているのはもちろん、レーシュに対しても特に嫌悪はしていない様子だ。
レーシュもまたそこまで毛嫌いしているわけではないようだが、貫禄ある風格に少し緊張していた。
「はい。これから多くの仕事が増えますので図書室の方へ行く予定です。チューリップ様も本日は訓練でしょうか?」
「うむ、北部の平原にはいつ凶悪な魔物が出るか分からんからな。その時に遅れを取らないように、部下たちを鍛えんといかん。まだまだ甘ったれも多いからな」
口ではきつく言っているが、思いやりのある声に彼の人柄の良さが伝わってくる。
おそらく自分で見たものしか信じない武人なのだろう。
だからレーシュもまた警戒せず、親しく話せるのかもしれない。
「それはお恐い。チューリップ様の指導はお厳しいと聞きますので、屈強な騎士たちが多くいらっしゃるのですね」
「そうだといいがな……時に失礼だが、そこの側仕えが噂される貴殿の良き人かな?」
「なッ!?」
チューリップの目が私へと向けられた。
あの出来事のことが広がっているのは正直恥ずかしい。
まさかこのような堅物そうな人にまでその話題を出されるとは、よほどレーシュの噂は良くも悪くも広まるのだろう。
「チューリップ様! あれは毒で動けなくなった私に仕方なくしたことであります!」
「そ、そうだったのか! これは失礼した。お主の経歴ではそれも致し方なしと誤解してしまった。すまん、許してくれ」
どんどん噂に尾ひれが付いていったのだろう。
おそらく遊びで手を出したとかの方に近い噂になっているようだ。
「いいえ、ご理解いただきましてありがとう存じます。是非とも変な噂がありましたら、少しでも正してくださるとありがたいです」
「うむ、承知した。さて、長話をしたな。わがはいも今日ばかりは早めに帰りたいのでな。貴殿にも良き出会いを」
「こちらこそ。またお話をお伺いできればと思います。本日の出会いに最高神へ感謝を捧げます」
チューリップの顔が綻ぶのを見て、もしかすると奥さんか誰かとお楽しみなのかもしれない。
お互いに別れて、また廊下を歩き出す。
ふと、レーシュが何度か私を気にしている気がした。
「どうかしましたか?」
護衛の名目で来てはいるが、側仕えとしての役目も果たさないといけないため、少しでも足りないことがあれば教えてもらわないといけない。
まだ先ほど言われたことで生じた恥ずかしさから来る頬の紅潮が僅かに残っている。
「あまり気にしすぎるなよ。お前のあれはあの時は最適解だった。お前がいてくれたおかげでどうにか無事だったのだからな。感謝している」
前であれば絶対に言わないような褒め言葉をもらって嬉しくなった。
思わず笑ってしまうと、レーシュは不思議そうな顔をしていた。
「どうして笑う?」
「いいえ、ただこうして面と向かって言われると気恥ずかしくなってしまいまして」
「ふっ……お前は入った時と変わらんな」
どこか吹っ切れた顔になってレーシュはまた歩き出した。
図書室へ入ろうとしたので、私も付いて行こうとしたら、レーシュから止められた。
「お前は外で待っておけ」
「でも、それだと護衛が……」
領主の城とはいえ、レーシュの場合にはどこで何をされるか分からない。
屋敷ならいざ知らず、少しの危険でもあるのならば近くにいた方がいい。
しかしどうやら入室できない大きな理由があった。
「ここは許可証を持っている者しか入れないんだ。人の目も多いここで馬鹿なことをする輩も少ない。暇だろうが、しばらく我慢してそこで立っててくれ。もし変なちょっかいをかけてくる奴がいたら適当に誤魔化せ」
そんなことを言っても上手くその場を収める能力なんてない。
しかし領主の城で決まっている規則に私が色々言ってもしょうがない。
大人しくここで待つようにした。
──そろそろかな
かなり時間も経ってきて、外から少しずつ雪が降ってきている。
時々やってくるおかげで、だいぶこの城にも慣れてきたがここから見える雪は別物に見えた。
綺麗だなと眺めていたら、ここの廊下を歩く二人の騎士がいたので、私は道を開けて壁側に立ち、お辞儀をしたまま通り過ぎるのを待った。
だが嫌なことに目の前で歩く足が止まった。
「ん? おいお前、顔をあげてみろ」
興味ありげな若い声が命令してくる。
ここで反抗してしまうのは良くないのを知っているので、私はゆっくりを顔をあげた。
まだ新人の騎士のようで、どこか子供っぽさがあった。
──早くどこか行ってくれないかな。
いつも決まってこういう時にはトラブルに遭うものだ。
細めの目を持つ糸目男が近付いて、私の顔を穴ができるほど見つめてくる。
「お前、モルドレッドの女か?」
またあの噂の件だ。
先ほどのチューリップもすぐに理解してくれたので、主人の名誉回復のためにも私もしっかり伝えよう。
「私は──」
答えようとした時に平手が飛んできたのでそれを避けた。
遅い動きだったからよかったものをいきなりこんな失礼なことをしてくる理由はなんだ?
相手は避けられるとは思ってなかったようで、後ろにいるもう一人のひょろっとした長身の男は笑っていた。
「お前、女相手に外すなよ」
「うるさい! 偶然避けられただけだ!」
避けられたことが恥ずかしかったのか、私に対して強い怒りの目を向ける。
しかしこんなことをされる理由もないため、どうしてこんな目を向けられなければいけないのか。
「申し訳ございませんが、私が貴方様へ何かしましたでしょうか?」
「あのモルドレッドの女だから気に食わないだけだ! 平民の女なんかを領主の城に入れる犯罪者一家なんだから文句はないだろ!」
とんだ暴論を吐かれる。
普通なら平民は貴族に対して反抗できないので、好き勝手なことをやって生きてきたのだろう。
もう一人の長身の男もこちらの側に近づいてきた。
壁に手を当てられ、私を逃さないようにする。
「なあ、今日はさあ楽しい聖夜だから。俺たち暇なんだよ」
──聖夜ってなんのこと?
まだ都会に来て日が短い私にとってここでの行事に疎い。
当たり前のように話すくらいだから、今日は何かお祝い事があるのだろう。
だがこの男たちの目の欲望に染まった目は如実に目的を表していた。
「あの男とやったことなんて気にしないから、あっちの東屋で休憩して行こうぜ」
「大変誤解でございます。それにわたくしではお貴族様を汚すだけでございますので別の方がよろしいかと存じます」
お断りを入れると長身男の眉がピクリと動いた。
これは怒ってしまったかと思ったが、突然私の髪を触り始めてくるのでゾッとした。
気持ちが悪いと思いながらも、私はそのまま触られるままになる。
「なあ、俺がお前を買ってやるよ」
糸目男は正気かとその長身男の言動に驚いていた。
嫌な申し出に上手く断る方法が思いつかない。
私が言葉を返さないことに気を留めず、汚れた目を向け続ける。
「ああ。ちょうどこれから長い雪で退屈だからな。飽きるまでは花街の代わりにしてやる」
いい加減腹立ってきたので、気絶させてそこらへに吊るしてあげようかと思ってきた。
長身男の手が伸びてきて私の体を触ろうとした時に別の手が止めた。
「何をやっている?」
仕事を終えたレーシュがいつの間にか図書室から出てきていたようだ。
傍目からも分かるほどイラついており、もし喧嘩になればレーシュでは歯が立たないだろうがそれを考える冷静すら失っているようだ。
長身男もレーシュが途中で止めたことに苛立って蹴りをレーシュへ放つ。
しかしそれを許すわけにはいかないので、私はその蹴りを手刀で叩いた。
「うぐっ!」
手加減はしたので筋は痛めていないはずだ。
うずくまって足を抱えて痛みを我慢している。
これはやってしまったかと思ったが、レーシュは私の腕を引っ張り後ろへとやった。
「文官の私に抑えられるとは惨めだな」
やったのは私だが、おそらく下手に恨まれるより貴族のレーシュがやったことにして庇ってくれるようだ。
だがそれは騎士のプライドを傷付けたようで、糸目男が相棒の加勢をしようと剣を抜いた。
このままでは危ないと思い、私は再度前に出ようとしたら怒声が降ってくる。
「何をしとるかぁぁあ!」
耳を塞ぐほどの声量に思わずびっくりした。
奥の方から、怒りの顔のチューリップがやってきた。
──もう帰ったんじゃなかったけ?
「おい、チューリップ様だ! 逃げるぞ!」
「お、おい待ってくれ!」
騎士の二人は上官がやってきたので、バレる前にとすぐさま逃げていった。
残ったのは私とレーシュだけになり、チューリップへの報告はレーシュの役目になった。
「先ほど剣を抜いたのが見えたが何があった?」
「あいつらが俺の側仕えに暴行をしようとしていたから止めただけです」
「なんだと!? あのガキども、まだまだしつけが足らんようだな。そこの側仕え!」
大声で私を呼ばれてたので、背中がまっすぐとなる。
一体何を言われるのかと思ったが、頭を下げられた。
「平民とはいえ、浮ついた部下が失礼した!」
「い、いいえ! お気になさらず!」
慌てて頭を上げさせた。
まさか平民にまで謝ってくれるなんて。
本当に貴族の性格は十人十色だ。
次はレーシュの方へ顔を向けて厳しい視線を向ける。
「だが貴殿も迂闊だぞ! 今日に限って女を一人にすれば、このようなことが起きても仕方がない!」
「はい……返す言葉もありません」
どうやら今日はよっぽど特別な日のようだ。
考えてみるといつも見かける女性たちがおらず、これまでにすれ違ったのも男ばっかりだった気がする。
「もしかして、チューリップ様はそれを注意するために戻ってきてくださったのですか?」
「おい、やめろ! ここにいるってことはだな──」
好奇心で聞いただけだが、レーシュから口を塞がれる。
どうしてかと思っていると、突然チューリップの顔が悲しみに変わっていく。
「食事で別れを切り出されてな。まあ、短い恋だった……」
どうやら失言だったらしく、レーシュから呆れた目で見られた。
慰めようにもどんな言葉を伝えればいいのだろう。
しかし流石は人を指導する立場にあるだけあってすぐに立ち直ってくれた。
「まあ良い。今日は早めに帰るといい。しかし……」
チューリップは私の腕、もしくは掴んだままのレーシュの腕を見ているようだった。
レーシュがずっと掴みっぱなしだったが、彼も気づいたようで突然パッと手を離された。
「ふむ、ではわがはいも帰ろう。寒くなるから気を付けて帰れ」
儚げな顔でチューリップは私たちとは別れていく。
私とレーシュは馬車で屋敷まで帰る。
馬が動き出してから、レーシュから話を切り出された。
「今度からお前の分の許可証も作っておく」
「そんなッ──! あれくらい気にしないで大丈夫ですよ!」
もしもの時は上手く気絶させるつもりだ。
だがレーシュはそう思っていないようだ。
「俺が気にする」
まっすぐと見つめられ、彼の言葉がストンとお腹に落ちた気がした。
ボーッとしたまま無言になってしまい、お互いにハッとなり顔を背けた。
──どういうこと!?
今のはまるで私の身を案じてくれたみたいではないか。
しかし彼は貴族で私は平民だ。
そんなおとぎ話のようなことは起きるわけがない。
確かに彼には、初めて会ったときは、知的な顔に短く整えられた黒髪で魅力的に感じた。
しかしその後のやり取りやお互いに言い争いをしたことで考えることもなくなっていた。
「俺は嫌われ者だ……」
突然レーシュはつぶやいた。
「もう二度と這い上がることはできない。そんなことはない、と否定しても乗り越えることはできなかった」
レーシュがどうしてあれほど他の貴族から敵視されるかは分からない。
彼のそばで見ている限りでは、贔屓目に見ても優秀だと思う。
それなのにそれが全く評価されないことに、少なからず私も怒りが上がってきた。
「だがお前のおかげで俺はこの場にいる。お前だけはずっと側にいてくれ……」
窓を見ながら言うので彼の横顔しか分からない。
ひねくれている彼がどんな顔しているのか見れないのが残念だ。
「私も感謝しております。弟の治療に希望が持てましたから。だから私も──」
突然、馬車が途中で止まった。
一体何事かと思っていると、目の前にレストランが見える。
扉を開けられ、見えた顔はサリチルだった。
「お二方、お待ちしておりました。さあ、冷えますので、どうぞお入りください」
ポカンとしている私にレーシュは笑っていた。
「何を口を開けている。側仕えだろ? しっかり主人の世話をしないか」
また前の嫌味な口調が返ってくる。
いつもの調子に戻っていたがそれでいい。
私と彼はこういう関係だ。
どうやら色々あったことで考えすぎているようだ。
サリチルはコソッと耳打ちしてくれた。
「今日は大切な日なので予約を入れていました。弟君もいらっしゃるのでご安心くださいませ」
「ありがとうございます」
私が先に降りて、次に降りてくるレーシュの手を取って安全にお連れする。
内装もかなり力が入っているレストランのため、私では到底支払うことができないお店だろう。
席にフェニルも座っており、こちらに気づいて立ち上がった。
一緒にテーブルまで向かうと、気になっていたことがあったのを思い出す。
「そういえば聖夜ってなんですか?」
私が尋ねると、レーシュとサリチルは驚いた顔で止まっていた。
どうやら知らないと思ってなかったようだ。
レーシュは呆れた顔だったが教えてくれる。
「最高神の誕生日だ。だから大切な人と一緒にこの世界を作ってくれた神様に祈りを捧げる。今日は特に祝いたくてな。──が来てくれた今年だけはな」
レーシュの最後の言葉聞き取りづらかった。
だがなぜか深くは聞く必要はないように感じた。
私もまた温かな気持ちでレーシュの向かい側に座るのだった。
──私もレーシュ様と出会えてよかった。
今日も弟と無事に年を越せたこと、そしてこうして迎え入れてくれたことは本当に幸せだ。
どうかこんな日々が続いてほしい。