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側仕えと眠れる森の王子様

 後日、領主の城でラウルから進言のあったことの褒美をもらえることになり、私とレーシュで向かうのだった。

 前と同じく舞踏会をするらしく、貴族は本当に踊るのと騒ぐのが好きなようだと呆れるものだ。

 ただ今回はレーシュが主役なので今回くらいは参加してもいいとは思っていた。

 お城に入る前に騎士に招待状をレーシュが手渡す。

 前みたいにいちゃもんを付けられるかと思ったが、すんなり通してもらえた。



「どうにも不気味だ」



 レーシュは真っ直ぐとホールに向かう中でぼやいた。

 それは同意見だ。

 受付の騎士が笑いを堪えていたり、こちらを遠巻きに見る貴族たちも前よりも多かった。

 でも前みたいに敵意や無関心よりはマシな反応だとはいえる。

 私たちは騎士に案内によって前の席まで移動した。



「くそッ、もうすで白髪野郎も来ていたか」



 領主が座っている隣にラウルがいた。

 神官と貴族は仲が悪いのにあの場所にいるのは、貴賓として呼ばれているからだろう。

 あちらも私に気がついて手を振ってきたので、頭だけ下げて応えた。



「モルドレッド、ご活躍おめでとうございます」



 ネフライトがレーシュに声をかけたことで周りからどよめきが出た。

 すぐにレーシュが膝を折ったので、私もすぐにそれを真似た。

 この場所では領主と同じくらい天上の人物のため、中級貴族のレーシュの名前を覚えてくれるのは光栄だと言える。



「全てはあの時に慈悲の手を差し伸べてくださった、ネフライト様のお力によるものです。卑しい立場の私に分け隔てなくお与えになる優しさに、私は貴女様を神が遣わした女神のように見えた。今後ともこの恩を忘れずに、貴女様への忠義を尽くさせて頂くことをお許しください」



 よくもそこまでペラペラと言えるものだ。

 ネフライトのような大貴族に言い過ぎることに悪いことはないだろうけど。

 ただやはり周りからの嫉妬の視線とささやき声をもらっていた。



「許します。今後とも領土にとって最良の道をお選びください」

「はい!」

「それと、もう一つ……」



 言葉を付け足すネフライトにレーシュの体がビクッとなった。

 何か要求があるのかと私も緊張してしまう。

 ネフライトの目が一度私を見て、そして微笑ましいようにレーシュを見たのだった。


「女神は別にいるようですので、先程の言葉は聞かなかったことにしましょう」

「はぁ……?」


 レーシュは言葉の意味が分からずに首を傾げ、ネフライトもまた詳しく説明するつもりもなく、他の令嬢たちとお喋りに向かった。

 もやもやが残っているレーシュだったが、時間になったため顔を引き締めるのだった。

 領主が椅子から立ち上がってステージの上から私たちを見下ろした。

 今日は頭に乗せているティアラが大きく目立つ。

 こちらまで輝きが届き、耳飾りやブローチすらその一点には敵わない。

 だがそれでもなおただの装飾品と思わせるのは、その気品に満ちた顔と優雅な振る舞いのせいか。



「本日は急な招待に応じていただきましてありがとうございます。今回卑劣な陰謀を未然に防ぐことができましたので、今後このようなことがないように共有をさせていただきます」



 領主に代わって側近の一人が麻薬についての報告をする。

 全ての罪はジールバンにあるということ何度も強調していた。

 だが他の麻薬使用者は無理矢理命令されたことで、慈悲深くも領主からの罰だけで済んだと。

 領主の側近の場所を見るとこちらを睨んでいるジギタリスがいた。

 あいつも首謀者のはずなのにどうして無事なのだろう。

 レーシュの肘が当たってきた。

 どうやら私の視線に気付いたからのようだ。



「あまり見てやるな」

「だって、あの人だって罰せられるべきでしょ?」

「それは領主の立場からできん。自分の側近がやったとなれば汚点となるからな」



 領主の側近だからと許されるのなら今後も何かされる可能性がある。

 それなのにこちらは毎回指を咥えて黙っていないといけないことに納得がいかない。

 しかしレーシュはすました顔をしている。



「あの領主を甘く見るなと言ったはずだ。自分にとって弱点になる人間を野放しにする女なら、今頃には他の者たちによって廃嫡されている」

「かなり信用しているのですね」

「物は言いようだな。目の上のたんこぶとも言える」



 領主に対して最低な言い方だが、公共の場で珍しく悪態を吐くのは私を信用してのことだろうか。

 やっと長い話も終わり、私たちにも関係する話に移っていく。



「今回の事件が発覚したのは、邪竜教を追っていた神国のラウル殿、またその協力者であるモルドレッドの活躍によるものです。教王の名代であらせられるラウル殿からの贈り物とアビ・ローゼンブルクからの感謝のお言葉、そしてレイラ・ローゼンブルクから個人的な二つ名を賜ることになります」



 ──レイラ・ローゼンブルクって誰だろう?



 周りからも二つ名のところでどよめきが出てきてので、かなりすごいことが予想される。

 再度領主が椅子から立ち上がって、レーシュを呼ぶのだった。



「行ってくる」



 短く答えたので、私は笑顔で送り出した。

 周りからの注目を浴びながらも堂々と進む姿にこちらも誇らしくなった。

 領主の目の前まで向かい、お互いに向き合う形になっている。

 いつもなら護衛騎士が何かしら言いそうなのに、今日だけは後ろの方で黙って見ていた。



「今回の活躍は貴公にとっても意味のあることであろう。アビ・ローゼンブルクは領地の危険を退けた英雄に敬意を評して感謝の言葉とお礼の品を送ろう」

「ありがたき幸せです」



 二人の護衛騎士がそれぞれ豪華な宝石が乗っている白と赤の箱を持ってきた。

 領主はまずは白の箱を開けると一枚の羊皮紙が丸められていた。



「神国より感謝状を受け取りたまえ」

「今後とも隣国との友好の架け橋として精進いたします」



 領主から手渡されると一斉に拍手が巻き起こる。

 私はあまり目立ってはいけないので、手を隠して拍手をした。

 次は赤の箱を開けるとまた羊皮紙が入っていた。



「そしてこれはアビ・ローゼンブルクとしてのお礼だ。北東に位置する港町、そこのナビ・アトランティカが現在跡継ぎ不足による次代の選出がないため、ナビの代理としてレーシュ・モルドレッドを無期限の領地代行を命じる」



 周りが不穏な空気で包まれた。

 嫉妬や怒りよりも困惑といった方がいいだろう。



 ──領地を任せられるってことよね? 大出世なんだからもっと喜べばいいのに。



 レーシュもわなわなと震えており、羊皮紙を受け取るのを躊躇っている。

 しかし領主から受け取らざるを得ないため震える声を出していた。



「ありがたき幸せ。少しでもお役に立てるように尽力させていただきます」



 今度の拍手は小さかった。

 さらに拍手している者たちも戸惑いがちにしているのだ。


「不思議そうね」


 ネフライトが近くにやってきたので、また膝を曲げようとしたところを手で止められた。

 どうやら私に教えてくれるために来てくれたようだ。


「領地なら嬉しいことではないのですか?」

「本当はね。でも今は海を魔物が荒らしていることで、かなり負債がある領地になっているの。さらに大海賊も縄張りにして騎士たちも下手に手が出せないしね」



 どおりで周りからも憐みに満ちた目を向けられるわけだ。

 煙たがられている領地を押し付けられて喜ぶ者はいない。

 褒美とは名ばかりの厄介な物を押し付けられたに過ぎない。


「あまりレイラを怒らないであげて。彼女は十分すぎるほど配慮はしてあげたのだから」


 ──レイラって、領主様のことなんだ!



 てっきり領主の家族かと思ったが、意味合いを変えるために名前を区別しているようだ。

 ただ配慮とはいっても、余計なことしかしていない気がする。

 そんな不満を抱えている私にネフライトは笑っていた。


「本当に正直ね」

「も、申し訳ございません」

「いいのよ。それがエステルの良さだから。ただモルドレッドが全ての功績を手に入れたとしたら、彼が危なかったのよ」


 どうして功績を持つことが危険に繋がるのだろう。

 たくさん良いことをした者が褒美をもらうのは当たり前ではないか。



「領主が裁いたことにしないと、他の貴族から恨みを買ってしまう。そうすると彼の貴族社会での居場所が本当になくなってしまうでしょう」

「そんな──!?」



 信じらない話に思わず驚愕した。

 大声が出そうになったので慌てて両手で口を塞ぐ。

 ならレーシュが実績をあげてもまた奪われるのだろうか。



「どうにかならないのですか?」



 縋るような気持ちでネフライトに尋ねたが、彼女は首を振った。


「残念だけど、こればかりは少しずつ信頼を勝ち取っていくしかないわ。でも、もし港町を再建できたら誰も文句を言わないでしょうけどね」



 そんなことをできるか保証できない。

 他の貴族たちがあれほど憐れむくらいなので、並大抵の努力ではどうにもならないのだろう。

 手伝ってあげたいが、私ではどうしようもできない。



「安心しなさい」



 顔が沈んでしまった時に力強い言葉を投げかけられた。

 ネフライトは自信に満ちた顔で約束してくれた。



「あそこは私たちの派閥が持つ領地の一つだから、わたくしも大手を振って手伝えるわ」

「ほ、本当ですか!」



 ネフライトは領地でも有数の名門貴族らしいので、彼女がいればレーシュにとっても助かるのは間違いない。

 そうすると私から縁を持ったので、重大な役を任されているのではないだろうか。

 社交くらい頑張ってみせようと思っているとネフライトが大きなため息を吐いた。


「ですが、あまり利ばかり考えないでくださいね。わたくしはお友達として貴女をお茶会に招待するのですから」

「はは……」


 あまりにも簡単に見透かされたことに恥ずかしくなった。

 まだまだ希望があるのだから私もこれからの励みにしよう。

 周りも静かになっていき、領主からの最後の言葉を待った。



「では最後に、レイラ・ローゼンブルクから二つ名を与える。特別な意味を持たないが、大事にしてくださいますと嬉しく思います」

「レイラ様から直接頂けるのにそれを拒む男なんておりませぬ」

「そう、それは良かった。では二つ名は──」



 領主の言葉が一旦間を空ける。

 一体どのような名前が付くのだろう。

 みんなが見守る中で、とうとう領主の口が開いた。


「“眠れる森の王子様“」



 領主から告げられた名前にレーシュは首を傾げた。

 騎士たちが笑いを堪えており、ラウルに至っては不機嫌にも拳を握っていた。

 ネフライトは頭痛を抑えるように頭を抱えていたりと各々の反応をしている。



「またあの子の悪い癖が出たわね」



 他にもちらほらと笑っているものがいたため、どうやら思っていた二つ名の凄さとは違うようだ。

 ただ私もその二つ名の意味に少なからずも心当たりがあった。



「もしかしてネフライト様、私がレーシュ様にしたことって」

「ええ、口付けて薬を飲ませたのでしょう。騎士たちが噂していたので聞き及んでいます」



 穴があったら入りたい。

 まさかのあの場を見ていた騎士がいたのだ。

 最悪なことになっており、もしかすると私が一番汚点ではないだろうか。

 レーシュだけはどういうことかわかっていない様子だ。


「確かに頂戴いたしました。あの、できれば名前の由来をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 領主もとうとう堪えきれなくなったようで扇子を取り出して顔を隠した。

 どうやらかなりツボに入ったらしく、笑いを押し殺した声が漏れていた。

 そしてやっと彼女も気持ちが落ち着いたようだ。

 扇子からはみ出た顔にある涙の跡は彼女のお茶目さを表しているようだ。


「事件の日に騎士の者から報告がありましたの。献身的な女性を持った其方のカリスマ性から思いついた名前だ。本来は王子がするはずの役目を女性がすることは、新しき価値観の芽生えと言えませんか? 是非ともその二つ名を城にいる間だけでも使ってくださいませ」



 そこでレーシュも合点がいったのだろう。

 注目の集まっている場なのに、私の方へ視線を向けたのは彼の動揺を表している。

 耳まで赤くなった顔を見て、私まで恥ずかしくなった。

 舞踏会が終わると私とレーシュはすぐさま退散しようとした。


「今日はご苦労だった、眠れる森の王子様」

「また明日もキスで起きるのか、お、う、じ、様!」


 それから帰るまでに多くの騎士から、恥ずかしい二つ名を連呼されるのだった。



 第一章 嫌われ貴族の明かない夜は長い、側仕えの明けない夜はない 完

1章をお読みいただきありがとうございます!

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