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側仕えは踊る

 ヴィーシャ暗殺集団へ訪問してから二日が経った。

 あれ以来全く暗殺がなくなり平穏な日々が続いた。

 どうやら彼女たちが手を引いたのは本当のようだ。

 私も安心して仕事に打ち込めるので良いことばかりと、キッチンでお湯を沸かしながら軽食を作る。

 執務室まで食事を運んで、レーシュに渡した。

 集中しているようで無言で木簡を睨んでいた。

 ヴィーシャの取りまとめをしていた老婆から知らせが来たらしくその中身を確認しているのだ。

 しかしちょうど読み終えたところでもあったので、ゆっくりの背もたれに預けて気を抜いていた。


「読み終えましたか?」

「ああ、お前があの獣人をヴィーシャと気付いてくれたからな」

「一人だけ明らかに異質でしたから。でも本人も多分バレることを望んでいたと思いますよ」


 何を言っているのだと言いたげな顔だ。

 途中こちらを見ている視線があったので、剣を抜こうとしたら逃げられた。

 ちょうどうるさい犬たちも黙らせることができたので結果的には良かった。

 部屋に入った時には、敵意がないことをアピールしていたので安心してお茶も飲めた。

 レーシュは紅茶を飲みながら、ホッと息を吐いた。


「歴代最強と噂のヴィーシャが獣人だったのなら全てに納得がいく」

「どうしてですか?」

「お前は獣人族は知らないのだったな。あいつらは俺たちと違い戦いの民族だ。国も強い一族が全ての種族を束ねているらしい。狼人族が代表になっているまでは噂に聞いたが──」



 レーシュはそれ以上言葉を言わなかった。

 他国に関しては私もあまり関心がないので特に興味もない。

 ただ可愛かったなぁとは思う。



「さて、あいつらも呑気だな。こんなことを催すつもりなんだから」



 レーシュはヴィーシャが寄越した木簡を私に渡す。

 読んでいる最中にまた文句を言われるのかと思ったが、黙って私を見ているだけだった。


 ──待ってあげるから読めってこと?


 それならとじっくりと読む。

 そしてこれから何をするのかがわかった。


「仮面パーティ?」


 これほど疑われているのにそのようなも大規模なイベントをすれば見つかる可能性もあるのに。

 日にちは今日のようで、すぐにでも行かないと間に合わない。


「おおかた、しばらくできなくなるから最後だけ盛大にしようということだろう。こんな馬鹿たちの派閥に入っている俺が情けない」


 自分を貶すほどこの者たちの馬鹿さ加減に嫌気がするのだろう。

 だがこれでレーシュの無実を証明して領主から何かお褒めの言葉をもらえるかもしれない。



「早く行きましょう!」



 これまで色々やられたんだからこっちもそろそろ仕返しをしたい。

 やる気を出す私とは違い、レーシュは私を不思議そうに見ている。


「どうかしましたか?」

「いいや、お前がそこまで熱意を持ってくれるとはな。いつもなら貴族の仕事は嫌がっていたから、てっきり今回も面倒臭がると思って」

「だってこれでレーシュ様も無罪になるのでしょう? 嬉しいことじゃないですか!」


 何かおかしなことを言っただろうか。

 固まったまま呆けた顔をしている。

 少しばかり顔が赤くなっているようだから熱があるのかと額をくっつけた。

 すると急に動き出して後ろへと下がった。



「な、何をする!」

「顔が赤くなったから、てっきり熱でもあるのかと。熱を測りますので近──」

「い、いらん! 平民はこんなことをするのか!?」

「貴族はやらないのですか?」

「やるわけないだろ! そ、そんな破廉恥なことを」



 花街で女の子の肩を組んでいた男が何を言っている。

 貴族の常識にはまだ私も理解できないところが多い。


 レーシュと私で今日行われる屋敷に向かった。

 仮面舞踏会なんて気取った会合をしているが、中身は麻薬の販売会だ。

 貴族の中でもクズたちの集まりのため、今すぐにでも捕縛したいくらいだ。

 私はしっかり化粧を行い、偽の招待状を作って参加することになった。


「いいか、絶対に一人も殺すなよ。首謀者を捕まえた後にこの現場を領主へ献上する」

「分かっています。ところで──」



 私は自分のドレスを見る。

 赤いドレスをレーシュから借りて、今日はこの仮面舞踏会へ参加となった。

 そこまではまだいい。

 私はレーシュと腕を組んで、まるでカップルのように引っ付きあっていた。



「これって必要なんですか?」

「ああ、一応夫婦か恋人と参加となっていたからな」



 仮面を付けているので誰かバレることはない。

 招待状さえ渡せば名前や素顔の確認もないからだ。

 だからといってこの状況に納得しているわけではない。

 さらに中は煙たく、前に行った花街のように麻薬の葉巻の煙が充満している。

 さらに変な臭いも混じっているせいで鼻を摘みたいがレーシュから厳しい目を向けられる。



「我慢しろ。証拠さえ見つければそれで終わりだ」



 証拠の品を出してくるまでは、この人だかりに埋もれて怪しくしないようにしないといけない。

 普通の舞踏会みたいに忙しなく動いたり、恨まれたりしていないので気が楽だった。

 だがそれもすぐに甘い考えだと分かるのだが。



「そういえば受付で渡された錠剤はどうしますか?」



 招待状を返されるときに渡されたものだ。

 怪しい薬であるが、周りにいる者たちはみんな飲んでいるのでどうするべきなのかを確認する。


「そんな危なそうなものを飲むわけないだろ。ポケットに入れておけ。後で成分を解析して、もっと罪を重くしてやる」


 私も飲まないことに賛成のため、袋に入った錠剤を懐に入れた。

 主催者である小太りの男が登壇する。

 雰囲気からしてジールバン本人だろう。

 体格を誤魔化せていないため、仮面で素顔を隠す意味がないように思える。

 早く捕まえたいが、組んでいる腕を強く挟まれた。



「おい、下手なことはするなよ」

「分かってます!」



 小声でやりとりを行う。

 ここで私が行動を起こせば収拾がつかなくなる。

 私は剣としてただ時を待てばいいのだ。



「紳士淑女の皆様、本日はお越しくださりありがとうございます。皆様の寄付により、本日もまた素晴らしき日をご提供できるようになりました。まずは日頃のお疲れと催しを楽しみながら、最後のちょっとしたお楽しみを待ちくださいませ」



 拍手が鳴り響き、ジールバンはグラスを持った。

 私たちも怪しまれないようにグラスを持って空へあげる。


「では本日の出会いを祝して、神への感謝を!」

「「神への感謝を!」」



 麻薬を作っておいてどの口が言うか。

 飲むふりをして、レーシュに連れられるままに歩いていく。

 すると同じくここに参加している少し老齢な男性がグラスを傾けた。


「お若いご夫婦だ。今日は初めてかい?」


 レーシュはグラスを相手のグラスに合わせて音を鳴らす。

 そして私の方にもグラスを傾けたので、真似をして音を鳴らした。


「はい。妻も興味があったものでしたので」

「そうかい、でもあまり社交には慣れていないようだね。しっかりリードして彼女に恥を欠かせないようにね。では若き夫婦に幸あれ」

「貴殿も、本日は良き日を」



 私が喋るとすぐにボロが出るので黙ったままだった。

 会話に参加した方がいいか聞いたが、女は男を立てるのが美しいと言われるので何も喋らなくていいらしい。

 曖昧に笑っておこう。



「さて、問題はこの後だな」



 レーシュの声に緊張が混じっていた。

 一体何があるのかと思っていると、テーブルがどんどん下げられていき、中央からガラ空きになっていく。



「では場所を空けてましたので、紳士の方は淑女の手をお取りください」


 ──えっ……?



 腕組む時間は終わり、レーシュは私の真正面に立った。

 そして普段では考えらないほど素早く、私の手をレーシュの肩に左手を添えられた。


「ちょっと!」

「静かに」


 右手を握られ、私の腰にレーシュの腕が置かれる。

 すごくこしょばゆく、さらに恥ずかしさがあった。

 周りも同じようにしているので、これは私も踊らされるのだ。

 頭が真っ白になりながら、レーシュに小声でお願いする。


「無理よ……全く分からない!」

「大丈夫だ、お前は俺の動きに合わせるだけでいい」


 レーシュは真剣な顔で本気で一人でどうにかするつもりみたいだ。

 これ以上泣き言を言ってもしょうがない。



「下手でも文句は言わないでくださいね」

「俺を誰だと思っている。ほら、音楽が始まったぞ」


 どんどん周りでも音楽に合わせて踊り合っている。

 レーシュも私の体を誘導して、ステップを踏み出した。

 流石は自信があるだけあって、私は彼に動かされていた。


「そうだ、それでいい。難しい踊りはしなくていい。これが終わるまで同じステップを繰り返すだけだ」

「うん……これなら」



 まるで自分が本当にお貴族様になった気がした。

 体を動かすほどに気持ちが昂り、先ほどまでの不安は消え去っている。

 もちろんレーシュなしでは満足に踊ることもできないが、それでも一度は夢見た舞踏会で平民の私が踊っているのだ。

 そしてその時間も終わり、レーシュに言われるがまま、観客側を向いてドレスの裾を上げるのだった。



 次の組と交代となるため、これで安心できる。

 レーシュも上出来という顔をしており、あともう少しでこの時間も終わる。

 疲れからかレーシュの手が私から離れた。

 だがすぐさま別の手が私の手を取った。

 どこの誰かと顔を向けると、特徴的な白髪の頭が彼を誰か教えてくれた。

 仮面越しでもわかる精悍な顔付きとビシッと着こなしたタキシードはどんな女性でも見惚れるものだ。

 だが私は一人だけこの人物に心当たりがあった。


「もしよろしければ、一曲だけ踊っていただけませんかな」


 ──ラウル様!?

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