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側仕えは激怒した

 持てる体力を全て使って全力で進んでいく。

 屋根を伝っていくことで誰にも邪魔されずに進んでいた。

 家の前で人だかりができていた。

 一度下まで降りないと階段を登れないため地面に降り立つのだった。

 急いでいるのに邪魔だと思っていると、私へ声掛ける人物がいた。


「あんた、大丈夫かい!」


 マチルダさんが私に駆け寄ってきて体を触ってくる。

 一体どうしたのかと思っていると、彼女の服が血で汚れていた。

 もしやさっきの輩が何かしたのかと私は彼女の安否を確認した。



「マチルダさん、怪我したんですか?」

「怪我? 違う、違う。これはハウスのさ! 危ない奴らに刺されたのよ!」

「お兄さんが!?」



 ハウスとはマチルダの長男のことだ。

 囲まれている中心に向かうと壁に背中を付けて、左腕から血が出しているお兄さんがいた。

 私はたまらず駆け寄って、彼の容態を見る。


「お兄さん!」

「エステルちゃんか……すまない」

「どうして謝るの!? 誰がこんな──」

「フェニル君が変な奴らに攫われた」



 苦痛に歪んだ顔で、痛みを我慢して私に教えてくれた。

 病気のあの子がこんな寒い中で外に出てしまったらあまりにも危険だ。

 私を狙うならいざ知らず、関係のない人たちまで襲うことに心の底から怒りが湧いてきた。



「やっと追いつきました!」



 私がもたもたしている間にサリチルがやってきていた。

 動揺している私の腕を掴んで引っ張った。



「早く馬車にお乗りください」

「離してください。今すぐ追いかけます」

「どこに向かうつもりですか! そこの男性も早く止血しないと命に関わりますよ!」


 お兄さんの腕を見て少し血の気が引いた。

 私のせいでこんな傷を負ってしまったのだ。

 まずは治療を最優先にしないと、いやそれよりも弟を助けないと。

 何を優先すべきかが分からなくなってくる。

 一体どうすれば──!


「おい、田舎娘!」


 こんな時に何だと怒る気持ちで振り返る。

 すると小瓶がこちらに投げられて両手で捕った。



「貴重な薬品だ。正直勿体無いが止血はできるだろう。振りかけてやれ」



 小瓶とレーシュを交互に見る。

 そして頭を下げて、すぐさまお兄さんの腕に降り注ぐ。

 口から苦悶の声が漏れた。

 だがすぐに血が止まり、少しばかり傷口も塞がっているように見える。


「嘘のようだ……全く痛くない」


 拳を握ったり離したりして腕の痛みを確認する。

 握ると少し顔を歪めたが、血も出てこないので効果はあったようだ。



「いくぞ」



 レーシュは馬車へと戻っていくので私も付いていこうとする。

 するとお兄さんが私の腕を掴んで止める。


「お兄さん?」

「おい、お貴族様! これ以上、この子を巻き込まないでくれ!」



 大声で怒鳴るように言う。

 血を出したことで頭が興奮しているのだろう。

 レーシュも立ち止まり、サリチルも殺気立っている。

 貴族にそのような態度をしてはならないと平民の間では暗黙のルールがあった。

 マチルダも血相を変えてお兄さんの口を塞いだ。



「お前とそいつでは住む世界が違う。死にたくないのなら黙っていろ」


 冷徹な目がお兄さんを黙らせる。

 サリチルもレーシュがそれ以上何も言わないのならとレーシュの元へ走っていく。

 私も彼の優しさに応えることができない。


「ごめんなさい……」


 お兄さんに向けて謝って振り解く。

 彼を巻き込んだこと、そしてもうあの約束も守れないことを。

 これは私の考えが足りないことが原因だ。



「エステルちゃん──!」

「ばかっ、およし!」



 マチルダが力ずくでお兄さんの口を止める。

 彼女が私には一切顔を向けないのは優しさだからだろう。

 馬車に乗り込み、私はレーシュの向かいに座った。


「どうやら俺たちもお前が分かっているものだと思って伝えていなかったな」


 その言葉の意味は私にも分かった。

 もうすでに手遅れだったのだ。

 貴族世界に踏み込んだことで、もう普通の生活なんて戻れない。

 これこそが庇護が必要な理由なのだ。

 常に誰かから狙われるという。

 落ち込む私に思いがけない優しい言葉が投げかけられた。



「安心しろ、お前の弟は必ず無事に帰してやる」

「居場所が分からないのにどうやってですか……」



 珍しい労りのある言葉なのに、八つ当たりのように言葉を返してしまった。

 今すぐ探しに行きたいが当てが全くなく、一人で探しに行っても結局は迷子になるだけだ。

 これまで弟は私がいなければ一人ぼっちにさせてしまうと思っていた。

 だから絶対に守ってあげるのだと。

 でもそれは私も同じだったのだ。

 肉親が一人しかいないのに、それすらも失ってしまうことの恐怖を感じた。


「俺を誰だと思っている」


 心に染み込むような温かな声が聞こえた。

 いつもなら馬鹿にしたようなことしか言わない彼が私を気遣っている。

 同情かと思ったが彼の目にはそんなものはなかった。



「これまで不甲斐ない姿を見せたが、お前に教えてやろう。このレーシュ・モルドレッドに喧嘩を売った馬鹿に明日はないことをな」



 自信に満ちた顔は失敗なんて考えていない。

 必ず取り戻してくれるという安心感を与えてくれた。

 彼なら何か策があるのかもしれないと。

 一度屋敷に戻って、倉庫にしていた部屋へと向かった。

 棚にある道具を取り出して、中央に置いてある大きな釜に入れていく。


「ああいうのは身代金を要求するだろうが、その時になったら手遅れだ。だからこちらから先に仕掛ける」



 大きな棒を持ってかき混ぜていく。

 急いでいるのに何を悠長に遊んでいるのだ。

 しばらく様子を見ていると、釜の中から淡い光が出てきた。


「エステルさん、滅多に見られないものですよ。これが魔法です」

「魔法……」


 前に私の魔法適性を調べたが才能が全くなかった。

 もし平民で持つことがあれば、国からも支援金が出て教育を受けられるのだ。

 そして一番の平民との違いは貴族は全員が魔法を使えることだ。



「特にレーシュ様は魔道具に関しては天賦の才能をお持ちです。お城にもかなりの特許を申請しましたから」

「こんなすごい技術があるのに、どうして金策で苦労なさっているのですか?」


 魔道具はかなりお金になると聞いている。

 それなのにどうしてお金に困っているのだろう。

 サリチルはそれに答えず、額に汗を流したレーシュが中身を取り出した。



「できたな」



 まるで鳥のような木彫りが出来上がった。

 その木彫りにサリチルが持ってきたナイフの柄の破片を入れる。

 私が壊したものでどうするのだろう。

 木彫りの鳥がレーシュの腕を引っ張っているように見えた。


「これは特に色濃く残る痕跡に対してその持ち主に戻ろうとする。その性質を利用すれば必ず追跡できるはずだ」


 その木彫りの鳥を私へくれた。


「急ぐぞ。お前の弟は病弱なんだろ?」

「うん!」


 これがあればフェニルを助けられる。

 おそらく恐怖で震えているはずだ。

 絶対にフェニルを傷付けるやつは許さない。

 サリチルも剣を腰に下げて、戦う気構えをしていた。


「レーシュ様、私もお供します」

「いらん、と言いたいがこの女が我を忘れて俺を置いていきそうだな」

「そ、そんなことしません!」


 一応雇われている立場でここまで良くしてもらっているのに危険になど晒せない。

 だがレーシュは私の首元に指を向ける。



「お前なんぞに守ってもらわなくても大丈夫だ! お前は気にせず、三分衆を捕まえろ。その後にそいつには役立ってもらわなんといかんからな」



 どういう意味かわからなかったがとりあえず頷いておく。

 馬車の中で焦る気持ちを必死に抑える。

 レーシュはそんな私を見てため息を吐く。


「あまり急くな」

「分かっています。でも──」


 少しでも早く着きたい。

 その気持ちを抑えるなんてできない。


「相手はこの国でも有数の実力者だ。お前なら心配もいらんと思うが用心はしろよ。防具すらないんだからな」


 防具なんて付けたら重いだけだ。

 あの程度の投擲くらいなら付けていた方が危ない。

 レーシュから借りた剣に触れ、どんなことがあっても切り裂くつもりと心構えをする。


「ほう、もう罠に掛かったとみえる」


 レーシュは窓から門の方を見る。

 街から出るには門から出ないといけない。

 持っている木彫りの鳥も門の方を指しており、おそらく外へ逃げるきなのだろう。

 だが門のところで騒ぎになっているみたいで、平民の兵士たちが馬車を取り囲んでいた。

 レーシュとサリチルはまるで当然のように頷き合っていた。


「レーシュ様が先に命令を飛ばしていたのです。誘拐犯が街を出るかもしれないので取り締まりを強化するようにと」

「貴族の特権こそ暗殺者でも持っていない権限だからな。普段なら荷物に紛れ込まされても、貴族の命令があるのならしっかり調べんとな」



 悪どい顔をしたレーシュだが、今日ばかりは頼れる。

 あちらもこちらに気付いたようで、すぐさま兵士を薙ぎ倒して出て行こうとする。

 そうはさせない。


「では行ってまいります」

「おい! 流石に走行中はあぶっ──!」


 ドアを開けてから上へ飛び乗った。

 はっきり敵の位置が見えた。

 相手もこちらから逃げるため複数のナイフを投擲してくる。

 おそらくは追尾するナイフだろうが、今の私には関係がなかった。

 剣を持った右腕に力を集める。

 流れる血液が急激に加速していくのを感じながら、日常では使わない力が溢れ出しそうだった。


(てん)支柱(しちゅう)!」


 一振りのもと全てのナイフを粉砕する。

 力技であったが壊れてしまっては追尾はできないはずだ。

 蹴り出して馬よりも早く走り、逃げようとする馬車を追いかける。

 先ほど投擲した暗殺者が一人残る。


「急げ! ここを抜ければ俺たちの勝ちだ!」


 黒いフードを外して、赤い髪を出す。

 暗殺者なのにそれほど目立つ顔なのはバレても気にしないほどの実力があるからだろう。

 頬の十字傷は彼の戦いの歴史を表しているのかもしれない。

 不敵に笑い、舌を舐めていた。


「おいおい、来るのが早いじゃねえか。これからよぉ! このチビ助を泣かしてやろうと思ってるんだよ!」


 ローブ中に手を突っ込んで十本のナイフを指に挟み込む。

 それを一斉に投擲した。

 どれも方向違いの場所なのに方向を変えて全本位からナイフが迫ってきた。


「たとえあんたが化け物でもこのナイフの嵐は避けられねえだろ! 俺の加護“一発必中”はどんな攻撃も命中させる!」


 相手の勝利を確信した顔に腹が立つ。

 この程度の攻撃で止まれるほど私の怒りは軽くはない。



「ふんっ!」


 一振りの元で全てのナイフを粉砕し尽くす。

 どんな攻撃だろうと真っ向から叩き潰す。

 やっと相手の表情が恐怖で変わった。

 こちらから逃げるように後ろへ下がりながら投擲をする。

 それを全て薙ぎ払いながらも、速度は落とすようなことはしない。



「おい、おいっ、おいッ、おいッッ! 俺を誰だと思っている。紅蓮のグロリオサだぞ!」


 誰だろうと関係はない。

 家族に手を出すのなら許しはしない。

 迫り来るナイフが尽きるまで全て壊していく。


「俺に攻撃すればヴィーシャも黙ってねえ! ババアがまたッ、戦争を起こすぞ!」


 ナイフではない業物を腰から取り出した。

 逃げながら腰を抜かして構えるその姿は滑稽であった。

 剣を鞘に戻した。

 それを何と勘違いしたのか、この男は下卑た笑いを出す。


「あん? けけけ、そうだよ大人しくーー」

「じゃまッ、ぁぁあ!」



 剣を鞘に入れたままグロリオサの顔をぶん殴る。

 加速したまま横なぎをしたことでこの男を馬車まで吹き飛ばす。



「ふげええええええ!」



 馬車のキャビンにぶつかりだらしなくぶら下がる。

 暗殺者の仲間たちは自分のリーダーが負けたことで慌てふためく。

 私も馬車に並行に走り、馬の手綱を引く男にきつい目を向けた。


「早く止めろ!」

「は、はひィィいいい!」



 馬が少しずつ減速して止まった。

 暗殺者たちの一人を除いて意識を奪い、首元に剣を添えた。


「私の機嫌が変わらないうちに弟を出しなさい! 少しでも怪我してたらただじゃおかないから」

「出します、出します!」


 荷台の木箱から腕を縛られ、口には布で喋れないように塞がれていた。

 どうやら外傷はないようだが、恐怖から顔色が悪くなっていた。

 だが私の顔を見てほっとしていた。



「フェー、大丈夫!?」


 私はすぐに拘束を外してからフェーを抱きしめる。

 一人で耐えたこの子の勇気を褒めるのだ。


「おねえ……こわっ、かっ!」

「ごめんね、もう大丈夫だから。悪いやつは全員捕まえたからね」


 涙を流して胸にうずくまる弟を優しく撫でる。

 自分の着ている上着を被せて、冷えた体を温めた。

 遅れて後ろからレーシュたちが兵士たちを連れて追いついていく。


「こいつらは人攫いだ。城に連絡して牢にぶち込んでおけ。その赤毛の男だけは私が引き取る。それから──」


 細かく兵士たちに命令を下していく。

 私はフェニルを抱いたまま、馬車へと向かう。


「その子が弟君ですか。よくお耐えになりましたね。ですが顔色がかなり悪い様子だ」



 一度額を合わせて体温を確かめると微熱があるようだ。

 まだ大丈夫だろうが、このままいくと大事になる。


「熱が上がってる……サリチルさん近くのお医者様のところへ連れて行ってくださいませんか!」



 このままでどんどん熱が上がるだろう。

 苦しそうに顔を歪めている彼を早く癒さないといけない。



「なら俺の伝手(つて)を使う。サリチル、先に行ってベッドの用意を頼め」

「かしこまりました!」



 馬車の馬に乗り、すぐさま駆け出してくれた。

 私たちも続いて医者のいる病院まで向かう。

 レーシュは何かを木簡に書き込んでおり、おそらく事務的なやりとりをしないといけないのだろう。



「ありがとうございます」



 レーシュへ心からお礼を伝える。

 私一人ではどう頑張っても救い出すことはできなかった。

 さらにもっと遅くなればどのような目に遭うか想像すらしたくない。



「礼はいらん。今回は俺の認識不足だった。お前の弟を危険に晒してしまったことにすまないと思っている。だから今後のことも考えている。二度とそのような目に遭わないようにな」

「お願いします」



 レーシュが誰かの庇護を欲しがっているように、私もレーシュの庇護に入らないといけない。

 そうしないと私の目が届かないところでこの子も危険な目に遭う。

 病院のベッドに横になり、点滴を打つことで少しずつフェニルの顔色も良くなっていく。

 次の日になり、体調が一時的に戻ってからレーシュの家の一階にある客室のベッドに移動した。


「すごい、ふかふか!」

「そうでしょ。私が毎日お外に干しているからね」



 うちで使っている物より布団は質が良く、フェニルにとっても良い場所だろう。

 飛び跳ねるこの子を行儀が悪いと毛布で包んであげた。

 息が苦しいと出てくる弟を見て、途端に笑いが込み上げてきて一緒に笑った。

 それからサリチルが様子見にやってきた。


「今日からここで住み込みの許可をレーシュ様から頂きました。ここならエステルさんも安心して仕事に打ち込めるでしょう」



 私とフェニルは住居をここに移すことになった。

 また暗殺者が家族や友人が狙ってくるかもしれないからだ。

 だがレーシュいわく、今後は暗殺者の心配はいらなくなると言っていた。

 どういうことだが分からないが、私の仕事がなくなって解雇にならないかだけ心配だ。

 サリチル曰くそんな心配はいらないとのことらしい。

 私は一言お礼を言いに行こうとすると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。


 ──今日は誰かお約束あったけ?


 とりあえずお待たせすぎるのもいけないため一度玄関に出ることにした。

 扉を開けて挨拶をしようとしたら、思いがけない人物に目を丸くした。


「お兄さん!?」


 緊張した面持ちをしたマチルダの長男ハウスがやってきたのだ。

 どうしてここを知っているのか、怪我は大丈夫か等聞きたいこともあったが、彼の目は私の後ろを見ていた。

 私も後ろを向くと、二階からレーシュが見下ろしていた。


「よく来たな。さあ、上がりたまえ。エステル君、彼を案内してあげなさい」


 一体どうして彼を呼んだのだろう。

 お兄さんも無言のため、私は言われるがままに案内をするのだった。

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