側仕えと剣神
加護の世界から戻ってきた私は邪竜を吹き飛ばした。体から力が漲ってくる。まるで自分の体ではないみたいだ。
最高神が私へ身体を与えてくれた。そしてレイラから一騎当千の加護をもらい、剣の加護が抑え込まれることなく、加護が融合したのだ。
これは神から体を授かったことで起きた奇跡かもしれない。
「フォルネウス、今の私は絶好調よ。今ならまだ、謝ったらこの辺にしてあげるわよ」
しかしフォルネウスは鼻で笑うだけだった。
「調子に乗るな。加護が神へと昇華しようが、しょせんは人の身体。神の力へ長くは耐えられまい」
フォルネウスはまた目の前に渦を出して、私を殺しかけた大技を出そうとしていた。
私も剣を構えてその技に備えた。
「竜滅!」
フォルネウスから黒い光が放たれた。私は腰を深く落として、剣へ集中する。
「剣神の加護、薺!」
剣を振るうと斬撃となり、相手の光にぶつかった。
お互いの力がせめぎ合い、一進一退を繰り返す。
「馬鹿な……神の力は魔力が全て……我の一撃を止められるはずがない」
フォルネウスは信じられないと声を震わせる。
あいにくと私は一人では無い。
「残念だけど、私はみんなの力を借りているのよ。そのための一騎当千よ」
フォルネウスはやっと私以外の者達が攻撃をやめたことに気付いた。
全員がその場で動きを止めて、祈るように手を結んでいた。
「たかが千の人間で何ができる! 我は何年も魔力を奪ったのだぞ! そんな貧弱な――」
「そういえば色々な人に自慢しているんだけど、私のご主人様は優秀なのよ」
フォルネウスは遠くで魔方陣が発動しているのに気付いたようだ。
私にばかり気を取られてレーシュが動いている事に気付かなかったのだろう。
「おい、ラウル! 神使様、リシャール殿下! もっと魔力を送ってください! 神国と王国へパスを繋げるためには魔力が必要なんです! エステルの加護をもっと拡張します!」
レーシュから私へ指示が来た。
私の剣神の加護の範囲を国中にすることで、もっと力をもらう。
「おいくそ白髭! お前も死にたくないならもっと出せ! お前は最悪死んでもいい!」
「は、はい!」
教王が涙目で魔力を送っているが、いつの間に仲間にしたのだろう。
ただそのおかげで私の身体はどんどん力が増していく。
「神でもみんなから信頼を得られないのなら万能ではないみたいね! 貴方は弱くなる一方で、私はどんどん強くなっていく」
「贄ごときがぁぁあ!」
私の剣圧がとうとう邪竜の攻撃を霧散させた。
さらに邪竜は体が小さくなっていた。
私は走り出して、フォルネウスの元へ行く。
「我は竜神フォルネウス! たかが人間に負ける道理なし!」
フォルネウスの前足の爪が私へ襲いかかる。
「剣神の加護、第一の型、芹!」
手に持つ光の剣を前方方向へ切っ先を向ける。
私の突きがフォルネウスの右前足を粉砕した。
「再生の時間は与えない!」
私はさらに腕へ力を集めた。
フォルネウスは口からブレスを放出する。
「第二の型、薺!」
斬撃を出して、ブレスを斬った。その余波でフォルネウスの右目が斬れた。
「ぐおおおお!」
痛みにもだえる隙に私はもっと距離を詰めた。
しかし上から大量の黒い腕が現れて、私を潰そうと上から殴打する。
「第三の型、御形!」
腕を交差して、空から降り注ぐ殴打を耐える。
「痛いでしょうが!」
攻撃の隙を見つけ、私は足へと力をためた。
「第四の型、繁縷!」
空を飛び、攻撃の嵐をくぐり抜けて、フォルネウスの頭に到着して、足を大きく上げた。
「第五の型、仏の座!」
思いっきりかかとをフォルネウスの脳天へと落とした。
するとフォルネウスの体から大量の粒子が舞い上がり、さらに体を小さくしていく。
フォルネウスの中で気配が大きかった部分に、ダメージを与えたら、案の定、魔力を貯める場所だったようだ。
「我から離れろ!」
フォルネウスは自身の周囲に、渦を出して黒い光を出そうとしていた。
その数は何十個もあり、ありったけの魔力を注いでるのは明白だった。
おそらくこれが最後のあがきだろう。
「竜滅!」
音よりも速いこの攻撃から逃げる術はない。
それなら、逃げずに戦えばいい。
「第六の型、菘」
私は目を閉じた。自分の感覚だけを信じる。
体が勝手に動き出した。まるでステップのように足がリズムを感じ取り、私の剣はフォルネウスの体を切り刻んだ。
「目を閉じて、どうして避けられる……」
目を開けてみると、黒い光が私を消そうといくつも降り注いでいた。
しかし私の直感が全ての攻撃を避け、そして反撃に転じているのだ。
フォルネウスはどんどん小さくなり、とうとう城サイズの大きさまで縮んだ。
そしてフォルネウスの体から小さな光の玉が離れて、それがレティスの胸の中へと入っていった。
「最高神が戻った」
レティスの言葉を聞いて、これでもうフォルネウスを倒す障害はなくなった。
もう相手もほとんど虫の息の状態だった。
「ここは一度逃げ――」
フォルネウスは後ろへ後退しようとしたが、私は逃がす気は無い。
「第七の型、蘿蔔!」
私はフォルネウスへ自身の威圧を当てた。
すると動きが止まり、私を忌々しそうに見下ろしていた。
その目は諦めた者の目ではなく、私達をあざ笑うようであった。
「勝ったつもりだろうが、お前達に未来などない」
「負け惜しみにしては強気ね」
私は虚勢だろうと判断したが、フォルネウスは愉快げに口元を歪ませる。
「ここで我を滅ぼそうとも必ず蘇ってやろう。我の分体を神の世界で作ってある。魂が体に戻れば、また復活する。何百年の時が経とうとも、お前達を必ず地獄へ落としてやる」
「ならあんたの世界まで行ってあげるわよ!」
「ふんっ、人間では絶対に到達しない場所だ。我が復活するときには、お前が生きていればいいな」
フォルネウスは勝ち誇ったように笑い声をあげる。
だがここで生かしておけば、今の私達も苦しめられる。
それなら私が出来るのは今の平和を勝ち取ることだ。その時、私の肩に手が置かれた。
「そんな神に相応しいプレゼントを贈ろう」
「レーシュ!?」
ラウルが騎獣に乗せてレーシュを連れてきたようだ。何をするつもりなのかと思っていたら、レーシュは一枚の羊皮紙を出した。
「神用に契約魔術を作ってみた。さてさて良い実験が出来そうだな。私が考案した契約魔術が果たして神様へ効力を発揮するのか、どうか」
初めてフォルネウスが狼狽しだした。まさか本当に効くのだろうか。
「スプンタマンユの気配……神の涙でその文字を書いたな!」
もしかしてちょっと前に神様が落とした神の涙の残りだろうか。レーシュはいつもの調子で言葉だけで相手をおちょくる。
「ああ。お前はこれからは神ではなく、聖霊として生きてもらう。その寿命を全うするまで、人のために生き、人のために行動をする。私は優しいから名前も付けてやろう。フォルネウスなんて名前は贅沢だ」
レーシュは羊皮紙にペンを走らせてさらに書き込んだ。
そしてその羊皮紙をフォルネウスへと向けた。
「太古よりいたずらをするのは狼と決まっているらしい。それならお前には、その名誉ある名前、フヴェズルングの名前を与えよう。姿も狼に変えれば、女性人気も出るだろうからおすすめする。命令者はこの土地を統べる正しき人にしておこうか」
フォルネウスは逃げようとするが、私の威圧で動けずにいた。
簡単に体を斬ることできたため、血を採って羊皮紙に含ませた。
すると羊皮紙が光り、契約が結ばれたようだった。その紙はまるで主に呼ばれるように、レティスの手の中に収まった。
「ではレティス・ジョセフィーヌが命じよう。フォルネウス改めフヴェズルング、其方は神から聖霊へと位を落としてもらう。未来永劫、我らの味方であればその命は続くであろう。了承するのなら姿を消せ、不服なら神の魂ごと滅びよ」
レティスの言葉にフォルネウスは歯ぎしりをした。
だがフォルネウスもそれを無くす術が分からないようで、悔しそうに声を出した。
「受け入れよう」
フォルネウスの体がどんどん粒子となって空へと舞い上がる。
観念してくれたようで、ようやく邪竜の脅威が去った。
ホッとした時に、レーシュが振り返って私を見つめた。
「エステル、本当にお前なんだよな?」
「そうだよ」
ただの返事だったが、レーシュは「よかった」と私を抱きしめてくれた。
しばらくこのまま彼に包まれたかったが、誰かの声が響き渡った。
「レイラ・ローゼンブルクを確保しました!」
その言葉に全員に緊張が走った。今回の全ての元凶を作ったのはレイラだと思われても仕方が無い。
遠くで神官達によって囲まれて座り込んでいるレイラの姿が見えた。
「助けないと……」
このままだとレイラは今回の罪を一人で被ることになる。だけどレイラは逃げようとはせず、ただ黙って空を見ていた。
その時、私は一人の気配へと気付いた。
神官達が魔法の鎖で遠くから縛り上げており、全く身動きが取れないようになっていた。
レティスは遠くから彼女へ話しかける。
「其方の目的は知らぬ。だが今回の元凶は其方であることは疑いようがないな」
レティスの言葉に、レイラは「ええ、そうよ」と簡単に答えた。
「其方の望みは何だったのだ? 邪竜の神使にでもなって世界が欲しくなったか?」
神使の言葉を上の空で聞いている。レイラはただ小さく呟いた。
「綺麗な空ね。ずっと起きていたのに、私は空の色すら覚えてなかった。遠い異国の空も同じなのかしら」
レイラがレティスにまとめに返事しないことに、神官達は怒りを爆発しそうになっていた。
神官の一人が提案する。
「レティス様! この者は即刻処刑するべきです! またその野心で国を危険に晒します!」
レティスもまた同意見なのだろう。頷いて命令を下そうとした。
その時、神官達は鎖を突如として緩めた。
それに一番驚いているのは、神官達であった。
「か、体が言うことを聞かん……」
神官達の間を縫うように一つの影が進んでいく。
ぼろぼろな姿の褐色肌を持つ暗殺者がレイラの元まで向かった。
「では二人で行きましょう。私は貴女様からまだ褒美をもらっていません。断っても力ずくでお連れします」
レイラの前にたどり着いたカサンドラは彼女へ逃げる意思を確かめる。
「あらあら。少し見ないうちに気持ちに正直になったわね。好きにしなさい」
カサンドラはレイラを担ぎ上げた。このまま逃げようとしたが、その前にラウルが立ちはだかった。
「簡単に逃げられると思いますか?」
ラウルに答える前にカサンドラは私を見た。
そして口元を少しだけ動かして、私にだけ伝えた。
――また、会おう。
答えないカサンドラへラウルは槍を振ろうと動いた。だがその槍は空を切って、誰も居ない場所へ振るわれた。
「な、何!?」
カサンドラの姿が消え去った。実際は高速で動いただけで、誰の目にも視認できなかっただけに過ぎない。
なぜなら、私の剣神の加護で彼女に私の力を少し分け与えたからだ。
レティスは私をチラッと見た。どうやらバレているようだが、何も言わずに腕を掲げた。
「皆の者、聞け! これまで我々に不幸をもたらした悪の権化、邪竜フォルネウスは討ち取ったり!」
レティスの言葉に全員が腕を振り上げて勝利の雄叫びを上げた。
貴族や神官、平民関係なしでみんなが喜びを分かち合った。
しかしそれと同時に、大聖堂が崩壊を始めた。
レティスが大声で叫ぶ。
「皆の者! 最高神はもう加護を維持する力が無い! 即刻、建物から離れろ! 魔法で作られた建物は全て無くなると思え!」
一斉に全員が逃げる。大混乱を起こしてしまい、これから空前の神無き世界が来る。まだ人々はその準備が出来ていなかった。
「エステル、ここから一旦逃げるぞ。おい、エステル、どこへ行くんだ!」
レーシュが呼ぶが、私は最後の仕事をしないといけない。
最後に神が条件を付けたのだ。この体をもらう代わりに、対価を払えと。
ラウルはレティスを連れて逃げようとしていた。
「レティス様、貴女様も逃げましょう」
「待て……最高神が私から離れようと――」
神使の体が光り出して空から後光が差し込んだ。
そして空高くから声が聞こえてきた。
「人の子よ。対価をもらうぞ」
最高神の光が私へ降り注がれる。もう時間も無いため、レーシュへお別れをしないといけない。
私は振り返ってレーシュへ顔を向けた。
「ごめんね、レーシュ。実は最高神と約束したの。この体をもらう代わりに、最高神の依り代になってしばらく一緒に眠ることになるんだって」
最高神と供にこの国全体へ魔力を送り続けるには、私の体力の全てを支えにしないと厳しいらしい。
だけどレーシュは怒っていた。
「どういうことだ……お前でなくてもいいだろ! そんなのは神使の役目だ! お前がやることじゃない!」
レーシュは必死に私を止めようとするが、私は首を横に振った。
「レティス様は神国を立て直さないといけないのよ。だけど私なら特にいなくなっても困らないし、それにみんなから集めた力を魔力に変換できるんだって。みんなから魔力を集めるのは間に合わないでしょ? いま魔力を注がないと、国が保てなくなる」
みんな疲れ果てており、魔力を集めることは不可能だった。
レーシュは言い返せずに、頭をかきむしる。
その時、フェニルも叫びながら後ろから飛びついてきた。
「お姉ちゃん! どうしてまた遠くに行こうとするの! 行かないでよ!」
フェニルがまた泣いている。手の掛かる弟だ。
「遠くにって言っても長くて三年だけよ」
だから心配しないで、と続けようとしたが、全員が目を丸くした。
レーシュが私へ再度問いかける。
「三年? おい、エステル。最高神との契約内容をしっかりと教えろ」
レーシュから詰め寄られ、思わず気圧された。
「えっと、最高神の寿命があと三年しか無いらしくて、それまで私を依り代にして加護を維持するから、国を整えろって……」
私はできる限り覚えていることを伝えると、遠くにいるみんな含めてホッとしたように息を吐いた。
「ならお姉ちゃんを三年後に迎えに行けばいいんだね」
フェニルは胸をなで下ろしながら、私の胸から離れた。
だけど私は首を振った。
「えっ、嫌よ。私は三年なんて待てない」
「い、いま三年ってお姉ちゃんが言わなかった?」
「それは最長よ。私はね、早く結婚式をしたいの!」
対価として確かに最高神の依り代になることを決意したが、だからといって私とレーシュが過ごすはずだった貴重な時間を減らしたいとは微塵も思っていない。
私の体が足からどんどん凍っていく。冷たく感じないがどんどん体が麻痺していくのが分かった。
「レーシュ、私は一年しか待たないから絶対に国を立て直して、私を迎えに来てよ!」
レーシュは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの自信満々な顔をする。
「ああ、必ず一年で迎えに行く。俺が国王の側近という立場を利用して、すぐに国を整えてやる。だから――」
レーシュは動けない私の代わりに近づいて、ゆっくりと唇を合わせた。そして名残惜しくも離れた。
「俺を信じろ」
彼の言葉を疑うなんて考えたこともない。
氷はもう私の首元まで来ており、眠気がやってきた。
「おやすみ」
私が彼に言うと、彼も返してくれた。
「ああ、おやすみ」
その言葉を聞いた後はもう意識が無くなっていた。私は最高神と供に世界を見る。