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側仕えと剣神 レーシュ視点

 俺は、レーシュ・モルドレッドだぞ。

 なぜこんな時に体が動かない。

 エステルがフェニルを守るために体を盾にしていた。どんどんエステルの体が、邪竜から放たれた黒い光のせいで塵になっているのに、俺はどうして足が止まっているのだ。


「エステル、やめろ! お前だけは生きろ!」


 フェニルを捨てでも逃げてくれと言いたかった。だがそれは彼女の気持ちを踏みにじる。

 だけどそうしないとエステルが死んでしまう。


「おい、神使! まだリシャールを戻せないのか!」

「今やっておる!」


 神使が何やら不思議な力でピエトロを押さえ込んでいた。

 ピエトロはどんどん苦しそうに暴れるが、未だにリシャールが表に出てくる様子がない。

 俺はエステルを守りたい一心で、無謀だとしても邪竜を挑発する。


「おい、邪竜! 俺を狙え! お前にさっき毒を与えたのは俺だぞ! またさっきのを食らいたくないなら俺を狙えッ!」



 いくら叫んでも邪竜はこちらを見ることすらしない。考えろ、考えろ、考えろ。


「ぶはっ……がはっ…がはっ……」


 エステルの口から大量の血がこぼれていた。

 その量はもう致命傷としか思えない量だった。


「何か魔法は――くそっ、魔力が使えないのがなんでこんなにもどかしいんだ!」



 必死に考えても何も思いつかない。俺はせっかく新たな加護を得たのに、好きな女すら救えないのか。


「うっ……」


 ピエトロの様子が落ち着いてきた。そしてその目には狂気ではなく、人の目が戻ってきた気がする。


「モルドレッド、戻したぞ!」



 神使が俺へ報告をする。俺はいちかばちかの賭けに出る。


「リシャール! 戻ったんだな!」

「あー気分最悪だがな」

「あんたの加護でもう一つ、加護を外す力があったはずだ! あれを早く邪竜へ使ってくれ!」


 そうすれば邪竜とレイラの体と切り離され、最高神のように弱体化するはずだ。

 リシャールは頭を抑えながら状況を察してくれた。


「人使いが荒いが今はそう言っていられないらしいな!」



 リシャールは目を邪竜へ向けた。するとレイラの体がふらついた。


「この娘の加護が……なくなっただと……」



 邪竜の黒い光が消え去った。やっと俺たちも動けるようになった。これでエステルが助かる――と思いたかった。


「お姉ちゃーん!」


 エステルの四肢がぼろぼろと炭になっていった。

 全身から血を吹き出しながら倒れだして、フェニルがぎりぎり受け止めた。

 俺は彼女の悲惨な姿に言葉が詰まる。


「エステル! 今行く!」


 エステルの体は文字通りぼろぼろで手の施しようがなかった。

 俺は空飛ぶ者へ命令する。


「ブリュンヒルデ! シグルーン! 早く回復薬をエステルへ与えろ!」

「ですが、あの傷では――」


 シグルーンが躊躇いながら言う。俺だって分かっている。


「回復薬には鎮静効果もある! あいつを苦しませるな! 急げ!」


 もう分かっているのだ。あの傷では何をしても助からない。

 二人も理解してエステルの元へ飛んだ。俺は全速力で走る。エステルの側へ居てやりたい。


「贄共、もう時間切れだ」


 おぞましい声が空でこだまする。レイラの体を離れた邪竜は先ほどの巨大な竜の姿のまま、天空から俺たちを見下ろした。


「もう我に依り代は不要! 最高神もすでに我の半身へと溶け込んだ。お前達、人間へ審判を下す」


 またもや黒いもやが出現して、敵味方問わずに包み込んでいく。

 だが俺はそれを無視してエステルの元へ向かう。

 彼女の側に俺だけでもいてあげたい。


「お姉ちゃ……」


 フェニルやブリュンヒルデ、その他の者達もまた闇の世界へ連れ込まれた。

 どうして俺がまだ無事なのか分からないが、どうにかエステルの元へたどり着いた。

 その無残な姿に俺は涙するしかなかった。


「エステル……」


 俺は彼女を助けられなかった。結局、俺は何も残せないまま、終わってしまうのか。


「レーシュ……」



 微かにエステルの口が動いた。俺は彼女を抱きしめた。

 唯一、俺が絶望的な時でも、信じて一緒に戦ってくれた半身のような存在だ。

 最初は喧嘩も多かったが、いつしかこいつにしか背中は任せられなかった。

 もう俺はこいつ無しでは生きる希望が無い。


 彼女の口元が血で真っ黒になっており、彼女は痛みに最後まで戦ったのだ。

 俺はゆっくりと彼女へ唇を合わせた。

 すると彼女の目がわずかに開く。おそらく何も見えていないだろうが、それでも伝えたい。


「エステル……よく頑張ったな。お前は弟を守ったぞ。俺はお前を愛している……たとえ生まれ変わってもお前をまた見つけてやる」


 エステルは先ほどまでの苦しそうな顔から、少しだけ穏やかな顔に変わった。

 俺の言葉が聞こえたのかは分からない。

 ゆっくりとその体が光の粒子になって消えていく。

 もう周りは黒いもやだらけで、この世界で立っているのは俺だけのように感じられた。

 俺は立ち上がって、背中側にいる邪竜へと向き直った。

 邪竜は口を動かすと大気が震える。



「別れは終わったか。お前には先ほどの礼をせねばならんと思って残した。それ以外の者達はゆっくりと我の一部になってもらう」



 もうエステルを倒したことで勝ちを確信したのだろう。

 誰一人、黒いもやから逃れた者はおらず、神使ですら黒いもやの中で静かになっている。


「ああ、殺せ。殺し損ねたら、俺がお前を殺す方法を――」


 ズドンッ、と俺の上から雷が落ちた。体が黒焦げで煙が体から上る。


「簡単には殺さん。だが許しを乞えば一発で殺してやろう」


 二発目の雷がまた俺の身に落ちた。避けることもできず、俺の体もボロボロになっていく。

 だが先ほどのエステルのことを思えばこれくらい我慢しなくてどうする。


「効かねえ……」


 三度目の雷が落ちた。

 殺さないギリギリで放っているのだろう。そんな絶妙な制御が出来るとは、邪竜も体の割に繊細らしいな。

 もう立っていることはできずに膝を突く。


「屈服せぬか。次まで耐えられないのなら、もう一度繰り返すだけだ」


 俺の体が急に軽くなった。

 先ほどの痛みが消え去り、これまでで一番体調が良いといっても過言では無い。

 体中の電撃の跡も綺麗に消えていた。

 だがこれは邪竜の残酷な遊びでしかないのだろう。


「貴様にはこれから地獄の苦しみを味わってもらう。死んでも生き返させる。神への反逆はもっとも罪深い」


 汚い息を吐く邪竜へ俺の態度は変わらない。鼻を鳴らしてやった。


「ふんっ、人間臭い神だな。だから誰からも信頼されないんだよ。神なら神らしくそう振る舞え」


 俺の言葉に邪竜は黙った。その沈黙は怒りのせいかもしれない。

 空で雷鳴が轟き、強い風が吹き荒れる。


「貴様は生きているだけで我を苛立たせる。もうよい、死ね!」



 邪竜は大きく口を開けて、口の中で黒い光が見えた。そしてそれは少しずつ炎に変わり、俺へブレスを放とうとする。


「灼熱の炎で死ね――ぐおっ!?」


 邪竜が炎を出そうとした時、竜の巨体が大きく仰け反った。


「うおりゃああああ!」


 まるで獣のようなおたけびを出しながら、半裸の男が拳で邪竜の腹をぶん殴ったのだ。


「ウィリアム!? 無事だったのか!?」


 邪竜を足止めを買って出たため、てっきり死んでしまったのかと思っていた。

 しかしその体はそんな傷などなく無事そのものだ。

 ウィリアムは殴った後に、フォルネウスの攻撃から逃げるため、こちらの近くへ降り立った。


「分からねえ。あの蛇野郎にやられて海でくたばってたはずなんだが、気付いたら復活していたぜ」


 ウィリアムもどうして無事だったのか分かっていないようだった。

 それに一番、驚愕しているのは邪竜のようであった。


「馬鹿な……最高神の加護もまた失ったはず……その力はなんだ!」


 邪竜は俺たちを食い殺そうと、その巨体で突っ込んできた。

 だが黒いもやから何かが飛び出た。

 それは赤い槍だった。


「魔を滅しろ、グングニル!」


 槍が瞬時に巨大化していき、迫ってくる邪竜の体を貫通した。


「ぐおおおおお!」



 痛みで邪竜は動きを止めて、絶叫を空へ向けて放っていた。

 ラウルと神使が二人で魔力を送ってグングニルを操ったようだ。


「なぜ我に取り込まれん! もう許さん! 滅びてしまえ!」



 先ほどエステルへ放った黒い光をまた出そうと渦を目の前に出す。

 だがまたもや別の者達が、黒いもやから脱出した。


「ヴィー、あの渦を集中攻撃して!」

「分かった! 暗技、針千本!」



 フェニルの指示に従って、ヴァイオレットはクナイを千本、邪竜の渦へと放った。するとエネルギーが適切に放出されずに暴発を起こした。


「ぐぉぉおお!」



 邪竜も自身の魔法は効くらしく、少しずつその体を小さくしていく。

 奪った魔力をどんどん消費しているのだ。


「意識がある者はまた魔法を放て! 戦える限り、戦え!」


 シルヴェストルの声まで聞こえ、また魔法の嵐が邪竜を襲う。


「騎士達よ! 我が先頭を行く! 付いてこい!」



 コランダムも騎獣にまたがり、騎士達を連れて邪竜への体を斬りつけていく。

 その動きは前とは全く違い、強く、速かった。


「へへっ、なんか力が溢れて止まらねえな!」

「オルグ、調子に乗らないで! 援護するからあっちの腕を切り落として!」


 エステルの友人、ルーナが弓矢に特殊な液体を塗って、邪竜の腕へ当てた。するとそこが少しだけ溶け出していた。オルグも大剣を振り回して、邪竜の腕を切り落とした。


「ちょこまかとするな!」



 邪竜の腕が瞬時に復活して、オルグを殺そうと大きく振りかぶった。


「やべえ!」


 オルグは避けられないはずだった。だが見知らぬ鎧を纏った大男が盾でその攻撃を防いだ。


「うそ……どうしてこんなところに?」


 ルーナは信じられないものを見るように手で口を覆った。

 オルグもまた声を震わせる。


「お前、ギーガンなのか? どうしてここにいるんだ!」


 ギーガンと呼ばれる戦士は何も喋らない。そしてその姿はわずかに霞んでおり、顔には死人のように生気はない。

 不器用な笑いを浮かべ、首を振って俺の後ろ側を見るように伝えてくる。

 フェニルが真っ先に呟いた。


「お姉……ちゃん?」


 そんなわけがない。先ほど、確かにこの世界から消え去ったのだ。だが俺もなぜだか背中側から暖かさを感じた。

 俺は振り向くと、そこには赤い鎧を身につけた、愛しの人が立っていた。



「馬鹿な……神の気配だと……」



 邪竜は誰よりも恐怖しているようだった。

 エステルは光を放って輝いていた。まるでひれ伏したくなるほど威圧感と、俺たちを包み込む優しさが混在していた。

 だけど俺は彼女の無事が一番嬉しかった。


「フォルネウス、貴方は確かに強大な力を持っているしょうね。でもそんなのはまやかしよ。本当の一騎当千とはそんなものじゃない」



 エステルは手に光り輝く剣を持っていた。


「私達は全員で一人。戦いはこれからよ」



 エステルは俺へと微笑みかけて、また真剣な顔に戻る。

 すると彼女の姿が消えた。


「どこだ! あの娘はどこへ行った!」


 邪竜は怯えながらエステルを探す。そして狂乱したかのようにブレスを手当たり次第に放つ。

 それはフェニルの方へも向かっていた。


「フェー逃げて!」


 ヴァイオレットが叫ぶが間に合わない。だがそのブレスは途中で切り裂かれ、さらにバラバラになって霧散した。

 他のブレスもまた同じような現象が起きた。


「我の炎が……あやつはどこだ!」

「ここよ」


 エステルの声が聞こえたかと思ったら、邪竜の頭に乗っていた。


「落ちろ!」


 邪竜は振り落とそうと旋回する。だがエステルは落ちる前に、光の剣を邪竜の頭へ突き刺した。


「剣神の加護、天の支柱(てんのしちゅう)


 邪竜の頭がまるで大きなハンマーで殴られたかのようにへこんで、地面へと顔を突っ込んだ。

 邪竜は自身の周りに雷を落として、エステルを攻撃する。

 だがすでにエステルはそこから離れていた。

 邪竜は地面から顔を起こして、忌々しそうにエステルを睨んだ。


「貴様、名乗れ!」


 邪竜の問いにエステルは自信満々に答えた。


「私はエステル。ただの側仕えよ」


 彼女はいつも変わらない。特別な加護を持とうとも、いつだって彼女は俺たちのエステルだった。


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